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外伝①-2・Yスマホ完成~覚醒する才能~異形と大蜘蛛

―7月(第1話の2ヶ月前)・文架市広院町―


 サンハイツ広院という、中の上レベルな分譲マンションが建っている。その5階にある部屋の玄関に『源川』と彫られてる洒落た金属プレート。キッチンのテーブルで、源川夫妻が朝食中。先に食べ終えた崇が、2杯目のコーヒーをカップに注ぐ。


ばったああああああああああんんんっ!!!

 廊下で凄まじい音が響いたが、夫妻は「いつものこと」と、特に気に留めない。忙しない足音が洗面所へ行き、数分後に居間と廊下を隔てる扉が勢いよく開いて、一人娘の紅葉が飛び込んできた。ツインテールにアホ毛で、着ているのは優麗高等学校のブレザー。見た目に関しては、非の打ちどころ無い美少女だ。


「だぁぁぁぁ~~~~~っ!!!何で、起こしてくんなぃのぉ~~っ!!!」

「『朝は自力で起きる』って決めたばかりでしょ。

 それと、起きたら『おはよう』」

「ぁ、ぉはょっ・・・・ゃっべぇ~~~~~~っ!!!

 まぢゃっべぇ~~~~~っ!!!」


 もっと早く起きて、温かくて甘いカフェオレを楽しみながらトーストを食べ、いい感じの半熟に焼いたベーコンエッグと新鮮野菜のサラダをナイフとフォークで優雅に食べ、最後にフルーツで〆る予定だったが、どう考えても時間が足りない。

 食パンを口に咥えてキッチンを飛び出そうとしたところで、有紀が後ろから襟首を掴んで椅子に座らせる。


「食べるなら座る!行くなら食べない!」

「ぅ~~・・・・・・トーストだけ食べる」


 ブ厚いトーストを食い千切り、豆乳の1Lパックを掴んでジョッキみたいなサイズのマグカップに注いで口に運ぶ。トーストを頬張って軽く噛んでは豆乳で強引に胃へ流し込み、正味1分で朝ごはん終了。


「ごちそぅさまっ!!ぃってきまぁ~~~~~~すっ!!」


 テーブルに置いてあった「それ、育ち盛りの男子が食うの?」ってサイズの弁当を掴んで、学校指定バッグに放り込んで担ぎ、慌ただしく廊下を駆け抜け、玄関を飛び出して行った。崇は温かな眼で見守り、有紀は呆れ顔だ。


「相変わらず、元気だなぁ。

 幼い頃はお人形さんみたいにおとなしかった娘が、あんなに元気になったのは、

 やっぱり、例の“60番くん”のおかげなんだろうな」

「がさつって言うのよ。あれじゃ、お嫁のもらい手が無いわね。

 例の“60番くん”に責任を取ってもらわなきゃ」

「・・・で、その“60番くん”、調子は良いみたいだね」

「順調よ。ナチュラルすぎる才能と、新システムの相性もバッチリ。

 粉木さんは、下級レベルの妖怪なら、もう実戦投入をするって言ってたわ」

「そりゃ、大した物だ。

 さすがは、紅葉が見初めた“60番くん”だ。僕に似て見る目がある」

「あら、崇さんたら。それは、崇さんの見る目を自慢しているの?

 それとも、遠回しに“崇さんが見初めた私”を素敵って言ってるの?」

「もちろん後者さ。今日も綺麗だよ、有紀」

「うふふっ!崇さんだって、今日も格好良いわよ」


 朝っぱらからイチャ付くバカップル。非常に仲睦まじいのだが、パパが娘を甘やかしすぎるのが原因で、時々、夫婦喧嘩になる。そして、毎回、ママが勝って、その度にパパは家を追い出され、職場の上司(粉木)の家に転がり込んでいる。




―文架市の西郊外にある大型施設―


 スマホらしい物が、透明ケースの中に据えられている。そこから幾つものコードが伸びて、色々な機械に接続されていた。白衣を着た開発スタッフ達が、真剣な表情でモニターを見つめている。



 科学が未発達だった時代、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不可思議な力を持つ非日常的な存在を“妖怪”と呼び、時には恐れ、時には敬っていた。

 時は進み21世紀、奴等は科学の影に隠れ、その痕跡を残さないようにして、人知れず何処にでも存在をしている。


 政府は、この「いつ出現するか解らない危険な人外」を公にして、国民が混乱することを避けた。ゆえに、非公式の政府機関【怪士対策陰陽道組織(通称・退治屋)】を発足させて、人知れず治安維持をすることを、彼等の生業とした。

 怪士対策陰陽道組織(退治屋)は日本全域にある。従事者数は非公式組織なので非公開だが、末端まで数えれば1000人以上は存在する。本社は東京で、各政令指定都市に支店が、各都道府県に2つずつ支部が在る。


 この文架市には支部が配置させている。言うまでもなく、本社や支店と比べると権限は低い。キャリア組が通る典型的な出世コースは、支店勤務から本社に上がる路線。だが、文架支部だけは、些か特別な存在だった。他の地域と比較して、人口比に対する妖怪の発生率が高い文架市には、才能の高い人材が常駐をする。そして、妖怪との戦闘頻度が高い文架市には「試作システムの実戦投入」を前提とした“怪士対策システムの開発施設”が在るのだ。


 今、文架の“怪士対策システムの開発施設”では、【次世代ツール】を手がけていた。「全く異なる設計思想」の元で「対の存在」として開発される2つのシステム。

 その一つを【ザムシード】システムという。怪士対策兵器は、性能の高低による違いはあるが、どの兵器も少なからず使用者の霊力(生命力)を酷使する。霊力の無い者に、怪士対策兵器は扱えない。だが、【ザムシード】は、霊的干渉を全く受けない者(霊感ゼロの者)が、怪士対策兵器の性能を最大限に発揮する試作品。4ヶ月前に完成をして、1ヶ月前に「相応に扱える者」の手に渡って実戦投入をされている。

 そして、【ザムシード】と対になるのが【ゲンジ】システム。【ザムシード】が「霊的潜在力ゼロの者だけが才能を最大限に発揮できる」設計思想に対して、【ゲンジ】は「霊的潜在力が極めて高い者の才能を補助する」設計思想で開発されている。【ゲンジ】の開発で判明した危険性が、【ザムシード】からは排除され、【ザムシード】の開発に伴う思想が、正反対の思想として【ゲンジ】に反映された。



 今、【ザムシード】システムの、二卵性双生児の片割れとなる【ゲンジ】システムが、開発の山場を迎えていた。

 開発スタッフ達は、完璧に熟した自信はある。だが「この瞬間」は緊張をする。沈黙をして、モニターを見つめた。表示された様々なデータはオールグリーン。

 大成功である。真剣な表情で監督していた白衣の老人=粉木勘平は安堵の息で笑顔を浮かべた。


「よっしゃ、完成やっ!後は、最終調整するだけやでっ!」


 拍手が湧く。誰からともなく立ち上がって、互いに笑顔で握手していたら、無線機がコール音を鳴らした。同時に、マイクの脇にある赤ランプが点滅。これは【緊急事態】の連絡である。一転して深刻な表情になった粉木は、マイクを掴んで応答した。


〈おい、じいさん!〉

「燕真か!?何事じゃ!?」

〈じいさんに監視しろって言われてた娘が、

 友達と一緒に、チンピラ集団に襲われてんぞ!〉

「何やてえ~~っ!?!?」

〈監視をするだけで、姿は晒すなって指示だけど、どうする!?

 助けた方が良くないか!?〉

「しゃぁない!助けてやって・・・・・」

〈あっ!ちょっと待った!・・・うわっ!すげっ!〉

「なんや、何があった!?」

〈娘が自転車を振り回して、チンピラ集団をフルボッコにしてんぞ!

 さすがは、崇さんと有紀さんの娘だな。こりゃ、助ける必要は無さそうだ〉


 現場から連絡する男の目前では、瀕死のチンピラ数人が折り重なっている。河原には、上半身を地面に突っ込んでる奴が1人。やや離れたとこで、ベッコベコに凹んだ車が煙を吹いて、運転席から放り出されたチンピラが傍らで倒れて気絶している。


〈チンピラの為に救急車を呼んだ方が良いか?〉

「いや、処理班を向かわせるよって、放っておいていい。

 おまんは、お嬢の監視を続けてくれ」

〈了解!〉


 紅葉を監視している男の名は佐波木燕真。幼かった紅葉の変化のキッカケとなった少年は、8年の時を経て青年に成長をしていた。彼は、西陣織のカバーを貼ったシートと彼岸花を描いた九谷焼のサイドカバーでカスタムされた妙なバイクに跨がって、紅葉の監視を続行する。




―十数分後・源川家―


「ぃぃぃぃぃぃっっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!」


 リビングのソファーで、紅葉が喚いてる。母親の有紀に傷の治療をされていた。有紀は慣れた手つきで、消毒液を染み込ませた脱脂綿をピンセットで摘まみ、傷口に塗る。


「我慢、我慢っ・・・ホントにもう、年頃な女の子が、ケンカして帰るなんて」

「ぃきなり襲ゎれたんだもんっ!!カジョーボウエイだもんっ!!」

「それを言うなら、正当防衛(まぁ実際には過剰防衛だけど)。

 たまたま、相手が弱かったから良かったけど、もし何かあったらどうするの?

 やっつけるんじゃなくて逃げなさい。亜美ちゃんもいたんでしょ?」

「う・・・ぅん」


 確かに有紀の言う通りだ。一歩間違えれば、連れ去られていた可能性だってある。紅葉は、自分の行動に反省しつつ、武勇伝を思い出す。



-回想-


「ひゃっはあ~~~~~~っ!!!」×いっぱい

「ゎっ!?何だぁっ!?」

「いやああっ!!!」


 幼馴染みの亜美と一緒に帰る途中、河川敷の道でミニバンの男達に待ち伏せをされた。相手は「紅葉と亜美をを力ずくで屈服させちゃえ」と襲ってくる。紅葉は、普通に素手で応戦した。小中学時代は、平気で男子と喧嘩をした紅葉だが、さすがに多勢に無勢で分が悪い。健闘虚しく、亜美が車に連れ込まれそうになる。その瞬間、紅葉の心の中で何かが弾ける。


「こんにゃろぉぉぉぉぉっ!!!!

 ァミぉ放せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」


 常人には見えないオーラを全身から発散させ、自分を羽交い絞めにしてたチンピラ①を投げ飛ばした。チンピラ①は手足をバタつかせながら宙を飛び、河原に頭から墜落して静かになった。紅葉は間髪入れず、ママチャリを担ぎ上げ、チンピラ達を片っ端からどつき回す。難を逃れた1人が、乗ってきた車の運転席へ飛び込んで逃亡を試みた。


「逃がすか、こんちくしょぉ~っ!!」


 オーラを込めたキックが叩き込まれて車のボディに叩き込む。続けて、素手でフロントガラスを叩き割ったので、運転手は慌てて車から飛び出した。しかし背後から、紅葉の回し蹴りが飛んでクリティカルヒット。チンピラ全員を倒した紅葉は、亜美の声で我に返り、自分のやらかした事に驚く。


「ぇ?・・・ぇ?・・・何か、すげ~事になってね?

 コレやったの・・・ァタシだよね?」

「・・・う、うん。もしかして覚えてないの?」

「夢中に成りすぎて、半分くらい覚えてない」


 一部始終を、離れたところに居た“60番”に見られているが、紅葉は気付かない。



-回想終わり-


「ァタシもビックリだょ~・・・・

 何か『ぶぁ~っ』『どぉ~んっ!!』って気分になってさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 本人も戸惑ってる様子。紅葉の体が子供から大人に変化をするのに合わせて『潜在能力が開花してる』のだ。

 有紀は、燕真から一部始終を聞いて知っている。数年前の彼との出会いをキッカケにして、少し(?)活発になったが、今回みたいなケースは初めてだ。一定の予想はしていたが、「やはりこの時が来たか」と複雑な心境になる。

 開発中の【ゲンジ】システムは、紅葉の才能をサポートしつつ、今回のように、人智を越えた力を暴発させないように制御するシステム。

 否応なしで戦いに巻き込むのは心苦しいが、運命は受け入れなければならない。


「はい終わりっ・・・状況が状況なんだろうけど、あんまり我を忘れない事。

 自分とお友達の身を守る事を最優先にしなさいね」


 消毒した傷口に軟膏を塗って絆創膏を貼りつけ、立ち上がって紅葉の肩をポンと叩く。


「・・・はぁ~ぃ」

「晩ごはんの支度、手伝ってくれるかな」

「ぅんっ!!」


 2人は一緒にキッチンへ行って、食材を物色してメニューを考えるのだった。




―数日後・鎮守の森公園―


 我が物顔の若者達が、花火をしたり、酒を飲みながら騒いでいた。そのうちの1人が、吐きそうになって茂みに進み大木に手を添えながら、胃の中の物を逆流させる。


「おうっ・・・おえっぷ・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 何かが顔に触れたような気がする。最初は、仲間が気遣って介抱に寄ってきたのかと思ったが、周りには誰も居なくて、他の連中はお構い無しに騒いでいる。若者は、頭の上に垂れ下がっている“太い糸”を見付けて見上げた。


「グモモモモ・・・・・・」


 地上高3mくらいの木の枝に、全長2mほどの巨大蜘蛛がしがみついて、不気味な唸り声を発しながら、若者を眺めていた。巨大蜘蛛の名は妖怪【大蜘蛛】という。大蜘蛛は枝から足を離して、若者目掛けて飛び掛かる!


「うわ・・・・・わ・・・・・・・・・わあああああああああっ!!!!」


 慌てて逃げ出す若者!悲鳴を聞いた仲間達は、何事かと眺め、迫ってくる“非常識な大きさの蜘蛛”を確認して、全速力で逃げる!

 若者達の通過後、大蜘蛛の行く手を阻むように人影が立った。人影は、ゴツいベルトを腰に装着して、腕時計型のアイテムを正面に翳す!


「幻装っ!!」

《JAMSHID!!》


 電子音声が鳴ると同時に、人影は光に包まれる!



-広院町の手前-


 帰宅途中だった紅葉が、急ブレーキを掛けて自転車を止めた。鎮守の森公園が騒がしい気がする。「気のせいだろう」と思いつつ、念の為に様子を見に行くことにして、自転車の進路を鎮守の森公園に向けて走らせた。

 公園の中から気配が感じられる。紅葉は警戒心より興味が勝り、「遠くで眺めるくらいなら大丈夫」と自転車を公園内に乗り入れた。


「んぇ?・・・アレ・・・なに?」


 200mほど離れた場所で、紅葉は自転車を止める。夜の鎮守の森公園は、遊歩道を防犯灯で照らしている程度の明るさしか無いので、200m先なんて見えるはずがない。だけど、紅葉には、200m先で、地面に広がる真っ赤な炎に照らされた“人型の異形”と怪物が見えた。


「・・・どうなってるの?」


 自転車に跨がったまま、200m先の“何か”を呆然と眺める紅葉。人型の異形が燃える地面を走り、怪物に跳び蹴りを叩き込んで、ど真ん中を貫通して着地!怪物は、黒い湯気になって消滅をする。


「ご当地ヒーローのプロモ撮影・・・?」


 こんなシーン、紅葉は、TVの特撮番組でしか見たことがない。文架市公認のご当地ヒーローがどんなヤツなのか解らないけど、その類いだろうか?でも、それなら、紅葉が感じた“何か”は、一地方都市の、名前も知らないご当地ヒーローのプロモ撮影って事?「ヤバければ直ぐに逃げる」と心の準備をして、200m先の出来事に、恐る恐る近付こうとする。

 だが、その直後、真後ろに立った人影が振り下ろした巨大ハンマーが、紅葉の脳天に炸裂!


「ぐぇぇぇっっ!!」


 紅葉は、潰れた蛙のような悲鳴を上げて突っ伏し、そのまま意識を失った。

 ハンマーには“忘却”と書かれている。月を隠していた雲が風で流れ、月明かりが公園を照らした。巨大ハンマーを握り締めているのは紅葉の母・源川有紀。倒れている(自ら仕留めた)紅葉を眺めて困惑の表情を浮かべた後、ガラケーを取り出して、上司の粉木に電話をする。


〈どないしたんや、有紀ちゃん?燕真がなんかミスったか?〉

「いいえ、燕真君は何の問題も無いわ。見事に大蜘蛛を成敗しました。

 問題は、うちの娘です」

〈なんや、何があった?〉

「妖怪の発生場所から離れているにもかかわらず、感知をして見に来ました」

〈なんやて?戦いを見られたんか?〉

「見られてしまいました。見た記憶は消去しましたけどね」

〈・・・容赦あれへんな〉

「公私混同はできませんからね。

 ですが、忘却は、ただのその場しのぎ。

 感知力は備わったままなので、また同じ事が発生します。

 先日の暴漢撃退の一件も含めて、私達が想像した以上に覚醒が早いようです」

〈そうか・・・解った〉


 有紀や粉木は、紅葉を非日常世界に引っ張り込むのは、紅葉の17歳の誕生日頃と想定していた。しかし、それでは間に合わない。紅葉は丸腰の状態で、非日常に踏み込んでしまうことになる。有紀は、言葉には出さないが「【ゲンジ】システムの実戦投入を急いで欲しい」と伝え、粉木は「最終調整を急ぐ」と答えたのだ。

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