10-3・軽音部~ゲリラライブ~麻由ダウン
―引き続き体育館・軽音楽部のライブ―
〈令和○年・優麗祭のラストっ!優麗高・軽音楽部のライブ開始で~すっ!〉
ステージの幕が静かに上がって、軽音楽部が現れて演奏開始する。
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-校庭内の北側-
優麗高から200~300m程度離れた上空で、宇宙船が浮かんでいる。校長&教頭、他数名の先生や、麻由の指示を受けた生徒会メンバー達が、警戒をして空を見上げているが、宇宙船は浮かんでるだけで、近付いてくる気配は無い。
―体育館―
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麻由は、軽音楽部のライブを楽しんでいるとは思えない表情でステージを睨み付けていた。バルミィの宇宙船が出現したからには、不穏分子は必ず何かをするつもりだ。それは、体育館か?それとも宇宙船が降りてくるのか?どちらにしても、絶対に阻止してやる。間違った事をしているのに、いつの間にかヒーロー扱いをされる連中は目障りだ。
-校庭のオープンスペース-
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葵怜香が放心した表情で北の空を眺めている。学園祭に潜り込んで何らかの情報を得ようと思っていたのだが、これだけ堂々と宇宙船に出現されてしまったら独占スクープにならない。これから起こることは、各マスコミどころか、一般人のSNSでも上がってしまうだろう。現に、周りの一般客達も、物珍しそうに宇宙船の撮影をしている。
-体育館-
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最前列で、紅葉が歓声を上げ、亜美が手拍子をして、美穂がリズムに合わせて足で軽くリズムを取っている。いくらルール違反を覚悟してるとはいえ、軽音部のステージに、ゲリラライブをぶつけるつもりは無い。決行は、軽音部のライブの終了後。それまでは、良き演奏を聴いて鋭気を高める。
-グラウンドの隅(部室の裏)-
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体育館のライブの音は、ここまで漏れ聞こえてくる。シートに包まれた荷物の山の傍に、真奈が1人で突っ立って、北の空に浮かんでいる宇宙船を眺めていた。美穂達と行動を共にしたいのだが、今、真奈が体育館を彷徨いて、麻由と鉢合わせるのは芳しくないので、別行動をしている。
軽音部の演奏終了まで、あとどれくらいだろう?いよいよ決行するのかと思うと、背徳と緊張で鼓動が高鳴る。
-体育館-
計5曲が披露され、拍手と歓声が鳴り響く。やり切った軽音楽部は、口々に挨拶と会釈をして、笑顔で手を振りながら控室に去っていった。去り際に紅葉達と目が合い、ニッコリ笑いながら「頑張ってね」と唇を動かす。紅葉達は大きく頷いて、目一杯の笑顔と拍手で応えた。
「さて、行くかっ!」
「いょいょ、ァタシ達の本番だねっ!!」
後戻りをする気は無い。出入り口に目を向けたら混雑中。「別の出口から」って事で、ステージによじ登って、下りた幕の中に潜り込み、非常口へと駆けていく。
これは、作戦ではなく偶然の行動だった。しかし、「不穏分子がステージに上がる」行動を見逃さなかった麻由は「ゲリラライブは、ここで開かれる」とミスリードをされてしまう。
―通路―
「・・・・・はあ」
何らかのネタを掴みたくて優麗祭に潜り込んだ怜香だったが、丸1日使って、単に地方の一県立高校の文化祭を見物しただけで陽が暮れるとは何たる失態。自信喪失しながら北の空の宇宙船に背を向けてトボトボと歩く。
「えっ!?あの子って!?」
グラウンドの南側の端っこに、真奈が1人で立っている。彼女とは既に会っている。昨日は紅葉の救急を優先させて聞きそびれたが、「スクープを得る最後のチャンスになるかも!」と藁にも縋る思いで、部室前に待機をしている真奈に駆け寄っていった。
「熊谷さんよね?ちょっと、お話を聞きたいんだけど・・・」
「え?え?昨日の記者さん?」
「羽里野山でバルカン人に連れ去られた時の事なんだけど・・・」
困惑する真奈。しかし、怜香の質問は、直ぐに遮られた。
「取材なら、ボクが受けるって言ったはずばるっ」
声のする方を見上げる怜香。部室の上に、いつの間にかバルミィがいた。屋根の端っこに腰かけて、北の空を眺めている。驚いた怜香は、振り返って北の空に浮かぶ宇宙船を眺める。
「えっ?ここにバルミィさんが居るのに、宇宙船が浮いている?」
「自動操縦ばるっ!」
宇宙船が北の空に浮かんだままなのは、優麗祭のパトロール隊の注意を北側に向け、真反対の南側で準備を整える為。先程までシートに包まれて大山になってた荷物は、全て部室の屋根に上げられて設置済みで再びシートを被っている。電源は部室内から拝借している。美穂に手に掛かれば、南京錠やダイヤル錠や古くて単純な鍵の解錠など、どうって事ないのだ。
「何をするつもりなの?」
「ここに居れば直ぐに解るばるよ。
出来る事なら、キシャさんには邪魔をして欲しくないばる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「紅葉を助けてくれたお礼ばる。
トクダネにはならないかもだけど、
特等席で、ボクがやりたい事を見せてあげるばるよ」
校舎に向かって手を振るバルミィと真奈。怜香が視線を向けると、紅葉&美穂&亜美が駆け寄ってきた。一様に怜香が居ることを警戒したが、怜香が突っ立ったまま妨害をしてくる気配が無いので素通りをする。
「ぉまたせっ!」
「準備万端ばるよっ!」
「熊谷さん、見張り役、ありがとうっ!」
「やるぞっ!」
「はいっ!待ちくたびれましたよっ!」
合流した不穏分子達は、次々と部室(無断使用)の中に飛び込んでいく。そして、ブレザーを脱いで、用意していた衣装に着替えて、部室から飛び出してきた。紅葉は派手なTシャツ&太股露わなデニムのハーフパンツ。美穂はバンダナに、紅葉と合わせたジーパン&Tシャツ&ジージャン。真奈はフリフリのミニスカ(スパッツ有り)で、亜美は真奈と合わせたフリフリのロングスカート。それを見たバルミィが閃く。
「ばるるっ!紅葉の学校の服、ボクが着ても良いばる?」
「んぁっ!いいよっ!でもなんでっ!?」
「面白いじゃん!」
「皆に受け入れてもらいたいバルミィさんが、
優麗高のブレザーを着るなんて素敵っ!」
「そ~ゆ~ことばるっ!」
着替えを終えた4人は部室の裏に隠しておいたハシゴを立て掛けて屋根に上がり、ブレザー姿になったバルミィが部室の屋根に飛び乗った。皆で被せてあったシートを剥いで、それぞれの担当楽器を準備する。マイク、エレキギター、ベースギター、キーボード、ドラムセット、アンプ、どう見ても部室の屋根を利用したステージだ。グラウンドで片付けや暇潰しをしていた生徒達が、何事かと部室側を眺める。
「お客さん、少ないですね」
「そりゃそうでしょう。ここでライブをやるなんて、誰も知らないんだもん」
「派手に暴れて、客を集めるぞっ!」
「優麗祭の大トリ!【バルミィラィブ】ぉ始めるよぉっ!!
集まれぇっ~~!!!」
紅葉がマイクで呼びかけた声が、校庭の正門付近や体育館の中まで響き渡る。グラウンドで暇潰しをしていた数人や、プレハブ教室内や周りに居た人達が、「何が始まる?」と眺めた。
主役のバルミィと物怖じしない紅葉にMC(喋り)を任せ、美穂と亜美と真奈は、注目してくれる人達に向けて、無言でペコリと頭を下げる。まだまだ「客が集まってきた」というレベルではない。真剣に見ているのは、ステージ真下の怜香だけ。だけど、美穂の言った通り、後は演奏をして集める!
「ぢゃ、さっそく始めょぅかっ!!1曲目ゎ、マナの選んだ曲でぇ~す!
この曲は、ベースとドラムとキーボードゎまだまだ練習不足だけど、
ギターのマナが頑張ってくれました!
ァタシ達の自慢の”バルミィの歌”を、ジックリと聞いて下さいっ!」
バルミィが目配せをして、美穂がスティックを打ち鳴らしてたのを合図にして、伴奏とバルミィの歌唱が、ほぼ同時に始まる!1曲目に”真奈のエントリー曲“をセレクトした理由は、テンポの良さと、圧倒的なインパクトで、周りの注目を集める為。
♪~♪~♪~
狙い通り、グラウンドで漠然と眺めていた人達は、興味本位でステージに近寄ってくる。校庭やプレハブの周りに居た真奈の友人達が、真奈を応援する為に集まって来る。校内美少女トップ3の一角と扱われている紅葉に比べれば、真奈の知名度は低い。だが、何でも屋として、様々なことに協力をしてきた真奈は、一定の人数からは紅葉以上の信頼を得ているのだ。
「マナが、この曲を選んだ理由はなんですか~?」
「えっと、好きなグループで、楽しそうな曲で、
バルミィさんが可愛く歌ってくれると思ったからで~す!」
曲が終わると同時に紅葉がマイクを取って真奈に話題を振ったので、真奈はテンポ良く回答をする。
「2曲目は、ミホのリクェスト曲だょっ!
マナが言ってたけど、恋する乙女の曲なんだってさぁ~!」
「そ、それを言うなっ!歌詞の意味が解らなくて、リズムがよくて決めたんだっ!
意味を知ってたら、別の曲を選んだよっ!」
「んへへへへっ!ミホゎそんな子でぇ~す!」
あちこちでクスクス笑い声がした。美穂は赤面しつつ紅葉を睨む。対照的に微笑んで美穂を見る紅葉。この一連で、美穂は吹っ切れて肩の力が抜けた。緊張でガチガチだった真奈や亜美も笑っている。
場がリラックスしたと判断したバルミィが4人娘に視線を送る。頷いた美穂がスティックを打ち鳴らしてたのを合図にして、リードを担当する真奈がギターを弾き始め、バルミィが笑顔を振りまいて歌い出し、ベースの紅葉とキーボードの亜美が続く。
♪~♪~♪~
校庭からグラウンドを覗き込んでいた生徒や客達も、「何か始まったぞ」とグラウンドに集まってくる。
一方、体育館内は混乱中だった。興味を持った連中がグラウンド直通の非常口に殺到してしまい、もみくちゃになっている。麻由は、外側から伝わってくる曲に苛立つが、体育館内がこの有り様では、直ぐには対応できない。グラウンドで始まったって事は、宇宙船の進入を許してしまったのか?見張っていた連中は何をやっている?イライラしながら、宇宙船の監視係に電話をする。
「優麗高の敷地内に、許可の無い宇宙船が入り込むなんて許されません!
直ぐに追い出しなさいっ!」
〈いえ、宇宙船は北の空に浮かんだままで、
グラウンドの騒ぎとは関係ありません!〉
「な、なんですって!?」
やられた。不穏分子は、ハナから宇宙船をステージにする気など無かったのだ。それなのに麻由は、宇宙船を警戒して、監視に多数の人員を割いてしまった。麻由は、この時、初めて「宇宙船にミスリードをされていた事」を把握した。
〈どうしますか?宇宙船の監視を止めて、グラウンドに行くべきですか!?〉
通話相手は次の指示を求めてくるが、ショックを受けた麻由には聞こえていない。体育館も宇宙船も違った。不穏分子は、麻由が全く想定していないところに出現をした。美穂は、欺く相手が麻由でなければ、わざわざバルミィの宇宙船なんて飛ばさせなかった。飛ばしたところで、「あ!飛んでる!」と思うだけで、警戒なんてされなかっただろう。「麻由だからこそ、そこまで思考する」と考え、麻由の思考の裏をかいたのだ。
♪~♪~♪~
3曲目の、紅葉のセレクトした曲が終わった頃には、グラウンドには、それなりの人数が集まっていた。だが、応援をしているのは、まだ半分程度。他の連中は、物珍しそうに眺めているだけだ。
「みんなっ、ありがとっ!続けて4曲目ぃってみょぅっ!!
次ゎアミが選んだ曲で~~すっ!!アミゎ、なんでこの曲を選んだのっ!?」
「・・・・・えっ?」
MC気取りの紅葉が1曲目と2曲目で真奈や美穂に話を振ってたので、「もしかして自分にも?」と予想はしてたけど、やっぱり来た。だけど、亜美は、頻繁に聞くから選んだだけで、何を話すかなんて決めてない。マイクを向けられ、正面を見た亜美は、観客達の視線を一身に浴びて緊張してしまう。
「え~っと・・・・歌詞が好きで・・・
私・・・あの・・・自分の気持ちを言うのが苦手だから・・・
歌詞に感情移入しやすくて・・・この歌詞みたいに、私も進みたくて・・・」
真奈の時みたく説得力も無く、美穂の時みたく笑いも無く、しどろもどろな亜美の説明に、生徒達はシーンと静まってしまう。紅葉はキョトンとグラウンドを見回し、亜美は動揺をする。
(私が白けさせちゃった!どうしよう!?)
ぱあんっ!!ぱあんっ!!ぱあんっ!!ぱあんっ!!
その時、力強い拍手が響き渡った。発生元を見たら石松が渾身の拍手をしている。
亜美は驚いた。先ほど、石松からライブのことを聞かれた時、亜美は決行前に口外されることを恐れて「諦めた」と嘘を付いた。石松に嫌われて当然のことをした。だが、石松は、場を盛り上げようとして、精一杯、応援をしてくれている。
「がまだせっ!皆で前に進むったいっ!!」
「はいっ!ありがとうございます!」
亜美にとって、アウェイに変化してしまった会場で発せられた石松の声援は、百人力に感じられた。石松の応援が感染をして、静まり返ってたグラウンドが、徐々に賑やかさを取り戻す。紅葉達は「この空気なら行ける」と判断して、4曲目の演奏をスタートさせた。
♪~♪~♪~
先程までと比べて、会場の雰囲気が変わった気がする。歓声の量が多くなり、会場全体が一体となっている。おそらく、偶発的とはいえ、一時的に白けたことで、皆が、「上手に出来ないのは自分達も同じ」と身近に感じ、応援をしたくなったのだろう。
そして、石松が応援をしてくれたおかげだろう。実績を持たず、ちょっとした人気者や目立つ程度の存在では、大衆を味方に付けることはできない。大半が「物珍しいバカ」として扱うだけだ。だけど、実績を持ち、皆から認められた者が、「バカ」という神輿を担ぎ上げれば、大衆が支持をして「バカ」は「英雄」になる。
会場の大半が、バルミィライブの支持を始めたのだ。
「くっ!冗談じゃないわ!」
グラウンドの空気がアウェイからホームに変化した事は、ようやく体育館から脱出した麻由も気付いていた。羽里野山の時と同じだ。足並みを乱す者達がヒーロー扱いをされている。今日の優麗祭に為に、懸命に計画を立ててきた苦労を、安易な勢いだけで簡単に押し潰そうとしている。
誰のおかげで優麗祭が開催できているのか、不穏分子達は解っているのか!?何が何でもライブを中止させる!足並みを揃えられない者は、公の場で「断固たる非難と処罰」で見せしめにして、真面目に取り組んだ者達が報われる学校にする!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?なんで?」
息巻いてグラウンドを駆けた麻由だったが、ステージ上(部室屋根)を見て呆然となる。ステージ上にギターを抱えた熊谷真奈が居る。不穏分子は、源川紅葉、桐藤美穂、平山亜美、そして部外者のバルミィ。その4人だと思っていた。真奈が不穏分子に含まれている事なんて、想定していなかった。真奈は、麻由側だったはず。麻由の説得を受けて勝組に戻ったはず。なのに、何故、真奈が、あんな低レベルな連中と一緒に居る?
「・・・熊谷さんが・・・裏切った?」
途端に、眼の焦点が合わなくなる。近くでライブを見る為に、後ろから駆けてきた生徒と肩が接触。押された麻由は、倒れ込んで両膝を地面に付く。目が回る。気分が悪くなって吐きそうになる。
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小学生時代の、まだ小さい麻由が立っている。目の前で、同じクラスのイケてるグループの女子達が、麻由を嘲笑う。その中に、友人だと思っていた子も混ざっていた。イケてる子等の後ろで、申し訳無さそうに麻由を見つめているんだけど、助けてくれる素振りは無い。その時、幼い麻由は、友人に裏切られたのだと感じた。
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「大丈夫ですか?」
「・・・え?」
我に返った麻由が顔を上げたら、生徒会役員(女子)が、蹲っていた麻由に手を差し出していた。嫌な過去を思い出してしまった麻由は、真っ青な顔色で、差し出された手を掴んで立ち上がる。
「どうします?ライブを止めますか?」
「ご、ごめんなさい・・・止めたいのは山々なのですが、気分が悪くて。
保健室に連れて行っていただけませんか?」
「わ、わかりました」
生徒会役員の肩を借りて保健室に向かう麻由。一度立ち止まってステージを振り返る。一体となって曲を奏でている紅葉&美穂&真奈&亜美&バルミィ。麻由の自信は不穏分子達にへし折られていた。紅葉の人望に負けた。美穂の策略に負けた。そして、真奈の意外性に負けた。しばらくステージを眺めた後、麻由は力無い足取りで保健室に歩いて行く。
これは、ゲリラライブにとって、最大の障害が脱落した事を意味していた。他の生徒会役員には、発言1つで不穏分子と観客達に楔を打ち込む器は無い。もう、優麗高内には、紅葉達の躍動に、待ったをかけられる者は居ない。
麻由の足下の影が8本脚の虫みたいな姿に変化して“誰にも見えない闇”を吸い込んで消える。ほんの一瞬の出来事だったので、ステージに夢中だった紅葉には感知が出来なかった。




