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10-2・2A演劇~3D演劇

―中庭―


 立入禁止の区画をされた内側に潜り込み、中庭を眺める美穂。今の時刻は13時10分。調理班から解放されたはずの紅葉と、13時に此処で待ち合わせの予定なんだけど、まだ紅葉の姿は無い。


「あんにゃろう・・・まさか、忘れてんじゃね~だろうな」


 10分ほど経過した頃、たこ焼き&お好み焼き&カレーライス&アメリカンドッグ&じゃがバター&とうもろこしetc山のような食い物を抱えた紅葉が、ようやくやってきた。


「こんなに食ったら、ライブで動けなくなるぞ!何処で油売ってたんだよ?」

「ゴメンゴメンっ!チャチャっと1周してたら、遅くなっちゃったっ!」

「どっかで、男子にでもコクられてるかと思った」

「ぅん、されたっ!」

「されてたんかいっ!!そんな物好き、何処の何奴だ!?」

「知らね。他の学校の子だったょ」

「で、OKしたのか?」

「ぅぅん、断ったっ!」


 何処の誰だか知らないが、その男子は優麗祭でホロ苦い思い出が残ってしまった。今はショックだろうけど、いつか酒でも飲みながら笑って話せる日が来る事を祈ろう。


「さてと・・・

 作戦が予定通りなら、葛城は、そろそろ体育館で熊谷が足止めをする。

 生徒会や、センコーのパトロールも、そろそろ手薄に成っているはずだ!

 準備に取りかかるぞ!」

「んっ!でもちょっと待って!腹が減ってゎ戦ゎできぬっ!

 コレ、全部食べてからねっ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 葛城麻由をどう出し抜くか、緊張をしているのは美穂のみ。呑気な紅葉は、買い集めてきた食料を、端から順に貪り食うのであった。




―体育館―


 合唱、吹奏楽、演劇、落語、チャリティーオークションetc.あらゆる出し物が滞りなく進行し、昼休みを挟んで、今は演劇部の『ハムレット』をやっている。何ヶ月も前から稽古をしているので、出来映えは別格。その上、今年度の優麗高で、紅葉&麻由と人気を3分割にする田村環奈が、女性ながら主役のハムレットを演じているのだ。話題性&集客力は充分である。観客達は静まりかえって、環奈の演技に見入っている。2Aの『オズの魔法使い』に自信を持っている麻由でさえ、「演劇部には勝てない」と感じてしまった。次にステージに立つ漫才同好会は、気の毒としか言い様が無い。


 演劇部の次の次が、2A『オズの魔法使い』だ。そろそろ召集時間になるので、真奈を含めた2Aのメンバーが、続々と集まって来る。漫才同好会のステージで、どの程度、体育館内の観客が逃げて、『オズの魔法使い』の前に、2Aを目当てにする客が集まってくるか?演劇部の次が2Aなら、今の客をそのまま見込めるだろうけど、それでは、演劇部との実力差が露骨に解ってしまうのが悩ましい。


「葛城さん、ちょっと良い?」


 真奈が台本を片手に麻由のところに寄ってきて、演技についての再確認をする。 真奈の役割は、ドロシーを自分に中に呼び込む事と、麻由の注意を引き付ける事。麻由を2Aのステージに集中させて、紅葉と美穂が動きやすい状況を作る。




-文架市東の土地開発区-


 文架市の看板やバリケードで封鎖された広い敷地に、バルミィの宇宙船があった。既にエンジンは起動している。コックピットでは、バルミィが操作パネルを操作していた。


「さ~て、美穂の作戦通りに行ってくれるばるかな~?」


 文架警察署から支給されたスマホで時間を確認するバルミィ。そろそろ、優麗高に向けて、宇宙船を離陸させる時間になる。




―体育館―


 ステージ上では、漫才研究会が漫才を披露している。時折笑い声が零れるのでダダ滑りではなさそうだけど、演劇部の後では会場内が“笑い”とは別の暖まり方をしているので、かなりやりにくそうだ。

 次が出番の2Aは控室に詰めている。本番の緊張感でピリピリしており、大道具・小道具・照明が忙しなく動き回り、キャスト達が着替えとメイクをしている。つまり、総監督の麻由は完全に動けない状況だ。


  「いい加減にしろっ!」

  「どもっ、ありがとうございましたぁ~っ!」


 漫才同好会の出番が終了して幕が下り、2Aは第1幕の準備を開始する。一通りの段取確認を終えた麻由は、客観的に自信作を見る為に客席に移動をする。漫才研究会を目的に見に来ていた客達がポツポツと退席をするが、ズラリと並んだ折り畳み椅子の6割は埋まってる。そして、2Aの『オズの魔法使い』を目当てにした客達が入館してきた。この調子なら、8割方は埋まりそうだ。麻由は、その状況に満足をする。


 やがて、体育館の照明が落とされて幕が開き、『オズの魔法使い』が始まった。




―体育館裏―


 裏の非常口は、ダイレクトで控室へ出入りできる。運営から「そこから搬入するように」と言われた軽音部が、体育用具室から楽器や機材を運び始めた。紅葉&美穂&亜美が手伝う。真奈合流の件も含めて、それなりに世話になったのだから、これくらいは手伝って当然だろう。

 この行動は、生徒会や教員の目を欺く目的もあった。これで“不穏分子のゲリラライブ”を疑っている連中に対して、「紅葉達が楽器を運ぶのは軽音部の為」と印象操作をできる。

 紅葉と亜美が2人でアンプを運んでいたら、非常口前に待機をする大きな背中を発見。紅葉が、元気よく挨拶をする。


「スモーの前のブチョ~さん、ちぃ~っすぅ~っ!!」

「やあ、お疲れさんたい」

「こんにち・・・・・・・・・・・・・」


 釣られて挨拶をしようとした亜美が途中で絶句。美穂は「変な奴が居る」と特に気に留める風でもなく、軽音部は、どう処理をすれば良いのか解らず、眼を合わせずに無言で通過をする。紅葉以外が対応に困惑したのは、石松の格好が意味不明だったからだ。巨漢が、化粧をして、煌びやかな着物を身に纏い、結い髪のカツラを被っている。どう見ても、女性の格好だ。もの凄く似合わない。


「なんだ、アレ?妖怪か?」

「石松先輩・・・だよね?」

「んぇ?イシマツ先輩だよぉ!アミ、ワカンナイの?」

「わ、解ったんだけど、いつもと違いすぎて」

「いつもと変わらないぢゃん」

「アイツ(石松)、いつも、あんなオメデタイ格好をしてんのか?」

「してない!いつもは、もっと、ちゃんとしてるよ!

 クレハ、石松先輩をどんな目で見ると、

 アレ(女装)を、いつもと同じ格好に見えちゃうの?」

「んぉぉっっ!アミゎ、どんな目でイシマツ先輩を見てんの?

 いつもゎ、もっとカッコ良く見えるの!?」


 紅葉に質問返しをされた亜美は、先日の火車が出現して不安になっていた時に、一緒に居てくれた“優しい石松先輩”を想像して、直ぐに我に返って赤面をする。


「ど、どうして、その質問になるの?話が飛躍しすぎっ!」

「ひやく?・・・よくワカンナイけど、まぁいいや」


 アンプを運び終えた紅葉は、女装した石松のところに寄っていく。


「そのカッコウ、ど~したんですか?」

「あぁ、次が3Dんステージなんばい。こら、役ん格好や」

「へぇ~・・・おもしれぇ~。写真撮ってィィですか~?」

「構わんばい」


 紅葉は、ポケットの中からスマホを出そうとして、スマホを持ってない事に気付く。軽音部の楽器を運び出す際に、体育用具室に置いて来てしまったらしい。


「持ってくるから、アミゎちょっと待っててっ!」

「え?ちょっ、クレハっ!」


 紅葉は、亜美を置き去りにして駆けて行ってしまった。美穂&軽音部が、次の荷物を運ぶ為に用具室に戻っていく。亜美も、同行したいんだけど、紅葉に「待ってろ」って言われたのに付いて行ったら、石松から「避けている」と思われそうなので、仕方なく待つ事にした。体育館裏に、亜美と石松だけ残ってしまう。


「あ、あの・・・」

「はひぃっ!」


 亜美が気を使って話し掛けると、妙に意識をしてしまった石松が上ずった返事をする。亜美は驚き、石松は動揺をして黙ってしまう。しばらくの沈黙の後、再び亜美が口を開く。


「あ、あの・・・なんの役をするんですか?」

「世界史は詳しゅうなかとばってん、虞美人とか言う絶世ん美女ん役らしい。」

「虞美人?中国の楚漢戦争(項羽と劉邦の戦い)の項羽の奥さん・・・ですよね」

「詳しかばいなあ」

「まぁ・・・人並みには」


 虞美人は作中のヒロインのような扱いの人物。亜美の基準で考えれば、石松=虞美人は、絶対に違う。「なんで、そんな不似合いな役を?」と聞こうとしたが、「本人が乗り気だったら失礼な質問になってしまう」と考えて、なにも聞けなくなってしまう。しばらくの沈黙の後、今度は、懸命に話題を探した石松が口を開く。


「ステージんスケジュールに無かったばってん、ライブはやめたんか?」

「あぁ・・・ライブ・・・ですか」


 ライブは無許可だけど強行するつもり。「だけど、石松に本当のことを説明して良いのか?」と返答に困ってしまう。


「・・・え~っと・・・ですね。色々と忙しくて、ライブは諦めました」

「そっか・・・そら残念。

 平山しゃん達がバンドばするなら、応援しよごたったな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少し残念そうな表情で微笑む石松。嘘を付いてしまった亜美は、申し訳ない気持ちになる。


「石松!ラブいとこ悪いけど、そろそろ時間だぞ」

「そんなんじゃなかっ・・・・・すまんのう平山さん」

「い、いえ・・・」

「じゃあ、失礼するたいっ」

「・・・・あ、はい」


 3Dの生徒が、茶化し気味に石松を呼びに来た。石松は恥ずかしそうに訂正をしながら去り、亜美が1人で残された直後に紅葉と美穂が戻ってくる。


「んぁ?イシマツセンパイゎ?」

「もう行っちゃったよっ!」

「ありゃぁ~・・・ザンネン。

 せっかく、アミとツーショットを撮ってあげようと思ったのにぃ~」

「余計なお世話だよっ!」

「そんなことより、そろそろバルミィが来るぞ!次の段取りを始めようっ!」

「そ~だった!こんなところでノンビリしてる余裕無いよ、アミ!」

「クレハが待ってろって言ったんでしょ!」


 紅葉&美穂&亜美は、麻由が動けないうちに段取りをする為に、部室が並ぶ南に向かって、サッカーの練習試合が終わったグラウンドを突っ切っていく。




―体育館―


 『オズの魔法使い』は、なかなか好評で終わった。キャスト達が横一列で並んで笑顔で深々と挨拶をする。

 真奈・愛犬トト役・かかし役・ブリキ人形役・ライオン役・魔法使い役の6人は、子供達へのサービスで握手やツーショット撮影するのにステージから降りた。本番直前で、真奈が提案したアイデアなんだけど、これも好評。6人は次々と群がる子供達の催促に笑顔で応じてる。

 キャストのNGは無し。観客のウケも良かった。あえて不満を挙げるなら、贔屓目に見ても、演劇部には適わなかった。


(無事に終わって良かったわ・・・あとは・・・)


 麻由の、2年A組の一員としての優麗祭での役割は終わった。ここからは、生徒会長として「無事に優麗祭を終える事」に集中をする。体育館の出し物は滞りなく進み、残るは3Dの演劇と軽音部のライブのみ。事故や、風紀に引っかかるような問題も起きず、ケガ人はサッカーの試合中に擦り傷こしらえたとか、包丁で指を少し切ったのが何人か出た程度。


「このまま、何も起こらなければ良いけど・・・」


 1番気がかりだった紅葉の動向だが、これと言って何もやらかしてない。事前に軽音部との接触を断ち切って、ピアノを使用不能にしたおかげで“足並みを乱す行為”は諦めてくれたのだろうか?

 しかし、まだ気は抜けない。「軽音部のライブに乱入する」とか、「軽音部の後にスケジュールを無視してライブを強行する」などの愚行に備えて、麻由は、体育館の監視を続けるつもりだ。それに、バルミィの宇宙船の“飛行計画”も気になる。

 上着のポケットの中でスマホが振動をして着信を報せる。スマホの画面には生徒会役員の名前が表示されていた。用件は察しが付く。麻由は、「やはり来たか」と表情をしかめて、着信に応じる。


〈生徒会長!北の上空に宇宙船が浮かんでいます!〉

「バルカン人の宇宙船ですね」

〈わ、解りません。ですが、生徒会長の予想通りです。どうしますか?〉

「申し訳ありませんが、私は、少々、手が離せません。

 そのまま監視を続けてください。

 降りてくる気配があれば、妨害をお願いします。

 その場合は、私も大至急、そちらに向かいます!」


 麻由は、ハナから宇宙船の着陸を妨害できるとは思っていない。人間が宇宙人の宇宙船に勝てるわけが無い。しかし大義はある。優麗祭を守る為に、身を挺して宇宙船の接近を阻止しようとする行為が同情を誘い、自分達が正義で、不穏分子が悪という印象が決定的になるのだ。宇宙船をライブのステージにするつもりでも、体育館でライブを強行するつもりでも、不穏分子は詰んでいる。

 3Dの公演開始まで、あと10分。ギリギリまで2Aキャストの握手会は続きそうだ。自分のクラスが活動をしている以上、総監督の麻由が体育館を離れるわけにはいかない。


 麻由は気付いていなかった。真奈が提案をした握手会が、麻由を足止めする作戦だという事を。

 そして、3Dの次は軽音部のライブだ。「不穏分子が軽音部の機材運びを手伝った」という目撃情報は得ている。「不穏分子が軽音部に乱入する可能性がある」「軽音部終了後に強行する可能性がある」と考えている麻由は、当分は体育館から離れられない。

 2Aキャストの握手会終了を見届けた麻由が、念の為に控え室の確認に行くと、軽音部が待機をしていた。不穏分子の姿は無い。控え室に来るか、体育館の観客に紛れ込んでいるか、どちらにしても気を抜く事は出来ない。




―3年D組の演劇―


 中国史の『項羽と劉邦』を題材にしたコメディーである。笑いが絶えない舞台だった。演劇部の花形であり、優麗高のトップ3の一角の田村環奈が、劉邦(主人公①)の悪妻役(呂皇后)を堂々と演じている。そして、相撲部主将で全国大会3位の石松英邦が、何故か、項羽(主人公②)の妻で、作中で最も美しい役(虞美人)を演じている。


「あははははっ!普通なら、田村が虞美人役で、石松は豪傑役じゃね?」

「うははっ!何故、このキャスティングにした?」


 3年生でトップクラスの知名度を誇る2人の全力演技とギャップがウケている。美少女の田村が、ハイテンションで奇声を上げたり、変顔を晒したり、絡んできた武将の尻を蹴飛ばしたりの大熱演。高々と足を上げて蹴りを放った瞬間にスカートの中が見えた。もちろん、チラリ前提のスパッツだけど、周囲の男子共が、「おおっ!?」と歓喜の声を上げる。


 様子を見ていた麻由は、演劇部のステージで迫力のある演技をした田村環奈が、今度は、砕けた演技をやり通すギャップに絶句をしていた。田村が所属する演劇部に負けて、今また、田村が所属する3Dに負けたと感じていた。


(なんで?

 歴史を愚弄したとしか思えない低俗な演劇が、こんなに支持を得ているの?)


 2Aは、決して3Dには負けていない。3Dのコメディーをアホらしいと眺め、2Aのメッセージ性を追求した演劇を評価する者も相応に存在する。麻由が裏方ではなくキャストを務めれば、田村環奈に匹敵する支持を得た可能性はある。だが、麻由は、会場に賑わいに捕らわれ、勝手に「負けた」と解釈をしていた。


「・・・クッ」


 思わず声が漏れて表情が歪む。麻由の動揺は、僅かな時間ではあるが、不穏分子への注意を怠る事に繋がってしまう。

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