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9-4・紅葉ダウン~仲間達の決意

―翌週(優麗祭前のラスト5日間)・優麗高―


 だんだんと「優麗祭の本番が近い」雰囲気になってきた。

 2年B組では、組み立て前の客室と厨房の間仕切りが完成した。

 2年A組は、本番の衣装を着て、ほぼ完成したセットに囲まれ、通しでリハーサルをする。

 2年C組は、展示物の仕上げに取りかかってる。美穂も「最後くらいは」と参加をして、今更、自分のクラスの企画が“妖怪の展示”と知った。美穂が製作を手伝っているのは、身長2mの鬼の模型らしい。

 校門に掲げる『ようこそ優麗祭へ』と書かれた看板を製作してる実行委員達。



-優麗祭まで、あと2日-


 真面目に講義を聴いている亜美や真奈や麻由。ボケッと窓の外を眺めている紅葉。同じく外を眺めているんだけど「如何にして麻由の目を潜り抜けてゲリラライブに辿り着くか?」と思案する美穂。


 放課後になると、各クラスが、それぞれの準備を進める。2年A組は、衣装と大道具だけでなく、音響班と照明班も加わって、体育館のステージ上で詰めのリハーサル中。2年C組の鬼の模型が完成した。

 麻由を中心とした生徒会&執行部は、当日のスケジュールについて入念に打合せをしている。


 学校が終わった後は、貸しスタジオで練習に励む紅葉&亜美&美穂&真奈&バルミィ。




-優麗祭前日-


 【ようこそ優麗祭へ】ってロゴとイラストが描かれた看板が正門に飾られた。

 本日は通常授業は無い。丸一日、翌日の優麗祭の為の準備日となる。2B教室では、午前中に間仕切りを設置して厨房の区画を終え、午後からは、レンタル機材の搬入を待ちながら、部屋の前に看板や、飲食スペースに机と椅子を設置する。プレハブ教室の隅では、紅葉&亜美を中心に、買い出し班が集まって、集めたレシートで現時点での支出を計算する。


「当日の食材やジュース、レンタル代、試食用の材料、

 使い捨ての紙皿やコップ・・・こんなもんかな?」

「ふぇ~~~~~~~~」

「間仕切りの飾りの費用が、思ったより掛かっちゃってるね」

「んぇ~~~~~~~~~~~」


 手際良くレシートの内容を精算書に書き込んでいる亜美とは対照的に、紅葉はレシートを眺めながら唸っている。


「どうしたの、紅葉。」

「お金いっぱい掛かっちゃってる。これ。ァタシ(実行委員)の自腹?」

「そんなわけ無いでしょ。

 今の支出に、明日の収入が入って、差額がマイナスの場合は、

 クラスの皆で負担するんだよ」

「・・・そっかぁ~~~~」


 納得をした紅葉は、厨房区画の隅に積まれた食材(肉と野菜は当日配達)の入ったダンボールを、今にも「チョットくらい良いよね?」と麺を引っ張り出して食らいそうな眼で眺めている。大食の紅葉にとって、目の前に山のように食べ物がある状況は、途轍もない誘惑なのだ。


「紅葉・・・今日は帰って良いよ」

「んぇっ?なんで?ァタシ、実行委員だよ」

「あとは、飲食スペースの配置と、支出計算をすれば終わり。

 紅葉が居なくても大丈夫だからさ。

 紅葉は、明日、たくさん頑張って欲しいから、今日はゆっくりしてよ」


 配置は既に決められている。どうせ、レシート計算のような細かい作業が苦手な紅葉は、眺めているだけで機能しない。それよりも、亜美には、紅葉の顔色が良くないことの方が気になる。今日までの約3週間、「文化祭実行委員として、クラスを引っ張ってきた疲れが出ているのだろう」と考えて、紅葉を気遣う。


「ん~~~~~~~~ワカッタ。ならお願いね」


 紅葉は、ベースを担いで帰宅をすることにした。プレハブ教室を出て校庭を歩いていると、正門前で美穂と真奈とバルミィが集まって話している。2年B組に限らず、どのクラスも「あとは当日を待つのみ」で、今日はそれほど作業が無いのだ。


「おう、紅葉!亜美はどうした?」

「まだやることあるから残ってる」

「今から、貸しスタジオに行って、練習しようって話してたんだけどさ、

 紅葉ちゃんは時間ある?」

「んっ!あるよっ!貸しスタジオ行こうっ!

 アミにゎ、終わったら来るようにLINEしとくねっ!」


 紅葉が「ライブのリハ」と聞いてテンションを上げた為に、その場に居る誰1人、紅葉の顔色が悪いことには気付かなかった。亜美に「今日はゆっくりしろ」と言われたのに、いきなり反故にしたこと。そして、亜美はまだ忙しくて、紅葉の送ったLINEを見る余裕が無かったこと。それらが、この後の悲劇を招くことになる。


 スクーターを無断駐車しているスーパーまで徒歩の美穂に合わせて、紅葉と真奈は自転車を引き、バルミィも歩く。信号待ちをしながら、美穂とバルミィは仲良く会話をして、真奈はスマホのチェックをしている。


「んへぇ~~~~~~~~~~・・・・・ぐはぁ!」


 トラブル発生。派手な物音が鳴り響いたので見たら、紅葉が自転車を抱え込んだまま倒れていた。驚いた美穂が抱き起こして、真奈とバルミィが呼びかける。しかし返事が無い。


「あら・・・あの子達は?」


 車で優麗高に向かおうとしていた葵怜香が通過。異常を察して急ブレーキで減速をして、車を路肩に駐めて降りてきた。


「貴女たち、どうしたの?」


 美穂とバルミィは怜香を見て嫌な表情をするが、怜香はお構い無しに割り込んで来て、紅葉の熱と脈を確認する。


「平熱だし、脈も正常・・・だけど、意識は混濁。

 ・・・念の為に医者に行った方が良いわね。この近くの病院は?」

「この近所で医者に掛かったことが無いので、よく解りません」

「仕方無いわね。車で運ぶから、彼女を私の車に乗せて。

 それから、狭い車で申し訳ないけど、付き添いでもう1人」

「あぁ・・・はい」


 大人だけのことはあり判断は的確。美穂は、不満に思いつつも「あたしが付き添う」と従って、紅葉と一緒に怜香の車に乗り込んだ。


「・・・あ、あの?」

「桐藤さんが私を警戒しているのは解るけど、今はそれどころじゃないでしょ。

 私は、お友達の不調を無視してインタビューをしたり、

 これを貸しにして子供に恩を売るほど、汚い大人じゃないわよ」


 怜香の言葉を聞いた美穂は、少し信用をした。真奈とバルミィに見送られて、怜香は、紅葉と美穂を乗せた車を発車させる。見送った真奈とバルミィは、自転車に乗って(バルミィは紅葉の自転車)、直ぐに後を追う。




-文架総合病院-


 真奈とバルミィが到着。待合室の美穂と合流。隣には、青白い顔でグッタリした紅葉が座っている。


「診療は?」

「さっき終わって、今は結果待ち。熱計ったけど平熱で、念の為に採血した」


 3人は、紅葉を間に挟んでベンチに座る。皆、不安で口数は少ない。真奈が眼に涙を浮かべ、心配そうに紅葉の手を握り、堪りかねて口を開いた。


「明日・・・どうなっちゃうかな?やっぱり(ライブは)中止かな?」

「想定外だったな・・・・こればっかりは、なるようにしかならない」

「私・・・このグループがこれで終わりなんて嫌だ」

「あたしも・・・これで終わりにはしたくない」


 真奈と美穂が、悔しそうに表情を歪めて俯く。それを見たバルミィが、意を決して立ち上がった!


「皆、聞いてほしいばる!

 ・・・紅葉が回復しなくても、ボクは、ゲリラライブをやりたいばる!」

「えっ!?」 「バルミィさん!?」

「ライブが中止になって、一番悔しい思いをするのは、

 きっと、発案をした紅葉ばるっ!

 だから『自分の所為でライブ中止』なんて思わせたくないばる!

 紅葉が満足に動けないなら、ベースをぶら下げて、

 ステージ上で座ってるだけでも良いばる!

 入院が必要なら、ボクは、病室に届くくらいの気持ちを込めて歌うばる!

 もし、このまま、意識が混濁が続くなら、ボクの歌で目覚めさせるばる!

 紅葉が望んでいるのはライブの成功なんだから、

 何がなんでも成功させたいばる!」

「・・・バルミィ」 「・・・バルミィさん」

「もちろん、学校と関係無いボクが勝手に決められることじゃないばる。

 キミ達が決めることだけど『ライブをやる』がボクの意見ばる!」


 バルミィの決意を聞いた美穂と真奈は、深く頷いて立ち上がった。2人とも、尋ねられるまでもなく、バルミィの意見に賛成なのだ。


「平山さんも、きっと賛成してくれるよ」

「明日のゲリラライブ、紅葉の為に絶対に成功させよう!」


 正面に拳を突き出す美穂!真奈が美穂の拳に手を重ね、その上にバルミィが手を乗せた!目の前のソファーで紅葉が、まだ息をしているにも係わらず、美穂&真奈&バルミィは「紅葉、天国で見ていてくれ!」くらいの決意表明をする!


〈源川様、源川紅葉様。診察室1番へ、お入り下さい〉

「あ、呼ばれた」 「・・・・・・行こう」


 検査の結果が出たようだ。両脇で紅葉を支えて4人で診察室に入ったら、パソコンのモニターを眺めていた医師が、割と明るい表情で「どうぞ」と椅子を勧める。物言わぬ紅葉を座らせて支えながら、美穂&真奈&バルミィは固唾を飲んで医師の言葉を待った。


「結論から言いますと・・・・・・ただの空腹ですね。至って健康です」

「・・・ん?」 「・・・へ?」 「・・・ばる?」


 聞き間違えかな?美穂&真奈&バルミィの脳内で、医師の言葉が何度もリピートされる。


「はあああああああああああああああああっ!?!?!?」×3

「無理なダイエットでもしてるんですか?

 成長期なんだから、ちゃんと食べないとダメですよ。

 処置室で栄養剤を点滴しますから、それが終わったら帰っていいです」

「・・・・・・・・・・・・」 

「お大事に」

「・・・・・あ、ありがとうございます」 「・・・・・お世話様でした」


 先程までとは違う心情で言葉を失った3人は、看護師の案内で紅葉を処置室へ連れて行く。

 紅葉の点滴待ちをしながら、色々と思い返すと心当たりはゼロでは無い。紅葉が試験で140位を取った時に、死にそうな顔をしながら言っていた。


「ご飯なら、お替わり2杯まで。パンだと1斤まで。麺類は2人前まで。

  おかずは並盛1人前。オヤツは抜き→→→で、空腹か?」

「そんなに食べてるの?」

「紅葉の場合、足りなきゃ自腹で学食や買い食いするんだけど、

 ベースギター買ったのと、キーボードのレンタルで、

 小遣い無くなったんだろうな・・・」

「ノーダメージのはずの葛城さんの嫌がらせ(ピアノ封じ)が、

 シッカリとダメージになっちゃったね」


 約1時間後、美穂から事情を聞いた葵怜香が、病院のレストランで食事をおごってくれた。申し訳なさそうに縮こまって「私達は大丈夫です」と何度も頭を下げてる美穂&真奈&バルミィ。その向かいの席でミックスフライ定食とハンバーグカレーを瞬殺した紅葉が、ひもじそうな表情して他の客の食事を眺めるので、堪りかねた怜香はチャーシュー麺と中華丼と餃子を追加注文してあげる。先ほど怜香は「貸しにして恩を売るつもりはない」と言ってくれたが、これは凄まじく大きな借りになりそうだ。


「オメーって奴は、ホントにもうっ!!」


 堪りかねた美穂が、テーブルを手の平で叩いて立ち上がる。

 紅葉が、亜美に言われた通りサッサと帰宅をしていれば、または、紅葉との付き合いが長く、小学校時代の紅葉が「空腹になっただけで大泣きをした」のを知っている亜美が一緒に居れば、この下らない悲劇は免れただろう。


「どんだけ燃費が悪い身体なんだよっ!?」

「まあまあ、落ち着きなさい・・・・人それぞれ体質ってものがあるから」

「それにしても『お弁当の直後に空腹で倒れる』なんて、

 離れ業にも程がありますっ!」

「さっきの決意表明が恥ずかしすぎるばる」


 レストランの片隅に不自然に太い観葉植物が置いてあり、丸く抜かれた穴から紅葉の母・源川有紀が顔を覗かせている。気配の消し方が見事なので、誰も「ハリボテの植物に人間が隠れている」とは思っていない。

 紅葉が戦闘に参加をして妖力を酷使したなら、極度に消耗してしまうのは納得が出来る。紅葉の保護者として、それくらいのことは把握をしている。厳しい母親の自覚はあるが、鬼ではない。著しく消耗をすれば、ちゃんと食わせ補充をして、紅葉の体調には、充分に気を付けているつもりだった。

 だが、食事制限をした9日前以降、戦闘の類いは一切発生していない。怪我の回復に燃費を消耗させたと解釈しても、1週間前には、ほぼ完治をしている。以降、紅葉の周りで発生したことは、通常授業、優麗祭の準備、バンドの練習のみ。要は、一般人と同程度に食事をして、一般人と同じ事しかしていないのに、極度なガス欠になったのだ。


「・・・我が娘ながら情けない」


 観葉植物のフリをした有紀は、美穂と真奈とバルミィと怜香に対する詫びの言葉も見つからず、ただハラハラと涙を流していた。

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