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9-2・粉木医院~バルミィ受入報道 ~ピアノ禁止

―翌日(金曜日、優麗祭の8日前)―


 紅葉は担任に「病院に行くので遅れる」と電話連絡をして、陽快町の『粉木整形外科』へ向かう。

 本来なら放課後に通院するべきだが、粉木医師は多忙で午前中しか医院で診療しないので、学校を遅刻する選択肢しか無いのだ。紅葉としては、仕方無く“堂々と授業をサボれる”ので、何の問題も無し。


 古い大木を見上げたり、気が向いた路地へ入って迷路みたいに入り組んだ裏通りを物珍しそうに眺める。狭い路地の両側に並ぶ古びた木造家屋の群れ。庭で、紅葉に向かって尻尾を振りながら吠える雑種犬。

 そんな風景を楽しみながら、陽快町の『粉木整形外科』へ到着。『YOUKAIミュージアム』というインチキ臭い博物館の隣にある病院とは名ばかりの古びた木造一軒家である。病院なのに看板すら無い。

 玄関のチャイムを鳴らすと、関西弁の好々爺の声がインターホンから聴こえた。


「予約してた源川で~す!」

〈鍵は開いとるから、勝手に入りや~〉


 スリッパを履いて廊下を進み、居間の手前の右側の扉を開くと診察室である。奥の戸棚には、医療器具・漢方薬を調合する道具・薬草etc.が、それなり整理されて置いてある。その部屋に中央で、粉木勘平が待っていた。


「ちょっと診せてみいや」


 荷物を適当に置き、袖を通さず羽織ってたジャケットを脱ぎ、三角巾を外して、粉木の方へ患部を向けて椅子に座った。包帯を解いてガーゼを剥がした粉木は、「どれどれ」と手を添えて、患部をジッと見る。最初は酷かった青痣が、だいぶ小さくなって腫れも引き、肌色を取り戻しつつある。


「順調に回復しとる。もう、普通に生活する分には、痛みは無いやろ?」

「はいっ!」

「もうしばらく湿布と包帯はせなあかんけど、もう、普通に動かしてもええで。

 まぁ・・・許可を出す前から、三角巾を取って動かしてるんやろうけど」

「動かしてませんよぉ」

「なら、そのギターは、何やねん?三角巾外さなら使えんやろ」

「ありゃ?バレてた?・・・それゎ優麗祭のィベントでチョット」

「まぁ、ええ。三角巾をせんでええのは確かや。

 クスリ作るから、ちょっと待っとれや」


 診察室から出てキッチンへ行き、茶と温泉饅頭を盆に乗せて持ってきて「口に合うかの?」と勧め、自分は棚から薬草を取り出し、擂り鉢で擦り潰して軟膏の調合を始めた。

 数分後、外に出た紅葉は、三角巾から解放された腕をブンブンと振るい、続けて、空中に向かって拳を数発繰り出す!ようやく、腕を自由に使えるようになった!今までも、時々勝手に三角巾を外してたけど、堂々と外して良いのは気分的に違う!自転車に跨がり、腕をグルグル振り回しながら、喜々として学校に登校をする!


「並外れた回復力・・・さすが有紀ちゃんの娘やな」


 窓ガラス越しに紅葉を見送る粉木勘平。言うまでもなく、紅葉の母が、情報共有の為に頻繁に粉木邸を訪れていることなど、紅葉は知らない。

 彼に医師免許は無く、当然、彼の本職は医師ではない。ただし、普通の医師では解らない「妖気によるダメージ」の診察眼と治療をする能力は極めて高い。一般的な町医者ではなく、「妖怪討伐に従事する者」の治療の為に臨時で医師をしているので医院の看板は出ていない。彼の本業は“無免許医師”ではないので、午前中の早い時間帯しか診察を出来ないのだ。




―昼休み・2Bプレハブ―


 紅葉は3限目の途中に登校をしてきた。その後は普通に授業を受け、やがて4限目が終わって昼休みになる。

 亜美と机を寄せて弁当を広げていたら、美穂も来て加わる。紅葉は、三角巾で腕を吊らずに食べられる事を喜びながら、弁当を食べ始めた。ただし、試験順位の降下の罰で中身は少なめ。全然足りないので、食べ終わったら学食か購買に行って、自腹で追加を食べるつもりだ。


 前の席でスマホいじりながら食べていた男子生徒が、不意に「大変だ~!」と怒鳴って立ち上がり、慌ててテレビを点けて、昼ニュースをセレクトした。画面の片隅に『LIVE』と表示され、文架文化会館の大ホールが映っている。

 画面の向こうでは、壇上に据えた立派な机に文架市長&文架市広報担当と警察署長&副署長&文架警察署の広報担当の5人が並んでいる。他のクラスも同じニュースを見ているらしく、安普請なプレハブの壁を通して、両隣の教室から同じ音声が聴こえてきた。



-TV中継(文架文化会館・大ホール)-


 女性アナウンサーが、緊張した表情でカメラに向かってレポートをしている。


〈世界中から注目されてる宇宙人少女について、

 沈黙を貫いてた文架警察署から公式な発表がされる模様です。

 ・・・・・・あ、始まるようです〉


 壇上で席に座ってた警察署長が立ち上がった。ざわついてた会場が静まり返る。


〈では、時間になりましたので始めさせて頂きます〉

〈既に話題になっておりますが、

 文架警察署で身柄を預かっている宇宙人について、正式な発表を致します。

 宇宙人の出身星は金星で、名前は、バルカ・ヴィナ・タン・ミーメ。

 バルカン人の金星に住む姫のミーメという意味になり、通称はバルミィ。

 地球人と同様の性別が有り、性別は女性。体格は地球人と酷似しています〉


 地球に訪れた目的は観光の為。バルカン人の姿が地球人とよく似ているので、以前から地球に興味を持っていた事。事情聴取や実況見分の末、「地球に対する悪意は無し」を判断された事。宇宙船の故障により、暫くは大気圏からの脱出は出来ない事。


〈それら全てを精査して、関係機関と協議を重ねた結果、

 バルカ・ヴィナ・タン・ミーメ女氏と技術提携をして、

 『条件付きで、地球への滞在・行動の自由を認める』と言う結論に至りました。

 引き続き、条件について、副署長が説明さていただきます〉


〈条件①:宇宙船を武装解除して、文架市が所有する郊外の空地に停泊させる。

   ②:宇宙船を飛ばす際は、地球の航空法を遵守する。

   ③:戦闘に特化した超能力を、むやみに使わない。

     緊急時や正当防衛の場合は、この限りではない。

   ④:日本国外へ出かける場合は、所定の手続きをする。

   ⑤:行った先での法に従い、秩序や風紀を乱さない。

   ・・・・・・条件は、以上であります〉


 テレビ画面の向こう側では、無数のフラッシュが壇上に向けて光っている。記者達は大慌てで本社へ連絡したり、腕組みして考え込んだり、前代未聞の事態に様々な反応をしている。


〈もう1つ・・・

 バルカ・ヴィナ・タン・ミーメ女氏の所在は文架警察署として、

 文架市、及び、文架警察署が、彼女の身元引受人となります。

 この件に関しましては、既に、日本国首相からの許可も受けております〉



-2年B組-


 テレビ画面に釘付けになっていた紅葉&亜美&美穂だったが、一様に明るい表情になった。バルミィの地球滞在が認められたのだ。この調子なら、戻ってくる日も遠くないだろう。

 紅葉は、成績が悪くて懲罰中なんて事は、どうでも良くなった。



-TV中継(文架文化会館・大ホール)-


 舞台の袖からバルミィが出てきて壇上の中央に立つ。続けて、文架市長も前に出て並んだ。バルミィは無数のフラッシュで照らされながら会釈をして、市長が“文架特別市民”と書かれた証明書を、客席のカメラに見せてから、バルミィに渡す。


〈ありがとうございますばるぅ~!〉


 続けて、壇上では、机と椅子が用意され、バルミィが転居届に必要事項を記入する。やがて書き終えて対面の市長に渡し、市長が自ら印鑑を捺して、文架市民となる手続きが完了。地球人とバルカン人が友好条約を結ぶ大きな1歩が踏み出された。


〈バルミィを文架市民とし、観光大使に任命する案が、可決されました。

 彼女には文架市の名所や名産品のPRを務めてもらい、

 地域の活性に~~~~~・・・・・〉


 会見では説明しないが、昨日の演習の直後、各国のトップが破格な待遇で「自国に来て欲しい」とバルミィを誘惑した。しかし、既に文架市で大切な物を得ているバルミィは、各国が示す破格な待遇程度では首を縦に振らなかった。

 その後、夜通しで、日本を中心とした友好国間でオンライン協議が行われ、「日本が知り得た情報は共有する」「手続きをせずに国境を越えた場合はスパイ行為と見なす」を前提として、各国は「バルミィの日本滞在」を認めた。


 こうも早くバルミィの受け入れが整ったのは、夏沢雛子と秋川岳虎の、責任を賭けた推薦が大きい。一昨日の羽里野山の実況見分で、バルミィは、幾らでも逃げ出せる状況だったのに、捜査員達に足並みを揃えて、逃げる素振りは一切見せなかった。それどころか、「いつ逃げてもおかしくない」と疑われている状況にもかかわらず、疑われないように温和しくするより、迷子の幼子のフォローを優先させた。上層部は、バルミィの行動を、「信頼できる」と判断したのだ。

 そして昨日の模擬戦により、友好国が「隠蔽よりも情報公開」を望んだ為、もう隠す必要が無くなったのだ。



―2年A組―


 麻由はサンドイッチを時々思い出したように口へ運びながら、テレビ画面を見入ってる。表面上は落ち着いてるが、心中は穏やかでない。何故こうも簡単に、異星人が受け入れられるのか?内心では、怒り・妬み・嘲り等の負の感情が込み上げていたが、必死で堪えて“いつもの自分”を演じていた。

 ライブについては、決定的なトドメを刺したつもりだが、バルミィの復帰で、ハミ出し者達が息を吹き返す可能性が出て来た。今のうちにダメ押しをして、徹底的に潰しておく必要がありそうだ。麻由は、しばらくの思考の後、まだ食べ終えていないサンドイッチを片付けて立ち上がった。


(・・・葛城さん?)


 真奈は、足早にプレハブ教室から出て行く麻由をチラ見したあと、直ぐにテレビ画面に視線を戻した。ボーカルが参加できるか解らないまま練習を続けた“名も無きバンド”に、「ついにライブの主人公が合流する」と心を躍らせる。



―昼休み終了間際―


 TV画面では、記者質問を交えて「この結論に至までの経緯」の説明が長々と始まった。紅葉&美穂&亜美が、「昼休み中には中継は終わらないな」と感じながら夢中に見ていたら、突然、グラウンドのスピーカーから、生徒会長・葛城麻由の声で「緊急放送です」と声がして、全校放送が流れ始めた。各プレハブ教室には流石にスピーカまでは設置していないので、外に出て放送に耳を傾ける。


〈本日より無期限に、体育館のピアノの無断使用を禁じます。

 ピアノの使用は、授業、式典、イベントの時のみ。

 使用時以外は、蓋を閉めて施錠します。

 使用希望者は、先生もしくは生徒会に申し出て、所定の手続きを行って下さい。

 優麗祭ステージ部門での使用は、既に届け出があるものは許可済みとします。

 ピアノは非常に高価で、メンテナンスが大変な楽器です。

 予期せぬトラブルで使えなくなる事態を防ぐ為、ご協力をお願いします〉


 一難去って、また一難。バルミィが復帰すると喜んだ途端に、アテにしていたピアノが使えなくなってしまった。顔を見合わせて困惑する紅葉と亜美。2Aプレハブの外で放送を聞いた真奈も「どうしよう?」と寄って来る。

 優麗祭当日は、紅葉&美穂&真奈は楽器を持ち込み、亜美は体育館のピアノを借りてライブをするつもりだったが、禁じられてしまった。紅葉と美穂はド素人。亜美がピアノを弾く手段を封じられたら、頼みの綱は真奈のギターのみ。

 既に届け出がある企画はOK=まだ届け出の無い紅葉達のライブはNG。麻由から露骨に目の敵にされた状況で、これから届け出をして許可をもらえるのだろうか?


「桐藤さん、今の放送聞きましたか!?ヤバいですよっ!」

「どうしよう、美穂ちゃん!?ダメかもっ!」


 しかし、動揺している紅葉&亜美&真奈とは対照的に、美穂は、外に放送を聞きに行こうともせず、2Bプレハブ内で椅子に座ったまま、落ち着いた表情でスマホを弄っている。


「ミホっ!なんで、そんな他人事みたいな顔をしてんだよぉ?」

「あぁ・・・他人事だからな」

「えっ!?」 「はぁ?」 「ほへぇ?」

「女帝は、お嬢様すぎて、キーボードがレンタルできるって知らないみたいだな」


 美穂は挑戦的な笑みを浮かべて、キーボードレンタルの画面が表示されたスマホ画面を紅葉達に見せる。


「余計な出費になるけどさ。今のうちに予約しておけば何とかなるんじゃね?

 オマエ等3人で折半すれば、払えない金額じゃないだろ?

 まぁ、問題は、女帝様にバレないようにして、

 どうやって学校内に持ち込むか?だろうけどな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3

「アイツ(麻由)、バルミィの復帰を聞いて手段を選ばなくなってきたな。

 紅葉っ!亜美っ!売られた喧嘩は買う!

 ライブをするのは、その辺の空き地じゃない!何が何でも優麗祭だ!

 届け出なんて必要無い!どうせ、許可なんてもらえない!

 だから、無許可のゲリラライブを強行するぞっ!」

「ぅん!」 「そうだねっ!」

「熊谷っ!オマエは、あたし達とは立場が違う!アイツ(麻由)と同じクラスだ!

 あたし達に付き合えば、立場が悪くなるかもしれない!

 でも、あえて言う!あたし達に手を貸してくれ!」

「そのつもりです!今の葛城さんのやり方は、私も納得できません!」


 ピアノ封じは、麻由にとっては会心の一撃のつもりなのかもしれないが、アッサリとクリアをした。それどころか、皮肉な事に、紅葉&美穂&亜美&真奈の結束力を強める手助けになってしまった。

 余談だけど、動揺しまくった紅葉達は、美穂が「キーボードのレンタル代は、紅葉と亜美と真奈で折半しろ」と言って、ちゃっかり自分を頭数から外していることに気付いていない。




―文架文化会館・大ホール―


 独自の特ダネを欲して集まっていた記者の大半が落胆をしていた。その中に、インターネットでニュース配信をする“Nジョルナーレ”という個人経営の会社の敏腕ジャーナリスト・葵怜香あおい れいかの姿もある。一昨日の夕方、羽里野山で警察車輌をつけていたのは彼女だ。文架警察署の隠蔽を暴こうとしていた矢先に、バルカン人の存在が公にされて文架市民になった。


「何か他に・・・まだ公にされていない情報は無いのかしら?」


 これでは、文架市に泊まり込みで調査をした意味が無い。どのマスコミが発表する情報も同じになってしまう。怜香は、警察の発表に隙が無いか、改めて、バルミィが最初に出現をした羽里野山の事件から確認する。同日に、何処かの高校が遠足で訪れたらしく、登山の最中にリアルタイムで色々と呟いたり画像を貼っている。


「・・・・これって?」


 何の変哲もない実況に混ざって、『美穂を乗せて飛ぶバルミィ』の画像を見付けた。

 バルカン人の宇宙船がが羽里野山に不時着をして、一悶着あったのは公の事実。だが、現地で遭遇した高校生を背中に乗せて飛んだなんて初耳だ。バルカン人は、高校生と一緒に何をした?背に乗っている高校生は、なんでこんな非現実的な状況を平然と受け入れている?バルミィが文架市民になった理由は「バルミィが望んだから」と説明されたが、「何故、バルミィが文架市に拘るのか?」が全く説明されていない。


「・・・優麗高等学校」


 怜香は、画像の端に写っているお揃いのジャージに注目して、文架市内の学校のHPを検索したら直ぐに解った。所在地と、画像に写っている制服もチェックする。今からこの住所の場所に行って、この制服を着た生徒に接触すれば、詳細を聞き出せそうだ。


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