8-3・貸しスタジオ~軽音部の演奏と説得
-優麗高-
キャスト班の練習は打ち切りになったが、他の2Aメンバーは、大道具の設定をしたり、衣装係が本を見ながらデザインを考えたり、照明係は台本を眺めながら「〇幕のこのシーンで暗転」とか「〇幕の冒頭、この角度からスポットライトでドロシーを照らす」と打合せをしており、麻由は各打合せに満遍なく参加をして指示を出している。
「・・・・・・・・・」
仲間達を眺めていると、真奈は自分が情けなくなる。美穂達の力になりたいけど、麻由の方が正しいのは事実だ。みんなが決められた事を頑張っているのに、勝手に予定に無いライブをやろうとしている美穂達は、完全にルール違反だ。なら、麻由が言う通り、ハミ出し者は無視をして、やるべき事をやれば良い。でも、それは解ってるのに、美穂達を悪者と考えて切り捨てる事が出来ない。
「・・・だけど」
美穂から「二度と話しかけるな」と言われてしまった。真奈は、美穂の剣幕に気圧されて萎縮をしているわけではない。美穂に嫌われてしまったのがショックなのだ。
宗平良中学の1年生の時、真奈は、特にやりたい部活動も無くて、友達に誘われるままバレーボール部に入部をした。そこで、桐藤美穂という、キラキラと輝く3年生の存在を初めて知った。副キャプテンだったが、多分、キャプテンよりも指導力があって、レギュラー、兼、作戦参謀として、宗平良中バレーボール部を支えていた。メチャクチャ格好の良くて、女子なのに女子から人気があった。きっと、美穂は、2個下の後輩の存在すら知らないだろう。真奈は、美穂みたいになりたかったけど、統率力も運動神経も並程度だったので、中学の3年間を通じて、「第2の美穂」には成れなかった。
同じ学区だったので、美穂の身内の不幸は噂で聞いた。何となく事情を知っていたから、他の連中のように美穂を白い目で見ようとは思わなかった。むしろ、真奈自身の境遇と重ね合わせて、独りで生きている美穂を格好良く感じた。
そんな美穂が「一緒にバンドをやらないか?」と声を掛けてくれたのだ。内心では嬉しくて仕方なかった。約束通りに依頼をクリアしてくれた美穂の力になりたかった。
「・・・ん?何の用だろう?」
スマホを確認したら、軽音部のメンバーから「ちょっと顔を出して」とメッセージが入っていた。部外者は軽音部の邪魔はしては禁止されてるのに、行っても良いのだろうか?真奈は、溜息交じりに歩いて、体育用具室に向かう。
―貸しスタジオ―
「ストップ!紅葉また間違えたっ!」
「そ~ゅ~ミホだって、テンポ変ぢゃね?」
始めて30分経過。紅葉は、小さい手でベースの太い弦を押さえ続けてるので、左の指先がヒリヒリ痛い。左腕の打撲もまだ痛む。「ちょっと休ませて」と言えば済む話なのに、意地っ張りな性格が邪魔して言い出せなくてミスを連発する。それが美穂には「物覚えが悪い」と映ってしまう。
美穂は美穂で、30分も叩き続けたら疲れた。「ちょっと休もう」と言えば済む話だけど、意地っ張りな性格が邪魔して言い出せなくて、結果ミスを連発していた。紅葉の事は非難できない。
空気を読んだ亜美が、「ちょっと休む?」と提案したのを幸い、思い思いの場所に座り込んで一息吐く。
「クレハ、ひょっとして痛いの?」
「ん・・・ちょっとね」
「・・・そ~ゆ~のは、素直に言えよな」
「ぅん・・・でも、頑張る」
「あんまり無理しちゃダメだよ」
10分ほど小休止したら、だいぶ身体が楽になった。誰からともなく立ち上がり、亜美が手書きの楽譜を出して2人にアドバイスしてから練習再開。その後は適度に休憩を挟みながら練習して、やがて予約していた2時間が迫ったので、切り上げてスタジオを後にする。
美穂は、学校で発したイライラがスッカリ晴れていた。グダグダ悩まずに、やるだけやってみる。演奏は、まだまだド素人で問題だらけだけど、行動をしてみたら気分はスッキリした。癪だけど、紅葉の「行動あるのみ!」のおかげだ。
「合わせて練習してもみてワカッタけどさっ!やっぱ、ギター、ほしいねっ!」
「まぁ・・・そうなんだけどね」
「熊谷は無~ぞ!ギターを入れたければ、他のヤツを見繕え!」
美穂だって、実際に演奏してみて、紅葉が言った事は痛感した。紅葉と美穂がド素人で、亜美が牽引してくれるおかげで、なんとなく演奏になっている。これでは亜美の負担が大きすぎる。やはり、あと1人、ギターが欲しい。だけど、生徒会長に内通をした真奈を許すつもりは無い。彼女を参加させるくらいなら、3人で下手なりにどうにかする。無謀かどうかなんて関係無い。これは美穂の意地だ。
―翌日の放課後(火曜日、優麗祭の11日前)―
今日も、貸しスタジオに行って練習をする事になっている。HRを終えた美穂が、鞄を担いで2Cプレハブから出て行こうとしたら、軽音部の中井聡が寄ってきた。
「今日は来ないの?」
「用具室に・・・か?
生徒会長に釘を刺されちゃったから、さすがに、もう行けないだろう。
ムカ付いたけど、オマエ等の邪魔になってるってのは事実だろうし・・・」
「そっか・・・来ないんだ?そりゃそうだよね。もう、楽器も辞めちゃうの?」
「ん~~~~・・・それは・・・」
楽器はまだ辞めていない。ライブについては諦めかけてるけど、心の何処かでは、まだ、どうにかしたいと思っている。だけど、迂闊な事を言って、また生徒会長にバレてしまうと、更に圧力が掛かるだろうから、美穂は返答に困ってしまう。
「あっ!ナカイさんだっ!
これから、貸しスタジオに行って楽器の練習するから、遊びに来てよっ!」
「・・・・・・おいおい」
美穂が「どう回答しようか?」と考えてたのに、いきなりバラすバカが出現。2Cプレハブの入口で、紅葉が、美穂と聡に向かって手を振っている。
「あっ!源川さん!貸しスタジオで演奏してるの?
楽器、辞めたわけじゃなかったんだね!良かったぁ~!
あの後、心配してたんだよ!」
「んっへっへ!
セートカイチョーにゎ怒られたけど、
ベース嫌いになったワケじゃないからっ!」
「何処の貸しスタジオ?川東?」
「ぅんにゃ!川東ゎ高いから、川西の商店街の近くにあるスタジオだょっ!」
「あっ!そこは、安いから、私達もたまに使ってる!遊びに行っても良いの?」
「ぅん!もちろん!ィィよね、ミホっ!?」
「全部決めてから許可を取るなっ!」
今までの付き合いや、昨日の青のりの一件で、紅葉に思考パターンはだいたい解る。「下手な演奏を見せたくないから来るな」と言っても、一度「来い」と言い出した紅葉は譲らないだろう。もう、紅葉の中では、軽音部を呼ぶのは決定事項なのだ。既に、楽器を続けているのがバレた状態で、「呼ぶ」「呼ばない」の口論は時間の無駄。むしろ、体育用具室が出禁にされた状況では、師匠に出向いてもらえるのはありがたい。美穂は、タラズ(紅葉)を見てヤレヤレと溜息をつき、同意をした。
-貸しスタジオ-
紅葉&美穂&亜美と軽音部5人の計8人が、貸しスタジオがある雑居ビルの階段を上がっていく。以前は、貸しスタジオと言えば此処しか無くて、電話予約をしなければ、なかなか部屋を借りられない状況だったらしいが、川東に別経営の設備か整った貸しスタジオが出来てからは客が取られ、平日の昼間は、比較的、直ぐに入室が可能なのだ。
グループ別に受付を済ませて部屋に案内された。事前に軽音部から呼ばれていたので、紅葉達は、部屋に荷物を置いて軽音部の部屋に集合をする。
「私達が演奏するから聞いてね」
紅葉達の到着を待っていた軽音部が練習開始。本番さながらのテンションで演奏を見せてくれた。
♪~~
「・・・・・・・・・・すげ~」
「・・・・・・・・・・・マジかよ・・・」
見学してた紅葉・亜美・美穂は、打ちのめされて挫けそうになる。全ての次元が違い過ぎた。「まあ、何とかなるしょ」と気軽に始めたけど、あと11日間程度で何処までやれるかと不安になってくる。バルミィが優麗高に馴染むどころか、満場のブーイング浴びて終わりじゃなかろうか。亜美と美穂は言うまでもなく、前向きで怖いもの知らずな紅葉さえ、軽音部のパフォーマンスに圧倒されてしまった。
「ぉぉぉぉぉ・・・・・ベースってスゲ~」
「どう桐藤さん?参考になった?」
「うん・・・・・・・・・・・・・楽器を舐めてたよ」
「ァタシとミホ、かなりゃっべぇ~~」
「だって、まだ初めて1週間足らずでしょ?急には上手くならないよ」
「・・・・そりゃまあ、そうだけど」
軽音部の上手さは嫌と言うほど解った。だけど不思議で仕方が無い。彼女達は、なんの為に「歴然とした力の差」を見せつけたのだ?実力差を見せつけて、「楽器に触れて1週間足らずのでは赤恥をかくから、ライブなんて無謀な事はやめろ」と、トドメを刺すつもりなのだろうか?紅葉達が意気消沈して困惑をしていたら、ギターの豊沢愛が徐に口を開いた。
「最初、桐藤さんが、私達のところに顔を出した時は、
悪いけど、ただの冷やかしだと思っちゃった。
でも、毎日来て、真剣に習ってたし、生徒会長に出禁にされても諦めてなくて、
貸しスタジオまで借りてるって知って、真面目にやろうとしてるって解った」
「・・・う、うん。冷やかしでは・・・ない。
あたし達なりに、真剣にやってるつもり」
「真剣って解ったからこそ疑問なの。
優麗祭でライブやるなら、何で今頃になって急に?
せめて、半年くらい前から始めてりゃ良かったじゃん」
「・・・まぁ・・・そうなんだけど」
「楽器を知らずに習いに来たばかりの頃ならともかく、
今なら、桐藤さん達の演奏じゃ、どうにもならないって解るよね?
それなのに、なんで、ライブをやり通そうと思っているの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紅葉&美穂&亜美は、直球、且つ、正論の質問に困惑したが、「此処で誤魔化したら、軽音部の協力は得られなくなる」と判断する。どのみち、ライブ決行は難しくなってきてるんだから、これ以上バレても状況は悪化はしないと考えて話す事にした。
「実はさ・・・ボーカルにバルミィを据えて、みんなを驚かせようって思ってて」
「歌がメチャクチャ上手いんだよ」
「バルミィって・・・遠足の時の宇宙人?」
「んっ!そうっ!
ァタシ達が、バルミィと仲良しなのを皆に見せて、
皆にも、バルミィを好きになって欲しくて」
3人は洗いざらい話した。2Bのホームルームで、バルミィが受け入れられなかった事。気晴らしに行ったカラオケでバルミィの歌声が素晴らしかった事。カラオケを流してバルミィが歌うだけでも事足りるけど、あえて自分達の演奏でバルミィが歌う事で「地球人とバルカン人達が仲良くなるキッカケになれば」と考え、その舞台を優麗祭と決めた事。
「良い話じゃん」 「応援したくなってきた」
話を聞き終えた軽音部の5人が納得をする。そして、5人で顔を見合わせて頷き合った後、先程までより真剣な表情で美穂を見つめ、豊沢愛が再び口を開いた。
「桐藤さん達が真剣なのも、ライブをやりたい理由も解ったよ。
そんな素敵な理由があるなら、私達も協力したい。
でも、ドラム歴1週間の桐藤さんや、
怪我でロクに練習できてない源川さんじゃ、どうにもならない。
あえてハッキリ言わせてもらうけど、バンドを嘗めないで欲しい。
仮に、平山さんが上手かったとしても、
まともに演奏できるのが平山さんしかいないなら、
平山さんがエレクトーンを弾くだけにして、バルミィちゃんが歌った方がマシ。
桐藤さんと源川さんは、不協和音で足を引っ張るから、参加しない方が良い」
「んぇぇ?ふきょーわおん??」
「どうしても、皆でやり遂げたいなら、
桐藤さんと源川さんは、あまり手を広げず、
残り2週間で出来る範囲をマスターして、
曲中は出来るようになったリズムを組み合わせて弾くだけにするしかない。
でも、それじゃ、バンドとして成立しない」
「何が言いたいんだよ?」
「単刀直入に言うね。
今のスキルでバンドを成立させるなら、真奈ちゃんを参加させるしかない。
ある程度弾ける真奈ちゃんと平山さんで、リードとサイドを分担するしかない。
それが嫌なら、バンドは諦めるべき」
「ずっとバンドをやってる私達並ってワケにはいかないけどさ。
私達が保証する。真奈ちゃんの演奏は、それなりに聴けるよ」
美穂が表情を曇らせる。あけすけなく指摘をされた紅葉と亜美も動揺を隠せない。
-回想(1年前)-
「熊谷さん、お願いっ!」
「無理無理無理無理無理っ!できるワケ無いってばっ!」
「そこを何とかっ!」
同学年の中井聡&日山陽&矢吹南、そして三角巾で腕を吊った豊沢愛が、真奈に頭を下げる。彼女達は優麗祭でバンド演奏をする予定だった。だが、ギター兼ヴォーカルの豊沢愛が腕を怪我してしまったのだ。本番までに怪我は治らない。ヴォーカルはできるがギターはできない。ドラム、ベース、キーボードは担当がいるのだが、バンドの花形とも言うべきギターが不在。そこで、推理研究会(兼、何でも屋)の真奈に白羽の矢が立ったのだ。
「宗平良中(真奈の母校)の子から聞いたよ!
熊谷さん、音楽の授業でギター上手かったんでしょ?」
「そりゃ~、初心者に比べれば弾けたけどさ。
近所の親戚からギター借りて、遊び半分でいじったことがあるだけだってば。
基本しかできないよ!」
「それで充分だよ!
メインのリズムは南(キーボード担当)にやってもらうからさ!」
「え~~~~~~~・・・」
真奈は急な依頼に困惑をしたが、軽音部員達が「キチンとフォローする」と条件を出して、半ば押し切られる形でギターのピンチヒッターを引き受ける事になった。
放課後は、豊沢愛のエレキギターを借りて練習をする。休日は親戚のギターで練習をする。軽音部員達からは「形ばかりでも充分」と言われたが、「居ても居なくても関係無かったね」とは言われたくないので、真奈なりに頑張った。結果、素人演奏なりに、真奈は軽音部のライブを成功に一役買うことが出来た。
軽音部が“紅葉や美穂のコーチング”を引き受けたのは、真奈の頼みならば断れなかったからなのだ。
-回想終わり-
美穂は露骨に不満そうな表情をしている。真奈が、軽音部との関係を繋げてくれたってことは理解している。だが、それでも、美穂の判断を否定するような“真奈の押し売り”は面白くない。
「なんで、用具室で練習できる軽音部が、ワザワザ貸しスタジオまで来て、
あたし達に接触したのか不思議だったけど、
熊谷にそう言えって頼まれたのか?」
「真奈ちゃんは何にも言ってない。
真奈ちゃん、嬉しそうに『私も参加する』って言って、
毎日、クラスの練習が終わってから用具室に来て、
桐藤さん達には内緒で、桐藤さん達の選んだ曲を練習してたよ」
「昨日あんな事があったから、真奈ちゃんを呼び出して事情を聞いてみたの。
そうしたら、生徒会長に、バイクの依頼の件で金銭の授受を疑われて、
黙ってたら桐藤さんの立場が悪くなるって思ったら、
ライブの事を言うしか無くなったって・・・。泣きながら教えてくれたよ。
桐藤さん、真奈ちゃんと、ちゃんと話してないよね?
真奈ちゃんは桐藤さんを裏切ったワケじゃない。生徒会長が一枚上手だったの」
美穂は、小さく舌打ちをして、しかめっ面のまま立ち上がった。
「時間が勿体ない。練習するぞ」
部屋から出て行く美穂。紅葉と亜美は、軽音部の説明をもう少し詳しく聞きたい様子だったが、部屋を借りたまま何もせずに時間が経過してるのも事実なので、軽音部にお辞儀をして、美穂を追って部屋から出て行った。
軽音部メンバーは、3人が退室すると同時に、大きく溜息をついて安堵の表情を浮かべる。友人の真奈の為に勇気を持って意見をしたけど、「怒った美穂に殴られるんじゃないか」ってメッチャ怖かった。




