8-1・美穂は英雄?~バルミィ聴取~麻由からの疑惑
世間では、文架市に出現した怪物の話題で持ちきりになっている。何社かのテレビ局が、戦いの様子を中継していたらしい。文架警察署に取材が殺到したが、現時点では詳細はノーコメント。取材陣には「重要参考人との接触に成功したので、詳細が解り次第、会見をする」「それまでは余計な行動を慎むように」「フライングをした報道関係者は会見に同席させない」と通達した為、今のところ一様には落ち着いている。
紅葉や美穂は警察が言った“重要参考人”がバルミィと知っている。あの時、一定の情報を持つバルミィが警察に投降してくれたおかげで、警察の捜査は表面的には沈静化をしている。バルミィまで逃げていたら、警察は“戦いに参加した第三者達”の捜索に躍起になっていただろう。
やはり、バルミィの選択は正しかった。紅葉や美穂が捜査の目を気にせずに安穏としてられるのは、バルミィのおかげだ。
―井伊桔町・杉田邸(日曜日、優麗祭の13日前)―
真奈が自室のベッドでリラックスしながら『オズの魔法使い』の台本を広げ、明日の放課後に稽古するシーンの台詞を覚えていた。主演に選ばれたのだから、適当に演じるわけにはいかない。だけど、美穂に誘われたライブにも惹かれている。両立させるには、出来るだけNGを出さずに稽古を早めに終わらせて、残りの時間でギターの練習をするしかない。
コンコン
「真奈ちゃん、ごはんだよ~」
ドアをノックする音に続いて、杉田家の長男が呼ぶ声が聴こえる。幼い頃に母を亡くし、中学時代に父を亡くし、身寄りの無い真奈は、父の義弟の家に引き取られて居候をしていた。返事して立ち上がり、廊下に出て居間へ直通してる階段を降りかけた。居間のテレビから緊迫した声がしてる。
〈何でしょうかっ!?見た事も無い怪物が暴れています!
何者でしょう?白い騎士のような・・・・〉
昨日から何度の繰り返し流されている文架市内で発生した事件の映像だ。炎を纏った10mの狐と、警察所属のザックトルーパーや白い騎士や黒い騎士や空飛ぶ生物、そして桃色の鎧武者が戦っている。真奈は、桃色の鎧武者と黒い騎士は知らないが、白い騎士=美穂と、空飛ぶ生物=バルミィは知っている。2人には、羽里野山で助けてもらった。
「・・・・・やっぱスゴいな、桐藤さん」
桐藤美穂とバルミィが、文架市の平和の為に戦っている。真奈は、彼女達を誇らしく感じながら、映像に見入ってしまう。
-翌日・優麗高(月曜日、優麗祭の12日前)-
優高では、火車事件の他に、もう一つ話題になっている事があった。桐藤美穂が、単身で刃禍魔琉堕死をフルボッコにして壊滅に追い込み、彼等に盗難された“田村環奈の父親のバイク”を取り戻した噂だ。校内では、「やはり危険なヤツ」と恐れたり、「実はスゲー奴なんじゃね?」と崇めたり、美穂を見る目が煩わしい。直接的に刃禍魔琉堕死を壊滅させたのは警察としても、美穂がそのキッカケを作ったんだから半分は正解。
「ミホ、すっかりエーユーだねっ!」
「面倒クセ~!盗難野郎共(走三と潤)を警察に突き出すべきじゃなかった!」
誰が噂を広めたのか?だいたいの察しは付く。1人は、当事者の3年D組・田村環奈。彼女には、直接報告したわけではないから、だいぶ想像を混ぜて周りに話しているのだろう。そして、もう1人、美穂をやけに英雄扱いしてる噂の出所は・・・。
「桐藤さ~ん!」
2年A組の熊谷真奈が、手を振りながら紅葉と美穂のところに寄ってくる。真奈には直接報告をした。ちょっと気が大きくなって、ついでに「窃盗の主犯格を警察の前に置いてきた」って事まで話してしまったのはミスだったと反省している。事実に様々な尾ヒレが付いて、「美穂が刃禍魔琉堕死を壊滅させた」なんて、とんでもない武勇伝になってしまった。
真奈からは、「鎧の人や黒い騎士も知り合いか」とか訊ねられ、美穂は適当に誤魔化しておいた。ちなみに、羽里野山で真奈を救出した時点で口止めしてあるので、火車戦の中継で映っていた白い騎士=美穂って事は他言はしていない。
「よぉ!田村の父親のバイクは戻ったのか?」
「まだだけど、警察から連絡が行ったって!
証拠として調査をして、数週間後には、戻るみたいです」
「そりゃ、良かった。これで契約成立だな。」
「クマガヤさん、ライブに混ざってくれるの?」
「う、うん・・・その事なんですけど」
真奈は、2Aの演劇の主人公に抜擢されてしまった。トップに君臨している葛城麻由の拘束力が強く、放課後は毎日リハーサルになるので、美穂が軽音部に顔を出す30分間は、真奈は演劇の練習で合流が出来ないのだ。
「でも、少しくらいは練習してるんだろ?」
「うん。
だけど、演劇の練習が忙しくて、
桐藤さん達に合流できるのは土日くらいしかなくて・・・」
「・・・そっか」 「え~~~~・・・ザンネン」
依頼をクリアしたので“真奈はアテに出来る”と思っていた美穂は、少し拍子抜けしてしまう。だけど、クラスの催し物の準備で忙しいなら仕方が無い。紅葉のクラスだって、模擬店を押し通せたから良かったけど、演劇や展示になっていたら、楽器の練習をしている余裕なんて無かった。美穂に至っては、もう少しクラスに協力しなきゃなんだろうけど、完全にスルーしている。
―文架警察署―
取調室で、バルミィの取調が行われている。担当は夏沢雛子で、サポートには秋川岳虎が入っている。雛子と秋川は、バルミィを恩人と考えて一定の信頼をしているので、もう少しリラックスムードで聴取をしたい。だが、宇宙人の事情聴取なんて、署内どころか国中の誰もが興味を持っている。マジックミラーの向こう側では、何人かの偉いさんが立ち会っており、室内のカメラではシッカリと録画がされているので、あんまり気楽な取調は出来ない。事情聴取が本日まで持ち越されたのは、立ち会いをする偉い方々の都合である。
「コーヒーは、お口に合うかしら?」
「いい匂い・・・ありがとうばる」
コーヒーを差し出されたバルミィは、匂いを嗅いで微笑んだ。雛子は、バルミィの仕草を興味深そうに眺めた後、ICレコーダーの録音ボタンを押してから、軽く身を乗り出して本題に入る。
「ではまず、名前と出身星を」
「バルカン人のバルミィ。今は、金星に住んでいるばる」
「地球へ来た目的は?」
「観光ばる。
バルカン人と地球人は似ているって聞いてたから、前から来てみたかったばる」
コーヒーが気に入ったバルミィは、あっと言う間に空にしておかわりを催促する。雛子は、苦笑しながら秋川に目で合図をして、秋川が注いでやった。
「実際に地球へ来てみた感想はどう?」
「満喫してるばる。景色が綺麗だし、ごはん美味しいし、お友達も出来たばる」
「それは何よりね。
友達ってのは、先日、一緒に戦った鎧武者や白い騎士の事ね?」
「うん・・・でも正体とか詳しい事は、黙秘させてもらうばる」
「そう、了解したわ」
雛子や秋川には「バルミィをどう扱うか?」の権限が無い。文架署長どころか警察庁長官クラスでも権限が無い。国のトップ、場合によっては、世界で一番権限がある国の大統領に判断を委ねる事になる。雛子達に出来る事は、バルミィと友好的に接して、「彼女が敵ではない」と国や世界のトップに解ってもらう事。場合によっては、「彼女に危害を加えようとすれば、外交問題発展して、地球より遥かに高い科学力を持つバルカン人が黙ってない」って情報を得て、バルミィに手出しを出来ないようにしてやりたい。
雛子が個人的に考えてる事が1つある。可能ならば、バルミィと友好的な関係を作り、ザックトルーパーの次世代型として、彼女の“アーマード”の技術協力を得たいと思っている。
-放課後-
ホームルームを追えた美穂が、クラスで製作する展示物には目もくれずに、教室から出る。B組の様子を覗いてみたら、紅葉&亜美がクラスメイト達と話し合っていた。
「んぢゃ、早速、調理室に行こうっ!」
「所要時間は1時間くらいかな?」
「土曜日に出来なかったお詫びで、キャベツは刻んでおいたから、
30分もあれば終わると思うよっ!」
焼きそば班は、3交代制で、班長と副班長の計6人が調理実習に参加をする。3~4人ならともかく、紅葉と亜美を入れて8人も参加がいると、紅葉や亜美の家に集まって調理実習をするのは難しい。家庭のキッチンの狭さでは、実稼動をするのは2~3人で、後は突っ立って眺めているだけになってしまう。だから、学校の広い調理室を使う事になったのだ。
紅葉が食材の入った袋を持って、クラスメイト達と2Bプレハブから出たところで、美穂の存在に気付いて寄ってくる。
「土曜日にやるはずだった調理実習が、火車のせいで出来なかったんだっけ?」
「んっ!そうっ!ミホも来るっ!?」
「・・・えっ!?あたしっ!?なんで??」
「どーせなら、特製焼きそばがイケるかどうか、
クラス以外の人にも毒見をして欲しいからっ!」
「クレハっ!毒見じゃなくて味見でしょ!」
「なるほどね。了解。なら、お言葉に甘えて、毒見とヤラをさせてもらうよ。
軽音部に『遅れる』って伝えてから行くから、先に調理を始めててくれ」
「んっ!そ~するっ!」
美穂と分かれた2B調理実習班が学食の調理室に向かって歩く。紅葉と亜美は平然としているが、他のクラスメイトは、美穂の飛びに入り参加に少し困惑気味だ。彼女を知らない者からしてみれば「口より手が早い、コワモテの留年生」ってイメージが定着している。
「ねぇ、紅葉ちゃん。桐藤さんも来ちゃうの?」
「・・・正直、ちょっと怖い」 「私も」
やる気を見せていた仲間達が、急にテンションを下げてしまったので、紅葉と亜美は慌ててフォローする。
「大丈夫だょ~っ!ミホゎ、すっげ~、ぃぃ奴だょ~っ!」
「ちょっと一本気で頑固な面あるだけなのよ。接してみれば解るから」
「でも『刃禍魔琉堕死を壊滅させて病院送りにした』って噂の桐藤さんでしょ?」
「私は『ヤ○ザの事務所へ単身殴り込んだ』って聞いてる」
「ぁ、そ~ゅ~のNG!
ミホって無責任な噂話、するのもされるのも嫌ぃだから、絶対ダメ!」
「全く根も葉もない話だよ」
「ヤ○ザゎともかく、刃禍魔琉堕死の壊滅は、根も葉もあるんだけどね~。
でも、そ~ゆ~話ゎ無しねっ!」
「ク、クレハ!フォローになってないってば!
と、とにかく、怖くないから、普通に接してねっ!」
「・・・・うん、解った」
一方、紅葉からとんでもないフォローを入れられてるなんて思ってもいない美穂は、「真奈はどうしてるかな?」と2Aプレハブを覗いてみる。真奈は、台本を手に持って笑顔を見せながら、麻由と打合せをしていた。気難しい女帝様と、それなりに良い関係を築いているようだ。
「忙しそうだな。熊谷は、演劇の主人公をさせられるんだっけ?」
苦手視している麻由とミーティング中では、真奈に声を掛けにくい。美穂は黙って眺めた後、踵を返して体育用具室に向かう。そんな美穂の姿を、打合せ中の麻由が目で追う。最近、彼女は、軽音部に顔を出しているらしい。田村環奈の父親の、盗難されたバイクを取り戻したって噂も聞く。ただでさえ、2Bの模擬店の件で、美穂にやり込められているので、余計に気に入らない。目障りなハミ出し者が、A組に何か用だろうか?少しばかり気になる。麻由の視線に気付いた真奈が首を傾げた。
「どうしたんですか?葛城さん?」
「いえ、C組の桐藤さんが、こちらを見ていたので、何事かと思いまして・・・」
「あぁ、桐藤さんなら、多分、今後の件で、私に用が・・・。
ちょっと話してきます」
「待ちなさい、熊谷さん!」
美穂を追おうとした真奈を、麻由が大声で呼び止めて腕を掴んだ。振り返った真奈は「しまった」と感じる。麻由と和気藹々と会話をしていた為に、つい気が緩んで、口を滑らせてしまった。
麻由は、先程までとは違う険しい表情をしている。以前は、美穂と真奈に接点など無かった。桐藤美穂は、真奈と何をするつもりだ!?そう言えば“田村環奈の父親のバイク”を美穂が奪い返した事を皆に語っているのは、真奈と当事者の環奈の2人。麻由が、怖い目で真奈を見つめる。
「今から、3Dの田村先輩のところに行きます。熊谷さんも一緒に来て下さい」
「・・・え?なんで?」
「田村さんのお父様のバイクを取り戻した話しが、
事実なのか、根も葉もない噂なのか、確かめる為です。
極めて乱暴な話題です。生徒会として見過ごす事は出来ません」
威圧的に迫る女帝に対して、真奈は抗う事が出来なかった。




