7-4・バルミィ投降~YOUKAIミュージアム~田村家のバイク
ゲンジとネメシスは、互いの顔を見て「うん」と頷き合う。アデスには遅れを取ったが、自分達も撤収をするべき。
「あたしたちも長居は無用だっ!帰ろうっ!」
「ぅんっ!!そだねっ!バルミィ行こうっ!!」
「あっ!待ちたまえ!君たちは一体っ!?」
「えへへっ!内緒だよっ!」
ゲンジとネメシスは、通常サイズに戻ったバルミィに声を掛け、野次馬や警察のパトカーが集まっている国道とは反対の方向へ駆けていく。ザックトルーパーや警官達の脚力では適うはずもなく、あっという間に遠ざかってしまった。
しかし、警察を完全に引き離して、飛び上がって民家の屋根に乗ったゲンジとネメシスは、異変を感じて振り返った。ゲンジ達よりもアッサリと逃走できるはずのバルミィが、まだ戦地に残っている。
「んぇぇっっ!!?バルミィ!?」 「なんでっ!?」
バルミィは、ゲンジとネメシスに向かって「バイバイ」と手を振る。変身さえバレなければ、人間社会で普通に生活できる紅葉や美穂とは違って、宇宙人のバルミィは、公に存在が明るみに出てしまったからには、野放しにはしてもらえない。自分が逃げ続ければ、やがては、自分と接点がある紅葉や美穂に迷惑をかけてしまうと判断をしたのだ。
「バルカン人・・・君は逃げないのか?」
「巨大化でだいぶエネルギーを消耗しちゃったけど、
キミ達が、ボクや彼女達(ゲンジ&ネメシス)危害を加えるつもりなら、
もう一暴れするくらいの体力は残ってるばる。
だけど、キミ達が彼女達を追わないって条件を呑むなら、ボクは逃げないばる」
その言葉は、「ゲンジ達を追うつもりなら、もう一暴れする」という脅しも含んでいる。バルミィの意思を察した秋川(赤ザック)が、「争うつもりは無い」との意思表示を込めて、バルミィの前に立ってマスクを外した。マスクの下から出て来たのは、端正な容姿の若い男だった。
「まずは、私達を助けてくれた礼を言わせてもらう」
「ボクは、キミ達を助けたくて、戦いに参加したわけじゃないばる。
キミ達が、ボクの友達を助けてくれたから・・・」
「理由はどうであれ、助けてもらったことに変わりはない」
秋川は、文架警察署を代表するくらいの気持ちで、バルミィに向けて深々と一礼をする。
「・・・バルミィ、なんで?」
「行くぞ、紅葉っ!」
「・・・で、でもっ!」
離れた屋根の上では、ゲンジが戦地に戻ろうとするが、ネメシスが止める。ネメシスは、バルミィが、このまま隠れた生活をしているのでは、息が詰まってしまう事を解っていた。戻って警察と争えば、バルミィを取り戻せるだろう。だけどそれでは、自分達は警察の敵になってしまう。むしろ、ゲンジとネメシスに“それ”をさせない為に、バルミィが残ったと解釈をするべきだろう。
納得できない部分もあるが、バルミィの選択が正解なんだと思う。異形のネメシスやゲンジを見て「敵ではない」と判断して共闘してくれたんだから、きっと話の解る連中だ。今は、警察の人達と、バルミィの判断を信じる事にする。
「良いんだよ!
多分、これが、バルミィが世間に認めてもらう最短のルートなんだ」
「よ、よくワカラナイ」
「解らなくて良い!でも、バルミィの選択を信じろ!
それくらい出来るんだろう!?」
「・・・う、うん」
ゲンジとネメシスは、バルミィに向かって大きく手を振り、大声で「必ず戻ってこい!」と叫んでから、その場から姿を消した。
―駅西の業務スーパー―
日常会話では間を持たせられない石松は、スマホで“文架市専用掲示板”に書き込まれる事件情報を実況して、どうにか亜美との会話を成立させていた。
「おぉっ?怪物が倒されたごたるぞ」
「本当ですか?」
吉報を聞いた亜美は、無意識に石松に寄って石松のスマホを覗き込む。いきなりの接近に、石松の方が照れて顔を背けてしまった。直後に、亜美のスマホがLINEの着信音を鳴らす。残念ながら、これで石松にとってのチャンスタイムは終了。
亜美は、石松から離れて自分のスマホを操作して、美穂から「戦闘終了。私も紅葉も無事。詳しい事は、あとで説明する」というメッセージを確認。直ぐに「お疲れ様」と返信をする。
「ありがとうございました。私、帰りますね」
「あぁ・・・おう」
亜美は、石松に礼を言い、買った物が入った袋を抱えて、小走りで駐輪場へ向かう。石松は、素っ気なく見送ることしか出来なかった。せっかく仲良くなるチャンスだったのに、「亜美だから守る」ではなく「後輩なら誰でも守る」スタンスを通してしまったことが悔やまれる。誰からのメッセージで、亜美の不安が晴れた?チョット・・・いや、かなり気になる。聞きたかったけど、馴れ馴れしいと思われたら困るし、「彼氏からです」なんて言われたらショックを受けてしまいそうなので聞けなかった。
この時点で意識をしているのは石松のみで、亜美は「ただの先輩」としか思っていない。石松が一緒に居てくれたおかげで、亜美は、不安の中で一定の安心感を得られていたのだが、彼女が石松の存在の暖かさに気付くのは、もう少し先になる。
-鎮守の森公園-
「確か、盗難届は出してあるんだよな?」
〈うん、そう言ってました。念の為に、もう一回確認してみますね〉
「見付けたんだけどさ。
いくら盗難車でも、さすがに、黙って持ってくるわけにはいかなくてな。
今頃は、警察に押収されてると思う。
盗難届が出ていて、警察が調べて盗難車輌って解れば、
多分、近いうちに戻ってくるとだろうな」
〈ありがとうございます!桐藤さんにお願いして良かった!〉
美穂は、ベンチに腰を降ろして、スマホで真奈に「バイク発見」の報告をしており、隣で紅葉がペットボトルのオレンジジュースを飲んで一息ついている。通話を追えた美穂は、脇に置いてあるペットボトルを開けて、お茶を飲み始めた。
「どぉ?クマガヤさん、参加してくれそう?」
「さぁ・・・どうだろ?警察経由だと、2~3日じゃ返却されないだろうからな。
でも、引き摺り込める可能性は高くなったと思う」
現場に放置されて、自分の物ではなく、しかも前輪が外れたバイクを、警察や野次馬が沢山居る状況で持ち出すなんて不可能。だけど、警察で引き取って、持ち主を探せば、やがて田村家に戻るだろう。
だが、面白くない。バイクが放置された=乗っていたヤツらは、全員逃げたって事だ。
「ァタシが行った時は、2人くらい気絶してたけど、
気が付いたら、みんな、居なくなってたょ」
「逃げ得かよ・・・。ムカ付くな」
元はと言えば、奴等のせいで火車が発生して、明閃大橋の大事故が起きた。奴等のせいで紅葉が怪我を負った。奴等のせいで国道の事故が発生し、バルミィが戦いに駆り出されて警察に投降した。
騒ぎの元凶になったバカ共が無事ってのは、1ミリも納得できない。空を見つめる美穂の瞳に、怒りの光が宿る。
「さてと・・・行ってくるかな!今、アシが無いから、自転車借りるぞ!」
「んへぇ?どこ行くの!?」
「ちょっと、ストレス発散になっ!」
「んぁぁっっっ!カラオケっ!?食べ放題っ!
ズルいっ!ァタシもストレス発散行きたいっ!」
美穂は、紅葉の希望をガン無視して、紅葉の了解すら得ないまま紅葉の自転車に乗って、西の方に走って行ってしまった。公園には、プンスカと怒った紅葉だけが残される。
―夕方・YOUKAIミュージアム-
その建物は、紅葉が住む広院町よりも、500mくらい南にある陽快町にひっそりと建っていた。掲げている看板は随分立派だが、知名度の高い博物館ではない。建物の面積は各階100㎡程度の2階建てと、極端に狭いわけではないが、ミュージアムと呼べるほど広いわけでもない。正面には車が5~6台駐められるくらいの駐車場があり、同じ敷地内に、博物館の館長の自宅もある。
先程、戦地で野次馬をしていた老人=粉木勘平が車で帰宅をしたら、紅葉の母・源川有紀が、自宅の前で待っていた。
「なんや、有紀ちゃん?どないしたんや?」
「ちょっと出しゃばりすぎでは?
妖幻ファイターの力は、教わる物ではなく、自分で掴み取るものだったはず」
「見てたんかい?」
「当然よ」
「アレは、おまんの娘に手を貸したわけやない。
異獣サマナーの嬢ちゃんに指南したったんや」
「結果は同じでしょうに?」
「そないに目くじら立てんでもええやん。
ところで何の用や?
シャシャリ出たことの文句を言いに来たわけではあれへんのやろう?」
「まぁ・・・そうねぇ」
粉木は敢えて尋ねたが、有紀が何の相談に来たのかは察していた。有紀は、どこからともなく巨大ハンマーを引っ張り出して、槌頭を地面に置く。そのハンマー側面には“忘却”と書かれている。
「今回は、かなりの広範囲に、妖怪の存在が知れ渡ってしまったわ。
必然的にゲンジの存在もね。
何処まで、忘却対象にするべきか、相談に来たの」
「どないしたもんやろな。警察、野次馬、被害者、ネットやテレビで見た者。
事件を無かったことにするには、目撃者が多すぎるさかいな」
妖怪の存在は公にはしない。妖幻ファイターは、人知れず平和を脅かす妖怪から人間社会を守る。目撃者が限定的ならば、忘却ハンマーでブン殴って“妖幻ファイターと妖怪の存在”を忘れさせる。それも、妖幻ファイターをバックアップする組織の仕事なのだ。
「おそらく警察は、情報統制が成されるやろうな。
念の為に、ワシからも根回しはしとく」
「ネットやテレビの視聴者は広範囲すぎるわ。
日本中の人をハンマーで叩くことになりそう」
バルミィが投降をしてくれたおかげで、警察の捜査が及ぶ可能性は低いだろう。それに、警察自体が満足に説明の出来ない“妖怪”なんて公にしたら、世界中が大騒ぎになる。今回の事件は政府の圧力がかかって“守秘”扱いに成ると予想する。ネットやテレビ視聴者は映像で見ただけ。「対岸の出来事」など直ぐに気にしなくなるだろう。
「・・・そうなると」
「忘却の対象は、野次馬と被害者ね」
「何処の誰だか解っているんか?」
「被害者は確認済み。野次馬は調査中よ」
「なら頼む。白鳥の嬢ちゃんから制裁をされた哀れなアホ共は、特に念入りにな」
誰をブン殴るかは決まった。有紀は、巨大ハンマーを持ち上げて、勇ましく肩で担ぐと、愛車・ホンダCBR 1000RRを駆って任務に向かう。
「・・・・・あたっ!!いたたたたっ!!
やれやれ・・・年甲斐も無く暴れてしもうた。」
有紀を見送った粉木は、痛めた腰を擦りながら、自宅へと入っていった。
―翌早朝―
文架警察署の入口に、少年と青年がバイクに縛り付けられて転がっていた。最初は「何かの事件に巻き込まれた気の毒な少年達」と解釈されて保護されたが、調べたら、バイクは盗難車で、少年と青年は警察が目を付けていた刃禍魔琉堕死メンバーの蔓手走三と東浜潤だった。
不思議なことに、2人とも火車に襲われた張本人なのに、火車のことを覚えてなかった。ついでに、何者かの制裁で警察に突き出されたのに、誰から制裁されたのかも綺麗サッパリ忘れ去っていた。ただし、バイクに怯え、火に怯え、キツネに怯え・・・しかも、取調が始まった瞬間に、走三がアッサリと潤を売ったので、『東浜モータース』の倉庫から盗難届けが出されてるバイクが大量に見つかった。ついでに、潤もアッサリと仲間を売ったので、刃禍魔琉堕死メンバーは次々と補導され、強制的に解散となった。
―一時的に数週間後の休日―
片加尾町に建つ一軒家で、中年男性が2階の一室の扉をノックする。
「環奈、ちょっと良いか?」
「どうぞ~。」
部屋の中では、長女の田村環奈が机に向かって受験勉強をしていた。同室のベッドの上では、姉にソックリな次女が、マンガ本を読んでいる。
「どうしたの、パパ?」
「今からバイクを走らせるんだけど、ちょっと付き合わないか?」
「あ~れぇ~?乗るの久しぶりなんでしょ?ママと一緒じゃなくて良いの?」
「パパ、かんちゃんと乗りたいんだって。行ってあげれば?」
「環奈のおかげで戻ってきたんだからな。最初に環奈と乗りたいんだよ」
「なら、付き合ってあげる代わりに、駅裏のパン屋さんに連れてってね!」
「解った解った!」
「あっ!いいあぁ~!だったら、お土産買ってきてね~!」
環奈が立ち上がって、背伸びをしてからジャケットを羽織り、ソックリな妹が寝転がりながら「行ってらっしゃい」と手を振る。田村家のガレージには、ピカピカに磨き上げられたドリームCB750FOURが戻っていた。火車の浄化によって、宿っていた念は一緒に消えてしまったが何の問題も無い。愛する主と共に走る事で、バイクには楽しくて新しい記憶が蓄積されていく。
今回登場した粉木勘平/異獣サマナーアデスは、パラレルワールドになる『妖幻ファイターザムシード』のメインキャラと同一人物です。




