7-2・亜美と石松 ~ゲンジ&ネメシスvs火車~子妖出現
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美穂への連絡を終えた亜美は、南西の空を見つめて深く溜息をつく。紅葉のことが心配で、美穂に“紅葉の援護”をお願いしてしまったが、これで正解なのだろうか?美穂は直ぐに受け入れてくれたが、美穂のことも危険に駆り出してしまったのではないか?
「平山しゃんじゃなかか。自転車で走っていったんな源川しゃんかな?」
背後から声を掛けられたので亜美が振り返ると、石松英邦の巨体があった。10月なのに、Tシャツに短パン姿。片手に食材が大量に入った袋を提げ、空いた方の肩に10kg入りの米を担いでる。石松は“気になる子”を見付けて、「これ幸い」と声を掛けただけのつもりだったが、亜美の寂しそうな顔を見て戸惑ってしまう。
「どぎゃんしたんや?」
「い、いえ・・・別に。
クレハは急用があって帰っただけです」
石松とは、数日前にちょっと話しただけで、親しい間柄でもない。問われた亜美だったが、さすがに“紅葉が秘密にしていること”は言えないので、当たり障り無く説明をする。石松は、亜美の“寂しそうな表情と歯切れが悪い言葉”に、怪訝そうに首を傾げた。亜美は「誤魔化したのを見透かさせて嫌われちゃったかな?」と申し訳ない気持ちになる。
石松は、しばらく黙っていたが、そのうち思い出したかのように袋を探り、お茶のペットボトルを2本出して亜美に1本渡した。
「飲むか?」
「え?・・・・あ、はい・・・ありがとうございます」
亜美が誤魔化したことを、石松は受け流してくれたようだ。必要以上に壁を作り続けるのも申し訳ないので、亜美は礼を言ってペットボトルを受け取りキャップを開ける。
不安な状況で、知っている顔に会えたから?それとも石松が大らかだから?亜美は、お茶を一口飲んで、少しばかり安堵する。そんな亜美を微笑ましそうに眺めながら、石松も茶を飲んで額の汗を拭いた。
-西の国道-
目の前で出現した“未知”に仰天して、腰を抜かした走三を見捨てて、バイクを駆って逃げ出そうとする刃禍魔琉堕死メンバー達!
「お、おい、オマエ等!待ってくれっ!」
「冗談じゃねーよ!全部オマエの所為だ!」
≪コココォォ―――――――――――――ンッ!!!!≫
火車が雄叫びを上げた途端に、刃禍魔琉堕死メンバーのバイクの内の数台から闇が発せられて急停車!必死でアクセルを捻ったりエンジンの再始動を試みるが、「帰りたい」「オマエなどに操縦されたくない」という意志を持った盗難バイク達は、ピクリとも動かない!強制停止をさせられていないバイク(自前バイク)の連中は、サッサと逃げてしまう!
「ひぃっっ!置いていくなっ!」
「嫌だよ!バカ!!」
「う、うわぁぁぁっっ!逃げろっっっっっっっっ!!!!」
刃禍魔琉堕死メンバー達は、バイクを放棄して蜘蛛の子を散らすように逃げていく!火車は、その中から、自分を盗難した人物=東浜潤を発見して、口から火球を放った!火球は潤の進行方向の地面に着弾して、アスファルトを焼いて炎の壁となって行く手を遮る!現場には、走三と潤だけが取り残された!
《俺ヲ奪ッタ屑ト 汚イ手足デ俺ヲ酷使シタ屑・・・
許サナイ・・・・・地獄ノ炎ニ焼カレテ 永遠ニ苦シメ!》
「ひぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっ!!!!」×2
火車は、大きく息を吸い込んで、腹の中に妖気を溜め、走三と潤に向かって、恨みを込めた渾身の炎を吐き出す!
「とぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!」
直後に、妖幻ファイターゲンジ(紅葉)が横から飛び込んできて、火車の顔面にドロップキックを叩き込んだ!火車の顔が横を向き、吐き出した炎は、明後日の方向に放出される!
着地をしたゲンジは、体の正面を火車に向けて警戒しながら、走三に駆け寄り、「今のうちに逃げろ!」と指示をする。だが、走三と潤は恐怖のあまり、既に気絶をしていた。
つり上がった眼でゲンジを睨み付ける火車。ゲンジは、10mにも及ぶ火車の巨体を見上げる。街中で火車出現の妖気を感じた時、「妖気が強大で、前回よりも強くなってる」ってのは解ったけど、まさか、前回の4~5倍もデカいとは想像していなかった。
「誰か~っ!!!」 「助けてぇ~っ!!!!」
「えっ!?」
中央分離帯を挟んだ反対側の道路。ガードレールに激突した車の中から、女性と子供が助けを求める声が聴こえた。車体を酷く損傷してしまってドアが開かない上に、エアバッグで挟まれて動けない。
火車は空を見上げて甲高く鳴いた!カッと開いた口の中で、炎が渦を巻いてる!火車はどっちを狙う!?少年達(走三&潤)を守るべきか、母娘を守るべきか?・・・などと、ゲンジは迷ったりしなかった!守るのではなく攻める!それがゲンジ!巴薙刀を召喚して振り回しながら、火車に向かって突進をする!
「てぇぇぇっっっっっっっっいっっ!!」
ゲンジは思い切り飛び上がって、振りかぶった巴薙刀を火車の腹に叩き込んだ!炎の放出は防げたが、両手に痛みが走り、巴薙刀の握りが甘くなり、打ち込みが浅くなってしまった!
≪コココォォ―――――――――――――ンッ!!!!≫
火車が振り上げた拳を振り下ろして、ゲンジに叩き付ける!ゲンジは巴薙刀を盾にして辛うじて防御!しかし、勢いまでは防ぐ事が出来ず、弾き飛ばされて地面を転がり、母娘が閉じ込められた車に激突!火車は、空を見上げて、再び口の中に炎を溜める!反撃が間に合わない!自分は回避できるが、このままでは、母娘が炎で焼かれる!
「んぁぁっっ!!」
ゲンジは、力任せに歪んだドアを車から引き剥がし、シートベルトを引き千切り、母親を肩に担いで娘を反対側の脇に抱え、退避をしようとした・・・が、そこで火車と目が合ってしまう!火車が炎を吐き出そうとした直前!
「行けぇっ!キグナスターっ!!」
上空から急降下をした白鳥型のモンスターが、火車に体当たりしてバランスを崩させる!続けて、ネメシス(美穂)がマントを翼のように広げながら降りてきて、火車に体当たり!更に、白鳥型モンスターが地面スレスレを飛んで、よろけている火車の足下を掬い、火車を仰向けに転倒させた!ゲンジの元に、異獣サマナーネメシスが舞い降りてきて着地をする!
「んぁっ?ミホっ!」
「単独行動を怒鳴りつけたいところだけど、説教は後回しっ!
まずは、その親子を安全なところに連れて行け!」
「ありがとっ!」
ゲンジは、火車をネメシス達に任せて、母娘を担いで50mほど退避!パトカー数台とトレーラーがサイレンを鳴らしながら向かってきたので、手を大きく振って停車させ、母娘を託して直ぐに戦場に戻っていった。パトカーから警察官が降りてきて、母娘を保護。続けて、トレーラーから女指揮官=夏沢雛子が降りて寄って来る。
「大丈夫ですか?」
「はい、あの子が、私達を助け出してくれました」
「『あの子』・・・ですか?」
「はい、声は、若い女の子みたいでした」
「アレ(ゲンジ)が女の子。・・・そ、そうですか。
呼び止めてスミマセンでした。後方の警官の指示に従って、避難をして下さい」
女指揮官は母娘を部下に託して見送ったあと、戦場を見つめる。白い西洋騎士、そして、桃色の日本武者が、未知の巨大生物と戦っている。武者は先日の明閃大橋にも出現した異形だろうか?2体の異形が何者かは解らないが、当時の現場にいた避難者達は「鎧武者に助けられた」と言っていた。
「あの鎧武者みたいな怪物が?・・・人類の敵ではないって事?」
トレーラーから降りてきた特殊機動ザックトルーパー部隊(赤×2、緑×10)が、整列をして指示を待つ。夏沢雛子は「怪物の討伐はあと」「先ずは、一般人の安全確保」「避難者を誘導」と指示を出して、ゲンジ&ネメシスと火車の戦いを見る。
「あの白い騎士・・・回りに被害を出さないように考えながら戦っている」
ネメシスは火車に深入りはせず、ゲンジにも突っ込ませず、キグナスターのヒット&ウェイと、ネメシス自身のレイピアによる浅い攻撃で、意図的に火車を苛立たせながら戦っていた!神経を逆撫でされた火車は、ネメシスの誘いに乗り国道から脇の広い田んぼに誘き出される!
「今だっ!行くぞ、紅葉っ!」
「んっっ!!」
「キグナスター!撹乱だ!!」
火車の周りから構造物が無くなったと判断したところで、攻撃開始!
ネメシスの指示を受けたキグナスターが、火車の目の前で、翼を広げて大きく羽ばたくと、無数の羽が舞い散って火車の視界を塞ぐ!ネメシスは突進してジャンプ!舞う羽の中に身を隠しながら、火車に接近をして真上から強襲!白い閃光が縦に一筋走り、火車の右目を深々と切り裂いた!着地して間髪入れず、脛や太腿にもレイピアの切っ先を叩き込む!火車は激痛に苦悶をして雄叫びを上げながら、両腕振り回してネメシスを退ける!
ゲンジは、ウルティマバスターを発動させるべく、Yスマホを収納した左手甲を真正面に向けようとしたが、怪我の痛みに襲われて、体を硬直させてしまう。夢中で母子を助けた時に悪化をさせてしまったようだ。
「んぁぁっ!!」
「なにやってんだ、紅葉!?」
「ゴメンっ!ダイジョブ!!」
ネメシスは“紅葉の傷”を思い出す。つい、「いつも通り」を期待して、無理をさせてしまったようだ。「雲外鏡戦やバルカン戦の時ほどアテには出来ない」「あたしがやらなければ!」と判断して火車に突進!レイピアを振るって滅多打ちにする!火車は腕を顔の前でクロスして凌ぐ!
一方のゲンジは、痛みを堪えて左手甲のYスマホに“神鳥”を書き込もうとしたが、既に火車にダメージを与えるタイミングを逸していた!
≪コココォォ―――――――――――――ンッ!!!!≫
ネメシスに痛め付けられながら、口を真上に向けて5発の火の玉を発する火車!火の玉は、強制停車をさせられたバイク(盗品)から発せられている闇と融合をして、燃え盛る爪と尾を持ったキツネ(4足歩行)に姿を変える!
≪コ―ォンッ!≫×5
「げげっ!子妖が生まれちゃったっ!!」
「どういう事だ、紅葉!?」
「火車が子分を作っちゃったのっ!」
「マジかよ!?一匹だけでも苦労してるってのにっ!」
子妖が飛び掛かってきてゲンジとネメシスを火車から遠ざける!2回ほど回避をしたネメシスが、「大した脅威では無さそう」と判断して、レイピアを叩き込んで子妖を弾き飛ばした!子妖は一定のダメージを受けて地面を転がるが、直ぐに傷を回復させて再び飛び付いてくる!しかも、その間に火車本体もダメージを回復させてしまう!
「くっ!コイツ等、どうなってんだ!?」
「子妖も妖怪と同じっ!祓わないと倒せないの!」
「オマエなら処理できるのか!?」
「ぅんっ!」
「・・・チィ!」
数日前に「紅葉はトドメだけに専念」と決めたばかりなのに、何もかもが予定通りには進んでいない。子妖の処理と火車の足止めを比較すれば、あきらかに火車の足止めの方が負担が大きい。
「紅葉は、子分(子妖)を処理してくれ!
その間、あたしが、デカいヤツ(火車)を弱らせておく!」
「んぇっ!でもっ!」
「アイツを弱らせるのは、あたしの役割!そう決めたはずだろ!」
「ん~~~~~~~~・・・・
ァタシの武器を貸してあげれば、美穂でも子妖くらいなら・・・」
「ゴチャゴチャ迷ったり文句を言ってられる状況じゃね~だろ!
不満なら、サッサと子分(子妖)を倒して、こっちに戻って来い!」
これは、ゲンジが一時的に戦線離脱する事を意味している。ネメシス一人で、火車を抑えられるんだろうか?自信が無いが、今は迷ってる時ではない。何もかもが想定外の状況下で、ゲンジに無理をさせない為には、ネメシスが無理をするしかない。
「・・・でも、ミホゎダイジョウブなの?火車、強いよ!」
「どうにか持ち堪えるから、サッサと子分を蹴散らしてこいっ!」
ネメシスは一方的な指示を出して、火車に立ち向かっていく!子妖が妨害の為に襲いかかってくるが、ゲンジは不満そうに応じて、子妖を跳び蹴りで蹴散らし、ネメシスの突進を援護した!
「紅葉・・・美穂・・・」
遠くの空から戦況を眺めていたバルミィが、表情を歪める。前回の火車は今の火車よりも弱かったが、ゲンジとバルミィのタッグで倒せなかった。しかも、前回は子妖が戦力化をする前に潰したが、今回はシッカリと実体化をされてしまい、戦況はかなり厳しくなった。ネメシスと、怪我をしたゲンジだけで、火車を倒せるとは思えない。
「ザックトルーパー部隊は、謎の白い騎士を援護しなさい!」
一方、ザックトルーパー部隊に避難誘導の指示をして戦いを観察していた夏沢雛子が声を上げる!
「えっ!?あの怪人を・・・ですか?」
「そうよ!私が見る限り、白い騎士とピンクの鎧武者は人間の味方です!」
「解りました!」
現場に配属されているザックトルーパー部隊は2チーム。それぞれが、赤色の隊長格1人と、緑色の隊員5人の、計6人で構成されている。赤ザックトルーパー(隊長)は、雛子の指示を受け、部下の緑ザックトルーパーを従えて、戦場となっている田んぼに踏み込んでいった!
「的確な判断と言いたいとこやが、ただの強化服部隊では、火車は鎮圧でけへん」
野次馬の集団から少し離れて戦況を見ていた初老の紳士が、関西弁でポツリと呟き、人目の無いところを探して動き出す。
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周辺では、パトカーや救急車のサイレン音が鳴り響く。石松は、「何か事件発生?」と察して、荷物を地面に降ろしてスマホで検索をする。
「こん近うで、大変な騒ぎが起こっとるんごたるばい」
「・・・え?」
「何日か前に明閃大橋で暴れた怪物が、また出現したごたるぞ」
「・・・そ、そうみたいですね」
亜美は、紅葉が去った時点で事件を知っているので、石松からの情報は“今更”でしかない。紅葉のことが心配で仕方がないが、石松に合わせた対応をする。一方の石松は、事件の情報を聞いた直後の、亜美の困惑気味の表情を見逃さなかった。
「任せてくれ。
もし、こん辺まで事件が及ぶようなら、俺が平山しゃんば守ってやるばい」
石松は「近くで事件が起きて、か弱い女子が動揺するのは当然だろう」と解釈をして、勇気を振り絞り、意中の子に“男らしさ”をアピールする。
「・・・えっ!?」
見当違いの発言をされた亜美は、驚いた表情で石松をガン見した。直視をされた石松の方が動揺をしてしまう。
「い、いやっ!
そぎゃん意味で守るんじゃなくて、後輩ば守るとは先輩ん務めで・・・」
石松は、「亜美だから守る」つもりの発言だったが、言動が解り易すぎて魂胆を見透かされたと勘違いして、慌てて「後輩なら誰でも守る」と解釈してもらえる発言に訂正をする。
「あ、ありがとうございます。石松先輩って優しいんですね」
「・・・まぁ、あの、その・・・俺は先輩で男やけん」
亜美は軽く微笑んで礼を言う。その表情を見た石松は、「真意をちゃんと伝えることは出来なかったが、今はこれで良いか」と一定の満足をして、間を保たせる為に、持っていたお茶を飲んだ。




