6-2・紅葉の遅刻~麻由動揺と模擬店許可
-山頭野川-
水飛沫の音を聞いたバルミィが、泳いで岸に向かうゲンジを発見。引っ張り上げて、川面すれすれを飛び、真っ暗な河川敷に着地をして、共に変身を解除する。
「ありゃりゃ・・・いっぱい集まってるねぇ」
「大騒ぎになっちゃったばる」
遠目に明閃大橋を見上げると、いつの間にか、橋の袂には、何台ものパトカーや救急車が並んでおり、明閃大橋には立入禁止処置が施されていた。もう去ったとは知らず、警察官とザックトルーパー(警察管轄の特殊武装隊)が、怪物を探して橋の上を駆けている。
「妖怪は何処に行ったばる?」
「妖気・・・感じなくなっちゃった」
「追えなくなっちゃった・・・てことばるか?」
「んっ!逃げられちゃった。多分、元気無くなって、元の場所に帰っちゃった」
精神集中して火車の残留思念を辿るがダメだった。発生した時点で気付いていたが、妖気のレベルが雲外鏡とは別物。簡単には倒せず、部外者達にゲンジの姿を見られ、しかも、広範囲に被害が出たうえに、取り逃がしてしまった。バルミィが居なかったら、足止めできたかすら怪しい。反省材料だらけの戦いになってしまった。
対岸の堤防上で、草むらに隠れた紅葉の母・有紀が、紅葉達の様子を覗っていた。
(私は見守るだけ。あえて手助けしないわよ)
先輩として、そして母として。紅葉が妖幻ファイターとして戦ってるのは複雑な気分だ。心配で仕方ないけど、あえて手助けはしない。ゲンジの力は、教わる物ではない。経験する事により、自分で掴み取るのだ。
―翌朝(優麗祭まで、あと18日)・優麗高―
校庭や教室など、あちこちで、生徒達が昨夜の事件が話題になっている。騒がしいのは、優麗高の生徒達だけではない。夜を徹して事故処理が行われたが、まだ完全復旧してない。戦場になった明閃大橋(国道)が通行止めの為、他の幹線道路が通勤ラッシュで渋滞しており、一部の生徒は、バスが大幅に遅れて遅刻確定だ。
「で・・・紅葉は病院へ寄ってからくるワケね」
それなりに状況を知っている美穂と亜美が、グラウンドのプレハブ教室に向かう。
昨日、体育用具室から飛び出していった紅葉は、それきり戻ってこなくて、「妖怪に逃げられた」「今日は帰る」とLINEメッセージが来ただけだった。美穂は、「詳細は会ってか聞こう」と考えていたが、今朝になって紅葉から「病院に行くから遅刻する」とメッセージが来た。
「ケガをしたって事だよな?どんなケガなのか解るか!?」
「聞いてない。心配だよね」
言うまでもなく特殊機動部隊=ザックトルーパーを中心とした警察官達が、本腰を入れて捜査を開始した。
これだけの事件だから、夜以降のニュースで、全国規模で大々的に報じられた。文架市に報道関係者が続々と押し寄せて、空にはテレビ局のヘリコプターが騒がしく飛び回っている。
更に、ネット上では、遠目だが「火車と戦うゲンジとバルミィ」の動画が数件上がっている。スマホが当たり前のご時世である。野次馬が撮影をして、インスタやフェイスブックに投稿しても何の不思議も無い。美穂や亜美だって、ゲンジと無関係で、人外の出現に遭遇したら、同じ事をやっているだろう。
「今のところ、遠くで撮影した動画ばっかだから、まだマシだけど、
全国規模の騒ぎになっちまった。
・・・紅葉がドジこいて、正体バレしなきゃいいんだけど」
「バルミィの事も、知れ渡っちゃったね。どうなるかな?」
動画は、優麗高の生徒達にも広まっている。先日の遠足での騒動で、2年生達はバルたんと遭遇している。2Bに至っては、教室で再会を果たしている。『大事故の現場で、バルミィと謎の鎧武者が、化け物と戦った』って事は、生徒達の間では話題になっていた。
「うちの学校の連中は、『バルミィは悪いヤツじゃない』って
知っているのが大半だろうけどさ、
全国的には、バルミィや紅葉のことは、どう見えているんだろうな?」
「正義の味方と思ってくれる・・・って言うのは、甘い考えだよね」
「うん、同類の怪物が争っている・・・と思われても仕方が無いよな」
美穂は考え込む。妖怪は範疇外なので、昨日は専門家の紅葉に任せ出動をしなかった。その結果が、この大騒ぎである。自分が参加しても、どの程度、被害を食い止められたかは解らないけど、少なくとも現状よりはマシだったように思える。
【2年B組の模擬店】と【ド素人を抱えた即席バンドでライブ】の2つを成功させるだけでも難儀なのに妖怪が出てくるし、紅葉がケガをするし、騒ぎが広がってしまうし・・・障害だらけだ。何からどうクリアさせていけば良いのだろう?
―2年B組―
朝の出席チェックで、「紅葉が医者に行ってから登校するので遅刻をする」と知れ渡り、朝礼が終わった途端に、数人のクラスメイトが亜美のところに集まって来る。
「紅葉ちゃん、どうしちゃったの?風邪でもひいちゃった?」
「まさか、昨日の事件に巻き込まれたとか?」
「え・・・え~とね・・・
昨日の帰りに、自転車で土手から転がり落ちちゃってね」
「また、急斜面を自転車で降りたの?」 「大ケガしちゃったの!?」
「そんなに酷くないみたいだよ」
苦し紛れに、適当な事を言ってしまったが、「如何にも紅葉らしい」ってことで、クラスメイトは納得をしてくれた。普段から‘がさつ’だと、こ~ゆ~時に簡単に誤魔化せて助かる。
亜美はコッソリと≪・・・って事にしちゃったから、話を合わせてね≫と紅葉にLINEメッセージを送る。すると、数秒後には既読マークが付いて、直ぐに≪OK≫と返信が来た。
―2年A組―
生真面目が服を着ているような、典型的優等生の麻由だが、今日は珍しく、授業は上の空で、考え事をしていた。先生から指名されると、慌てて立って黒板を見て、模範解答を発言して、椅子に座って、また考え事をする。
昨日のアレは何だったんだろうか?炎に包まれたタイヤと、知った雰囲気の鎧武者。そして、バルカン人の少女。鎧武者とバルカン人が、炎をタイヤと戦っていた?鎧武者とバルカン人は知人?バルカン人の知り合いで、癇に障る声と雰囲気の持ち主なんて、1人しか思い浮かばない。
(まさか・・・そんなハズが無いわ!
あの子が、妙な扮装をして、私を助けてくれた・・・・・
まさかね、子供番組じゃあるまいし)
鎧武者=知り合いなんて有り得ない。鎧武者もバルカン人なのだろう。タイヤの声が聞こえたなんて気のせい。気が動転して錯覚をしただけ。自分とは何の関係も無い世界の出来事。そう考えて、気持ちを落ち着かせようとする。
『何にもできないクセに、こんな所でウロチョロしていたら迷惑ばる!』
バルカン人に浴びせられた冷たい言葉が脳裏に蘇る。
(何なのよ・・・私は巻き込まれただけ。
それなのに、私が悪いみたいな言い方をして・・・)
バルミィは嫌いだ。それなり苦労して企画した【羽里野山ハイキング】を滅茶苦茶にしてくれた張本人なのだ。大半の生徒達は許したようだが、麻由は許してない。助けてくれたのが、紅葉を連想させる鎧武者というのも癪に障る。努力して築き上げた今の地位が、彼女達によって覆されるような錯覚に陥ってしまう。
―4時限目・2年B組―
優麗祭のためのHRの時間帯なのだが、肝心の文化祭実行委員がいない。代わりに学級委員が仕切ってミーティングをしている。どのクラスも既に担当部門が決まって、具体的な計画に移行してる。噂では、ハナから希望が集まりにくいステージ部門の一択だった2Aは、既に演劇の台本が配られたらしい。だが、2Bに至っては、抽選で外れたにもかかわらず、まだ模擬店を諦めずに「どうやれば場所を確保できるか?」「どんな調理をするか?」「担当をどう割り振るか?」なんて相談をしている。
担任の北村先生&三波先生としては、いい加減に前進するミーティングをして欲しいんだけど、あえて口には出さない。展示や演劇や自主製作映画だと、いつまでも話を前に進めなければ完成が間に合わなくなるが、ステージで下手な合唱や、お粗末なダンス程度なら、1週間前からの準備でも間に合う。やる気が無いクラスはそんなもんだ。思い通りにはいかずに、渋々妥協するのも青春の1ページ。「何事も経験」と思っている。
「ちぃぃ~っすぅっ」
後ろのドアが静かに開き、紅葉が、いつもより声のトーンを下げた挨拶をして入ってきた。さすがに、授業中なので、紅葉なりに気を遣ったのだろう。
包帯がグルグル巻きになってる左腕を三角巾で吊っていて、ブレザーは袖を通さず羽織ってる。ブラウスも着れないらしく下はTシャツだ。そんな痛々しい状態なのに、鞄と一緒にベースギターを担いでいた。
「災難だったな源川。どんな具合なんだ?」
「ぁ、はぃ。骨ゎ何ともなかったですっ!
打撲で全治2週間って言ゎれましたっ!」
この時間帯の中心になるべき文化祭実行委員のお出ましだ。代理をしていた学級委員が気遣うが、紅葉は「バトンタッチ」と言って教壇に立ち、早速仕切り始めた。
「あのさ源川、君がいない時に話し合ったんだけど、
場所が獲得できないなら、教室でやるなんてどうかな?」
「おぉっ!いいかもっ!賛成の人ゎ手ぇ上げて~っ!!」
賛成多数で「教室を利用する」に決定。問題は、換気と寒さ対策である。お客さんが不快にならない程度の室温をキープしつつ、焼きそばを作る時の煙や、トンカツを上げる油がプレハブを汚さないように対策が必要だ。あの生徒会長の事だから、その辺キチンと徹底しなければ許可をくれないだろう。
「厨房と客席の間に、仕切りしよう」
「スーパーのレジ横に『ご自由にどうぞ』って段ボール置いてるじゃん?
あれ貰おう。」
「煙対策は、窓ギリギリにコンロ置いて、扇風機を外に向けて並べて回そう。」
「油の台は、火事にならない距離を確保した上で、
油が飛ばないように囲まなきゃだね。」
「なんなら、いつまでも油を使わないで、
お客さんが来る前に、短時間でみんな揚げちゃえば良いんじゃね?
どうせ、材料を余らせても返品できないんだし!」
トントン拍子で話が進んだ。ふと時計を見たら、あと5分で昼休み。『善は急げ』で、さっさと生徒会長に交渉する事にして、級長に手伝ってもらって、今の案を復唱確認しながらノートに纏める。
-昼休み-
紅葉は、昼食を後回しにして、級長を連れてプレハブ教室から飛び出していく。ほぼ同時に、美穂が、売店に向かうために2Cの教室から出て、2Aに駆けていく紅葉を発見。「また直談判をやらかす気だな」と想像をして、小走りで追い掛ける。
「セェェェ~~~~~トカィチョ~~さぁぁぁ~~~~~~んっ!!!」
遠慮の欠片も無く、2年A組の扉を開けて突撃。購買部に行こうとしていた麻由に寄って行く。麻由は、一瞬だけ表情を顰め、作り笑い浮かべて応じた。
「お疲れ様・・・・・あら、腕どうしたの?大丈夫?」
「ぅん、ちょっとねっ!セートカイチョーさんゎ大丈夫だった?」
「あら、何のことかしら?」
「昨日、明閃大橋で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・えっ?」
「あっ!気のせいっ!今の無しっ!」
昨日、明閃大橋で、ゲンジが麻由を助けたんだけど、ゲンジ=紅葉ってのは秘密なので、紅葉は慌てて話題を変える。逆に、麻由の方が僅かに動揺した。昨日の鎧武者は、炎のタイヤから麻由を守ってくれた。そして、紅葉は麻由が明閃大橋に居たことを知っており、腕にケガをしている。これは偶然なのか?
「今度こそ、B組に模擬店の許可くださいっ!」
「まだそんな事を!?」
「場所が無いなら、教室でやればィィですよねっ?」
「確か、焼きそば店だったわね・・・たくさん煙が出るけど大丈・・・」
「話し合ったっ!煙対策ゎ、バッチリっ!!
コンロを窓際において、扇風機で換気しますっ!
当日の前にちゃんと確認するからダイジョブ!」
「・・・えっ?」
動揺の隙に入り込まれて“取り付く島”を与えてしまった。麻由は、慌てて尤もらしい意見で、紅葉の提案を潰そうとするが、2Bの級長がノートを出して細かい説明をした。丁寧な字で解りやすく書かれてる。簡単ながら図面まで入れてあった。何の落ち度も無い。だけど、許可するつもりは無い。何が何でも、2Bの企画を潰そうとする。
「こんなワガママ、まかり通ると思ってるの!?
アナタ達にだけ許可を出したら、
抽選で漏れて他の部門に移ったクラスに示しが付きません!!」
「まぁ・・・そうなんだけどぉ・・・」
確かに、ごね得なら、他のクラスだって、やりたい事をやる。皆が好き勝手をやれば、学園祭は成立しない。紅葉達が、今度こそ諦めそうになったその時、外で話を聞いていた美穂が、麻由を睨み付けながら教室に入ってきた。室内には熊谷真奈の姿も有り、驚いた表情で美穂を見ている。
「なぁ、生徒会長?話が違うんじゃね~の?」
「えっ?」
「確か『校舎が普段通りなら何とかなった』、
『今年はスペースが無いから模擬店は少ない』って話だよな?
なのに、急に『特別扱いは出来ない』ってなんだよ?
なら初めからそう言えば、このバカ(紅葉)だって受け入れたんじゃね~の?」
「うへぇ?バカってァタシ?」
「ぶ、部外者の桐藤さんが、急に何を!?アナタはC組でしょ!」
「あたしは、アンタの言葉が矛盾してるのを問い質したいだけ。
別に2Bが何をやろうと、知ったこちゃないよ」
「・・・・・・・・くっ!」
美穂は、麻由の前に立ち、顔を近付けて、冷たい小声で、周りに聞こえないように話しかける。
「なんか、紅葉の提案を潰す事ばっかりに躍起になっちゃってさ。
紅葉に個人的な恨みでもあんのか?
まぁ、それならそれで、素直にそう言えば、
あたしは、アカの他人として傍観するだけどさ。」
「そ、そんなことはっ!」
「コイツ等だって、一生懸命に優麗祭を盛り上げようとしてるんだからさ。
ここは、器の大きいところを見せて許可した方が、評価が上がるんじゃね~の?
抽選で外れた他のクラスは、既に別部門で計画中だろうから、
今更、『模擬店やりたい』なんて言えないだろうし!」
美穂の脅しに近い説得を聞きながら、麻由の脳内でフラッシュバックが起こる。小学生時代の自分を嘲笑う当時のクラスメイト達。
途端に、それまで強気だった麻由の目が泳ぐ。これで許可を出さなかったら『ひょっとして、源川さんに個人的な恨みあって意地悪したんじゃないか?』って疑惑が浮かびかねない。欠片ほどでも、そんな噂が出る事態は防ぐべき。自分の株が大暴落してしまう。皆から蔑まれるのは嫌だ。
「わ、解りました・・・許可します。」
「マヂ!?ゃった~~~~~~~っ!!!!ぁりがと~~~~~~~っ!!!!」
「はじめっから、そう言えば良いんだよ。」
紅葉が跳び跳ねて喜び、美穂は勝ち誇った笑みを浮かべ、麻由は俯く。だけど、言われっぱなしで収まらない麻由が、些細な反撃とばかりに声を上げた。
「ただし、公平性を保つ為に、再度、模擬店希望を募って抽選を行います。」
「それは・・・そうだねぇ」
「仮に2Bが模擬店を開催する場合、
当日に巡回をして、危険な状態であれば、即座に閉店していただきます!」
「精一杯、気を付けまーす!」
「それから、売り子や呼び込みを含めて、
2Bの生徒以外の力を借りるのは禁止です!」
「はぁ~~~ぃっっ!クラスの皆だけで頑張りまぁ~す!」
麻由は「2Bがバルミィの力を借りる」と予想して事前に釘を刺したつもりなのに、紅葉は「ハナから、バルミィの助力など考えてない」って雰囲気で、即答で返した。麻由は「予想を外した?」「考えすぎだった?」と絶句をしてしまう。
最初に紅葉がペコリとお辞儀をして2Aプレハブから退室、続けて2Bの級長が退室して、最後に美穂が教室から出る。美穂が振り返って教室内を見たら、麻由は席に着いたまま俯いていた。威嚇をした直後、麻由が、まるで捨てられた子犬のような寂しそうな目をしていたのが、美穂は忘れられない。
「てっきり“腹の据わった女帝様”気取りのヤツかと思ってたけど・・・
案外、気が小さいのかな?」
「木が小さぃ?どの木のことっ?」
「・・・ん?」
紅葉が美穂の顔を覗き込んでいたので、麻由から目を逸らして対応をする。
「あぁ・・・独り言。気にするな。」
「ぁりがとネ!ミホが、セートカイチョーさんを説得してくれたおかげだよ!」
「オマエじゃ正面突破の説得しかできないだろうからな。
ちょっと搦め手から攻めただけだよ。
もう少し手強いかと思ってたけど、簡単に落城したな。
オマエには、昨日の事件の事を聞きたいんだけど、
クラスの奴等に“勝訴”の報告をする方が先かな?」
「んっ!放課後になったら教えたげるよ!」
「おうっ!」
紅葉は、美穂に「バイバイ」をして2Bプレハブに入っていく。そして数秒後には歓声が聞こえて来た。美穂は、自分のクラスのホームルームにロクに参加をしていないので、2Cが優麗祭で何をやるのかすら解らない。隣のクラスの歓喜の声を聞きながら、「来年は、もう少し熱意を込めて参加するかな?」などと考えるのであった。
その日の夕方、抽選で模擬店から外されたクラスの文化祭実行委員が集められ、「細心の注意を払えば、プレハブで店をやって良い」という条件で、再度、模擬店希望の確認を取った。だが、大半が「もう別の企画で打合せをしてるから、今更、変更できない」という理由で、模擬店を選択したのは2Bの他に1クラスだけだった。これならば、例年の模擬店数を超えない範囲なので再抽選は行われない。2Bの模擬店出店は決定となる。




