6-1・紅葉と軽音部~ゲンジvs火車
―放課後・体育用具室―
紅葉も軽音部に合流をする。「意地でもライブを成功させる」と決めた美穂が、軽音部に頼んで、紅葉にも上達してもらうために招いたのだ。今はベースギター担当の日山陽(軽音部)から弾き方を習って、懸命に真似ている。元々、考えるより、本能で体を動かすタイプなので、感覚を体で覚え、飲み込みは早い。
隅の方では、ボリューム控えめにしたアンプから、美穂が叩くドラムの音が響く。別のスピーカーからは、美穂がエントリーした曲が流れている。その傍らで聡が聴いていた。
「本番でやる予定の曲のリズムを、実際に叩いてみよう」
聡(軽音部)は、先ずは自分が手本になって、基本の叩き方を何パターンか教える。次にエントリー曲を聴いて自分が全体の流れやリズムを把握し、口頭で説明してから椅子に座らせた。後はとにかく身体で覚えて“素人が見れば、それなりに体裁が整っている”状態に仕上げる。
「今のとこ、もう一回!」
一時停止し、リズムが遅れたところまで戻って叩き直す。
―渡帝辺工業高校の近所のバラック小屋―
盗難されたビンテージバイクが置きっぱなしにされていた。怪しげな発光をして、普通の人間には聴こえない声が発せられる。
≪・・・・マタ一緒ニ走リタイ・・・・走リタイ・・・・・走リタイ・・・・≫
バイクが発した“心の声”に呼応し、その傍らに不気味な黒い渦が発生。前輪が外れて転がる。自由になった前輪は黒い渦に引き寄せられ、支えの片方を失ったバイクは傾いて倒れる。前輪を吸い込んだ黒い渦が紅蓮の炎のように燃え上り、徐々に異形へと姿を変えた。
≪カエル・・・・家ニ カエル≫
意志を持った炎に、川東の片加尾町にある一軒家のビジョンが浮かぶ。その家の表札には『田村』と書かれている。
―夜・体育用具室―
夢中になりすぎて、気が付くと日が暮れていた。「今日はここまで」にして、ベースをケースに片付けようとした紅葉のアホ毛が、傍目にも解るくらいピィ~ンと突っ立つ。
「・・・来たっ!!」
精神集中した紅葉の脳内に、妖怪のビジョンが飛び込んで来る。頭は狐で、身体は人間。首をグルリと覆うように燃え盛る炎。妖怪・火車だ。首の炎が大きくなり、身体を丸めて収納して炎の車輪と化し、幹線道路を東に向かって疾走する。 何処か、目的地があるのだろうか?今から向かえば、文架大橋の南にある明閃大橋辺りで対処できそうだ。
「ゴメンっ!ちょっと急用っ!」
「紅葉?この前のタヌキみたいなヤツか?」
「んっ!今度ゎキツネっ!」
「気を付けろよっ!」
察した美穂が声を掛ける。紅葉が用具室から飛び出した。まだ少なからず生徒が残っている学校内では流石に変身できないので、駐輪場に行って自転車に乗り、先ずは東へと向かう。この時間帯になると、暗くなった堤防上には人影が無い。紅葉は、自転車を駐めてYスマホを翳した。
「げ~んそうっ!!」
妖幻ファイターゲンジに変身完了!地面に両手と片膝ついてクラウチングスタートの姿勢で力を溜めた!
「位置にっぃて~・・・ょ~ぃ、ドンッ!!」
2秒フラットで100km/hに到達し、そのまま堤防上を突っ走る!
-明閃大橋の手前-
火車の気配が強くなる。西に向かう車線(北側車線)は渋滞中で、東に向かう車線(南側車線)は走行中の車が無い。つまり、橋の西側で被害が発生して、東→西の車は動けなくなり、西→東の車は、橋まで到達を出来ない状態ってことだ。
「来るっ!!」
炎を上げた車輪が、空いている南側車線のランプ(橋に上がる斜面道路)を駆け上がってきた!ゲンジは全力疾走からタイミングを合わせて飛び上がり、渋滞する車を飛び越えて、炎の車輪に跳び蹴りを叩き込んだ!炎の車輪は、蛇行をして歩道に乗り上げ、橋の欄干にぶつかる!
橋上に立ったゲンジが西詰めを眺めると、あちこちで炎が上がっている。想像した通り、既に数件の被害が出ているようだ。だが、パトカーや消防車の類いは、まだ到着しておらず、事件発生場所での誘導が為されていない。西に向かう車線は車が立往生をしており、搭乗者達は「何事か?」とゲンジや火車を眺めている。
「・・・ちょっとヤバいかも」
橋の上で妖怪を足止めしてしまったのは迂闊だった。ゲンジの姿が不特定多数の一般の目に晒されているのが拙い。だがそれ以上に、戦場となる道路の間近で、沢山の人が足止めされているのが拙い。ここで戦えば人命に関わる。
「もっと広くて人が居ない場所で戦わなきゃ!」
ゲンジは、「火車を攻撃して橋の下の河川敷に叩き落とす」と決め、Yスマホの『刀』と書き込んで召喚した巴薙刀を構えた!突進してくる炎の車輪!
「んぇぇぇぇっっいっっ!!!」
薙刀を野球のバットのように振るって、柄を車輪の前面に思い切り叩き込むゲンジ!打ち返されて再び欄干に激突する炎の車輪!
一方、薙刀の用途外使用をしたゲンジの両腕はジンジンと痺れる。ゲンジ的には「火車を打ち返して橋から落とす」を意識していたが、長柄武具での殴打は、流石に無理があったようだ。
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!≫
ゲンジを目障りと感じた火車は、一度引いて距離を空け、車輪タイプから二足歩行タイプに姿を変え、鋭い爪を振り上げながら向かってくる!直後に、背後の頭上から光弾が振ってきて、火車に着弾!弾き飛ばされた火車は、橋の照明柱に激突して悶絶してる!その脇腹に、丸い焦げ跡が出来ていた!
「紅葉っ!」
「ぁっ、バルミィっ!!」
空からハイアーマードバルミィが降りてきて、ゲンジと並んで身構える!
「空のお散歩してたら、大騒ぎが見えたばるっ!アイツ何者ばるっ!?
動物園ってところから逃げたばるか!?
地球には、あんな動物がいるばるか!?」
「ドーブツぢゃなくて、カシャって言ぅ、ョーカィ!!」
「よく解らないけど、レア物みたいばるね。
地球に来て直ぐにレアが見れるなんて、ラッキーばる~!」
「ぃゃぃゃぃゃ、ラッキーぢゃなぃってっ!!アイツ、悪いヤツ!
どーぶつ園ぢゃなくて、地獄から来たのっ!」
「なんで紅葉が戦ってるばる!?」
「あ~ゆ~悪ぃョーカィぉ退治するのが、ァタシのお仕事なのっ!
この前みたぃに宇宙人と戦ったのゎトクベツだょ!」
「ならっ、お手伝いするばるっ!!」
話してる間に、火車は立ち上がって攻撃の体勢を整えていた!高らかに鳴きながら、口から火炎放射を放つ!
≪コココ――――――――――――――――ォォォンッ!!!!≫
「ばるっ!!」
バルミィが両手を広げたら、ステンドグラスのようなモノが浮き上がって広がった。吐き出された火炎は“ステンドグラス”よりこちら側に来れなくなり、四方に散る!
「ゎ、すげーっ!今の光る壁なにっ!?」
「地球語で言うなら、バリアってヤツばるっ!!」
「すげ~っ!バリアすっげぇ~~~!!」
火炎放射では邪魔者達を退けられないと判断した火車は、今度は咀嚼をするように口を動かして、口内に炎をと念を溜め込み、真上に向けて大きく口を開いた!
≪コココ――――――――――――――――ォォォンッ!!!!≫
火車の口から真っ赤な火柱が上がり、5つの火の玉に成って地面に落ち、奇怪な生物みたいに蠢く!ゲンジは、今の火車の動作で、火車が大きく妖力を消耗させたと感じる!だが同時に、火車が吐き出した5つの火の玉から邪気を感じる!
「子妖だよ・・・ヤバい」
「こよう・・・ばる?」
‘子妖’とは、本体が生み出す子供の妖怪。強くて潤沢な思念に憑いた妖怪は、子を生み出して、別の念に憑かせ、配下として扱うことが出来る。子は親の意思とは無関係に動き回る事が可能。親ほど高い攻撃力は有していないが、それでも人間を殺傷するくらいの能力はある。
≪コ―ン!≫ ≪コ―ン!≫ ≪コ―ン!≫ ≪コ―ン!≫ ≪コ―ン!≫
火の玉はフワフワと浮き上がり、宿主を探して中央分離帯の反対側で渋滞中の車に向かって飛んで行く!すかさず追い掛けたゲンジが、火の玉の一つを薙刀で突いて消滅させた!
「バルミィ!被害が大きくなっちゃう!
コレ、貸したげるから、小っこいの(子妖)を潰してっ!!」
「了解ばる!」
ゲンジは、腰に結わえてある短刀を抜いて、バルミィに渡した。通常武器では、妖怪は祓えない。だが、専用武器を使えば、憑く前の子妖ならば対処は容易。残り4体なら、十数秒もあれば全滅させられる。憑かれる被害者が出る前に潰すべし。ゲンジの指示を受けたバルミィも、ゲンジと共に子妖駆除を開始する。
≪コココ――――――――――――――――ォォォンッ!!!!≫
「げっ!!」
十数秒で駆除可能だが、その十数秒が問題だった。火車が子妖を生んだ目的は、味方を増やす為に非ず、目の前から邪魔者を退かす為。ゲンジ達が子妖退治に動いたので、火車の行きたい方向がクリアになった!火車は、嘶きを上げ、再び車輪タイプになって、目的地を目指し、東に向けて転がっていく!
「こようは、ボクが駆除するばる!紅葉はアイツ(火車)を追ってっ!」
東詰の交差点から向こう側には、事件の発生を知らない一般人が沢山居る。このまま橋を通過されるのは拙い。
「んっ!リョーカイ!」
ゲンジが、慌てて火車を追っていく!徐々に火車とゲンジの差が詰まっていく!このペースなら、橋の袂に行くまでには追い付けそうだ!
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!・・・美味ソウナ・・・魂≫
だが、一心不乱に転がっていた火車が、渋滞中の反対車線に興味を示して、灼熱のタイヤ痕で舗装面を溶かしながら急制動をする!そして、今までの進行方向とは反対側に転がり始めた!
「狙いゎァタシ?・・・んぇっ!違うっ!!」
火車(車輪タイプ)の進行方向には、渋滞に巻き込まれた黒塗りの高級セダンが停まっている。「誰でも良いから無差別」ではなく、「ピンポイントで高級車狙い」だ。子妖を生んで妖力を減らした火車が、餌を求めて人間を襲う理屈は解る。でもそれなら、移動などせずに、ハナっからやっている。ゲンジには、何故、火車が高級セダンを見初めたのかが解らない。
「ゃっべぇっ!!」
中央分地帯の手前で飛び上がり、斜め上から高級セダンに突っ込んでいく火車(車輪タイプ)!このままでは、セダンの搭乗者が黒焦げになる!ゲンジは、中央分離帯を飛び越えてセダンの屋根に着地!腕を頭上でクロスさせて、防御の姿勢になる!
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!≫
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
ゲンジと火車(車輪タイプ)の衝突!衝撃がゲンジの全身に伝わり、セダンの屋根がゲンジの足跡で凹んだ!火車を受け止めたゲンジの両腕が焼かれる!腕が痛むのを堪え、ゲンジは足元のセダンをチラ見する!
「今のうちに逃げてっ!」
「は、はいっ!」
運転席から老人が、後部座席からは優麗高の制服を着た少女が降りてくる。状況が状況なので、ゲンジには一瞬しか確認できなかったけど、少女は葛城麻由に見えた。
セダンだけでなく、周りの車の搭乗者も、「これは対岸の火ではない」と判断して、車を乗り捨てて退避をしていく。
周辺の避難を確認したゲンジは、腹に力を込めて全身から強い妖気を発し、火車を押し止め、徐々に押し戻す!押し返された火車は、中央分離帯の向こう側に着地をする!
「反撃開始っ!」
ゲンジは、巴薙刀を装備!威勢良く頭上で振り回そうとしたら左腕に激痛が走った!
「!?・・・・・ぃてぇぇぇ~っ!!」
セダンを火車から護った時に痛めたらしい。薙刀は元からド素人なうえ、腕が痛んで思うように動かないので、普段以上に満足に振り回せない。だけど我慢して薙刀を振り回し、火車(車輪タイプ)に突進をする。そんな有り様では、体重の乗った素早い攻撃など出来るはずもなく、火車に楽々と回避されてしまう。
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!≫
火車は、「邪魔者は弱っている」と判断して二足歩行タイプに姿を変え、ゲンジ目掛けて鋭い爪を振り下ろした!薙刀の柄で防御をするゲンジ!しかし、腕に力が込められず、薙刀を弾き落とされ、爪はゲンジに叩き付けられる!弾き飛ばされ、セダンで背中を強打するゲンジ!火車は、追い撃ちをかけるべく、爪を振り上げて踏み込んでくる!
「ばるぅぅっ!」
バルミィが飛んで来て、ゲンジを庇って、ジェダイトソード(レーザー剣)で火車の爪を受け止めた!
「バルミィっ!子妖ゎっ!」
「全部、潰してきたばる!」
「ありがとっ!さすがゎバルミィっ!」
「ボクの方は、キミを『さすが』とは言えないばるね!
動きが悪いばる!今日は調子が悪いばる!?
それとも、カーン(バルカンの司令官)を倒したのは、まぐればるか!?」
「ゴメン!ちょっとケガをしちゃったみたい・・・でもダイジョブっ!」
「なら、此処はボクに任せるばる!」
「・・・でもっ!」
「大丈夫な人の動きではないばるよっ!」
力任せに爪を押し込んでくる火車に対して、素早く身を引くバルミィ!火車は、前のめりに体勢を崩した!バルミィは、ガラ空きになった火車の顔面にレーザー剣を叩き込み、更に、至近距離からジェダイト弾(光弾)を発射!弾き飛ばされた火車が転がる!
≪ココ~・・・・・ン!≫
ダメージが重なって消耗をした火車が立ち上がる!バルミィは、右手甲の砲門を火車に向ける!
「まだ立てるばるか?案外タフばるね。」
「ヨーカイゎァタシが封印か浄化しないと完全にゎ倒せないのっ!」
「ばるっ?だったら、ボクが動きを止めれば良いばるねっ!」
バルミィは、右手甲を下げて、左手甲の砲門を火車に向け光線を発射!火車は、弾き飛ばされるでも、身体を貫通されるでもなく、光線を浴びて剥製のように動きを止める!
「んぇぇっ?動かなくなった?カシャ、死んじゃったの?」
「フリーズ光線・・・強制的に凍結状態にして、妖怪の動きを止めたばるよ」
「お~~~!すげ~!バルミィ、すっげぇ~~~!!」
ゲンジはYスマホ画面に『ハリセン』と書き込み、『邪気退散』と書かれたハリセンを召喚して、フリーズ状態の火車に対して構える。
(・・・・・・・帰リタイ)
「ぇっ!?」
(・・・マタ・・・一緒ニ走リタイ・・・)
「これって・・・・・・・・・・依り代の声?」
不意に聴こえた呟き声に驚くゲンジ。火車が行きたがっていた東側に視線を向けて、「何があるんだろう?」の疑問に感じるが、「考えるのは後!まずは倒す!」と気持ちを切り替え、舌っ足らずな発音で九字護身法を唱えはじめる。
「・・・あの怪物から声が聞こえる?・・・なにが、どうなっているの?」
“声”が聞こえたのは、ゲンジだけではなかった。とっくに避難をしたはずだった麻由が、30m程度離れた橋の歩道に立って、状況を理解できないまま、戦いの様子を眺めていた。
「あの子・・・確か、ボクを全然信用しなかった子・・・」
バルミィは、麻由を一瞥した後、「何をするんだろう?」「バルカンの文化とだいぶ違う」と興味深そうにゲンジと火車を眺める。そして驚いて動きを止めた。完全に動けなくしたはずの火車の眼が不気味に輝き、麻由を睨み付けているのだ。バルミィは、「理屈は解らないが、妖怪という生物には、フリーズ光線の効き目が薄い」と把握する。
「早く“屈服”をさせるばる!ソイツ、動き出すばるっっ!!
狙いは、後に突っ立ってる“イケ好かない子”ばるっ!!」
「んぇっ!?」
白く淡い光を放つハリセンを握って、火車に叩き込むゲンジ!だが、直後に火車がフリーズから脱出をして動き出した!
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!≫
火車は、嘶きを上げて車輪タイプに姿を変え、ゲンジとバルミィを無視して、反対側歩道に立つ麻由に向かって突っ込んでいく!青ざめ、悲鳴を上げる麻由!
「きゃぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!」
「んぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!!危ないから、早く逃げてっっ!!!!」
瞬発的に動いたゲンジが、麻由に届く直前の火車に体当たりをして、辛うじて軌道を逸らす!だが、夢中で動いた為に、その後のことを考えていなかった!
「んわぁぁぁっっっっっっっ!!!」
≪コココココォ――――――――ンッ!!!!≫
ゲンジは、火車と絡んだまま橋の欄干から飛び出し、真っ逆さまに落ちていく!振り返って欄干から身を乗り出すようにして、ゲンジと火車の行く末を目で追う麻由! ゲンジは、火車の炎に照らされながら墜落!水に落ちる音がして、炎の明かりが消え、真っ暗な山頭野川の流れの中に見えなくなった!
「何にもできないクセに、こんな所でウロチョロしていたら迷惑ばる!」
バルミィは、欄干に立って一瞥もせずに麻由を批難した後、ゲンジを捜索する為に飛び去っていく。
「麻由ちゃん。一緒に避難したと思っていたのに、いないからビックリしたよ」
「・・・ご、ごめんなさい」
麻由の乗っていたセダンを運転していた老人が寄ってきて、「橋から逃げよう」と催促する。鎧武者みたいな怪物と炎の怪物は川に落ちたが、「それで安全になったか?」なんて麻由には解らない。「神経を逆立たせるあの高音の声は、何処かで聞いた事がある」と橋の下を気にして眺めた後、老人に手を引かれて橋の袂に向かって退避をしていった。




