5-3・美穂の頼みと真奈の依頼~模擬店落選
-2年A組(プレハブ教室)-
当然、葛城麻由の耳にも「源川紅葉がギターを担いで登校してきた」という話は入っていた。このタイミングって事は、「優麗祭でなにかをするつもり」と予想が付く。昨日、「バルミィの優麗祭参加」を提案されて門前払いをしたが、諦めずに何かをやるつもりなのか?伝統ある優麗祭が、ブチ壊しになってしまわないか?
事前に準備をする展示部門にクラスメイト以外が参加をするのはルール違反。言うまでもなく、合唱や演劇などのステージ部門への部外者の参加もルール違反。自主製作映画部門は、クラスメイト以外を撮影する場合は、学校への事前の報告が必要だから、宇宙人の撮影を許可しなければ良い。
「つまり・・・2年B組がやろうとしている事は模擬店部門。
“たまたま遊びに来た宇宙人が、売り子を手伝う”って流れが、自然に作れる。
当日の客引きを宇宙人がやっていたとしても、執行部の目は届きにくいわ。
楽器は、売り場でのBGMってところかしらね」
羽里野山の騒動のように、正しいのは自分(麻由)のはずなのに、足並みを乱した紅葉や美穂が、いつの間にかヒーローになってチヤホヤされてるなんて、冗談ではない。
2年B組を模擬店部門から排除すれば、宇宙人の介入は防止できる。麻由は、その為の策を思案する。
―昼休み・売店―
パンとジュースを買った熊谷真奈が2年A組の教室に戻ったら、廊下で美穂が待っていた。真奈は、中学時代から美穂を知っており(2個上の部活の先輩)、2週間前の羽里野山遠足で、美穂に助けられた恩はあるが、密に交流をするような仲良しでもない。少し戸惑ってしまう。
「ちょっと良いかな?・・・2人で話したいんだけど」
「え・・・あ・・・はい・・・」
彼女の悪口を言った記憶は皆無、もちろん“秘密”は誰にも喋っていない。自覚なく気に障る事を口にして怒らせた?ひょっとして殴られる?それとも、「先日助けた謝礼をよこせ」と金を取られる?2~3千円なら工面できるが、5千円以上は困る。脳内は「?」だらけだが、恩を感じてるので、言われるまま体育館の裏まで連れていかれた。
一方の美穂は、人を連れて来ながら黙って俯いてるだけ。何だか緊張してる様子だ。堪りかねた真奈が「用が無いなら行っていいですか」と言いかけた時、美穂は決心した様子で口を開く。
「あの・・・・・実は頼みがあるんだ」
「へ?・・・私に?な、なんですか?」
「熊谷って、去年の優麗祭でバンドやってたよな?」
「はい、ギターをやりましたけど・・・」
「軽音楽部なのか?」
「いえ・・・軽音部の人数が足りなくて、助っ人に入ったんです」
真奈の説明によると、真奈は軽音楽部ではなく、推理研究会に所属をしている。活動内容は、学校内で起きた事件を推理する事・・・なんだけど、常識的に考えて、推理研究会が首を突っ込むような事件は発生しない。数年前の生徒会長が、学校で起きた盗難事件や器物破損に積極的に介入する為に立ち上げたサークル(生徒会長の私兵)で、当時の生徒会長が卒業してからも、何となく惰性で続いてる。真奈が入部をした理由は、面倒臭そうな生徒会には入らずに、生徒会役員とのツテを得る為。要は、ローリスクの権力志向。
ただし、校内事件への介入ではなく、何でも屋みたいな扱いになっている。しかも、真奈が2年生になった時点で、部員は真奈のみ。廃部寸前のサークルなのだ。2週間前、「火災事件時に数人が見た鎧武者と騎士とタヌキの調査」という依頼が来たが、校長の妨害で校舎に入れずクリアは出来なかった。
「去年は、軽音部のギター担当の子が、指をケガしてしまったので、
何でも屋として依頼を受けて参加をしたんです。
まぁ・・・弾いたとは言っても、さすがに練習の時間が無くて、
素人演奏しかしてませんけどね」
「今年もやるのか?」
「今年は人数が足りてますから、私が参加する予定はありません。それが何か?」
「実は、そのぉ~・・・・・・・頼む!!
あたし達の即席バンドに参加してくれ!」
「えっっ!」
「ついでに、熊谷の顔の広さで、あたしにドラムの師匠を見繕ってくれ!!」
「ええええっ!?」
意外な申し出に、真奈は呆然。美穂は緊張で時々言葉を噛みながら、理由を説明しだした。
「ちょっとワケあって、ドラムやる事になってさ。
3週間で、初歩的な叩き方だけでもマスターしたいんだ。
でもドラムなんて、触った事も無い・・・・・
卓袱台にコップや茶碗を置いて箸で叩いてみたけど、
さっぱりイメージ湧かないし、隣近所から苦情が来ちゃったし・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「エレキドラムってのあったら良いんだろうけど、
あたしの部屋じゃ置くとこ無いし、そもそも金が無い。
それで頼む!基本中の基本だけでいいから、ドラム教えて欲しいんだ!!」
「何で、いきなり?」
「それは、悪いけど、熊谷がバンドに参加してくれないと話せない。
虫がいいのは承知だけど、頼むっ!」
大して仲が良いワケでもない他人に頼み事をする。これは、美穂にとっては、悩み抜いた末の一歩だった。だが、頼めば直ぐに受け入れて貰えるほど。世の中は甘くない。
「急にそんな事を言われてもっ!」
真奈は、タイミング的に「優麗祭で何かやろうとしてる」と想像をする。「身勝手な人」と思うし、「バンドに参加しなきゃ、理由は教えられない」なんて言われても、判断のしようが無い。むしろ、魂胆を知ってから判断をしたい。
「最近、源川さんと仲いいですよね」
「うん」
「源川さん、いきなりベース持ってきたって聞いたけど・・・
優麗祭で、一緒に何かやろうとしてるんですか?」
「まあ、そんなとこ」
「うちのクラスの葛城さん(生徒会長)、手強いですよ」
「解ってる。だから、熊谷が参加してくれないと、何をするか言えない」
「なら、悪いけど力になれません。ドラムの先生を紹介することも出来ません」
「そこを何とか!羽里野山で助けてやった借りを返すと思って!」
「その件なら、1ヶ月くらい前の風紀検査で助けたのでチャラですよ」
「おいおい・・・貸しと借りに、だいぶ差があるんだけどチャラかよ?
だったら、熊谷と校長の変な噂を一喝して納めた借りを・・・
あたしに感謝してたよな?」
「それは、私が桐藤さんの変身を黙ってることでチャラです。
『火災の時に暴れていた騎士』って、桐藤さんのことじゃないんですか?
私には、推理研究会として、調査依頼に応える義務がありますが、
恩があるので黙っているんです」
「・・・・・・・・う~~~ん」
論破されて黙ってしまう美穂。尤も、口で説明した通り、真奈は美穂に恩を感じており、美穂の頼みを邪険に扱うつもりは無い。可能な限りは受け入れたいが、生徒会長とは敵対をしたくないので、ワケが解らないまま片棒を担がされることを警戒しているのだ。
「せめて、何をするつもりなのか説明してもらわないとね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん」
「あっ!そうだっ!
今、推理研究会が抱えている案件を手伝ってくれたら、
私が参加するかどうかは考えてみようかな!」
「えっ!?どんな案件なんだ?あたしで手伝える事なのか!?」
「守秘義務があるから、手伝うって言ってくれないと、説明できませんよ」
「・・・うわぁ~・・・高く付きそうだな」
この提案合戦は真奈の勝ち。案件を手伝いたくても、内容が解らなければ「手伝う」とは言えない。真奈が「何をするか解らないと力になれない」と言った気持ちが理解出来る。そして、美穂が推理研究会の要求を受け入れなくても真奈は通常運転のまま。だけど、ドラムの師匠と、素人なりに楽器経験者の真奈が欲しい美穂は困るのだ。
「解ったよ!あたしの負け!話すよ!
だけど、誰にも・・・特に、生徒会長の耳には絶対に入れるなよ!」
美穂は腹を括って、楽器経験者とドラムの師匠が必要な理由を説明する。
人を動かすには、先ずは、自分が相手に腹を割らなきゃダメ。当然と言えば当然だし、紅葉は無意識にやっている事なんだけど、美穂は、改めて「今まで避けてきた人間関係構築」の難しさを知った。
優麗高の生徒や教師達をバルミィと馴染ませたいのに、紅葉達以外とは満足に会話できないのでは説得力に欠ける。他の者にはどうって事ない小さな一歩だが、美穂には心の壁を自分から壊さなければならない大きな一歩だった。
最初は驚いていた真奈だったが、「バルミィを、皆に受け入れてもらう為のライブ」と美穂の気持ちが伝わり、ウンウンと笑顔で頷きはじめた。
そろそろ昼休みが終わる時刻だ。2人は、放課後に会って続きの交渉をする事にして解散をする。
―昼休み終了後―
5時限目が始まる寸前に、紅葉が憔悴しきった様子で教室に帰ってきた。やがて授業が始まったが全く上の空。6限目も終わって放課後になり、優麗祭のミーティング開始。覇気が欠けた紅葉は、亜美とクラス委員に促されて重い足取りで教壇に立った。
「ぁの・・・・・・・・・・・・・・・」
呟いたきり、俯いて黙ってしまう。クラスメイト達は「何かあったな」と察して、教室がザワつきだした。
「ぇ~と・・・・・・・皆ゴメンっ!
抽選に外れて、模擬店、できなくなっちゃった」
「え~っ!?」 「マジかっ!?」
話が動いたのは昼休みだった。言うまでもなく、全クラスが希望通りの部門を担当できるわけではない。例年、文化祭の花形になる模擬店には、希望が殺到して抽選が行われる狭き門なのだ。それは今年も例外ではなかった。
その上、今年は、グラウンドの半分を仮設教室が占めているので、例年より模擬店はしぼられ、展示部門が増やされた。更に言えば、抽選の場を仕切っていた生徒会長が、「事情が事情なので、今年は、出来る限り3年生の希望を優先させて、不自由な状況で、良い思い出作りをして欲しい」と言い出し、3年生の文化祭実行委員達が賛同して、1~2年模擬店の権利は、例年以上に狭き門にされた。
2年生の模擬店枠は1つのみ。希望クラスは4。確率は1/4と思っていたら、麻由が「各実行委員に伝統ある優麗祭に恥じない企画を発表してもらい、説得力に応じて、クラス名を書いたクジの数を変える」と言い出した。もちろん、紅葉にとっては寝耳に水。説得力のあるスピーチなんて用意してなかった。
実はこれは麻由の策略で、紅葉以外の実行委員には、直接は伝えていないが、事前に「スピーチが必要」って情報が漏れて伝わるように仕組んでいたのだ。結果、B組は1枚、他の2学年の希望クラスは、3枚が1クラスで、2枚が2クラスの名前が書かれたクジが、箱の中に入れられる。2年B組が模擬店の権利を得る確率は1/8。麻由は、気の毒な2年B組に対して、「せめてもの情け」と言って、紅葉にクジを引かせてくれたが、当選したのはB組ではなかった。
正統なスピーチと、あえて紅葉にクジ引きをさせて、自分自身の手で外れさせる。いくら紅葉でも、「これは不正だ」といえる要素は何も無かった。まんまと紅葉の目論見を排除した麻由は、模擬店の権利を失って落ち込んでる実行委員達に、「申し訳ないけど、企画変更をして下さい」と告げて去って行く。
模擬店部門がクジ引きになるのは、いつもの事。要は、当選する前から企画の詳細を進めていた2年B組は、先走りすぎたのだ。
「ゴメンっ!!最初から、ゃり直しになっちゃぅかもっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん
すっかり模擬店のテンションになっていたクラスメイトは、黙り込んでしまう。しかし、暫く沈黙が続いた後、クラス内で活発組に属している星杜映子が挙手した。
「グラウンドが狭くなって、お店を出せる場所が少ないから、
去年より模擬店数が少ないんだよね?
なら、場所を考えれば、模擬店でもいけるんじゃないの?」
映子の意見に、「それは言えてるかも」と、クラスの数人が賛同。
「やっぱ、模擬店あっての学園祭でしょ!」
「展示とステージばっかりじゃ、客は楽しんでくれないもんな!」
「生徒会長に、客に評価をされる重要性は理解してもらえるはず!」
「今年の優麗祭は面白くなかったなんて評価、
運営ならイヤに決まってるもんな!」
「源川は、もう一度、運営に掛け合って、説得をして、場所を確保してくれ」
「ぅんっ!!やってみるっ!」
活気を取り戻したB組のミーティングが進み、やがて本日はお開きとなる。




