外伝③-4・紅葉伝説~鬼の幹部
-数日が経過-
本日は「人間社会における正義とはなんたるか?」を教育する 。監禁室内のテレビでは、特撮ヒーロー番組の録画が映し出されている。昨日、「ヒーローと妖怪が戦う特撮番組」を見せたら、崇(酒呑)が妖怪に感情移入して、妖怪が倒されるシーンに涙したり、マヌケな妖怪を見て「こんな奴は居ない」と文句を垂れたり、邪悪な妖怪を応援してヒーローに罵声を浴びせたり・・・教材を変更して、本日の仕切り直しに至る。
「主人公と○○は良きパートナーになりそうだな」
「彼等は敵同士よ」
「敵同士なんて関係ない。きっと、主人公の健気な想いが、○○に届く。
本来は敵対関係の僕と有紀だって、こうして解り合えているんだからね」
「・・・え?」
崇の言葉に対して、有紀は僅かに驚く。言われて初めて気付いた。有紀と崇は、徐々に解り合い始めている。
出会ったばかりの頃は彼の横暴な思考や行動が理解出来ず、鉄拳制裁で対応していたが、今では暴力に訴えず、笑いながら訂正をしている。これは、有紀が崇(酒呑)の妖怪ゆえの突飛さを、ある程度理解出来る様になったからだ。
一方の崇(酒呑)は、上級妖怪とは思えないほど穏やかな口調と対応で、有紀と接している。これは、崇が、有紀の教育に多大な理解を示しているからだ。
有紀が生まれてから今までの二十数年間、上手く咬み合って解り合う仲間など、両親と上司の粉木以外には存在しなかった。
中学1年の時、上級生の不良にコクられたが、「ガラが悪い奴は人間以下」なので即座に振った。腹いせに暴力に物を言わせて従わせようとしたので、全治2ヶ月ほどのダメージをくれてやった。中学2年の時、有紀の見た目に惚れてコクってきた同級生の男子は、おバカさんだったので即座に振った。腹いせに、クラス内で有紀の悪口を吹きまくったが、特に気にもしなかった。中学3年の時に、クラスで成績20位くらいの男子がコクってきたので、「県内一の進学校に受かったら考える」と解答したが、めでたく不合格だった。高校以降でコクられた数は覚えていない。ただ一度だけ、イケメンで、リーダー格で、スポーツ万能で、成績優秀な同級生と付き合った事があるが、最初のデート(映画鑑賞)の帰りにチュ~と求めて来やがったので半殺しにした。そもそも、皆に見えない物が見えて、他人には無い能力を持っている有紀を理解出来る者なんて、いるはずがない。
だけど、改めて考えると、崇が言う通り、有紀と崇(酒呑)は解り合えている。
「ん?・・・どうしたんだい、有紀?
僕は君と解り合えているつもりだったのだが、僕の勘違いだったかな?」
「い・・・いえ、そんなことは」
「僕は、此処で君と共に過ごす時間を、楽しく掛け替えのない時間と感じている。
他人に対して、こんな気持ちになったのは初めてだ」
「あ・・・あり・・・が・・・とう」
恥ずかしそうに目を逸らそうとする有紀。しかし、崇は有紀の目を見つめており、有紀は僅かに目を泳がせるだけで完全に逸らす事ができない。見つめ合う2人。崇には、有紀の目が少し潤んでいる様に見えた。そして有紀の唇が艶やかに感じられる。
-博物館事務所-
「あった・・・おそらく、これや!」
1000年以上前の記録の中から、粉木は、酒呑の腹の中にある塊のコアと思われる妖怪を見つけ出した。その記録には、『鬼女・紅葉伝説』とタイトルが書かれている。
-地下・監禁室-
崇(酒呑)が、ゆっくりと有紀に近付く。有紀に離れる素振りは無く、崇を見つめている。妖怪に「口吻をして愛を確かめる」という行動は存在しないのだが、今の崇は、有紀の唇を吸いたいという気持ちに駆られている。自分の手の平を、有紀の頬にそっと宛てる崇。有紀に抵抗をする気配は無い。2人の唇がゆっくりと重なる。
ドォォォォン!!
その瞬間、酒呑の腹の中にある“浄化された妖気の塊”が一時的に覚醒して脈打ち、崇(酒呑)と有紀の脳内に見た事の無いイメージが流入する!
~~~~脳内のビジョン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
豪奢な着物に身を包んだ姫に、太刀が突き立てられている。小柄で美しく、成人でありながら幼女と見違えるほど童顔な姫君だが、額には1本の角が生えており、彼女が鬼だと示している。鬼姫は、苦しそうな表情をで眼に涙を浮かべ、刀を突き立てた者を見る。鬼姫にトドメを刺したのは、鎧で身を包んだ武者だ。
「許せ、姫!」
「な・・・なぜ・・・ぢゃ?
ヮラヮゎ、人として生きたかっただけなのにぃ・・・」
「貴女が、鬼でなければ・・・
いや、例え鬼でも、父の夜伽をするだけの姫ならば、私は見逃したであろう。
だが、貴女は、父の子を身籠もってしまった。
我が子を跡取りにしたいのは、親ならば誰もが考える事。
貴女が、ご自身が腹を痛めて産んだ子の出世を願ってしまうのは当然です。
しかし、貴女は邪気が強すぎる。
貴女が願えば、貴女の子の出世の障害となる者は、皆、呪い殺される。
例え貴女に我が一門を滅ぼす意志が無くとも、貴女の願いには力がある。
源氏の頭領として、それを見過ごす事はできぬのだ!」
「ィヤだ・・・浄化されたくない・・・暗ぃ冥界にゎ帰りたくない・・・
この世にぃたぃ・・・」
「すまないが、その願いは聞けない」
武者は鬼姫に突き立てた刀に力を込め、刀身を更に深く押し込んだ。鬼姫は喀血し、全身の力を失って武者にもたれ掛かる。そして、何度も「人として生きたぃ」「この世にぃたぃ」と繰り返しながら霧散して消えた。
「紅葉姫・・・
再びこの世に出でる事があるならば、その時は我が源氏の家系に産まれよ。
さすれば、我が血統が貴女の妖怪の邪気を押さえ付け、
人として生きる望みを叶えるであろう」
武者は、刀を鞘に戻し、踵を返して立ち去っていく。
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唇を離し、驚いた表情で見つめ合う有紀と崇(酒呑)。
「い、今のイメージはなに?武者が鬼の姫を?」
「有紀・・・君にも見えたのか?
僕の腹の中で、浄化をされた塊が一瞬だけ目覚めた様な気がした。
そして、今の光景・・・
おそらく、心が通じ合った僕と君に、
浄化をされた塊が、何らかの反応を示したんだ」
階段を忙しなく駆け下りてくる足音が聞こえる。粉木が、古い記録書を脇に抱えて、監視室に入ってきた。
「あったで!これや!崇くんの腹にあるもんのコアは!」
粉木が翳して見せた記録書には、『鬼女・紅葉伝説』というタイトルが記されている。
~~~~鬼女・紅葉伝説~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
10世紀、 会津の夫婦が 第六天の魔王に祈って、 女児を授かり、紅葉と名付けた。
紅葉は京に上り、源氏の頭領・源経基の目にとまり 側室となった。紅葉は経基の子供を妊娠する。だが、同時期に、正妻が懸かっていた病の原因が 紅葉の呪いであると高僧に看破され、経基は紅葉を信州戸隠に追放した。紅葉には、子の出世を望む親心はあったが、他者を呪う悪心は無かった。しかし、紅葉に内在する強大な邪気は、子の出世の障害になる者への呪いになってしまった。
戸隠にある村に移り住んだ紅葉は、子に経若丸と名付ける。紅葉は都の暮らしを忘れる事ができず、子を都で仕官させたいと思っていた。
都では、源経基が死に、嫡子の源満仲が源氏の頭領となった。満仲は紅葉からの手紙で「紅葉が都に上る事を願っている」と知る。「家門を乱す怖れあり」それが満仲の出した結論だった。満仲は討伐隊を組織して信州戸隠に進軍する。一方、噂を聞いた紅葉は「迎えに来てくれた」と誤解をしてしまう。それが自分を討つ集団と知った時既に遅く、紅葉は、満仲の太刀を浴びて、息絶えた。そして、これを知った経若丸は、自らの命を絶ったのだった。
※紅葉伝説には、源経基の側室になった後に、信州戸隠に追いやられて、平維茂に討伐された伝説と、源満仲が戸隠で鬼を討ったという伝説がある。本編では、源氏と紅葉の因縁を明確にする為、平維茂は登場させず、2つの伝説の中間を取って、源経基の側室になった紅葉が、嫡男の源満仲に討たれたというエピソードにする。
ちなみに、源満仲の長子・源頼光は酒呑童子を退治した武将。源満仲の三男・源頼信が、源頼朝の祖先。
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粉木の説明を聞き、再び見つめ合う崇(酒呑)と有紀。偶然か必然か、源氏の血統、鬼女紅葉、酒呑童子、1000年前の因縁を持つ3者が、此処に揃った事になる。
「そう言えば、1000年前、
僕が、大江山を支配していた頃、人間に入れあげていた鬼女がいたっけな。
当時は、随分とおかしなヤツだと思っていたよ」
「今見たイメージと辻褄が合うわね。浄化された塊のコアは紅葉と言うのね。
人として生きたかったけど受け入れられず、討伐されてしまった鬼姫。
彼女の、人間として生きたい意思が、浄化された妖怪を集めている」
「紅葉が人間への復讐を望むなら、
大江山を支配していた崇くんを頼るんが手っ取り早かったはずや。
そうやろ、崇くん?」
「あぁ、僕と紅葉は、同時期に同地域(京都)にいた。
同族に頼られれば、僕は間違いなく庇護をしただろうね」
「せやけど、紅葉は、そうしんかった。
源経基に言われるがまま、戸隠に流された。
鬼ではなく、人として生きる事を望んでおったからや」
「再び、都に呼ばれる事を望んでいたのに、
彼女に向けられたのは討伐隊だったのね」
腹をさする崇(酒呑)。腹の中の塊は、今は温和しくしている。
鬼姫(紅葉)を討伐した武者(源満仲)は、「再びこの世に出でる事があるならば、我が源氏の家系に産まれろ」と言っていた。そして、現代において、源川有紀の中で源氏の血が強く覚醒をしている。
有紀の体内に宿り、人間として生まれ、今度こそ人として生きる事。それが紅葉の願い。酒呑が監禁翌日に有紀に「俺の子を産め!俺に腹にあるこれは、おまえの腹に移り、この世に出る!」と無礼な事を言ったが、満更間違いではなかった。
酒呑の腹の中にある“浄化された妖気の塊=鬼女紅葉”の目的は解った。条件も揃っている。だが、すんなりと紅葉の目的を叶えられるほど、簡単な話ではない。状況を理解した有紀は黙って俯いてしまう。
「人間が契る為には“愛”と言うものが必要なんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、そういうこっちゃな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
有紀は何も言葉を発せず、その場から立ち去っていく。見送る粉木と崇は、有紀に声を掛ける事ができなかった。
「潔癖な娘やからな。
急に『契れば鬼女紅葉に生命が宿る』と言われて、
困惑してしもうたんやろ」
崇(酒呑)は、自分の腹をさすりながら、腹の中にある紅葉に語りかける。
「良いかい、紅葉。
人間とは厄介な生き物で“愛”というものの無い契りはできないらしい。
有紀ではなく他の雌妖怪の腹になら仕込んでやる事ができるが・・・」
その瞬間、腹の中にある紅葉が一瞬だけ覚醒して、崇の腹を内側から思いっ切りブン殴った!
「うぐぅぅはぁぁぁっっっっっっっ!!!」
腹の内側なんて誰だって無防備。崇は白目を剥いて蹲り、口から泡を吹いた。崇の申し出が気に入らなかったらしい。紅葉は、妖怪の血を抑えてくれる有紀(源氏の血筋)から生まれることを望んでいる。
-鎮守の森公園-
有紀が早足で駆けていく。あからさまに困惑をしている。酒呑と契って、紅葉を体内で受け取り、生命を与えて産む。
源氏の子孫だから紅葉を産まなければならない?冗談ではない。
徐々にではあるが、酒呑に惹かれていることは気付いている。だけど、これでは、好いているから契るのか、紅葉の希望を叶える為に契るのか、解らなくなる。崇(酒呑)はどう思っている?鬼族の発展の為に有紀を“産む道具”と判断して抱くつもりなのか?
「・・・・・!!!?」
ふと気付くと、有紀の前に揺らめく影が立っていた。この気配は妖怪だ。妖気の隠し方が上手いので、接近するまで気付けなかった。揺らめく影は、正面の一つだけではない。左右に1つずつ、背後に一つ、そして上空に一つ。囲まれている。
揺らいでいる影達が、徐々に実体をあきらかにしていく。それぞれが、額に数本の角を持っている。
「見付けたぞ・・・お館様の匂い!
人間の雌、オマエがお館様を捕らえているのか?」
前後左右の妖怪達は、それぞれが単体で、有紀と互角に戦う戦闘力を秘めている。上空の妖怪は有紀よりもはるかに強い。
包囲しているのは、鬼の副首領と四天王!奴等の攻撃的な妖気を当てられているだけでも、体力を奪われていく。人間態のまま相対するのは拙い。
有紀はYケータイを取り出して翳して、妖幻ファイターハーゲンに変身をする!
「おぉぉぉぉっっっっっ!!!」
正面にいた巨漢の赤鬼が棍棒を振り上げながら向かって来て、問答無用で棍棒を振り下ろす!ハーゲンは素早く後方に引いて回避!棍棒が打ち込まれた地面が大きく抉られる!続けて、背後にいた優男風の白鬼が接近してくる!ハーゲンは腰に装備された妖刀を抜刀して白鬼を牽制!その隙に、少年風で金髪の鬼と、目を布で隠した銀髪の鬼に懐に飛び込まれてしまった!2匹は掌から妖気の衝撃波を放つ!
「うわぁぁっっっ!!」
吹っ飛ばされて地面を転がるハーゲン!立ち上がり、構えようとした時には、青肌で朱髪の鬼がハーゲンの真正面を捕らえていた!青鬼が掌を向けた途端、ハーゲンは金縛りにかかって指1本動かせなくなる!
「答えよ、雌!お館様を何処に隠した!?」
「な、なんのことかしら?」
ハーゲンは「何のことか解らない」フリをしたが、内心では把握していた。巨漢は熊童子、優男は星熊童子、少年は金熊童子、目を隠しているのは虎熊童子、そして青肌朱髪は茨城童子、どれも過去の文献で見た妖怪達だ。酒呑童子の配下の鬼達が、首領を探し、「ハーゲンが接点を持っている」と突き止めたのだ。
酒呑は、崇と名乗って心穏やかにして、人間界を楽しみ人間界に溶け込もうとしている。この邪悪な鬼達と崇を合わせたくない。
「とぼけるなっ!金縛りでは生ぬるいか!?
オマエの手足を食いちぎってから、もう一度同じ質問をしてやろうか!?」
茨城童子が掌から更なる妖気を放出すると、ハーゲンのプロテクターが剥がれ落ち、強制的に有紀の姿に戻されてしまう。
茨城童子は、本気で有紀に「喋る為の機能だけを残せば、あとはどうでも良い」と考えている。その気になれば、有紀の手足は簡単に奪われてしまうだろう。
「それは困るなぁ・・・茨城童子。
その女性は、僕にとっては大切な人だよ」
突如、有紀の背後に強大な妖気が出現!その妖気は有紀を包み、一陣の衝撃波が茨城童子達を弾き飛ばした!
有紀と鬼達は、この妖気に覚えがある。金縛りが解けて体の自由を取り戻した有紀は、背後に振り返って、妖気の正体を確認する。その雰囲気には慣れ親しんでいたが、文献以外で、その姿を見るのは初めてだった。
「崇さん・・・よね」
大柄で、筋肉質で、額に沢山の角を生やして、威厳に満ちた鬼。その名は酒呑童子!




