外伝③-3・本とDVD~教育係は有紀
-翌日(酒呑童子の監禁3日目)-
出勤して直ぐに地下に顔を出した有紀は驚いた。崇(酒呑童子)が拘束衣から脱出して、監禁室内で自由に動き回っていたのだ。粉木に尋ねると、粉木が解放したのではなく、崇本人が勝手に拘束から抜け出したらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
監禁室内に数冊の本が積まれている。もちろん、粉木が与えたわけではない。勝手に持ち込まれた物だ。
「なんで本が?」
「そこにあるの、全部、わしの本やないか?いつ、そないもん持ち込んだんや?」
〈一日中、ここに居ても暇だからな。
爺さんの部屋に上がり込んで面白そうな書物を数冊いただいだ。
この程度の牢獄など、霊体化をすれば抜け出すのは容易だからな〉
「簡単に抜け出せるのに、またここに戻ってきたのですか?」
〈ここは快適だ。暇さえ潰せれば文句は無い〉
「逃げようとは思わなかったのかしら?」
〈爺さんや有紀は俺に危害を加えるつもりが無いのに、何故、逃げねばならん?
先ほども言った通り、この部屋が気に入っている〉
「借りる」と一言断らなかったのは、元々、盗賊みたいな生活をしていた為に、略奪や窃盗が当然で「借りる」という概念を持っていないからだろうか?積まれた本には歴史書や古典などがある。歴史書の平安時代の項目辺りや、古臭い古典の言葉綴りは「懐かしい」と感じるんだろう。椅子のところに一冊だけ離れて置いてある本が、今、読んでいる最中の本だろうか?表紙には「女性との上手なつきあい方」と書かれている。
「粉木さん・・・あんな本を持っていたんですか?」
「恥ずかしいのう。
有紀ちゃんがワシの部下として着任したばかりの頃に読んでおった本や。
上司として、若い娘にどう接すれば良いんか解らんかったさかいな。
崇くんも、昨日の接し方が拙いと理解したさかい、読んで学習しとるんやろな。
どうや、崇くん、それらの本はおもろいか?」
〈あぁ!なかなかに面白い!
俺が見た事件や合戦は、人間の視点ではこのように描かれるのだな。
勝った側の大義のみで描かれ、敗者は悪の様に描かれている。
関東の小僧も、瀬戸内の小僧も、逆賊として記されている。
人の醜悪さも含めて、非情に興味深い書物だ!〉
酒呑童子が人間界に居座った期間は、平安時代中期の850年頃から995年までだ。この時代に起きた突出して有名な事件と言えば、承平天慶の乱だろう。崇(酒呑)が言う「関東の小僧」は平将門で、「瀬戸内の小僧」は藤原純友のことだ。彼はその時代の生き証人(?)なのだ。
〈ところで、有紀?おまえに聞きたい事がある!この書物はなんだ!?〉
崇(酒呑)は、引っ張り出してきた本を開いて、ガラス越しに有紀に見せた。その本には、裸で妖艶な表情をした女の子の写真が載せられている。粉木が本棚の奥に隠していたのを持ってきちゃった。
有紀は目を真ん丸く見開いて驚き、粉木は青ざめる。
「こ、粉木・・・さん・・・あんな本を読んでいるんですか?」
「お・・・大きなお世話や・・・」
〈なぁ、有紀。この雌達は、何故、着物を着ていない?
着物を買う財も無いほどに飢えているのか?
こっちの雌は、ただの紐としか思えない腰布を付けているが、
こんな貧相な着物しか買えぬのか?
それとも、人間界には着物を必要としない部族があるのか?
何故、着物を着用しない雌達が書物になっているのだ?
有紀は、同じ雌として、この書物を見てどう思う?〉
崇は真剣に質問をしているんだが、傍から見れば、イケメンの変態が綺麗な女性に、いかがわしい写真集を見せびらかしつつ熱く語って嫌がらせをする光景にしか見えない。
〈ほら、見てみろ、有紀!この書物の、こっちには乳牛のような・・・
・・・・・うぐぅぅぅっっっ!!!〉
いつの間にか、厳重に施錠された扉を通過して監禁室に入った有紀が、崇の腹に強烈な膝打ちを20発ほど叩き込み、崇がフラフラになったところで、写真集を取り上げて丸めて崇の口の中に押し込み、仕上げに渾身のアッパーカットを炸裂させた!宙に舞い上がって地面に叩き付けられる崇!
有紀は監禁室から出て、重々しくて厳重なはずの扉を軽々と閉めて、「死ね、ちょび髭!」とワケの解らない呪いの言葉を吐きながら、怒って1階に戻って行った。
粉木は、呆気に取られた表情で・・・てか、怖くて話しかけられないので無言のまま有紀を見送る。
「ゆ・・・有紀ちゃん・・・怒りで周りが見えんくなっとるんやろうけど、
監禁室の扉が超厳重にロックされてんの、忘れんでくれんかなぁ?
こない簡単に開け閉め出来る設備やないんやけどね。
そいから、崇くん・・・
その本に興味があるなら、おなごが居ない時にワシに聞けや」
監禁室内の崇(酒呑童子)は、白目を剥き、口の中に写真集を突っ込まれた状態で、口から泡を吹いてピクピクと痙攣している。
-また翌日(酒呑童子の監禁4日目)-
有紀は、いつもの出勤時間よりも1時間ほど早く妖怪博物館に到着をした。理由は昨日の一件を崇(酒呑)に謝罪する為だ。つい頭に血が上って滅多打ちにしてしまったが、家に帰って冷静になり、「人間界の文化に馴染んでいない酒呑が、いかがわしい本の存在を理解出来ないのは仕方が無い」と考えるようになった。「そんな本に興味を持つな」と伝えれば良いのだ。
合い鍵で博物館の事務室に入り、壁の隠し扉を開けて、崇(酒呑)が監禁された地下の監禁室に向かう。
謝罪するにしても、どう謝罪しよう?礼儀正しく謝罪をするべきか?軽めの謝罪の方が良いか?あれこれ思案をしながら監禁室の前に到着をする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
監視室と監禁室で会話をする為のマイク&スピーカーはOFFになっている。・・・が、中で何をやっているかは直ぐに見当が付いた。
崇と粉木が仲良く並んで、室内に持ち込んだテレビの画面を食い入る様に見つめている。テレビはDVDデッキと配線で繋がっている。そして、テレビ画面では、裸の男女が抱き合っている。
昨日、有紀の退出時に、粉木が崇に「興味があるならワシに聞け」と言っていたが、それを突き詰めた結果が今に至る。粉木の判断ミス。まさか、いつもよりも、1時間も早く有紀が出勤するなんて、想定していなかった。
「ふっ!素直に謝ろうなんて、とんだ気の迷いだったようね。
・・・死ね、変態妖怪とクソジジイ!!」
どぉん!ばきぃ!ぐしゃぁぁっ!ぼぐしぃっ!ばっちこぉぉ~ん!どっごぉ~~ん!
これがシリアスなシーンだったら、崇(酒呑)と粉木は7回くらい死んだんじゃね?ってくらい激しい衝撃音が鳴り響き、テレビ画面に頭を突っ込んだ崇と、DVDデッキが“くの字”に曲がるほどの勢いで脳天を叩き割られた粉木が床に転がる。
有紀は、今回は立ち去ろうとせず、怒りで鼻息を荒くしつつも椅子に腰を降ろし、粉木と崇に「その場で正座しろ」と命令をする。粉木と崇は、有紀が怖いので、仕方なく命令に従って正座をした。
「もう、これ以上、粉木さんに、崇さんの教育は任せられません!
このままでは、変態妖怪になってしまうわ!
今日からは、私が崇さんの教育係になります!」
有紀は、手に持っていた鞄の中から“道徳 小学校2年生”とタイトルされた本を取り出して、崇に差し出す。
「・・・これは?」
「先ずは、このページを読んでみて、崇さんなりの感想を教えて」
「う・・・うむ・・・」
有紀が指定したページに書かれていたのは、子供達の間で日常的に起こりがちな事件の顛末だった。登場人物は、ノビ・ゴウダ・ホネカワ・ヒロイン・青狸ロボットの5人で、ゴウダに漫画本を取り上げられたノビが、青狸ロボットに泣きついて大いなる力を得て、先ずはゴウダの舎弟のホネカワを実験台にして血祭りに上げ、その後、ゴウダに復讐をするんだけど、調子に乗って力に奢り、ヒロインに迷惑を掛けて、最後は自らが天罰を受けるってストーリーだった。
「なるほど・・・ノビとか言うクズは万死に値する。
無能なクセに調子に乗る辺りも好きにはなれぬ。
この男は、人間の愚かさを解りやすく体現したような人物だな。
俺が事件に参加をしていたら、真っ先にノビの首を刎ねるだろう。
ゴウダについては、なかなかのモノノフと見た!
青狸に力を借りたノビと正々堂々と渡り合う勇ましさには好感が持てる!
ただ一つ納得いかぬのは、何故、ゴウダは、ヒロインを手込めにしないのだ?
その気になれば、いつでもヒロインを手に入れる力量があるだろうし、
その資格もあるはずだ!
青狸はともかく、ノビやホネカワのような弱者では、
ヒロインを守り抜く事はできん!」
「なんの物語の感想や?」
「超有名な子供向け漫画・・・なんですけどね」
「なんや、殺伐としていて、ワシの知ってるのと、だいぶ違う気がすんな」
「ねぇ、崇さん。
冒頭で、ゴウダがノビの漫画本を奪う行為について、お咎めは無いのかしら?」
「何故、咎める必要がある?必要ならば略奪する。
力こそ正義、非力で奪われる弱者が悪い。当然の事だろう。
ノビの如き小者では、ゴウダに略奪をされなくても、
やがては、別の強者に略奪をされてしまう。
ノビは、あまりにも弱すぎる。
青狸がいなければ、とうの昔に、命を奪われていた事だろう。
その点、ホネカワは気にくわない存在だが、
力ある者の庇護を受ける辺りは、世渡りが上手いな。
組織のトップには立つ器はないが、
2番手が3番手として大成する可能性を秘めている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
有紀は「ノビの漫画本を取ったゴウダが悪い」「でも、お調子者のノビも悪い」的な感想が欲しかったんだけど、「別のストーリーを読ませた?」ってくらい思い掛けない感想が返って来た。そもそも「オマエの物は俺の物」って乱暴な理論を受け入れている価値観が、根本的に間違えている。
「ゴウダが、ノビの私物を取るのが悪いのよ」
「何故だ?」
「1000年前なら、多少はOKだったかもしれないけど、
今の時代では、許可無く他人の物を取り上げちゃダメなのよ」
「なにぃ!?そうなのか!?」
「1000年前でも、略奪はダメやろうけどな」
「それとね、ゴウダにとってヒロインは大切な友達だから、
ヒロインの意志に無視して手込めにする気なんて無いわよ」
「ぐぅぅ・・・時代が違うのだな。
ならば、現代の認識では、ゴウダへの復讐を遂げたノビが正義という事なのか?
あのような、非力で無能でお調子者のクズがっ!!?」
「ノビは、アナタの言う通り、非力で無能でお調子者のクズよ!
天罰を受けて当然ね!
青狸ロボットがいなければ、とっくに野垂れ死んで・・・
いいえ、青狸ロボットがいる所為で、醜く生き長らえている、
どうしようもないダメ人間だわ!」
「おいおい、有紀ちゃんもノビについては同意なんか?
妙なところで気が合うとる。これじゃ、道徳の勉強にならへんがな」
だいぶ問題だらけなんだろうけど、有紀による酒呑童子への、現代常識の教育が始まった。
-10日後(酒呑童子の監禁14日目)-
監禁室の中で、有紀と酒呑が並んで、録画されたビデオを見ている。内容は、長野県松本市を舞台にした学園青春ドラマ。理由は、主要登場人物の1人が酒呑の人間態に似ていたから。
テレビ画面では、文化祭実行委員に選ばれたヒロインと男子が、放課後に図書館に残って企画をしているところ。打合せをしながら目と目が合うヒロインと男子。以前からヒロインに片想いしていた男子は、気持ちが暴走してしまい、ヒロインの唇に自分の唇を重ねてしまう。驚いたヒロインは、目を大きく見開いて、その場から逃げる様に立ち去っていく。そして、慌てて帰宅をするヒロインが、生徒玄関前で、定時制通学をしている主人公とぶつかる。2人が初めて出会うシーンだ。この出会いをキッカケにして、物語が動き始める。
「ぬぅぅ・・・情けない!何故、ユースケはソノコを押し倒さない!
好いているならば、口を吸うばかりで終わらせず、力ずくで体を手に入れろ!
こんなありさまだから、逃げられ・・・・・・・・・・」
「現代と1000年前は違うでしょ!」
「あぁ・・・そうか!ユースケは愚かな男だ。
あのような身勝手な振る舞いを、ソノコが受け入れるわけがあるまい!」
「そうよ、それで正解よ。
今のシーンは、強引に押し倒さないのが悪いんじゃなくて、
ソノコの気持ちを考えないところが悪いの」
人間界の文化に興味を持った酒呑童子は、毎日少しずつではあるが、人間界の常識を学習する様になっていた。崇(酒呑)の答えに対して微笑む有紀。2人の目が合う。崇は、改めて「有紀を美しい」と感じた。ドラマ内で‘身勝手な口吻をした男子’の気持ちが、少しだけ理解出来る。ただし、2人でユースケを否定した直後なので、身勝手な行動は控える。
「ところで、崇さん?
その横柄な口調は、もう少し何とかならない?」
「・・・俺の口調は変か?」
「少し偉そうで、周りが警戒しちゃうのよね。
もう少し優しい口調の方が、周りとのコミュニケーションが取りやすいわよ」
「む、難しいな・・・。」
「行動はともかく、ユースケの知的で柔らかな口調は
真似をしても良いんじゃないかしら?」
「この男は、俺・・・ではなく、ぼく・・・と言っているな」
「そうね、その柔らかな口調で、何かを喋ってみて」
「う・・・うむ・・・
ユースケくんは愚かな男の子だね。
あのような身勝手な行為を、ソノコちゃんが受け入れるわけがないよ。
僕がソノコちゃんだったら、すぐに首を飛ばして、
賽の河原に晒してあげちゃうね!」
「口調はソフトだけど、内容が乱暴で血生臭いわよ。」
「そ、そうなのか?」
「そもそも、1000年前とは違って、暴力や体罰や虐待は危険よ。
無礼者への有効な懲罰は、一瞬で命を奪って済ますより、更生の余地を考えて、
正座、座禅&警策、滝業、廊下の拭き掃除、反省文、食事制限などなどで、
生殺しにして、ジワジワと責める方が効果的なのよ」
「な、なるほど、暴力を使わずに拷問をするというワケか?
ぬぐぐぐぐっ・・・人間とは、時として、妖怪よりも残酷だな」
「言葉遣い!横柄に戻っているわよ!」
※反省文は、まぁ良いとしても、本人の意志に反した滝業や食事制限は、充分に体罰です。
-博物館事務所-
粉木は、崇(酒呑童子)の監視と教育を有紀に任せっぱなしにして、酒呑の腹の中にある物の正体の調査に勤しんでいる。有紀と接している崇は穏やかだし、崇と接している有紀は楽しそうだ。これは少し意外な組合せだった。有紀は見た目は美しいが気性が荒い。粉木の視点では「戦士としては頼もしいが、人格面に問題があって、結婚相手は見付からない」と評価をしていた。しかし、崇に対して微笑む有紀の表情は、とても女性的だ。おそらく、1000年以上も生き、将としての大きい器を持つ酒呑童子が、有紀の尖った気性を全て許容しているのだろう。
「人間と妖怪が心を通わせる。
・・・珍しい事やけど、これまでに無かった事例ではないか」
粉木の手が止まる。酒呑の腹にあるのは闇を浄化された物の集合体だ。つまり、人間界に仇為す存在ではなく、人間界になんの恨みも無い存在。「人間と妖怪が心を通わせる」事が可能な存在。
「集合体のコアが、それを望んでいるっちゅうことか?」
今までの粉木は、過去の記録をひっくり返して、片っ端から読んで条件に当てはまる物が無いかと調べていた。ゆえに、調査に時間ばかりが掛かっていた。
「視点を絞って探してみる価値はありそうやな」
これまで討伐された妖怪の中で、人間と心を通わせ、人間界に馴染んで生きる事を望みながら、それが果たせずに、人間界に未練を残した妖怪がいるとしたらどうなる?追い出した人間界への復讐を考えるか、次こそは人間界に馴染もうとするか?前者ならば、恨みに支配されている為、浄化された塊にはならない。後者ならば、邪悪さを持たない妖怪になろうとする可能性がある。




