外伝③-2・白坊主討伐~源頼光
-翌日(酒呑童子の監禁2日目)・適当な空き地-
青を基調にした中世日本の鎧兜のようなプロテクターを纏った戦士=妖幻ファイターハーゲンが、マシュマロのような妖怪を叩き伏せる!
「臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!・・・はぁぁぁぁっっっっ!!!」
ハーゲンが九字護身法を唱えると、妖刀が冷たい冷気を放って輝いた!妖刀を振り上げて、妖怪に突進する!
「悪霊退散っ!!」
振り下ろした一太刀が、マシュマロ妖怪=白坊主を上下に両断!白坊主は、苦しそうな呻き声を上げながら、凍り付いて破裂した!
ハーゲンは通信で粉木に報告を入れた後、左手甲に設置されたYケータイを抜き取り変身解除。源川有紀の姿の戻って、愛車のホンダ・CBR900RRに跨がり粉木宅へと向かった。
-数分後・陽快町・妖怪博物館-
妖怪退治を終えた有紀が博物館の事務所で報告書の作成をする。
「書き終わりました」
「おう!ご苦労さん!」
「昨日の妖怪は、どうしています?」
「今んとこ昨日と変わらんで。おとなしくしとる。見に行くか?」
「はい、是非」
有紀と粉木が様子見に地下に降りると、「崇」は拘束をされたままグッスリと眠っていた。しかし、人の気配を察知して目を開け、有紀を見つめる。昨日の憔悴していた時とは違って、幾分かは落ち着いているようだ。
「けったいな妖怪やな。ワシが何度も様子を見に来ても目を覚まさんかったのに、
有紀ちゃん連れてきおったら、すんなりと目を覚ましおったで。」
「そうなんですか?」
「妖怪でも、有紀ちゃんが美人ちゅう事が解るんかいな?」
有紀は苦笑をしつつ、「美人」と表現された事を訂正はせずに、拘束中の妖怪を見つめる。
妖怪は有紀を見ながら何かを喋っているが、妖怪を拘束した部屋と粉木や有紀がいる部屋は分厚い壁と窓ガラスで仕切られている為、妖怪の声は有紀には届かない。興味を持った粉木が、有紀に「妖怪に余計な情報を入れるな」と事前に忠告をしてから、マイクとスピーカーの電源を入れる。
〈人間の雌・・・おまえ等が退治屋だな?
人間界に出現した妖怪が浄化をされて冥界に戻ってくるが、
それはおまえの仕業という事か?〉
「さぁ・・・何のこと?」
〈俺を舐めるな。誤魔化しても雰囲気で解る。
つい今ほども、妖怪を浄化してきたばかりだろう?
その体に、下級妖怪の妖気が染みついているぞ〉
相手は千年以上生きた上級妖怪だ。その場しのぎの誤魔化しなど通用しない。有紀は僅かに動揺したが、一方の粉木は興味深そうに妖怪を見つめる。この妖怪は人間の言葉を知り、会話をできる知能と、妖幻ファイターの正体を見抜く洞察力があるようだ。
「御明察や。この子は妖幻ファイターや。
ワシは、この子の上司で、粉木っちゅうもんや。
そんで、おまんはなんや?
この子に保護されて、こっちの正体聞いておいて、名乗る名は無しかいな?」
〈ん?それもそうだな。これはあいすまぬ。俺の名は酒呑童子〉
「酒呑・・・童子やて?」
〈幾度となく、人間界には攻め入っている。知らぬ名ではあるまい〉
有紀と粉木は驚いた。そしてにわかには信じられなかった。酒呑童子と言えば、鬼の代名詞と言っても過言ではない。玉藻前、天狗、大嶽丸と並ぶ、四大妖怪の一角だ。
1000年以上も昔、150年近くの間、京都の大江山に住み、都を気ままに荒らし回っていた鬼の集団がいた。その首領の名を酒呑童子という。陰陽師の命で、都から討伐隊が赴いたのだが、正面からの戦闘では苦戦を強いられると判断して、旅人を装って酒呑童子に近付き、毒入りの酒を飲ませて動けなくなったところで、寝首を掻き成敗した。しかし、酒呑童子は首だけになっても死ななかったと伝承されている。
〈がっはっは!あの時はしてやられたぞ。
首を取られた程度では死なぬが、妖力を蓄えて体が再生するまで数百年の間、
首だけでは何もできぬからな。
確かあの時の武士団の頭領の名は、源頼光とか言ったかな?〉
源頼光
源氏武士団を率いた10世紀の武将。土蜘蛛を成敗したり、頼光四天王と共に酒呑童子を倒すなど、妖怪退治で功績を挙げた。
ちなみに、頼光は源氏の長男で、そこそこ有名人だけど、子孫はあまりパッとしない。源平合戦で超有名な源氏の祖は、頼光の弟の源頼信。頼信の6代子孫が源頼朝。頼光は、頼朝や義経と血は繋がっているが、ひい爺ちゃん的な存在ではない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
有紀は、源頼光の名を聞いて何かを言いかけるが口を閉じてしまう。1000年も昔の事なので記録は曖昧だが、有紀の生まれた源川家は源氏の末裔らしい。平安時代の武士は、都の治安維持の目的で、時として妖怪討伐の任を受ける事があった。その代表格が源頼光。1000年の時を経て、妖怪退治の血筋はあちこちに広がり、薄れていった。だが、突如、妖怪討伐の才能が覚醒をしたのが、ここに居る源川有紀だった。
目の前の妖怪が怖いわけではないが、ワザワザ自己紹介をして不要な憎しみに晒される必要は無い。向かってくる妖怪や平和を乱す妖怪とは戦うが、何もしない妖怪に戦う理由を与えるつもりは無い。
そう考えたのだ。・・・が、有紀の思惑とは相反して、有紀の顔を眺めていた酒呑が口を開いた。
〈人間の雌・・・
貴様からは、俺を討伐した者と同じ雰囲気を感じるな。
源頼光なる者は、貴様の父か?〉
「・・・・・・はぁ?お父さん?」
「おまんが頼光と戦ったんは、1000年も前やで。
頼光も、その子も、とうの昔に死んどるわい。
妖怪には、人間の寿命っちゅう概念が解らんのかいな?」
〈ん?そう言えば、そうだったな。
俺達妖怪と違って、人間は寿命が7日間程度と、とても短命だったな〉
「寿命、みじかっ!」 「それは孵化した後のセミやで!」
150年間も人間界に住んでいて、人間の言葉を理解出来るクセに、人間の生態が理解出来ない?それとも超大物妖怪のクセに天然?
良く解らない変なヤツだが、有紀が妖幻ファイターと見抜いたり、有紀が源頼光の血縁と見抜く等々、洞察力だけは際立っている。嘘をついて誤魔化せる相手ではなさそうだ。
「私の本名は源川有紀。
私自身が理解出来ているわけではないけど、私は源氏の子孫で、
貴方を倒した『源なんちゃら』の力が覚醒しているらしいわ!」
〈・・・ほぉ、やはり血縁か〉
「それがどうだって言うの?
私が貴方を倒した『源なんちゃら』の子孫って知って復讐でもする気?」
〈・・・・・・ん?・・・復讐?〉
酒呑は拘束衣に閉じ込められたまま、しばらくはキョトンとした表情で有紀を見つめていたが、やがて、肩を振るわせて大声で笑い始めた。
〈がっはっはっ!はっはっはっはっは!
人間の雌よ!貴様には、俺が、1000年前の敗北に拘るほど小者に見えるか?
しかも、貴様は、本人ではなく、ただの血縁だ!
復讐をする理由が何処にあるというのだ?〉
「雌と呼ぶな!有紀という名前があります!
では、私の祖先に倒された恨みは無いというの?」
〈がっはっは、あいすまぬ!
有紀とか言ったな。なかなか気の強い雌だ、気に入ったぞ!
確かに、俺は、首を刎ねられた直後は、騙し討ちにした源頼光を恨んだ!
だが、首だけになって数百年を過ごすうちに滑稽に思えて笑えるようになった!
恨みなどと言う些細なものは、
とうの昔に、大笑に混ぜて吐き出してしまったわ!〉
目の前にいる妖怪は、自身の復讐など忘れ去り、また、有紀が妖怪を退治している事を咎めるつもりも無さそうだ。それどころか、拘束をされて閉じ込められた状況を、なんの不満も持たずに受け入れ、騒ぎ立てる素振りや逃げる仕草は全く見受けられない。その言葉は豪放で、まるで捉え所が無い。
「のう、酒呑童子?こっちからの質問もええか?」
〈質問は構わぬが、今は人間の雄の姿をしている。
人間らしく“崇”と呼んでもらえるとありがたいのだがな〉
有紀は首を傾げ「意味の無い要求」と感じた。だが、老練な粉木は、酒呑童子の要求から一定の状況を理解する。この妖怪は、礼を失せない為に、粉木と有紀に実名を名乗ったが、実際は“酒呑童子”として扱われる事を望んでいない。何者かに追われて墜落した事を考慮すると、正体と所在がバレないように、ここに監禁されたまま体力が回復するまで身を潜めるつもりなのだろう。
「そか、なら崇くん。おまんが腹の中に飼っているもんはなんや?
浄化したモンの塊ってことは解っとるが、
なんで、そないモンがおまんの腹の中にあるんや?」
〈俺にも解らぬ。『冥界に発生した冥界にはそぐわぬ物』としか言い様が無い。
だが、俺は、これに希望を感じたから守り、
俺を追っていた者は、これに脅威を感じたから滅そうとした。
俺は、これを守る為に飲み込んだのだが、これは俺の腹は気に入らないらしい。
俺が妖気を発すると、まるで妨害する様な反応をして、昨日のザマだ。
だから俺は、こうして温和しくしている〉
「ただ漠然と、浄化された妖怪が一塊になって集まる事なんてあるまいて。
コアになって浄化された妖気を集めているモンがあるんやないか?
なんや、心当たりは無いか?」
〈なるほど一理あるな。さすがは退治屋だ。
俺達妖怪の生態には詳しいというわけか。
だが、ここまで混ざってしまうと、何が核になっているのは、もう解らぬ。
しかし、これを世に放つ方法なら解るぞ〉
「なんや、その方法とは?」
〈有紀、おまえの協力があればな〉
「私の協力?なにをすれば?」
崇はガラス越しに有紀の顔を見つめる。一方の有紀も崇を見つめる。中身が鬼でなければ、かなり好みのタイプなのだが・・・。
〈人間の雌には子を産む機能があるだろう。俺と契り俺の子を産め!
さすれば、俺に腹にあるこれは、貴様の腹に移り、
やがて生命を宿して、この世に出る!〉
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
有紀の眉間にシワが寄り、コメカミに青筋が立ち、肩を怒らせ・・・無言で分厚い扉の前に進んで、暗証番号とかカードキーとか色んなロックを解除しなければ開かないはずの厳重な扉を木の引き戸の如く軽々と開け、中に入って、拘束された崇(酒呑童子)の両側頭部を両手で掴んで顔面に渾身の膝打ちを叩き込んだ!
「ぐはぁぁっっっっ!!」
鼻血を吹き出しながら為す術も無くぶっ倒れる崇!怒りの一撃を見舞った有紀は、重々しくて厳重なはずの扉を軽々と閉めて、白目を剥いている崇を一見もせず、「死ね、ハゲ!」とワケの解らない呪いの言葉を吐きながら1階に戻って行ってしまった。見た目は満点、昨日は憔悴したイケメンに、ちょっぴりキュンキュンしちゃったが、所詮は妖怪。相容れる事は無さそうだ。
呆気に取られた表情で有紀の後ろ姿を見送った粉木が、監禁されたまま失神中の崇(酒呑童子)に、哀れむ様な視線を向け、大きな溜息をついた。
「おなごの怒りとはおっかないのう。
せやけど、今のは、おまん(酒呑童子)が悪いで。
おなごを物扱いする様な、あない雑な口説かれ方したら、誰だって怒るがな。
もう少し人間社会の常識を勉強せなあかんな」
念のために確認したら、さっき有紀が開けた扉は、厳重にロックがかかっている。絶対に開くはずの無い扉を、有紀は怒り任せに開けちゃったのだ。女性を怒らせると、マジ、怖い!
-同日の夜-
粉木が、倉庫から沢山のファイルを運び出して机の上に積み、一冊ずつ内容の確認を始める。酒呑童子の腹にある“浄化された妖怪の塊”のコアになっている物がなんなのか?酒呑童子は「生命を持って世に生まれる事を望んでいると」言っていたが、それは妖怪の生態と矛盾をしている。妖怪は死なない。正確に言えば、妖怪は一時的には死ぬが、時を経て復活をする。生物の“出産能力”に頼る必要なんて無い。
「要は、コアになっている妖怪は、妖怪として復活するっちゅ~んじゃなくて、
人としての生を受ける事を望んでいるっちゅうこっちゃな。
そんな、奇特な妖怪、おるんかいなぁ?」
退治屋の歴史は、千年以上前の陰陽師にまで遡る。千年以上の間で退治屋に倒された妖怪は、同種を含めれば一万匹以上になるだろう。粉木は、過去に退治屋に倒された妖怪のうち、人間社会に馴染もうとした妖怪に絞って調査をする。




