3-3・真奈の噂~影口は嫌い~腹を割って話合い
-翌朝・優麗高ー
チョットした事件が発生。校長先生が教師2人に運ばれて、間もなくやってきた救急車で搬送されていった。登校をした紅葉と亜美は、互いの顔を見て、「なにがあったの?」と首を傾げる。教室に入ったら、校長の話題で持ちきりになっていた。
一連の真相は、2-Aの熊谷真奈が、無断で立入禁止中の半壊校舎に入ろうとして避難階段を上がり、校長に見付かって呼び止められ、驚いた拍子に段鼻から足を踏み外して転げ落ち、慌てて受け止めようとした校長と激突。下まで落ちてきた時には、2人が抱き合うような格好に成っていたらしい。
しかし、生徒間で面白半分に広まる噂には、尾ひれはひれが付いてしまう。
女生徒が無断で校舎に入ろうとして校長に見付かる→女生徒と校長の逢い引き
女生徒が、階段を踏み外して校長にぶつかる→誰も居ない校舎で、女生徒が校長の胸に飛び込む
身を挺して女生徒を守った立派な校長→女生徒との危険な情事に熱を上げる破廉恥教師
4限が終わって昼休みになる頃には、一部生徒の間では「2-Aの熊谷は校長の愛人」って噂にまで発展していた。
-昼休み・体育館裏-
「ぁっ!見付けたっ!やっぱり、ここにぃたっ!」
「・・・・・・・・・・・・・ありゃ」
紅葉に教室内に押し掛けられるのを恐れて、体育館裏で昼食(パンと牛乳)を食べていた美穂だったが、アッサリと見付かってしまった。紅葉は「今日こそ、一緒に食べょぅ!」と厚かましく寄ってくる。美穂は、昨日のように無駄に逃げ回る気力も無い。ふぅと溜息をついて‘気楽な一人’の諦めることにした。
「なんで、ここが解った?」
「ミホのニオイがした!」
「ニオイ?・・・臭いって事?」
「ん~~~~~そぅぢゃなくて、ミホのニオイ!」
「勘・・・みたいなもんか?」
「ぅん!カンっ!」
紅葉は、美穂の了解を取ることも無く、美穂の隣に座って、弁当の入った包みを解きはじめる。美穂は、紅葉の存在を気にする素振りも無く、黙々と口の中にパンを押し込んでいる。逃げ回って昼休みを棒に振るつもりも無いが、だからといって和気藹々と親睦を深めるつもりも無い。
「ねぇ、ミホ知ってるっ!?」
「・・・ん?」
「A組の熊谷さんのことっ!」
「あぁ・・・2-Aの尻デカ女が校長にぶつかったって、校長がケガしたって」
「違ぅ違ぅ!熊谷さんと校長センセが付き合ってるんだってさ。」
「・・・はぁ?」
「人目が無いところで、熊谷さんと抱き合って、
コーフンしすぎた校長センセが発作を起こして・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ」
美穂が眉をしかめ、いつもの「意味は無いけど、とりあえず近寄るな」ではなく、「不愉快だから近寄るな」的な雰囲気に変化する。それまで、僅かに紅葉側を向いていた美穂の体は、少しだけ紅葉と逆側を向いた。
「・・・で、オマエは、校長と熊谷のことを聞いて、どう思ったんだ?」
「んぇ?・・・どうって?」
「熊谷か校長に真相を確かめたのか?」
「・・・聞いてない。」
「なら、確認もしていないのに、その話を信じたのか?」
「信じてるわけぢゃないけど、もしホントなら面白くね?」
「その話、パス。興味ない。
悪いけど、弁当食べるなら、別の場所で食ってくれないかな?
あたし、一人で静かに食べたいんだよね。」
紅葉は、「なんで?」と訪ねるが、美穂は取り合わない。美穂の、いつも以上の顰めっ面を見た紅葉は、ようやく自分の失言が美穂の気分を害したことに気付いた。
「あたしさ・・・無責任に他人を小バカにする奴って、嫌いなんだよね。」
「ゴメン。・・・でもね、ミホ。
ァタシ、学校で、ぃつもツンツンしてるミホが、笑ってくれるかと思って」
紅葉は、どうにか取り繕おうとするが、美穂は、聞く耳を持たない。
「その話、全然面白くない。」
美穂は、口の中にパンを詰め込んで、牛乳で無理矢理押し流すと、その場から足早に立ち去ってしまった。残された紅葉は、美穂を追うことが出来ず、申し訳なさそうな表情で見送り、その場から立ち去っていく。
美穂が教室に戻ると、クラスメイトの間では‘紅葉が喋りかけたこと’と同様の噂が飛び交っていた。皆、興味津々に、下ネタ混じりに噂話を飛躍させ、ケラケラと笑っていて、見ていて腹が立ってくる。
「うるせーんだよ、オマエ等!!
自分が‘その噂’の当事者になっても笑ってられるのか!?
最低限、その程度の想像くらいをしてから騒げ!!」
虫の居所が悪かった美穂は、教室中に響き渡る声で、噂をしている連中を一喝する。無責任な笑い声はピタリと止まり、中には「美穂の言う通り」と同調する声も聞こえるが、特に興味は無い。いくら同調されても、それまで噂話を楽しんでいた奴は全部同類だ。美穂は自分の席に戻って、時計を見て机に顔を伏せ、昼休み終了までの残り10分を仮眠に充てることにした。皆が美穂を恐れたからなのか、以後、仮眠中の美穂の耳には、下らない噂話は聞こえてこなかった。
-5限目-
「え~~・・・この問題の答えを・・・出席番号7番、桐藤、解いてみろ」
「スミマセン。わかりません。」
数学の教師から解答を求められた美穂は、立ち上がって即答で拒否をして、イスに腰を下ろした。2学年の授業は今年で3度目なので、おそらく、真面目に考えれば答えられる。だが、今の美穂は、授業には全く興味が無い。
ボケ~ッと、代わり映えの無い窓の外に風景を眺める。
昼休み中の紅葉とのヤリトリを思い出すとイライラする。たいていの生徒は、「とりあえず近寄るな」の雰囲気を出していると寄ってこない。2回目の2年生の頃は、美穂に寄ってくるクラスメイト(年齢は一個下)や、3年生(同い年)が居たが、「不愉快だから近寄るな」の雰囲気を出したら、それ以上は踏み込んでこなかった。
2度の留年は事実だが、投げやりな態度で留年をしたわけでは無い。自分なりに自分のプライドを守った結果が、留年に繋がった。反省はしても、留年そのものを後悔はしていない。ただ、留年生を見る周りの目はムカついた。皆、美穂が留年に至った理由など理解せず、適当な噂を鵜呑みにして、面白おかしく尾ひれが付けて、やがては、ただの出来損ないとレッテルを貼る。美穂自身、そんな噂を立てる連中に失望して、壁を作って、他人を寄せ付けないようになった。
だから、根も葉もない下らない噂が、どれだけ人を傷付けるかを知っている。きっと、今のままだと、A組の熊谷真奈も、同じ孤立を味わうことになるだろう。そんな噂は、聞いていて腹が立つ。面白おかしく話す奴はムカつく。
孤立している美穂を、輪の中に引きずり込もうとする紅葉が、他人を孤立させかねない噂を面白がっていたのは、ガッカリさせられた。
(あれ?・・・待てよ?)
そこまで考えた美穂は、自分に違和感を感じた。紅葉にガッカリさせられたって事は、紅葉に何かを期待していた?孤立している美穂を、輪の中に引きずり込もうとする行為を、口では否定しながら、無意識に頼もしく思っていた?イライラの原因は自分自身だった?壁を作らずに自分の腹を割っているのは紅葉だけ。紅葉が気分を害することを言ったなら、「それは間違ってる」と注意するべきなのに、自分は何も言わずに一方的に遮断をした。自分も壁を作っているからこそ、踏み込んでくる紅葉に上手く対応できず、言いたいことを伝えられずにイライラしている?紅葉への期待だけをして、自分は何も行動をしていない。
(・・・バッカみたい。結局、あたしも他の連中と同じ。
アイツ(紅葉)の事をロクに知らないクセに、
変なレッテルを貼ってるんじゃん。)
紅葉達は、自分のことを嫌いになってしまっただろうか?まだ間に合うなら、もう少し話がしたい。もう少し自分のことを知って欲しい。せめて、昼休みに怒った理由だけでも、キチンと説明したい。
今日は6限まで授業があるので、放課後まで、あと2時間ほどある。美穂は、窓の外を眺めながら、早く放課後になることだけを待ちわびる。
-放課後-
「よ・・・よぉ、ちんちく・・・・・・・み、源川!」
「んぁ!?ミホだぁっ!どぉ~したのぉ?」
美穂は、終礼と同時に教室を飛び出して、正門の前で、紅葉の下校を待ち伏せした。彼女の教室に顔を出すのは、まだちょっと恥ずかしいので、下校時に偶然に顔を合わせたパターンを演出する。紅葉を見付けて、恥ずかしさを隠して、「会いたかったわけではなくて、偶然会った」素振りで声をかける。ムスッとされたらどうしよう?と心配していたけど、紅葉は、笑顔で、何も疑問を持たずに寄ってきた。昼休みの一方的に絶縁したことは気にしていないっぽい。
「なぁ、昼休みに聞いた熊谷の噂・・・
あ~ゆ~の、あんまり好きじゃないから、もう無しにしてくれ。」
「ぅん・・・ゴメン。テキトーなウワサゎダメだよね。」
「解ったなら良いよ。
変な噂は、喋る方は面白半分でも、噂される方は傷付くからな。」
「・・・でもね、ミホ。ァタシゎ、熊谷さんをバカにしたかったわけじゃなくて、
いつもツンツンしているミホに笑って欲しくて・・・でもやっぱりゴメン。
今度から、そ~ゆ~のしない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
美穂は、一人で悩んでいた自分がバカバカしく思えてきた。紅葉は、昼休みのことを根に持つどころか、自分の非を詫びて、美穂の態度を一切批判しなかった。美穂は、源川紅葉の器は、美穂が考えているより、はるかに大きいと感じた。(・・・まぁ正確に言えば、何も考えてないから、根に持たない)
「よし!ならこれで、昼休みのゴタゴタは、全部無し!」
「ぅん!ありがと、ミホ!」
「良い機会だからさ!
お互いに、相手に対して思ってること、全部言っちゃおうか!」
「ぉ互ぃに思ってること?」
「そう!悪口でも、直して欲しいことでも何でも良い!お互いに腹を割ろう!
きっと、全部言っちゃった方が、スッキリするからな!」
提案をされた紅葉は、ウンウンと頷いて応じる。
「お~~~~~~~~~~~~~!!さっすが、ミホ!
2コも年増だけあって、言ぅことが大人だねぇ!」
「いきなりかち~ん・・・
そ、それは、さっそく、腹を割って悪口を言ってくれてるのかな?・・・チビ助」
「ん?悪口?違うょ!今のゎ、褒めてるんだょ!
ァタシ、チビって名前じゃ無くて、クレハね!」
「え~~~~~~~っと・・・褒めるの意味・・・解るのかな?ノータリン?」
「ちょいムカッ!ァタシ、の~たりんぢゃないもん!
ミホょり頭イイもん!ミホみたぃに落第ギリギリぢゃないもん!」
「かち~ん・・・勉強だけ出来ても、それ以外がダメなんだ!幼稚園児!
だいたい、その髪型、なに!?
いっつも、頭の天辺に寝癖が立ってるけど、可愛いつもりか?
もしかして、毎日自分で整髪料でも使って立てているのか!?
それを‘可愛い’って思ってもらえるのは、せいぜい、小学校の低学年まで!
センスが疑われるから、そのワンポイントアピールはやめた方が良いぞ!」
「ムカムカムカ!寝癖じゃないもん!でも、自分でやってるのも違ぅもん!
ょく解んなぃけど、シャンプーしても、ブラッシングしても、ドライヤーしても、
何故かここだけ、立っちゃうんだもん!
・・・おっぱい、ちっちゃいくせに、ァタシを子供あつかいすなっ!」
「ぷっち~~~~ん!オマエだって、大して変わらないだろうに!
そ~ゆ~偉そうな台詞は、平山並になってから言えっ!!」
「むっきぃ~~~~!!かわるもぉ~~~~~~ん!!」
紅葉は、両手を広げて、ブレザーの上から、美穂の両胸をタッチ。しばらくムズムズと触って、感触を確かめてから、掌を美穂のバストの形にして、今度は自分の両胸を触る!
「ほらぁ~~~~!ァタシの方が大きい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さてと・・・美穂が提案した、「良い機会だから、相手に対して思ってることを言い合う」はそれなりに出揃ったかな?きっとこれで、2人の親睦は深まるな。でも、念のために、互いに何を言われたのかを、チョット整理してみよう。
紅葉の場合・・・「チビ」は普段から言われ慣れてるらしくて、ギリOK。「ノータリン」と「幼稚園児」はNG。「乳が小さい」はNG(特に亜美と比べるのは禁句)。「アホ毛」は逆鱗。
美穂の場合・・・「頭が悪い」は自覚してるのでギリOK。「年増」は自覚してるけど逆鱗。「乳が小さい」は逆鱗。
ふむ・・・互いに、ほぼピンポイントで、相手の急所を抉ってやがる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっち~~~~ん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むっきぃ~~~~!」
「てめえ言いやがったなっ!!タイマンだ、ツラ貸せっ!!」
「上等だぁ~っ!!こんちくしょ~~~~~~~~~~!!」
親睦を深めたとは到底思えない紅葉と美穂は、目を血走らせて肩を怒らせ、河川敷の方に向かって歩いて行く。腹を割って話をしたので、次は拳を使って魂で語り合うらしい。
-生徒会室-
「なんですって!」
校門前での騒ぎは、直ぐに生徒室にもたらされた。麻由は、怒鳴りながら手の平をを机に叩き付けて、いきり立つ。麻由が統括する2-Aの生徒ではないが、自分の生徒会長任期中に、優麗高の生徒が乱闘事件を起こして、警察沙汰になるのは拙い。
「大至急、柔道部と空手部に行って喧嘩仲裁の応援を要請して!」
「・・・は、はい!」
「3年生の皆さんは、厳戒態勢を敷いて情報の拡散を抑えて下さい!
特に、先生達の耳には入れないように!」
「え!?・・・先生方に報告しないんですか?」
「先生方の手を煩わせる必要はありません!この一件は、生徒会で処理をします!
他の皆さんは、私に付いて、一緒に、現場に来て下さい!」
「解りました!」
葛城麻由の迷い無き指示の元、生徒会役員達が一斉に動き出す。