25-2・雛子の聴取と協力体制
-文架警察署-
紅葉達は「リバーサイド鎮守に遊びに行って、変な怪物を見た」という表向きの理由で、文架警察署の夏沢雛子に呼ばれていた。本来なら2人以上の刑事の立ち会いが必要なのだが、未確認生物専門の刑事は少ない上に、昨夜の事件の捜査で大半が出払っているので(しかも秋川と冬條は更迭中)、聴取は雛子1人で行う。
紅葉達が部屋に入ると、既にバルミィが待機をしており、雛子は「待ってました」と、数枚の写真を並べた。テレビで良く見るシーンみたく、内容を記録するつもりは無さそうだ。「誰かの目に付く記録は残す気は無い」「記録は頭の中に出来る」という雛子の言い分だ。
「ここ数ヶ月の間に防犯カメラが記録した画像よ。
数ヶ月前の明閃大橋の事故現場にいた鎧武者、
同時期の国道に出現した鎧武者と白い騎士と黒い騎士、
文架総合病院に出現した鎧武者と弓使い・・・これは全て貴女たちよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ~」
「ぜ、全部バレてますね」
「こんなに映っちゃってたんだぁ?」
いきなりの直球過ぎる質問に、紅葉達は閉息してしまう。雛子は誰も否定を出来ないことを確認した上で、今度は、各所で昨夜に記録された画像を見せる。ゲンジ、ネメシス、セラフ、ジャンヌが、キッチリと記録をされている。
「これだけなら“謎の戦士”または“未確認生物”で済むんでしょうけどね。
問題はここからよ」
鎮守小の防犯カメラには、紅葉が変身をしているところがバッチリと記録されている。町中のカメラでは、麻由がカメラの死角に隠れて、直後に同じ場所からセラフが出てくるところ、リバーサイド鎮守の屋上のカメラには、麻由の変身が強制解除されたところが、シッカリと記録されている。
「うわっちゃぁ~・・・小学校にもカメラあったんだぁ~?」
「さすがにこれは迂闊すぎるわよ、おチビさん」
「カメラから隠れて変身しても、
同じ場所から出て来たら、あからさまに怪しいばるね」
「変身する時は気を付けていましたが、
変身が強制解除されるのは予防できませんね」
「そう言うことね。負ける場所を意識するなんて不可能。
貴女たちは、いつ、正体がバレても不思議ではないの。
その点、桐藤さんは、変身中はともかく、
変身前については、上手く隠れています。
公園を封鎖させたのは、市民の安全を守るって理由の他に、
他人に見られたり撮影されるのを防ぐ為でしょ?」
「あたしは、かなり気を遣っているからね。
前に、妙に勘の良い女記者に嗅ぎ廻られて、焦ったことがあってさ。
それ以降は気を付けているんだ」
「だけど、まだまだ甘いわよ。
数ヶ所の防犯カメラには移動しているところが記録されているのに、
途中で急に姿が消えて、直後からは付近の別のカメラに白い騎士が映っている。
直接的な証拠は無くても、いつかは『もしかしたら?』と疑惑を持たれるわね」
「まぁ・・・否定は出来ない・・・か」
「そして、公園の防犯カメラ。ここでは揃って壊滅的よ」
ドラキュラとの最終決戦の地となった鎮守の森公園の防犯カメラには、紅葉、美穂、麻由、真奈&ジャンヌ、全員の変身シーンが見事に記録されていた。
「公園にもカメラあったんだぁ?」
「げっ!その時は、カメラなんて意識してる余裕無かった」
「みんな、夢中だったばる」
「う、迂闊でした」
「あっ!私とジャンヌさんが合体して変身するところもあるんですね」
「現代文明の利器とは厄介な物だな」
皆、沈黙をしてしまう。てっきり、雛子から「変身して戦っているんでしょ?」って質問が来ると予想して、「事情を説明した上で、サッサと認めるべきかな?」と考えていたのに、既に全部バレていて、しかも記録がシッカリと残っているのだから、言葉が出ない。
「公園で貴女たちの戦いを撮影していたカメラは、
全て設置場所から吹き飛んでしまったので、
署員の何人かは、公園でカメラを捜索しているわ。
私が、先んじて、昨日のうちに回収をしたことも知らずにね」
「・・・・・・・・・んぁっ?」
「他の防犯カメラのデータも同じよ。
私がザック部隊司令官の権限で全て押収しました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「公園のカメラは紛失、他のカメラで“証拠”になりそうな記録は全て修正したわ。
これで、現時点で、私以外に、貴女たちの“証拠”を握っている人はいないわよ」
紅葉&バルミィ&麻由&真奈&ジャンヌは一様に安堵の表情を浮かべるが、美穂の表情は険しいままだ。雛子の表情も険しい。
「他のお嬢さん方はともかく、
貴女は、私が何を言いたいか理解しているようね、桐藤さん」
「無条件降伏をしなければ、私達の安全を守る為に、
この“証拠”は、全て上に提出される・・・ってことか」
「随分と人聞きが悪い表現ね。・・・でも、まぁ、そう言うことね」
「やれやれ・・・選択肢は無し・・・てか」
美穂は大きな溜息をついた。策士の弁才天ユカリを退けたばかりなのに、翌日には、もう、別の策士が出現をした。ややヒステリックなユカリよりも、冷静な雛子の方が面倒な相手かもしれない。何度か警察に厄介になったことがある美穂ですら、警察の本気の聴取を舐めていた。
「勘違いしないでね。
私は、ボランティアで貴女たちに協力したわけではないのよ。
“証拠”を隠蔽するってリスクを背負うからには、
それの見合うリターンが必要なのよ。
私自身が吹けば飛ぶような立場では、隠蔽した情報も直ぐにバレてしまう。
貴女たちを隠蔽するからには、
隠蔽を通せるだけの権限と、その権限を維持出来るくらいの情報が必要なのよ」
相手が悪すぎる。観念をするしかなさそうだ。しかし、一存では決められないので、美穂は一緒にいる仲間達を見回す。バルミィと麻由と真奈は事態を把握したらしく、深刻な表情をしている。ジャンヌも、それなりには状況を飲み込めているようだ。紅葉はボケーッとしている。多分、会話の内容が難しすぎて、ノーミソが飽和したのだろう。
「了解、降参するよ」
現時点での夏沢雛子は、敵ではないが味方でもない。キチンと説明をして、味方になってもらうのが重要だ。
「でも、『権限を維持出来るくらいの情報』ってなにさ?
昨日言ってた『怪物が出現したら、直ぐ報告しろ』って事?」
「そうね、それは重要ね。
私が、事件が起きたことすら把握をしていないのでは話にならないわね。
それを理解した上で、もう一度、この画像を見てもらえるかしら?」
雛子が差し出したのは、先ほど見せられた“数ヶ月前の明閃大橋の事故”と“昨日のドラキュラ戦”の写真だった。国道での火車戦は、警察が直ぐに介入したので市民を避難させることが出来た。だが、明閃大橋の戦いと、ショッピングモールのドラキュラ戦は、警察の介入が遅かった為、死者が出ても不思議ではない状況だった。
あれだけの騒ぎになって、市民に犠牲者が出てしまった場合、ザック部隊が「知らなかった」「よく解らない連中が戦っていた」では済まされない。やがて、各機関が本腰を入れて、事件に介入した「よく解らない連中」を探し始めるだろう。
だが、ザック部隊が介入して表面的に活躍出来れば、謎の戦士達(紅葉達)の存在を曖昧に出来ると同時に、警察主導で市民の安全も守れる。
「私には、貴女たちの戦う権利まで奪うことは出来ない。
だけど、貴女たちを可能な限り危険に晒さない義務と、
市民を守る義務はあるの」
「ほぇ~?ァタシ達の活躍ゎ、ザックトルーパーのお手柄になっちゃうのぉ?」
「そうね。ザック部隊を維持する為には、成果は必要になるわね」
「元々、私達は、自慢をする為に戦っているわけではありませんから、
誰の業績になっても構わないのでは?」
「ど~せ、ボクたちはボクたちの為に戦うばるし、
手柄をあげる代わりに正体がバレないなら、良いんじゃないばるか?」
「みんな納得してくれたようね。なら、この件は、これで決まりね。
あとは、これまでの事件で、警察が掴めていない事を教えて欲しいわね」
雛子は、続け様に、簡潔に纏められた資料を美穂達に見せる。
「んぁ?この事件の時期って、ァタシとミホが会ったばかりの頃だょね?」
「手口的には、タヌキ妖怪(雲外鏡)の被害者かな」
「優麗高の集団暴走?こんな事件あったっけ?」
「クモの妖怪ばるよっ。麻由に憑いてたヤツばるね」
「川から出て来た真っ黒な牛?そんなのいたっけ?」
「優麗祭の頃ね?私は、その頃は、まだ変身出来なかったから、解らないわね」
堤防の焼死体(雲外鏡事件)、明閃大橋の事故(火車事件)、優麗高の集団暴走(絡新婦事件)、早朝の発光体(ツヨシ事件)、優麗高のグラウンド陥没(リベンジャー事件)、文架総合病院の飛翔体(ヘイグ事件)等々、大半は紅葉達が関与して説明出来る事件だったが、真っ黒な牛など、いくつかは解らなかった。
昨夜の公園で発見された真島は、精神が破綻していたらしい。美穂達は「無理矢理、怪物と合体したので、反動で精神が崩壊したのでは?」「命を助けるだけで精一杯だった」と、予想を交えて説明とする。
「座古園一・・・座古園次・・・蔓手走三・・・東浜潤・・・真島・・・
犠牲者は、警察が要注意人物としてマークしていた連中ばかりなのよ。
数日前には、真島の友人の、相良が事故死をしているわ。
これも、関係があるのかしら?」
「あっ!コイツ、ヘイグの召喚主ばるっ!
死んじゃったんだ?すげームカ付いたけど、ボクは我慢したばるよ!」
「ん~~~・・・上手にゎ説明出来なぃんだけど、
ヨーカイって恨みとか憎しみに憑きやすいんだょね。
だから、憎まれてる人ゎ被害に遭いやすいのかもっ!」
その後、雛子は、妖怪、アナザービースト、宇宙人、天界人、リベンジャーの存在を把握し、紅葉、美穂、バルミィ、麻由、ジャンヌが、それぞれの種族に関連した力を持っていることを知った。
「なるほどね。やはり貴女達だけに危険を背負わせない為にも、
ザックトルーパーの性能向上型の後継機は必要ね。
バルミィ、今後も、お友達の安全確保の為にも技術協力をお願いね」
「了解ばるっ!」
バルミィは、文架名誉市民になって以降、バルカンの重要技術の流出に成らない範囲で、ザックユニットへの技術協力をしている。ただし、バルミィが提供したブレスレット(バルカン雑兵から回収した)を雛子が分析をした結果、バルカンと地球では科学力の差が開きすぎていて、アーマードは地球の技術では分析できなかった。
バルミィのアドバイスと雛子の発案により、装着員の安全性確保の為の重武装化、AI搭載による戦闘補助とデータの蓄積、バックパック装備による高出力武器の使用、そして汎用タイプばかりではなく専用タイプの配備等々、ザックトルーパー後継機の計画は始まっている。
「ありがとう!だいたいの事情は理解出来たわ。
今日は帰って良いけど、また、解らないことがあったら連絡するわね」
「ふぇ~~~~・・・疲れたぁ~~~」
聴取が終わったのは夕方だった。文架署から出た頃には、皆、疲れ果てていた。
良く解釈すれば、雛子が紅葉達の生活を守ってくれる。悪く解釈すれば、手柄は独り占めで、警察内でのザック部隊の地位は盤石になる。今回の聴取で、女子高生戦士の立場、市民の安全確保、雛子の地位が、同時に保証されたわけだ。一石三鳥とは見事としか言いようがない。これが大人ってヤツだ。策士の美穂ですら、雛子の前では子供扱いだった。
「あ~~~~~~~~~~!・・・やっぱ、あたし、あの女刑事、苦手だ~~~!
弁才天や女記者(葵怜香)と、同じ種類の人間だぁ~~~!!!」
余程のストレスだったのだろう。文架警察署から離れた途端に、美穂が大声で叫んだ。美穂以外は、途中から、脳ミソの機能が停止して、聞かれたことに応えるだけで、聴取の大半は、美穂が言葉を選びながら喋っていたので仕方が無いだろう。
紅葉&バルミィ&真奈が、発狂中の美穂を見て大笑いをしたので、最初は心配そうに見ていた麻由&ジャンヌも、つられて微笑んだ。
「何故、笑う!?あたしは怒ってんだ!!」
「ばるっ!美穂が喚き散らすなんて珍しいモノを見たばるっ!」
「ミホって、最近ゎ偉そうにしてるけど、
出会ったばっかの頃ゎ、そんなふ~に怒りんぼだったねぇ!」
「『偉そう』には、していない!
オメ~等が、メチャクチャなことばっかりするから、あたしが管理してんだ!
特にオマエがな!紅葉っ!」
「そうですね。美穂さんがいないと、紅葉は勝手なことばかり・・・」
「放っておくと何もしないオマエも同レベルだ!麻由っ!」
「今みたく、頼りになる美穂さんも素敵ですが、
以前みたく、血に飢えた獣のようにギラギラした美穂さんも素敵ですよ」
「血には飢えていない!真奈は、あたしを、どんな目で見てんだよ!?」
一同からドッと笑い声が上がる。以前なら、喧嘩になりそうな悪態だが、今の彼女達には、これもレクリエーションみたいなものだ。
「ァタシ、おなか減っちゃった!みんなで、DOCOS行こっ!
多分、まだ、アミがバイトしてるょっ!」
「DOCOSはパス!
麻由の大食の所為で大恥をかいたから、しばらく行きたくない!」
「なら、カラオケ行くばるっ!大声で歌って、もっともっと発散するばるよっ!」
「おっ!良いねっ!!今日は喉が潰れるまで歌おうっ!!麻由のおごりなっ!」
「え?なんでそこで私が?話の流れがおかしくありませんか?」
「ほぉ?興味深い。『からおけ』なる物を神の子に施していただけるのですね」
その後、駅前のカラオケボックスで、麻由の出資で3時間ほど歌い・・・てか、叫びまくり、一同は解散となる。昨日は、あまりにも疲れすぎて、紅葉とバルミィ以外は美穂の部屋で雑魚寝をしたが、今日は個々の家に帰ってノンビリと休む。
駅前の繁華街を通り過ぎた辺りで麻由が別れ、文架大橋を渡ったところで、東に向かうジャンヌ、南に向かう紅葉、北に向かう美穂&真奈で解散をした。バルミィは美穂と真奈に付いていく。
「ねぇ、美穂?」
「・・・ん?」
「これで良かったばるか?」
「さぁね。あたしにもよく解らないけど、なるようになるんじゃね?
でもさ、あたし達だけで戦ってたら、一般人なんて守り抜けない。
正体だって、いつかはバレる。
今回の戦いで、よく解ったよ。
女刑事さんが言ったのは、全部、事実なんだよな。
だけど、公権力に媚びるつもりは無い。
『持ちつ持たれつ』で、出来ることをやっていくつもりだ。」
「警察すら踏み台にするつもりなんて、流石は美穂さんですね!」
「利用はするつもりだけど、『踏み台にする』とは言ってない!」
母校(宗平良中)の前で、美穂と真奈も別れ、バルミィは文架警察署に戻っていった。美穂としては、不安も沢山あるが、反面、安心出来る部分もある。だから、この件はプラスマイナスゼロ。今まで自由にやってきたのに、これからは小賢しい女刑事に干渉されるのが少し窮屈になった程度だ。
美穂は、遠ざかるバルミィや真奈を見送ったあと、しばらく歩いてアパートに帰宅をした。
-麻由のマンション-
時々、着替えや教材を取りに戻っていたが、自宅でゆっくりと落ち着くのは久しぶりだ。バスタブに湯を溜めて、ゆっくりと浸かって疲れを癒やす。
入浴を終えてサッパリした麻由は、ジャージを着て、リビングのテレビを点けて、文架市の事件のニュースを見ながら、キッチンテーブルに着き、帰宅時に弁当屋で購入した弁当5人前をモリモリと食べる。
ニュースでは、ゲンジやセラフどころか、美穂が避難を煽る為に操った白鳥型モンスターすら映っていない。戦場に部外者を立ち入らせないようにした美穂の作戦が見事と言うべきか、雛子が麻由達に繋がる情報を全て握り潰してくれた言うべきか。
ニュースの情報を整理すると、ショッピングモールに正体不明の怪物が出現して、ザック部隊にに成敗されたような印象になる。




