25-1・戦場からの脱出~それぞれの朝
ドラキュラの消滅で操られる力は浄化されて、ショッピングモールで吸血鬼化をしていた人々は、意識を取り戻した。ザックトレーラーのカーゴ内で拘束されていた秋川と冬條は、精神支配が解け、穏やかな表情に戻っている。
-鎮守の森公園内・中央付近-
ドラキュラとの戦いに勝利して、且つ、ジャンヌを現世に留めることに成功した紅葉達だったが、疲労困憊で、動ける者は誰もいない。紅葉、美穂、バルミィ、麻由、真奈、ジャンヌ、皆が座ったり寝転んだりして疲れた体を休めている。
東から、光が近付いてきて、徐々に大きくなり、紅葉達を照らした。ザックトレーラーのヘッドランプだ。運転をしていた夏沢雛子が、トレーラーを停車させて駆け寄ってくる。
「みんな、無事?」
幾分かは動ける美穂が立ち上がって対応をした。全員、掠り傷以上の怪我は無し。報告を聞いた雛子は、安堵の溜息をついてから微笑む。
「無事で良かったわ!では、今から文架署で事情聴取ね。
知っていることを全部話してもらうわよ」
「んぁぁっっ!?ァタシ達タイホされんのっ!?」
「・・・と言いたいところだけど、そんな余力は無さそうね。
乗りなさい!家まで送るわよ!」
「一瞬、夏沢さんが鬼に見えた」
公園は封鎖されている。誰も中には入れないはずなのに、中からボロボロの女子高生達が出て来たら怪しすぎるだろう。被害者と間違われて保護される?任意同行を求められる?
雛子は細々とは説明しないが、ザックトレーラーに隠れて公園から脱出するのは、理に適っているのだ。
公園の各出入口は警察官で固められており、周りには人集りが出来ていた。ショッピングモールでメカニカルな白鳥が飛び回り、直後に公園が封鎖されて、閃光が飛んだり轟音が響いていたのだから人が集まってくるのは当然だろう。
「未確認生物の処理が終了したので署に戻ります」
「お疲れ様でした!」
運転席の雛子が出入口で待機をしていた警官達に報告をしただけで、トレーラーはアッサリと公園から脱出できた。
「・・・すっげ~便利」
「ァタシ達だけだったら、どうやって公園から出れば良かったんだろね?」
「出ることは不可能だったかもしれませんね」
「いつもならボクが飛んで運ぶんだろうけど、今日は疲れちゃって無理ばるね」
「衛兵如き、力尽くで押し通れば良いのでは?」
「ジャンヌさんの生きた時代なら良いかもしれないけど、現代はダメだよ」
ザックトレーラーで全員を自宅まで送るわけにはいかないので、少し離れて人集りが無くなったところで、先ずは紅葉が下車をして、残りは美穂の自宅付近で降ろしてもらうことにした。
「みんな一緒でズルいっ!今から遊ぶつもりだっ!
ァタシもミホのおうちで降りる!」
「うるさい!サッサと帰って寝ろ!」
紅葉はゴネたが、皆、疲れていて、相手をするのが面倒臭いので、美穂が一言で紅葉のワガママは切り捨てる。
紅葉の処理を終えて数分後、美穂のアパート近くで、美穂、麻由、真奈、ジャンヌがトレーラーから降りた。
「ありがとうございました」
「お疲れ様。ゆっくり休みなさいよ」
「うん、そのつもり。刑事さんは、直ぐ警察署に戻って仕事なんすか?」
「そうね。今日の報告書を作成しなきゃですからね。
まぁ、ザック部隊を暴走させた秋川君や冬條君は始末書物だから、
もっと大変でしょうけどね」
「うわぁ~・・・そりゃ、大変」
「明日の午前中くらいまでには片付けたいわね。
明日の午後からでも、みんなで、署に来てもらえないかしら?
表向きは、今回の事件の第一発見者・・・と、してね」
「実際は、今回の一件の詳細説明・・・か」
「そう言うことよ。
私が何も理解していなければ、貴女たちを守ることはできませんからね」
「仕方がありませんね。
夏沢さんには、かなり助けていただきましたから、拒否は出来ません」
美穂達は雛子に一礼をして、バルミィを乗せたトレーラーを見送った。これで解散になるわけだが、比較的近所に住んでいる真奈はともかく、麻由はどうやって帰るのだろう?金持ちだし、タクシーでも呼ぶか?ジャンヌは何処に帰るつもりだ?
「とりあえず、あたしんちに上がって、コーヒーでも飲んでく?」
「そうさせてもらえると助かります。
30分くらいで良いので、一息つかせてください」
「私も良い?美穂さん?」
「私は、コーヒーよりも、紅茶を所望いたします」
「・・・はいはい」
美穂&麻由&真奈&ジャンヌは、疲れ果てた表情で美穂の部屋に上がり込む。物の少ない部屋だが、4人が入るには6畳一間はチョット狭い。
-サンハイツ広院・紅葉の自宅-
紅葉は、玄関ドアを空けて「ただいま」と呟いて家に入り、部屋に入って布団に向かって倒れ込む。有紀が、部屋の扉をノックして「風呂に入りなさい」と言うが、既に深い眠りに落ちていた紅葉の耳には届かなかった。
-美穂のアパート-
美穂がキッチンに立ち、3人分のコーヒーと、ジャンヌ用の紅茶を準備する。
「誰も手伝わないのか?気の利く奴は居ないのか?
皆、疲れているのは解るけど、怪我人1人に段取りさせるな!」
美穂は、少しイライラしながら、部屋の方を睨み付ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?嘘でしょ?」
多分、目を離したのは、インスタントコーヒーをカップに入れて、ティーパックをカップに入れて、各カップに湯を注ぐまでの、2~3分程度だったのに、その僅かな隙に全員寝ていた。
「何故、6畳一間で4人が雑魚寝をしなきゃならない?
紅葉を追い返して、4人であたしの家に泊まったなんて、
紅葉が知ったら無駄に羨ましがるな」
美穂は卓袱台を片付けて、適当な布団を皆に適当に掛けて、自分も布団にくるまって空いてるスペースで小さくなって寝るのだった。
-翌朝・7時半-
事件が起きた。
亜美(紅葉の幼馴染み)がバイト先のDOCOSに到着する。
店内に入ったら、厨房が戦場のように大騒ぎになっていた。亜美はフロア担当だが、「急いで厨房のサポートに入って欲しい」と指示をされる。今は、朝食バイキングの時間帯なのだが、一組の客が来店をして僅か10分後には、並んでいた料理の全てが空になってしまったらしい。バイキングなのに取る料理が何も無いなんて前代未聞だ。
「・・・い、嫌な予感」
亜美は厨房からフロアをコッソリ覗いて、冷や汗を垂らした。客の中に見慣れたグループがいる。美穂、麻由、真奈。見た事無い外人が混ざっている。「一瞬、料理を全て食べ尽くしたのは紅葉だろう」と予想したけど、紅葉の姿は無い。かわりに、麻由が紅葉並みに貪り食っていた。
噛まずに飲んでいる?普段は清楚なイメージの麻由が、実は紅葉と同レベルなんて、ちょっとショック。
彼女達は、大所帯で朝食を作るってのが面倒臭い(てか、美穂の家には食材が無い)ので、手軽に済ませる為に、ファミレスの朝食バイキングを訪れたのだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・し、知り合いだと思われたくない」
亜美はその日のその時間帯、フロアには一切立たず、厨房でのサポートを一生懸命にこなすのであった。さすがに全食材が不足するって事は無かったが、ウィンナーと魚の切り身は、大食グループの帰宅を待たずして全部無くなった。
-正午-
♪~♪~♪~
「んぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
紅葉はスマホの着信音で飛び起きた。発信者は美穂だ。寝ぼけ眼で、慌てて通話をする。
〈紅葉?やっと出たよ!今どこ?早く来いっての!〉
「んぁぁっ?お、おはよ、ミホ!」
〈はぁ?『おはよう』じゃね~だろ?
まさか、まだ家か?今まで寝ていたのか?〉
「ほぇ?」
〈午後から皆で文架警察署の夏沢さんとこ行くの・・・忘れてたみたいだな〉
「ん~~~~~~~~~~~~~~」
〈忘れる以前に、脳みその片隅にも、その記憶が無かったってか?
まぁいいや!オマエ以外は、今、文架大橋東詰のコンビニにいる。
待ってるから早く来な!〉
美穂達の場合は、キチンと集まったんじゃなくて、昨夜から解散をせずに一緒にいたのだが、その件は紅葉には説明しない。
紅葉は時計を見て青ざめ、ベッドから飛び起きてリビングに駆け込み、テレビを見ていたママに向かって怒鳴り声を上げる。
「んぁぁっっっ!どうして起こしてくれなかったのっ?」
「起こしたわよ!」
「ちゃんと起きるまで起こしてよっ!」
「ちゃんと起きたじゃない」
「・・・ほぇ!?」
「起きて、ジャーにあったご飯を全部食べて、
冷蔵庫にあったハムの塊とタクアンの塊を丸かじりして、
夕食まで残すつもりだったお味噌汁を全部飲んで、部屋に戻ったでしょ?
その後、また寝たの?冬休みの宿題もしないで?
まさか、起きてご飯を食べたことも覚えてないの?」
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
ご飯を食べた記憶は全く無い。だが、昨日の戦闘後は空腹だったのに、今は、腹はそれなりに満たされているので、ママの言ってるのは事実だろう。寝ぼけたまま朝食を貪り食って、今の時間まで二度寝をしたのだ。
チョット恥ずかしい。紅葉はスゴスゴとリビングから退いて、小声で「行ってきます」と言って自宅を出るのだった。




