23-2・ネメシス敗北~麻由の決意~ジャンヌ参戦
-井伊桔町の空き地-
赤ザック(秋川)は、神出鬼没な白鳥型モンスター=キグナスターを警戒して射撃で牽制をする。時々、ついで程度に、満足に動けないネメシス(美穂)に向かって発砲をする。ザック部隊の弾はキグナスターには当たらない代わりに、キグナスターはザック部隊に近付けない。本来なら、ネメシスとキグナスターで連携をするのだが、腹に傷を抱えたネメシスでは、敵の注意を引き付けられない。
「・・・ったく!ザマ~ないね!」
一瞬で良いから、ザック部隊の注意力を、ネメシスとキグナスターから引き離したい。真奈を囮にすれば、ザック部隊の注意力をネメシスから外せるか?
「できるわけない・・・か」
ネメシスは自分の頭を軽く叩いた。真奈を守る為の戦闘で、真奈を危険な目に遭わすなんて本末転倒だ。自力で何とかするしかない。脇腹の痛みが増している。自分でも戦闘開始時より動きが鈍っている事が解る。これ以上の長期戦は拙い。
「キグナスター!撹乱だ!!」
ネメシスは、キグナスターに指示を出すと同時に、ザック部隊に向けて突進!ザック部隊が銃の照準を向けるが、キグナスターの羽ばたいて羽毛が舞い上がり、ネメシスの姿を隠す!大量に舞い上がる羽根の中に身を隠したネメシスが、緑ザックの死角に回り込んでレイピアを叩き付ける!攻撃を受けた緑ザックは弾き飛ばされるが、敵はまだ5人いる!
ネメシスは慎重に羽根の中に身を隠しながら、次の緑ザックに向けて攻撃をした!緑ザックが弾き飛ばされて地面を転がる!これで、あと4人!2人倒したので、班長の赤ザックの周りが手薄に成った!
「司令塔を潰すっっっっっ!!!」
ネメシスは羽根に身を隠しながら、赤ザックの死角に廻り込んでレイピアを叩き込んだ!しかし、腹の傷が痛んで上手く踏み込めず、打撃が浅かった!赤ザックが攻撃を耐えて振り返る!ネメシスは羽根の中に隠れようとするが、傷が痛んで足が縺れた!身を隠す前に捕捉され、赤ザックは自動小銃をネメシスの腹に押し当て引き金を引く!悲鳴を上げ、弾き飛ばされて地面を転がるネメシス!
無理を押して戦ったが限界だった。変身が解除されて美穂の姿に戻ってしまう。意識はあるが、もう動けない。
赤ザック(秋川)が弁才天ユカリから受けた最優先任務は「真奈を捕獲せよ」だ。沈黙をした障害物(美穂)を放置して、真奈を探す。
「シッカリ座って!アイツ(赤ザック)から逃げるわよっ!」
雛子が、舌打ちをして、トレーラーのハンドルを握り、ギアに手を掛けた!
「えぇ?でも!!」
「狙いは、貴女(真奈)なんでしょ!」
「それじゃ、美穂さんが置き去りに!美穂さんも連れて行きますっ!」
雛子がトレーラーを発車させる直前で、、真奈は助手席のドアを開けて外に飛び出して行ってしまう。
「こらっ!チョット、待ちなさいっ!」
直ぐに真奈を引き留めたい雛子だが、トレーラーを停車させるのに時間が掛かって出遅れた。
捕獲対象を確認した赤ザックが(秋川)、部下の緑ザック達に指示を出して真奈に接近をする。
緊急事態を把握した美穂が、痛む脇腹を押さえながら苦しそうに立ち上がる。
「・・・ったく!どいつもこいつも!あたしの周りにはバカしかいないのか!?」
真奈が戦場に飛び出してきたら、何の為に戦っていたのか解らなくなってしまう。美穂は駆け寄ってきた真奈の腕を掴んで、力任せに引っ張って背中で庇い、向かってきたザック部隊に対して構え、サマナーホルダを翳して、再変身をしようとしたその時!
「ぐわぁぁぁっっ!!」
上空から猛スピードで飛来してきた甲冑馬が、突進中の緑ザック達を弾き飛ばした!馬は大地を蹴って宙に駆け上がり、騎手だけが身を乗り出して着地!美穂と真奈を庇うようにして、ザック部隊の前に立つ!
「無事ですね、マスター!」
月光に照らされた美しい金髪が風になびく。振り返って横目で真奈を見つめる顔は、美穂と真奈がよく知る人物。
「ジャンヌ・ダルク・・・さん?」
「・・・なんでここに?」
「どうなっているの?また、妙なのが出て来た?」
真奈を追っていた雛子も、突然の乱入者を見て、立ち止まって呆気に取られる。
-鎮守小から北側に500m程度離れた道路-
セラフ(麻由)が焦りを募らせる。リバーサイド鎮守に存在する者の邪悪な気配が増した。生命力の強制的搾取によって体力が回復したのだ。このままでは被害が増す。早く現地に行かなくてはならない。
しかし、バレン(ユカリ)はセラフの足止めを目的にして、あえて積極的に仕掛けず、全く隙を見せない。
相手が攻めてこないなら、こちらから攻めるしかないが、セラフは積極的に攻めるのは苦手。美穂からも「慣れない行動をすると隙だらけになる」と口を酸っぱくして言われている。
「以前の私だったら、無理はせず、紅葉や美穂さん任せにしたんでしょうね」
セラフはバレンから距離を空けて、バレンが接近戦を挑んでくる素振りが無い事を確認しつつ、思案をする。
-数日前・文架総合病院の屋上-
麻由はリベンジャーとの初戦を思い返していた。美穂が戦闘不能になった直後、麻由は我を忘れた。そして我に返った時は、理力を使い果たして、まともに動けないほどに消耗をしていた。
その間の事は薄らと覚えている。怒りに身を任せて戦い、ジャンヌやヴラドを圧倒していた。
金色のオーラを纏ったセラフ・インドリヤ。そして、光の翼が生えたセラフ・ブラフマンモード。
「あんな消耗度の高い戦いなんて、危なすぎて実戦では使えない。だけど・・・」
“危ない力”には、麻由に欠けている闘争心と積極性がある。苦手な接近戦を有利に戦えるようになる。普段から乱用する気は無いが、意識的に使えるようになれば、危機的状況下では戦況を覆せる可能性がある。
「我を忘れて発動するのではなく、自分の意思で発動できるようになりたい!」
美穂に付き添って病院に寝泊まりを始めた翌日から、それまでは垂れ流しにしていた理力を意識的に抑えるようにコントロールをしている。動揺すると無意識に理力を発してしまうが、日常時に“垂れ流し”をほぼゼロにするのは、「心を落ち着けて自然と一体になる意識をしながら呼吸をする」というコツを覚えたら、容易に出来るようになった。
ゼロコントロールが可能なのだから、限界値まで理力を高める事だって可能なはず。
丹田に力を込めて闘気を発する行為は、それほど意識せずにやっている。天の曼荼羅やカマイタチの真空波などの奥義を発動させる時の呼吸法だ。
「重要なのは、その先ね」
“一度目の闘気”を発した時点で、気持ちは昂ぶっている。闘気を維持したまま気持ちを落ち着けて、更に闘気を発する事なんて可能なのだろうか?
「出来るか出来ないかじゃなくて、
出来なければ、いつまで経っても足手まとい・・・。やるしかない!」
麻由は、その場で座禅を組み、金色のセラフ(インドリヤ)と光の翼が生えたセラフ(ブラフマンモード)をイメージしながら、理力を高める。
数時間おき~数日にわたって試して、何度か失敗はしたが、限界値まで理力を放出する事は可能になった。ただし問題も多々ある。仮に、通常戦闘時の理力放出を10と数字で表現するなら、金色のセラフ(インドリヤ)では100、光の翼が生えたセラフ(ブラフマン)では300以上が、何もせずに立っているだけで消耗される。セラフ・インドリヤでは1分弱、セラフ・ブラフマンに至っては20秒程度で、ガス欠になり、その後は全く動けなくなる。発動可能時間が短すぎて、現時点では連続使用は不可能。
一度発動させたら、大量のカロリー摂取(大食)をしなければならない。しかも、チョットした動揺で維持が出来なくなって、直ぐに解除をされてしまう。
まだ、上手くコントロール出来ないうえに、一度発動させてしまうと、その後は全く役に立たなくなるどころか、足手まといになる可能性が高い。使いたくない奥義だ。
-回想終わり-
「・・・だけど・・・使うしかない!」
いつまでも、のんびりと戦っている余裕は無い!意を決したセラフは手に持っていた梓弓を投げ捨て、両の拳を握りしめて空を見上げ、雄叫びを上げた!先ずは“一度目の理力”を発動させ、放出を安定させた状態で気持ちを落ち着け“二度目の理力”を発する!周辺の大気を震え、周りの小石が浮かび、木々がざわつき、周辺の建物がビリビリと震える!
-井伊桔町の空き地-
美穂がジャンヌに再度問い掛ける。
「なんで、アンタが私を助けて・・・?」
美穂の問いに対して、ジャンヌは美穂に視線を向けて答える。
「病院での貴殿等の厚意は感謝しています。
ですが、私は貴殿を助けたつもりはありません。
あの者(ザック部隊)は、マナの意にそぐわぬ事を強要しようとした。
ゆえに排除をした。それだけです。」
「あっ、そう!・・・はいはい!そ~ゆ~感じねっ!」
ジャンヌは美穂を助けるつもりはなくて、真奈を助けたら、たまたま近くにいた美穂も助かった。でも助かったのは事実。威勢良く構えたものの、戦う力なんて残っていなかった。紅葉もバルミィも麻由も、別の戦場に分散させてしまった状況で、これ以上、心強い援軍はいない。
「マスターマナ!」
「は、はいっ!」
「指示を貰っても良いですか?」
「あの・・・何の指示を?」
「この状況で、パンやジュースを買って来いなんて指示を希望するわけねーだろ!
オマエの為に戦って、アイツ(ザック)を倒せって指示を待ってんだよっ!」
美穂の言葉を聞いたジャンヌは「その指示で良い」と言いたげに頷いてから、もう一度、真奈に視線を移す。
「え~っと、召喚者・熊谷真奈の名をもって命じます!
私を守って、アイツ(ザック部隊)をやっつけてください!
・・・これで良いですか?」
「了解した!」
「念のために、真奈の指示を補足しとくけど、中身を殺すなよ!気絶程度だ!」
現代とは違う価値観で生きたジャンヌが本気で戦ったら、ザックトルーパー装着員は確実に死亡するだろう。しかし美穂は、ただ操られているだけの装着員が死ぬ事を望んでいない。以前、火車戦で共闘したので、ザックの装着員達が悪人ではない事を知っている。
それに、ようやく解り合えてきたジャンヌを、人殺しにはしたくない。以前、バルミィが警察に投降して、美穂達のところに戻ってくるまでに、かなりの時間を費やした。人殺しをしてしまった場合は、更に長くなるのは明らかだ。
だから、ザックの装着員を殺さずに済む戦いをジャンヌに仕向けている。美穂はジャンヌの強さを知っている。ジャンヌならば装着員を殺さずに戦闘不能にできるはずだ。
「りょ、了解・・・しました」
正面を向き、ザック部隊に対して身構えるジャンヌ!一方のザック部隊は、ジャンヌを敵と認識して自動小銃を向け、問答無用で引き金を引いた!
ジャンヌが丹田に力を込めて気合いを発したら、首からぶら下げた懐中時計が反応をして青い光を放つ!
「マスクドチェンジ!!」
ジャンヌの全身が発光をして、青銀のプレートアーマーで覆われ、マスクド・ジャンヌ変身完了!腰に下げてあるフィエルボワソードを素早く抜刀して、ザック部隊が撃ち出した弾丸を叩き落とす!そして、直ぐさま、ベルトの小さな鞘からナイフを6本抜いて、気合いを込めて投げた!
「問答無用の銃撃の、意趣返しと思っていただこうか!」
黒炎の小悪魔達が発動され、不気味な顔が浮かんだナイフが不気味に笑いながら飛んで、ザック部隊に襲いかかる!赤ザック(秋川)は回避をしたが、緑ザック×5は対応できずに次々と直撃を受けて弾き飛ばされた!
「見る限り、闘志を持った衛兵は貴殿(秋川)のみ!他は動きに迷いがある!
つまり、部隊長の貴殿を倒せば、この争いは終わる!」
マスクド・ジャンヌはフィエルボワソードを構え、気勢を発しながら赤ザック(秋川)目掛けて突進開始!赤ザックは自動小銃を連射してジャンヌの接近を牽制する!ジャンヌが回避した弾丸が、時には地面を削り、時には空き地を囲んだブロック塀を破壊する!赤ザックはジャンヌとの間合いを冷静に把握し、連射を続けて近付かせない!
「煩わしい!!」
ジャンヌは間合いを空けた状態で足を止め、フィエルボワソードを腰の鞘に納刀して、先端が槍状の旗=オラクルフラッグを召喚して握り、赤ザックに向かって突進をする!赤ザックは自動小銃を構え、ジャンヌが有効射程圏に踏み込むと同時に連射を開始!ジャンヌは弾丸を回避しつつ、魔力を込めたオラクルフラッグの穂先を赤ザックに向けた!
「喰らえ!神をも穿つ研ぎ澄まされた一撃を!!」
テュエ・ディユ・セルパンが発動!オラクルフラッグから蛇のように伸る光が発射され、宙高く上がってから、「へ」の字に軌道を変えて赤ザック目掛けて急降下をする!
「え!?マジで!?」
「ジャンヌさんっ!!」
戦いを見守っていた美穂と真奈は焦った。いきなりの大技発動だ!装甲服を着ただけの人間が、あんな奥義を喰らったら一溜まりも無い!
赤ザックはテュエ・ディユ・セルパンの速度と軌道を読んで、脇に数歩避けて回避!蛇のように伸る光は、地面を抉って威力を弱め、土埃を巻き上げて地中で消滅をした!
「え?あの奥義が外れた?・・・なんで?」
美穂は今の一連に違和感を感じた。テュエ・ディユ・セルパンは、ジャンヌの意志で誘導できる奥義だ。標的までの距離が長すぎて威力が弱まる事はあっても、回避は不可能なはず。
「アイツ(ジャンヌ)、何を考えてる?わざと回避させた?」
土埃の中でジャンヌに対して銃口を向ける赤ザック!ジャンヌはオラクルフラッグを手放し、ベルト左右のホルダーから片手に3本ずつナイフを抜いて、両手を胸の前でクロスさせて気合いを込め一斉に投擲をした!黒炎の小悪魔達が発動!
「とぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!」
土埃の中で、6本のナイフが不気味に笑いながら赤ザックの周りを不規則に飛び回る!赤ザックは、一瞬戸惑うが、気合いを吐き、冷静に分析して、数歩後退しながら、自分に近いナイフから順に連射で対応をする!
「ここだけを見たら、ザックトルーパーとジャンヌのどっちが悪者か解んねーな」
「警察と復讐者・・・普通なら、確実にジャンヌさんが悪者ですよね」
舞い上がっていた土埃が沈んできた。既に打ち落とされた黒炎の小悪魔達は2本、赤ザックにヒットしたのは1本、残る3本は不規則に飛び回っている!
確かに自在に飛び回るナイフは厄介だ。しかし、あくまでも牽制技であり、急所にさえ直撃しなければ致命打にはならない。
「アイツ(ジャンヌ)だって、そのくらいは解っているはず。
小ダメージを蓄積すれば、そのうち動けなく出来る。
・・・なんて、手間の掛かる事を考えてるわけでもないんだろうに!」
土埃はほぼ沈下をして、足元くらいしか隠していない。赤ザックはフットワークを使いながら冷静に順次対応をして、小銃の連射で一本を弾き落とした!
残る不規則に飛ぶナイフは2本!もはや、赤ザックにとって黒炎の小悪魔達は、怖い攻撃ではなくなっていた。
だが、その余裕こそが“落とし穴”だった!
次の瞬間!後退をした赤ザックは大きくバランスを崩して、沈下しつつある砂埃の中に沈んだ!
「なにぃっ!?」
沈下しかけた土埃の中で、赤ザックの下半身が、文字通り“落とし穴”に落ちている!
「そ、そうか!
ジャンヌの奥義は、
アイツ(赤ザック)に当てる為に放ったんじゃない!
赤ザックの足を止める為に、地面に当たるように放ったんだ!」
美穂は理解をした。テュエ・ディユ・セルパンは、赤ザックを狙うと見せかけて、ハナっから地面を狙っていた。そして、地面を抉ったテュエ・ディユ・セルパンは、そのまま地中に潜り込み、赤ザックの周りの地表が薄くなるようにトンネルを掘った。しかも、土埃のオマケ付きで、赤ザックに地表の変化に気付かれないように。
「・・・アイツ(ジャンヌ)、やるじゃん!!」
フットワークを奪われた赤ザックに向かって、残る2本の黒炎の小悪魔達が襲いかかる!地面から上半身だけが出ている赤ザックは、ピーカブースタイル(両腕でガード)で防御!腕プロテクターが破損をするが、装着員にはダメージが及ばない!
だが、それは本命の攻撃にあらず、正面に防御を集中させて、頭上をガラ空きにする為の牽制!
赤ザックに黒炎の小悪魔達が着弾した時、マスクドジャンヌは赤ザックの真上の空中にいた!赤ザックの頭上目掛けて急降下をしながら、腰に下げたフィエルボワソードを抜刀する!
「おぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
ジャンヌはフィエルボワソードのエッジ(刃先)ではなくフラー(平らな面)を赤ザックの頭に叩き付けた!赤ザックのマスクが割れ、白目を剥いて気絶をした秋川の顔が現れる!
班長が倒され、任務に消極的だった部下の緑ザック達は戦意が喪失。雛子の指示を受けて、戦闘を中止する。
終わってみれば、ジャンヌの圧勝。しかも奥義を牽制に使って、ただの打撃で装着員を気絶させ、真奈の希望通りに完全勝利だ。美穂は改めて、ジャンヌダルクの強さを実感する。




