23-1・ドラキュラの伝承~ドラキュラvsバルミィ
-文架大橋東詰の橋の下-
バルミィと紅葉が、堤防を越えた橋の下で身を隠している。エナジードレインに対処する作戦は全く見当たらず、それ以前に、紅葉がガス欠ではどうにもならない。
「紅葉、食べる物を持ってくるから、しばらくここでジッとしているばるっ!」
紅葉の特殊な体は、大量に食事をすれば直ぐに体力を回復させられる。
「んっ!ゴメン、ぉ願ぃね」
この近くで食料を確保するなら、ショッピングモール、または、紅葉と美穂が通学時の待ち合わせ場所にしているコンビニだろう。バルミィはドラキュラの動きを視認して、見付からないように身を隠しながら食べ物を調達できる場所に移動しようとする。
「・・・ばるっ?」
300~400m離れた上空にいるドラキュラの様子がおかしい。バルミィと紅葉を探す素振りも無く、真っ直ぐにショッピングモールに向かって飛んで、屋上の立体駐車場に降り立った。
数秒後、橋の下の堤防斜面で仰向けになって休んでいた紅葉が、目を大きく見開いて飛び起きた!直ぐさま、満足に動かない体に鞭打って斜面を駆け上がってきて、リバーサイド鎮守方向を眺める!
「ばるっ?紅葉、どうしたばる?隠れてなきゃダメばるよ!」
「怪物を止めなきゃ・・・
ァィツ・・・無関係の人達の生命力を吸っているっ!!」
紅葉が、リバーサイド鎮守でドラキュラが行っている行為を感知して青ざめる。
-ショッピングモール-
その建物は、1階と2階がショッピングフロアやフードコートで、3階と屋上が立体駐車場になっている。
フードコートで宿題をしながら飲食をする学生達、ウィンドショッピング中のOL、夕食をファミレスで済ませるつもりのサラリーマン達、店内は様々な客層で賑わっている。・・・だが、それぞれが、ほぼ同時に、軽い目眩を感じる。彼等には見る事の出来ない生命力が、彼等の上に浮かび上がって天井を通過して屋上に抜け、ドラキュラの口の中に吸収されて体力が満たされていく。
ドラキュラが生命力の搾取に選んだのが大勢の客がいるショッピングモールだったのは、不幸中の幸いなのかもしれない。もしこれが、一軒家や、少数世帯が住むアパートだったなら、ドラキュラの体力を満たす為に一人あたりから奪う生命力が増える為、即座に生命力が尽きて死者が出ている可能性があっただろう。搾取する範囲が広いので、1人から搾取する量が少なくて済むのだ。
だが、「しばらくは大丈夫」と放置する事も出来ない。生命力の強制搾取は、ドラキュラの近くに存在する人間ほど強く受ける。このままでは、やがては、体力の無い者から卒倒や死者が出る。
-文架大橋東詰の堤防-
紅葉の説明を聞いたバルミィは、「信じられない」と言いたげなショックを隠しきれない表情で、リバーサイド鎮守を眺める。
バルミィは、先日の羽里野山で、文架市の夜景を眺めながらヴラドが言った言葉を思い出す。あの時のヴラドの言葉は、民を慈しむ言葉だった。ヴラドは一般庶民を愛していた。だが、今の怪物は違う。一般人を糧にしている。バルミィは「狂暴化をしているが、アレはまだヴラドだ」と思いたかった。だけど、アレはヴラドの姿をした、ヴラドとは別のモノだ。
-鎮守小から北側に500m程度離れた道路-
ショッピングモールで発生している異常事態は、セラフ(麻由)も感知をしていた。無数の生命力が強制的に抜き取られ、屋上にある一カ所に集まっている。対峙中のバレン(弁才天ユカリ)が不敵な笑みを浮かべる。
「いったい何を?」
「ん?何のことかしら?」
「とぼけないでくださいっ!
ショッピングモールで起きている異常事態の事ですっ!」
「あぁ・・・それ?・・・うふふっ!
アレは、私がやらせた事ではないわ。アイツが勝手にやっている事。
アイツは食事をしているだけ。食べる物が人間とは違うだけ。
貴女のお友達が、アイツを追い詰めて、ガス欠にしちゃったから悪いのよ」
「な、なんですって!?」
「今のアイツを追い詰めれば追い詰めるほど、
アイツは体力回復の為に食事が必要になる。
無駄に長期戦でもやれば、
そのうち、生命力を奪われすぎて死人が出るんじゃないかしらね?」
「そ、そんなこと、させるものですか!」
「だったら、オマエもお友達も、サッサと死になさい!
オマエ等が全滅をすれば、アイツは戦う理由が無くなり、
食事が要らなくなるわよ!」
バレンは、あえて決定的な勝負には出ず、のらりくらりとセラフの相手をする。ドラキュラにとっての弱点となる神の力がドラキュラに辿り着けなければ、勝利は確実だ。ドラキュラがショッピングモールで戦うなら、生命力の回復はほぼ無尽蔵に続けられる。
紅葉は戦闘不能で、麻由は足止めされ、美穂に至っては状況把握すら出来ていない。満足に戦えるのはバルミィのみ。そしてドラキュラには死角は無い。状況的にはワンサイドゲームになりつつある。
何処でミスをした?紅葉達が、さっさとヴラドを仕留めなかったのが悪いのか?麻由がユカリを足止めできずに命令権を発動されてしまったのが悪いのか?司令塔の美穂が蚊帳の外で、何も出来ない布陣になっているのが悪いのか?
全て正解であり、全てが間違いだろう。ユカリは其処まで周到だった。悪魔公ドラキュラという切り札を持った上で、様々な作戦を張り巡らせていた。
ユカリが負ける要素は何一つ見当たらない。想定外の介入を除けば・・・。
-文架大橋東詰の堤防-
紅葉とバルミィが、呆然と、大型ショッピングモールの方を見つめる。彼女達の視線の先では、屋上で仁王立ちするマスクドバーサーカー・ドラキュラが、ショッピングモール内の客達の生命力を、強制的に吸い上げている。
「紅葉、ゴメンっ!食料は自力で調達して欲しいばるっ!」
「・・・え?」
「ボクは、あの怪物を止めに行くばるっ!
今のまんまじゃ、何も知らない一般の人達に被害が出ちゃうばるっ!」
「・・・で、でもっ!」
「このまま隠れているわけにはいかないばるよっ!」
「わ、わかったっ!
アタシも出来るだけ早くェネルギーを補充するから、
それまで、ぁんまり無理しないでっ!」
「了解ばるっ!」
バルミィは、ショッピングモールの屋上に立つドラキュラに向かって飛んでいく!
紅葉は、バルミィを見送ると、近くのコンビニに向かうべく堤防斜面を駆け下りた。だが、疲労困憊で体が思うように動かない。斜面で足が滑り、堤防下まで転がり落ちてしまう。限界まで力を使い、更に残り僅かの生命力を吸収された状況は、想像以上に紅葉を困憊させていた。だが、転倒の痛みなどお構い無しに立ち上がり、食料を求めて覚束ない足取りで歩いて行く。
-杉田邸近くの空き地-
ジャンヌの姿は5階建てビルの屋上にあった。斜向かいの空き地で行われている異獣サマナーネメシスとザック部隊の戦闘を眺めていた。近辺では他にもいくつかの戦闘が行われている。ヴラドの気配やユカリの気配は別の場所にある。特に、ネメシスの戦闘に興味があるわけでもない。だが、ジャンヌは、真っ直ぐに、この場所に辿り着いた。
理由は、リベンジャーが優先させるのは召喚主の安全だから。姿は見えないが、直ぐ近くにマスター(真奈)の気配を感じる。
「あの車の中・・・だな」
空き地にある人影は、ネメシスと装甲戦士達だけだが、直ぐ手前の路上にトレーラーが停車をしている。これまでの交流で、ネメシスが一般人を巻き込まないように心掛けている事は知っている。つまりトレーラーに乗っているのは関係者。おそらく、真奈をトレーラー内に退避させているのだろう。
-リバサイ鎮守の屋上-
※ドラキュラ(吸血鬼)の伝承
入ったことのない建物には家人から招かれない限り入れない。
マスクドバーサーカードラキュラは、伝承に縛られ、ショッピングモール内に入る事が出来ない。ゆえに屋上にいて、下階の客達からエナジードレインをする。広く浅い搾取でも体力は回復するが、些か“薄味”で飽きた。
周囲を見回すと、屋上に駐車した車に戻ってきたカップルが、ドラキュラを見て「何事?」「ヒーローショーでもあるの?」と首を傾げて突っ立っている。
ドラキュラは、歓喜の雄叫びを上げながら“餌”に飛び掛かった!
「ぎゃぁぁぁっっっっっっっ!!!」
悲鳴は、空を飛んでいるハイアーマードバルミィの耳にも届いた!ドラキュラが、怯えて腰を抜かす女性に手を伸ばし、力任せに引き寄せ、マスクの口部分を展開して、牙の生えた口で首筋に噛み付く!女性の生命力を吸収しながら、不気味な目を細めて悦に浸るドラキュラ!その足元では、先に“中身”を捕食された男性が倒れている!
「じょ、冗談じゃないばるっ!」
バルミィは空中で右手甲の砲門を向けて光弾を放った!ドラキュラの背中に炸裂!衝撃を受けたドラキュラの手から女性が離れる!その隙に、バルミィは加速をしてドラキュラの前を通過!男性と女性を掴んで救出し、ドラキュラから離れた場所に着地をする!
「大丈夫ばるかっ!?」
男性は意識を失っており、女性は瞳の光沢を失っているが、どちらも息はしている。死者が出ずに済んだようだ。
“食事”の邪魔をされた怪物は、咆吼を揚げながら突進をしてくる!バルミィは構えながら背後を確認!男性と女性は、しばらくは動けそうにない!男女を庇い、ドラキュラに対して突進を開始しようとしたその時!
「キィィィーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!」
ドラキュラは、これまでの雄叫びとは違う甲高い嘶きを上げた!その超音波に似た声に反応して、バルミィの背後にいた男女が、赤い瞳を宿して、口から牙を生やし、HAバルミィにしがみつく!
「ばるっ!?なんでっ?」
男女ともに、その表情は正気を失っている!バルミィは、甲高い嘶きを合図にして、男女がドラキュラに操られていると理解した!
男女は、バルミィに救出されて助かったわけでは無い。既に一定量に生命力を搾取された上で、操られる為に生命力を残されたのだ。
※ドラキュラ(吸血鬼)の伝承
吸血行為を行い、血(生命力)を吸われた者は吸血鬼になる。
「このまま押さえ付けられていたら、ボクまで同じ目に・・・」
バルミィは、男女に左手甲の砲門を向け、威力を抑えたフリーズ光線をゼロ距離発射!直撃を受けた男女は硬直して、弾き飛ばされて転がる!これで、十数分間は動けないだろう。
「ばるっっっ!!」
バルミィが、操られた男女を退けて構え直した時、ドラキュラはバルミィの目の前に迫っていた!
拳を振り上げ、バルミィ目掛けて振り下ろすドラキュラ!慌てて後ろに退いて回避をするバルミィ!
「ヴラドッ!正気に戻るばるっ!」
ドラキュラは聞く耳を持たず拳を振り回す!バルミィは後方に飛び上がって回避し、ドラキュラに右手甲の砲門を向けて光弾を発射!1発目は腕で防御をしたドラキュラだったが、2発3発と連続で打ち込まれると堪えきれずに足が止まって、半歩後退をする!バルミィは、左手甲からレーザーチェーンを発射してドラキュラに巻き付けて動きを封じ、更にフリーズ光線を発射してドラキュラ凍らせた!
「ヴラドッ!目を覚ますばるっ!
オマエは、こんな残酷なヤツじゃなかったばるっ!!
オマエは『オマエやゴリラではなくヴラドと呼べ』って言ったばるっ!
でもこれじゃ、ゴリラどころか、ただの怪物ばるっ!」
動けなくなったドラキュラに呼び掛けるバルミィ。羽里野山でヴラドは「次に戦場で会ったら容赦はしない」と言っていた。バルミィはその言葉に同意をした。だがそれは、こんな戦いではない。もっと、お互いを尊重し合う戦いだったはずだ。
〈・・・ミー・・・メ〉
凍り付いたドラキュラの目に、三白眼の瞳が戻り、目の前のバルミィを見つめる。
「ヴラドッ!!?」
ダメージを受けすぎて、ドラキュラを支配していた魔力が切れかかっているのだ。バルミィは必死で呼び掛ける。
しかし、次の瞬間には、ドラキュラに内蔵された真島からの魔力供給が開始される。精神を破壊された真島は、ただの燃料タンクになっている。魔力がドラキュラを支配して、三白眼が白目に変化する。
「ヴラドォォォッッッ!!!」
「ぐおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっ!!!!」
ドラキュラの全身から魔力が放出され、ドラキュラを拘束していた“フリーズ”が弾け、レーザーチェーンが千切れる!ドラキュラの拳が、戸惑うバルミィに炸裂!ドラクル・ディストゥッジェ発動!全身を激しい振動が駆け巡り、弾き飛ばされるバルミィ!
「い、今のは、ハイアーマードを装着してなかったら、
全身が粉々になっていたばるっ!」
拳を振り上げ、追い撃ちをかけてくるドラキュラ!バルミィは意識を朦朧とさせながら、辛うじて空に飛び上がって回避!空振りをしたドラキュラの拳は、コンクリート床に叩き付けられる!拳に込められていた魔力が床に溶け込み、無数の鋭利な杭が出現したが、空に逃げたバルミィには届かない!
ドラキュラの、生命力吸収と、他人を操る能力ばかりに気を取られていたが、怪物の怖さはそれだけでは無かった。
衝撃波がバルミィではなく地面に撃たれていたら?今の攻撃が、串刺しの杭ではなく衝撃波だったら?バルミィが回避したとしても、硬直化した男女や下階にいる客達はどうなる?生身の人間が喰らったら、ただで済むはずがない。衝撃波に押し潰されたり吹っ飛ばされて死者が出てしまう。今までは、たまたま、一般人に被害が出なかっただけ。
バルミィは、「悠長にヴラドを目覚めさせようとした自分のミス」と自覚する。
ドラキュラのマスクの口が開いて、生命力の自動吸引が開始される。体力の消耗を感じ取ったバルミィは、更に空高く上がって自動吸引の範囲外に逃げた。ドラキュラに与えたダメージは、みるみる回復をしてしまう。攻撃した代償をリバサイ鎮守内の一般人達が払わされているのだ。バルミィは悔しそうに奥歯を噛みしめる。
近付いただけで、生命力を強制的に吸収されるのも厄介、接触して噛み付かれて操られるのも厄介。やはり、接近戦は分が悪すぎる。しかし、間合いを空ければ、衝撃波で一般人に甚大な被害が出る。衝撃波が届かないくらい間合いを空けてしまうと、バルミィの攻撃も届かなくなる。そしてその間も、一般人への強制的な生命力の搾取は続く。もし、一般人を捉えて、生命力の直接吸収をされた時、間合いを空けすぎていれば、救出が出来なくなる。
ショートレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジ、どの間合いも、ドラキュラが圧倒的に有利だ!
バルミィには、自分を囮にしつつ、これ以上、状況が悪化させないように、ドラキュラを見張る以外の作戦は思い付かない。




