21-2・ヴラドとジャンヌ~羽里野山の落書き
-文架市内のとある廃墟-
「・・・むぅぅ」
埃だらけのソファーで昼寝をしていたヴラドが起き上がる。
嫌な夢を見た。王として民衆の前に立つヴラド3世。民達は王の姿に熱狂をして大声で「竜の英雄!」と声援を送っていたが、その声は、やがて「悪魔!」と蔑む罵声に変わる。民衆が「オマエは悪魔だ」と言いながら押し寄せてきて、ヴラドを王の座から引きずり下ろそうとする。そこで目が覚めた。
恐怖政治で国を支配したのは認める。それは侵略者から祖国を守る為。小国が民と国益を守る為の手段だった。だが、敗軍の王に弁明の機会は与えられない。ヴラドは、自分が敗者という事実は認めている。「串刺し公」と言う残虐な通称も、事実として受け入れている。だが、血を好む悪魔=吸血鬼・ドラキュラ伯爵ではない。
「どうだ、参謀?次の作戦は立案できたか?」
ヴラドは、立ち上がって、向かいのソファーで体を休めている弁才天ユカリを見つめる。
「先日の戦から、数日が経過したが、
よもや、このまま潜み続けるワケではあるまい?」
「当然でしょ!だからこうして、次の作戦を考えているのよ!」
「そうか、では頼んだぞ!」
ユカリは、ヴラドの物言いに苛立ちを募らせる。先日の病院強襲で、美穂の抹殺と、真奈の奪還をしていたはずだった。しかし、戦力の中核となるヴラドが「病院の攻撃はできない」と真っ先に足並みを乱して、易々と敵の揺動に引っ掛かった為に作戦は崩壊して、ヘイグを失った。
「呼ばれるまでは眠っておれば、静かで良いものを!」
「はっはっは!言うでない、参謀!
せっかく、2度目の生を受けたのだ!少しは現世を楽しませい!」
「チィィ!承知しました。
では、作戦立案の邪魔にならない程度に、自由にお過ごし下さい」
「ふむ、そのつもりだ」
手元にある駒は、召喚したリベンジャーの中では最強の一手だが、プライドばかりが高くて使い勝手が悪すぎる。ユカリ自身の戦力と、最強の一手があれば、紅葉達の殲滅など容易いだろうが、作戦に従わない駒を、どう従わせて戦うか?ユカリは、その思案をしていた。
「何処へ行くの、王?」
ユカリの思案などお構い無しに、ヴラドが部屋から出て行こうとする。
「しばし、街を見回ってくる!」
「なにを勝手な!」
「はっはっは!言ったであろう、少しは現世を楽しませい!」
ヴラドは聞く耳など持たず、裸の上半身(下半身はライダーパンツ)に革ジャンを羽織って、廃墟から出て行ってしまった。
「ワガママな使い魔めっ!」
命令強制権を発動させればヴラドを操る事は可能だが、ヴラドからは「命令権で我を貶めたら命で償わせる」と釘を刺されている。ヴラドに反発をされたら、ただでは済まないだろう。ヴラドの戦闘力を維持しつつ、ヴラドの思考のみを殺す方法は無いか?ユカリは思案を重ねる。
-屋外-
外に出たヴラドは、指を鳴らし‘運転手とセットの派手な装飾を施した巨大3輪バイク’を召喚して後部座席に飛び乗り、「適当に走れ」と指示を出す。
町並み、舗装という物を施された道、何もかもが珍しい。自分が生きた時代のワラキアと比べ、この地の民が潤い、生を謳歌している。どれほどの国力があり、どのような為政者が治めているのか?大変興味深い。
「KYな王様はお出掛け・・・か」
入れ違いで、食料の調達をした相良が廃墟に戻ってきた。出掛けていくヴラドを目で追う。ヘイグを失った今、相良はもう用済みである。しかし、ユカリへの忠誠心は失われていない。
初めてユカリに会ったのは数十日前。友人の真島と遊んでいる最中に、傷だらけになって蹲っている女を拾った。どう見ても普通ではなかったが、その美貌に惹かれ、住んでいるアパートに連れ帰り、手当てをして食事を与えた。親切にしてやった目的は、2人がかりで“見返り”を堪能する為。女は、最初は拒否をしていたが、怪我で体力が消耗していたので、おとなしくなった。やがて、妖艶な表情を魅せるようになる。
相良と真島は、ユカリの虜に墜ちていった。堕天使の口吻に操られているわけではない。自ら望んで、弁才天の魅力の支配下に墜ちたのだ。
「さて・・・俺だって、まだ役に立つところをアピールしなきゃな!」
相良は、スマホをスクロールして、病院の張り込み時に盗撮した敵の画像を眺める。
「さて、誰を捕獲しよう?
ん?・・・バルカン人・・・そう言えば?」
相良は、しばらくの間、何か使えそうな情報は無いかとネットで検索をしていたが、羽里野山の記事を見て不敵な笑みを浮かべ、直ぐに電話をかける。
「おう、落垣!ちょっと頼みたい事があんだけど・・・」
-公道-
“運転手がセットの巨大3輪バイク”を走らせていたら、対面から細身のライダーが乗る白いバイクが走ってきて擦れ違う・・・が、途端にフルブレーキをかけてバイクを停車させ、ヘルメットのフェイスシールド越しに目を丸く開いて巨大3輪バイクを眺める。
ヴラドからすれば、行き交う通行人や車のドライバーに同じような視線を向けられているので、特には気にしない。むしろ「王として民から注目をされるのは当然の事」くらいにしか思っていない。
細身のライダーは進行方向を変えてスピードを上げ、対向車線にハミ出しながら巨大3輪バイクと並走をする。
「おい、ワラキアの王!これは、なんの祭りだ!?」
「・・・むぅ?」
「貴殿は、民から『バカ』の眼で見られているのが解らんのか!?」
ヘルメットのフェイスシールドを上げてヴラドを見ている眼には、見覚えがある。
「ほぉ!?これは、オルレアンの乙女か!?
我が物見遊山の供をするとは、良き心がけだな!」
「違うっ!恥を知れと言っている!!」
「ぬぅっ!?これは無礼な・・・我が三輪の騎馬を『恥』とな!?」
「王を名乗るなら、現代の民を学べと言っているのだ!
貴殿は、王として民に慕われたいのか、
好奇で民の注目を集めたいのか、どちらなのだ!?」
「ふむ・・・一理あるな。」
運転手が巨大3輪バイクを止め、後部席からヴラドが飛び降りる。ジャンヌは、巨大3輪バイクの後ろにユニコーンバイクを止めて、足早に寄ってきた。
「王の風格を見せつけるつもりだったが、
現代の民には、些か刺激が強すぎるということか」
ジャンヌのマスター(真奈)は正気を保ち、精神面でリンクをされている。ヴラドのマスター(真島)の精神は、ユカリにの支配下に有り、魔力面でのリンクはあるが、精神面のリンクは途絶えている。ジャンヌとヴラドの現代常識の差は、おそらく、その為だろう。
「ここで会ったのも因縁というヤツだ。しばし、我が暇潰しの会話相手に成れ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「安心せよ!汝の事は、参謀に伝えるつもりはない」
ヴラドと同様、ジャンヌも特にやるべき事が無い。ジャンヌは、ヴラドの申し出に付き合う事にした。
-数分後・山頭野川の堤防-
ジャンヌとヴラドが斜面に座って山頭野川を眺める。
「戻るつもりがあれば、参謀に取りなしてやるが・・・その気は無いようだな?」
「天の巫女等への恨みは晴れた。私はもう、コマンダーの指示に従う気は無い」
「通りで、召喚された直後はくすんでいた汝の表情が、今は晴れやかなワケだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジャンヌは、ヴラドの指摘に納得をしてしまう。紅葉や麻由を恨んでいた頃に比べて、今の方が心が活きていると感じるからだ。同時に疑問も湧く。ヴラドは、ジャンヌとは違って未だ弁才天ユカリの支配下にあるが、表情は活き活きとしている。
「貴殿はどうなのだ?
コマンダーに使い魔として扱われる事が、貴殿の生き様とは思えんのだがな?」
「フッ・・・フッハッハ!使い魔か!?
・・・まぁ、契約で縛られた命、否定はできんな!
だが、我は、そんな下らぬ成り行きなど、どうでも良い!
思い掛けずに2度目の生を得たのだから、それを存分に楽しむ!それだけだ!」
「・・・そ、そうか。それが、貴殿の、2度目の生への望みなのだな」
「ガッハッハッハッハ!そう深く考えるな、オルレアンの乙女よ!
どうせ、想定外のオマケの命だ!
楽しく使い、生ある間を存分に謳歌しようではないか!」
豪放磊落にして、愉快そうに笑うヴラドに対して、ジャンヌの方が気押されて気色ばむ。
「契約の縛りはあるが、我が命は誰の物でもない!我が物だ!
何も迷う事はあるまい!
我は、現代を楽しみ、美しき女を愛で、
好敵手との争いに熱狂する為に、この命を燃やす!
貴様も悔い無きよう、自分の思った通りに自分の命を使えっ!」
ヴラドは、召喚をされた時から「楽しむ」で腹を決めている。だから、ユカリの指示が納得の出来る物なら従うし、意に反すれば平気で無視をする。好きなことをしているのだから、契約違反で消されても悔いは無い。最初から彼の行動にはブレが無いのだ。
対するジャンヌは、老婆によって繋がれた命を、どう使えば良いのか、自分が何をするべきか、まだ迷っていた。なんの迷いも無く、2度目の命を燃やしているワラキアの王を、羨ましくさえ感じながら、山頭野川の流れを見つめる。
-翌日・文架警察署-
些細ではあるが、文架市内の話題が人々を賑わせていた。ローカルテレビ局が、現地の映像を交えて報道をしている。定例報告の為に文架警察署に来ていたバルミィは、その中継を見て、とても嫌な気分にさせられた。
「ばるっ?誰がこんな事を?」
羽里野山(文架市西の観光地)のロープウェイやバスを運営する会社の社屋の壁や土産店の壁に、スプレー塗料でデカデカと『バルカン人参上』『地球を支配してやる!』と書かれていたのだ。言うまでもなく、バルミィはそんなラクガキはしていないし、地球を支配する気なんて無い。
一緒に居た雛子や秋川がバルミィをフォローする。既に被害届は出ており、雛子が気を遣ってバルミィの耳には入れないようにしていたのだが、テレビで中継されてしまうと対処が出来ない。
「全く・・・文架市にも低脳がいるのね!」
「あまり気にしない方がいいよ」
詳細を知りたくてネットで関連記事を検索すると、数多くのコメントが投稿をされていた。大半は、落書きを批判するコメントだったが、中には「宇宙人が、いつまでも地球で何をしてんの?」などという誹謗中傷のコメントも幾つかあった。
バルミィはショックが隠しきれない。悲しそうな表情で誹謗中傷コメントを見つめている。やがて、「ラクガキを消してくる」と言って、窓から外に飛び出していった。
-鎮守の森公園付近-
バイクで走行中のヴラドが、西に向かって空を飛んでいるバルミィを発見する。ちなみに‘運転手がセットの巨大3輪バイク’は、ジャンヌから「バカ」扱いをされたので、今は“セットの運転手”と“玉座”を排除した三輪バイクを、自分で操縦している。
「ふむ・・・ミーメか?随分と覇気に欠けるようだが、何があった?」
ヴラドはバルミィの行き先に興味を持ち、バルミィの進行方向にバイクを進める。飛んでいるバルミィは、尾行するヴラドに気付かない。
-杉田邸-
報道を見た美穂と真奈は大きな溜息をつく。麻由は過去にクラスメイトに小馬鹿にされていたイヤな記憶を思い出して俯く。対照的に紅葉は露骨にイライラしている。
「ん~~~~~!!ムカ付く!ムカ付く!ムカ付く!ムカ付く!」
「うるさい、紅葉!少しは落ち着けっ!」
「紅葉ちゃんがここで怒っていても、何も解決しないよ」
「犯人、ブン殴ってやるっ!」
「バカッ!どうやって見つけ出すつもりだよ!?」
「羽里野山に行って探すっ!」
「オマエはバカか?
スプレー缶を持った連中が、まだ現場付近をうろついているわけねーだろ!」
「こんな低俗な事をする人の目的は、
その後の、みんなが慌てる反応を見てヘラヘラ笑う為なんだよ」
「対応してしまえば、思う壺です!放置するのが一番懸命なんですよ!」
「そんなのヤダっ!放置したら、イタズラした奴等が調子に乗るだけぢゃん!」
「だからって、何の目標も持たずに現地に行っても意味がありません!
紅葉のやろうとしている事は、ただの無駄な労力ですっ!」
「無駄ぢゃないもんっ!
マユこそ、そ~やって直ぐに諦めて何にもしないのは良くないっ!」
「諦めて何もしないワケではありません!紅葉が短絡的と言っているの!」
私は、どうするべきか冷静に考えているんです!」
「麻由もうるさい!どこが冷静だよ!?感情的になるなっ!」
紅葉が騒がしいのはいつもの事だが、麻由までカッカするのは珍しい。過去(いじめられっ子)の経験から、麻由は誹謗中傷には過剰反応をしてしまうようだ。




