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21-1・墓参り~美穂の退院→杉田邸へ~ヴラドの伝承

-文架市内のとある墓地-


 美穂の入院から1週間が経過して、「無理な運動はしない」「完治までは定期通院をする」条件で、退院の許可が下りた。早速、クリスマスを兼ねた退院祝いのパーティーと言いたいところだが、紅葉と麻由が「行きたいと処がある」と言い出して、皆で赴く事になった。


 管理人から案内をされて目的の墓に向かう。蝋燭の入った箱を持つ紅葉が先頭を歩き、花束を持った麻由が続き、その後ろを美穂と真奈とバルミィが歩く。いつもは騒がしく、落ち着きの無いグループだが、この厳かな場所だけは落ち着いた仕草で行動する。


「ル~ル♪ ルルルルル~ル~♪ ル~ルルル♪ ルルル~♪」


 霊園の奥に進むと、誰かが口ずさむメロディーが聞こえてきた。聞き覚えがある・・・と言うか、誰もが、何処かで聞いた事のあるメロディーだ。


「んぁ?」

「あら、これは、賛美歌ね」

「綺麗な歌声ばる~」

「あっ、今、ちょっと音程が外れたよね」

「誰が歌ってんだ?」


 紅葉達が視線を向けると、墓を眺めながら賛美歌のメロディーを口ずさんでいる少女がいた。手を使って自分の体前に十字を描き礼拝をする。彼女の目の前にある墓は紅葉達の目的地だ。


「ジャンヌ?」

「ん?・・・奇遇ですね」


 声を掛けられたジャンヌが振り返る。互いに戦う意志は無い。此処は「野蛮が不向きな場所」と誰もが知っている。特に、その墓に眠っている人物の前では、争う事なんてできない。


「今は、どこで何をしているのですか?」

「雨露を凌げる場所で適当に・・・」

「そっかぁ~・・・元気で良かったねぇ」

「行く場所が無いなら、私の家に来れば良いのに」

「真奈、オマエ、居候だろ?もう1人追加は無理だろ?」

「なら、ミホのおうちに住めばィィんぢゃね?」

「無茶ぶりは止めろ、紅葉!あたしの部屋は狭い!」


 ジャンヌは墓石を見つめ、心の中で「此処で再会をしたのも、こうさんの導きなのか?」と亡き老婆に尋ねる。

 麻由が墓前に花を添え、紅葉が蝋燭を立て、並んで手を合わせて礼拝をする。キリスト教のお祈り方法なんて解らないので、それぞれが、自分なりの礼拝になってしまったが、こうお婆ちゃんは、そんな粗相には文句は言わないだろう。



-回想・ジャンヌの病室-


「るーる♪ るるるるるーるー♪ るーるるる♪ るるるー♪」


 セラフ(麻由)とジャンヌが激突をする数時間前、こうお婆さんは、気分が良いのか、鼻歌を歌っていた。ジャンヌは、そのメロディーが心地良く耳に残った為、こうお婆ちゃんに「その歌は何か?」尋ねる。


「あら、ごめんなさいね、気に障っちゃったかしら?」

「いえ、そうではなく、美しいメロディーだと思いました」

「おや、ジャンヌちゃん知らないの?

 今の歌は“いつくしみ深き”と言ってね、神様を讃える歌なのよ」

「神?・・・ですか?」


 ジャンヌが生きた時代には存在しなかった歌だ。「神を讃える」と聞くと、あまり良い気分ではない。だが、美しいメロディーと、眼を細めて口ずさむ老婆の微笑みは、ジャンヌの心に染み入った。老婆が奏でる鼻歌を心で追いながら、ジャンヌは朽ちかけている自分の手を見つめる。



-回想終了-


 だが、ジャンヌは今も、現世に存在をしている。おそらく、こうお婆さんが、残された命をジャンヌに託してくれたから・・・。


 美穂とバルミィが礼拝を終えてからも、紅葉と麻由は、しばらく黙祷を続けていた。

 ジャンヌが、こうさんに教えてもらった歌」と言って、再び賛美歌を口ずさむ。そのメロディーの響きを「美しい」と感じたバルミィは、スマホを検索して歌詞を見つけ、ジャンヌのメロディーに合わせて歌う。紅葉と麻由が黙祷をする中、美しいメロディー(時々音程が外れる)と美しい歌声が、霊園内を支配する。


「♪~♪~♪~」


 バルミィは、歌いながら、この状況を不思議に思っていた。数日前は敵だったジャンヌと、今は心を一つにしている。

 これまでの敵は純然たる敵だった。リベンジャー・ヘイグは、残酷な感情しか持たない、倒さなければならない敵だった。

 だが、リベンジャー・ジャンヌは少し違った。敵だが、紅葉と真奈は交流し、美穂は責めようとはせず、麻由は許した。バルミィ自身、問答無用で倒して良い敵とは思っていない。


 だったら、リベンジャー・ヴラドはどうなんだろうか?


  『我の妻となり、清き美しき歌声で、戦疲れの我を癒す役目を申し渡すっ!!

   共に参れっ!!そして我の子を産めっ!!』


 思い出しただけでも腹が立つ。バルミィの都合を一切無視して、身勝手な欲情だけを一方的に押し付けてきた。だけど、奴は、ヘイグとは違って、問答無用で“殺す”スタンスではない。バルミィは望んでないものの、奴なりにバルミィの存在価値を認めていた。場合によっては、麻由と戦う事ばかり望んでいたジャンヌ以上に、話が解る奴なのかもしれない。


 墓参りを終え、ジャンヌと別れて帰路に就く。




井伊桔いいけつ町・杉田邸-


 美穂の通った中学校(宗平良中)の学区内、美穂のアパートから2~3キロ離れた場所に、真奈が居候をする杉田邸が在る。両親を亡くした真奈は、父の義弟の家に引き取られていた。

 弁才天ユカリは、ジャンヌを自分の駒に戻す為に、間違いなく真奈の奪還を狙ってくるだろう。美穂の退院以降、美穂と麻由とバルミィは、「仲良しグループのお泊まり会」のフリをして、真奈防衛の為に杉田邸に泊まり込んでいる。



-回想・美穂の退院直後・鶴辺田荘-


 美穂の荷物を分担して持って、みんな揃って美穂の部屋に到着。ようやく自由の身になって羽を伸ばしたいのだが、まだ退院しただけで問題は解決していない。入院中に余ったジュースとお菓子を広げて、今後についての作戦会議を開始する。


「さて、どうやって、あのユカリから真奈を守るか?・・・だな」

「そんなの、簡単ぢゃん!皆で、真奈のおうちに泊まりに行くっ!」

「やっぱ、そうなるか。また合宿するしか無いわな。

 あたしとバルミィと麻由で、真奈の家に泊まり込もう!」

「ばるっ!このまま、真奈のおうちにお邪魔しちゃおっか?」

「名目は、冬休み中の共同課題製作の為の泊まり込みって事でどうでしょうか?」

「えぇぇっ!ちょっと待って!ァタシゎっ!?仲間外れっ!?」

「オマエは、あたしや麻由と違って、親が居るだろうに!

 あたしの入院中は、たまたま親が出張していて自由に動けたけど、

 もう戻ってくるんだろ?

 いつまでも家に帰らなかったらマズいっての!」

「え~~~~~~~~~~~~~っっ!!!ズルいズルい!

 なら、パパにお願いして、出張に行ってもらうっ!」

「アホンダラ!娘の都合に合わせて出張に行く父親なんていね~よ!」

「なら、ミホとバルミィとマユで、ァタシの家に来れば良いぢゃん!」

「紅葉、遊びじゃないのよ。それは本末転倒ですよ」

「オマエの護衛してどうすんだよ!?」

「真奈が綺麗サッパリ無防備になっちゃったばる!」

「ならマナも来なよっ!」

「何日も外泊なんて、叔父さんが許可してくれるかな?」


 チョット思慮が足りない紅葉でも、自分の言い分が無茶なことは把握した。しかし、納得は出来ない。


「んぁぁぁ~~~~~~~~~~っっ!!!」

「緊急時には、ちゃんと呼びますから・・・」

「緊急時ぢゃなくても呼べぇ~~~~!!」

「紅葉!そんなに来たいなら、親の許可を取ってから来い!

 まぁ、年頃の娘の無計画な外泊を放置する親なんていないだろうけどさ!」

「ん~~~~~~~~~~~~~~~!」

「許可取ってないのに許可貰ったって嘘付くのは無し!

 それやられたら、オマエんところの怖い母親に、あたし達が恨まれる!」

「ん~~~~~~~~~~・・・・・」


 ママの事は怖いらしい。美穂に説得をされて、紅葉は不満な表情を浮かべつつ、ようやく杉田邸合宿の参加を諦めて黙り込んだ。


「さて、真奈の家に押し掛けるのは良いとして、

 何日間も滞在し続けるワケにはいかないよなぁ」

  「ん~~~~~~~~~~・・・・・」

「同感ですね。どうしましょうか?

 ご家族がある家で、いつ攻めてくるのか解らない相手を、

 いつまでも待つわけにはいきませんよね?」

  「ん~~~~~~~~~~・・・・・」

「なら、真奈を守りつつ、こっちから攻めるしかないばるね!」

  「ん~~~~~~~~~~・・・・・」

「うん!それが手っ取り早いな!守りっぱなしより、あたしの性に合ってる!

 よし、真奈の家に行ったら、その辺もひっくるめて作戦を練ろう!」

  「ん~~~~~~~~~~・・・・・」

「紅葉、うるさい!!」×3


 話は決まった。美穂は改めて2~3日分の宿泊セットを準備して、麻由は病院で使ったお泊まりセットを持って、バルミィは着の身着のままで、お泊まり会に参加できない紅葉は不満たらたら、真奈を伴って杉田邸に向かう。



-回想終了・杉田邸-


 紅葉&美穂&麻由&バルミィは、リビングに通されて並んでソファーに座り、真奈が煎れてくれたコーヒーを飲みながら作戦会議を始める。


「なぁ、紅葉、麻由、オマエ達の索敵力で捜せないか?」

「アイツ(ユカリ)ゎ、カンペキに気配を消しちゃってるみたいだからねぇ~

 ・・・ぜんぜんワカンナイ」

「なら、大男ヴラドの方は?

 前に紅葉が、妖怪が発生すれば“何処にどんな妖怪が居るか”まで解るけど、

 宇宙人や別の種族の場合は索敵力が落ちるって言ってたな。

 同じような感じか?」

「そうですね。

 理力を開放している天界人や、妖気を発散している妖怪なら直ぐに解りますが、

 リベンジャーは、おそらく、交戦状態に成ってから何となく解る程度です」

「そうなると・・・どうにかして誘い出すしかないって事か」


 奪還を目論まれている真奈を囮にすれば、誘い出されてくれるだろうか?だがそれでは、狙われている真奈を危険に晒すことになって本末転倒だ。


「逆にさ、オマエ等が、もし弁才天ユカリだったら、どうやって攻めて来る?

 真奈の家がバレているのを前提にした場合!」

「フツーに攻めてくるんぢゃね?

 でも、来ないって事ゎ、真奈がドコに住んでるかワカンナイんぢゃね?」

「戦力を考えると、数の利がある私達の方が有利でしょうから、

 正面から来るとは考えられませんね。

 いきなり、この家を粉々にするほどの不意打ちをして、こちらを混乱させるか、

 捨て石に、適当な尖兵を投入して、こちらを分断して、真奈さんを拉致するか

 ・・・ですかね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」×4


 紅葉&美穂&バルミィはドン引きした表情で、真奈は不安な表情で、一斉に麻由をガン見する。


「さ・・・さすがは、現状を“ネガティブ”に考える天才だ。

 どうなったら、あたし達が困るのか?って方向で考えさせたら、

 いくらでも思い付いてくれそうだ」

「私がネガティブ??」

「あぁ、ゴメンゴメン!例え方が悪かった!」

「・・・・麻由、自分がネガティブ思考って気付いてなかったばるか?」


 今のところ、弁才天ユカリ達を見付ける為の有効な手段は無し。ただし、真奈を護衛しながら作戦を立てれば良いので、それなりに余裕はある。攻める策、守る策、どちらも焦らずにジックリと作戦を練る事が出来そうだ。

 もしジャンヌが再び敵になっても、真奈の命令権があれば止められる。


「アイツ(ヴラド)は、ズルや無関係の人を巻き込む戦いは嫌いみたいばるっ!

 病院の戦いの時は、作戦が気に入らなくて、ワザと揺動に引っかかったばる!」


 バルミィの評価を聞く限り、ユカリはともかく、ヴラドが搦め手から攻撃してくるような策に乗るとも思えない。


「ヴラドってドラキュラなんだよねぇ?」

「だよな。でも、なんか、かなりイメージと違うな」

「ヴラド・ツェペシュがドラキュラ伯爵というのは、

 後世の作家が作り上げたフィクションです。

 ヴラド3世=ドラキュラ伯爵というフィクションが、

 まるで事実のように一人歩きをしてしまったのです」

「んぁっ?マユ、知ってるの?」

「まぁ・・・知っているのは一般的な伝承程度ですが」


 ヴラドの奥義・カズィクル・ベイ=串刺し公は、彼を象徴する呼び名。現代では、敵対するオスマン帝国軍のみならず、自国の貴族や民も数多く串刺しにして処刑した残酷な君主として伝承され、ドラキュラ伯爵のモデルにもなっている。

 当時は、串刺しという処刑方は、それほど珍しい事ではなかった。敵対勢力に残虐な処刑方を用いて晒したのは、見せしめにより侵略を防ぐ為。自国貴族の処刑は、彼等の身勝手な専横を防止して、国を君主の名の下に統率する為。民の処刑は治安維持と病人からの疫病の感染を防ぐ為。それぞれ、やり方は残酷だが、彼は残虐を愉悦にしたのではなく、彼なりの国作りの為だった。

 だが、戦いに敗れたヴラドは、残虐な悪魔という肩書きを付けられてしまう。そして彼の通称だった「ドラキュラ=ドラゴン公」は「ドラキュラ=悪魔の子」と解釈され、400年後の小説家の影響で、吸血鬼ドラキュラというイメージが定着をしてしまった。

 それが、祖国が勝利をしたので名誉が回復されて「聖女」として高く評価をされたジャンヌ・ダルクと、敗者のままなので「アンチクライスト」という不名誉な評価を返上できないヴラド・ツェペシュの違い。


「ふぇ~・・・スゲ~!マユ、スゲ~!何でも知っているんだね」

「・・・一般生活を送る上では必要の無い知識だけどな」


「ヴラドが、バルミィさんの都合を考えずに求婚をしたのは、

 バルミィさんの人格を無視したわけではなく、

 現在とヴラドが生きた時代の、価値観の違いですね。

 15世紀当時なら、君主の妻に見初められるというのは大変名誉です。

 日本でも、19世紀までは大奥という制度がありましたからね」

「ばるっ?ふぅ~ん・・・そうなんだ?

 でも、敗者だから悪者ばるか?ちょっと可哀想ばるね」


 歴史上の誰が英雄で、誰が悪魔なのか、それは、後世への語り継がれ方次第。もし、百年戦争で、イングランドがフランスを制圧していれば、ジャンヌは聖女ではなく、魔女のままだったかもしれない。

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