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逃避行の街角で……

 月明かりがふんわり差し込む寝室。ベッドの上でごろごろ転がる。

 アリアは枕に顔を埋めながら

「……癪なので、って……?」


 昼間のセドリックの言葉が、まるで呪文のように脳内再生される


「ど、どういう意味なんだろう……癪って……え、ヤキモチ? やきもち? えっ?」

「……ないないないない!!」

 ごろりん、ぱたりん。布団の中で転がり続ける


 アリアは布団に顔を埋めながらもそもそ

「でも、セドリックっていつも冷静で、ちょっと怖いときもあるし……でも、たまに優しいし……んーっ! わかんない!」


 もぞもぞ悶えていると、控えの間からノック音


 セドリックは扉越しに

「……おやすみの前に、何か忘れ物でも?」


 アリアはギクッとして

「な、なんでもないですっ!」


「……ずいぶん声が高いですね。何かあればすぐにお呼びください。……“夜更かしは美容の敵”ですよ?」


「……うぅ、見透かされてる……」


 扉の向こうが静かになると、アリアはふたたび布団にくるまって

「あんなこと言われたら……明日、セドリックの顔まともに見れないよぉ……」



 でも、なんだか少しだけ――胸があったかい





 朝の食卓、セドリックはいつも通りに紅茶を注ぎ、完璧な所作で朝食を整えている。だが、アリアは目を合わせられない


「昨日の夜のこと……絶対セドリックはもう忘れてる。あれはきっと深読み……でもやっぱり恥ずかしい!」


 もじもじしているうちに、セドリックが静かに口を開く


「……今日は外の空気でも吸われますか? 少し顔色が優れませんね」


「あ、う、うん!そうね、 街に行ってくる! すぐ戻るから! お供は……いらないわ!」


 セドリックは眉をひそめ

「ひとりで? それは――」



 アリアは逃げるように立ち上がって

「だ、大丈夫だから! それじゃ、いってきまーすっ!」


 ぱたぱたと出て行く足音。残されたセドリックは、ため息混じりに紅茶を一口


「……まったく、子猫のように落ち着きがありませんね」



 街は朝の活気にあふれている。アリアは屋台をのぞいたり、ふわふわの焼き菓子を食べ歩いたり


「うん、やっぱり街って楽しい……気がまぎれるし……はぁ、でもやっぱり思い出しちゃうなぁ」


 そんなとき、ふと視線を感じる。人混みの中、ひときわ目を引く黒と紅の衣をまとった男性が、壁にもたれかかってこちらを見ていた


「えっ……キース様!?」


 人波をかき分けるようにキースが近づいてくる。相変わらず隙のない整った顔立ちに、冷たい笑みを浮かべて


「令嬢がひとりで出歩くとは感心しないな。護衛もつけずに……それとも、家を飛び出してきた理由でもあるのか?」


 焦りつつもむくれる

「そ、そんなんじゃないもん! 気まずいだけで……!」


「ほう。……じゃあ、その気まずさの代わりに、俺が付き合ってやるよ」


「いえ、結構です……」


 突然、アリアの手をとるキース。その指先は熱くて、どこか強引でアリアはあたふたしてる。

「え、ちょ、ま、まって!? 手っ……!」


「拒否権は……ない。今度は、逃がさない」


 街角の喧騒の中で、まるで別の空気をまとってアリアを見つめるキース。その目には、独特の執着と悪戯っぽさが宿っていた




 キースに手を引かれたまま、アリアは街の中心部へ。焼き菓子やアクセサリーの露店が立ち並ぶ


 ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっと叫ぶアリアの心の声

「え、これって……まるでデート? いやいや、違う違う、これは攫われてるだけ……!」


 でも、時折ヴァルトが買ってくれるスイーツや、アリアの目を盗んで店主に話しかけている姿が、妙に優しくて

 店の前に並んでる焼きリンゴを見てアリアは

「……それ、美味しそう……」


 キースが当然のように

「おまえ、朝食抜いただろ。ほら」


 小さなカップに入った焼きリンゴを渡される


「ど、どうしてわかるの!?」


 キースはクスッと笑い

「お前の顔はすぐにお腹の減り具合が出る」


 アリアは顔を赤くして

「うぅ……そんなの見ないでよ……!」



 アリアは周囲の空気に気づいた。

 街ゆく人々が、ちらちらこちらを見ては、顔を寄せ合いひそひそと囁いている。


「……見て、キース伯爵様よ」

「お連れのあの子、誰かしら?」

「手を、手を繋いでる……!」


「あら……キース様と一緒にいる人……?」

「まさか、キース様の本命……?」


(ひぃぃ……!)


「ちょ、ちょっと、なんか勘違いされてる! キース様、手、離して! は、はずかしい……!」


 更に赤面するアリア。キースは不敵に笑って

「なにを今さら。おまえが俺に連れられてる時点で、もう逃げ場はない」


 人の目があるのに、キースは顔を近づけてくる


「……照れてる顔も悪くない」


 口をぱくぱく

「なっ……!」


「照れてないし……き、気にしてなんかないわ……べ、別に……!」


 でもその頬はほんのり赤く、目はキースの方をちらちら

「……そんなに赤くなるな。欲情してるみたいじゃないか」


「なっ、ななな……っ!? 違います……!!!」


 言い訳を探してあたふたしてるアリアを見て、キースは心底楽しそうに笑う


「……面白い女だな、おまえは」


 アリアは赤面しながら

「もう……やだ……」


「~~~~っ……!」

 恥ずかしさに耐えきれず、目の前に差し出されてた焼きリンゴをパクッ!

「ッ……!! んん……あま……」


 その姿を見てキースは思わず吹き出す

「ははっ……照れ隠しが雑すぎるだろ、おまえ」


 もぐもぐしながら睨む

「うぅー……うるさいわね……」


 頬をいっぱいにしてもぐもぐ焼きリンゴを食べるその姿が、キースにはどうにも可愛く見えた


「……本当、目が離せないな」


 それに気づかず、アリアはまだ赤い顔で焼きリンゴと格闘中


「ん~!やっぱり焼きリンゴって最高ねっ!」


 パクッ、パクッと夢中で食べ進めていくアリア。その様子を、キースは斜めに腰をかけたままじっと見つめ――舌先でゆっくりと唇をなぞる


「……それ、俺の分もあったんだけどな」


 アリアは気づかずに完食

「ふふっ、ごめんなさい♪ 美味しかった♡」


 無邪気な笑顔。唇に残る甘さに、キースの目がほんの一瞬だけ獣のように揺れる


 そして――


 キースはそっと近づき、唐突に

「……美味しかったなら、分けてくれよ」


 アリアが反応する間もなく、彼の顔が近づいて――その唇が彼女の唇を塞ぐ


 アリアの目を見開き

「えっ……?」


 あまりに突然で、言葉が出ない。時が止まったように、ただキースの唇の温もりだけが唇に焼きついていた



 唇を離された瞬間、アリアは真っ赤になって

「え……えええええっ!?!? な、ななな、なに今の!? えっ!? キス!? キス!? えっっっ!?」


 パニック状態でその場をぐるぐる回る。両手で口を押さえて、目がぐるぐる

「ちょ、ちょっと待って!? 心の準備とか! そういうの! な、なかったから! むしろスイーツの口だったのに!!」


 平然と、むしろ楽しそうに

「甘い口には、甘いご褒美ってことで」


「ご、ご褒美!? 誰が!?なにそれ!? 私なら焼きリンゴの方食べたかったし!? あ、違う!! 食べ物の話じゃない!!」


 パニックで何を言ってるか分からなくなるアリア。キースは笑いながら近づき低い声で囁くように

「顔真っ赤にして……そんなに嫌じゃなかったってことか?」


「~~~~っ!!! セ、セドリックーーー!!!」


 思わず助けを求めるアリア。その声は街中に響き渡った

 煌びやかな街から帰る馬車が、アリアの屋敷の門をくぐる。まだ胸の高鳴りが治まらず、アリアは頬を押さえながらぼんやりと座っていた。


 扉が開かれ、降りようとしたそのとき――


 セドリックは冷たい笑みで待ち構えている

「おかえりなさいませ、お嬢様」


「せ、セドリック!? いつからそこに……っ!」


「いつも通り、日が暮れる前には戻られるだろうと。……まさか、黒い王子と“口付け”をお楽しみだったとは思いませんでしたが」


「まままま、待って!? な、なんで知ってるの!? 見てたの!? 聞いてたの!?」


 セドリックはため息をついて

「あなたの顔がすべてを物語っています。……アリア様、焼きリンゴに心奪われすぎです。次からは気をつけてください」


 アリアは恥ずかしさのあまり真っ赤になって

「ううぅ……もうやだ……私、明日から屋敷に引きこもる……」


 セドリックくるりと背を向けながら冷静に

「その場合、黒い王子が屋敷に押しかけてくるだけかと。……さ、風邪をひきますよ。お部屋へ」



 夜も更け、リーナは着替えを終えて寝台に座っていた。頬はまだほんのり赤いまま、気持ちは落ち着かない。


 そこへ、ノックの音。



「お嬢様、少しよろしいでしょうか」


 アリアは驚きつつ

「……セドリック? 入っていいよ」


 そっと扉が開き、セドリックが銀の盆に温かいハーブティーを乗せて入ってくる。


「どうせ、寝られないだろうと思いまして」


 アリアは小さく笑って

「……バレてる」


「顔に出過ぎです。……あれほど無防備に、黒い王子に心を許すなど」


 ムッとしながら

「心を許したわけじゃ……ただ、びっくりして、戸惑っただけ……」


「それを“惚けた”と言うのです。……お嬢様は、放っておけない方ですから」


 湯気立つカップを持ちながら

「それって、褒めてる? それとも呆れてる?」


「……七:三で呆れております」


 アリアはふふっと笑って

「セドリックがいてくれてよかった。私ひとりだったら、絶対もういろいろ壊れてるもん……」


 その言葉を聞いてセドリックは少しだけ優しい声で

「ええ、ですから。これからもずっと、壊れないようにお守りいたします。……アリア様が“あなた自身”でいられるように」




 翌朝。窓から柔らかな陽光が差し込む中、アリアはベッドの上でぐるぐると丸まりながら伸びをした。


「……あれ? なんか、セドリックとの気まずさ……消えてる?」


 昨日の夜の、穏やかな会話を思い出して、ふふっと笑みがこぼれる。天井を見ながら

「まさか、キース様のおかげ……? いや、まさかね……うふふ……」


 その時――


 コンコン

 扉の外からノックの音。


 セドリックがやや早口で

「お嬢様、朝食の前に……またキース様からお手紙が届いております」


 慌てて布団をバサッと払い、部屋の扉を開け…セドリックの前に出た。

「はっや……! 仕事早すぎじゃない!? 昨日会ったばっかりよね!? まだ朝よ!? 日が昇ったばっかりよ!? もしかして鳩が徹夜で飛んで来たの!?」


「鳩ではなく、黒い従者が直接手渡しに来ました。門番が驚いておりました」


 アリアはぷるぷる震えて

「……これはもう、無視したらヤバいパターンだよね?」


「ええ。たぶん、次は直接屋敷に乗り込んできます」


 ふるえながら手紙を受け取り

「開けるの怖い……読むの怖い……でも放っておくのもっと怖い……っ!」


 封を開くと、綺麗な筆跡でこう書かれていた。





 ”アリア嬢へ。突然の手紙をお許しください。


 あなたのように多忙なご令嬢が、暇な伯爵のお誘いに来るはずもないと、普通は思うでしょう。


 ……けれど、私は“普通”ではないので。

 少しはこちらにも関心を向けていただけると幸いです。

 来週の晩餐会にて、貴女の可憐な姿を是非とも拝見したく。

 遅刻も、無断欠席も許されません。理由の如何を問わず。

 私の元から逃げようなどという考えがもし少しでもあるのなら、それは大変――危険です。


 笑顔でお迎えしますので、どうぞお洒落を忘れずに。

 あなたの気まぐれな訪問を、心よりお待ちしております”


 キース・アークレイン伯爵



 キースの皮肉がじんわりにじみ出てる

 恐怖で頭抱えるアリア


「セ、セドリックぅ……! キース様って、やっぱり、すごく怖い……!」


 泣きそうな顔で執事に助けを求めるアリア。

 しかし――セドリックはただ、呆れたようにため息をついていた。


「お嬢様、その方に“怖がってほしい”という願望があるとしたら……今の反応、完璧に刺さっておりますね」


「うぅ……やっぱり私、飼いならすなんて無理だよぅ……」

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