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狙われ令嬢の悩みごと



ー――アリアの私室。

 セドリックが紅茶を用意している横で、クッションを抱えて座り込むアリア

「うぅ……なんで狙われてるの……?」


「狙われている自覚はあるのですね」


 ぐるぐる思考中

「私……なにかしましたっけ?舞踏会で何か粗相を……?あの時、キース様の靴でも踏んだ?それとも……紅茶にお砂糖入れすぎた!? うぅー!」


 呆れたセドリックは

「お嬢様、それは“お菓子を食べながらお砂糖も食べる”という離れ業をなさっていたときですね」



 あの時の幸せを思い出し

「あれは美味しかったんです……!」


 セドリックは深くため息した。

「……問題はそこではありません」


 セドリックは椅子に腰掛け、冷静に言葉を続ける

「彼は“アリア様という存在”に興味を持たれているだけです。天然で、無防備で、何も考えずに笑っているようで……」


「な、なんかひどくないですか!? それ!」


「事実ですので」

 セドリックにキッパリ言われてアリアはクッションに顔を埋めてジタバタ


「ううー……ど、どうしようセドリックぅ……わたし、このままだと攫われちゃうのかな……!」


「攫われる前に、少しは警戒心を持ってください」


「む、難しいこと言わないで~!」


 アリアはソファにぺたんと座り込みながら、ため息をついた。


「やっぱり、私また怒らせちゃったのかしら……キース様のこと」


 机の横で紅茶を注いでいたセドリックが、静かに肩をすくめる。


「お嬢様は……悪気がないだけに、始末が悪いんです」


「ひどっ!」


 セドリックはカップをアリアの前に置きながら、ふっと息をついた。


「とはいえ、私の主観では公平とは言えませんから。…こういうときは、あくまで中立な立場で事情を見てくれる第三者の意見が、有効かと」


「第三者……?」


 アリアは小首を傾げた。


「例えば――グレイソン様などは、いかがでしょう。以前からお嬢様の趣味の紅茶会にも顔を出しておられますし、伯爵との関係も浅からず。落ち着いた方ですから、相談相手には向いているかと」


「グレイソン様………」





 午後、アリアは少し緊張した面持ちでグレイソン私邸の洋館を訪れていた。花の咲き誇る中庭にて


「……こんにちは、グレイソン様、突然の訪問ありがとうございます。」


 グレイソンは優しく微笑んで

「こんにちは、アリア嬢。来てくれて嬉しいよ。さあ、こちらへ」


 グレイソンはやさしく手を差し出し、ベンチまでエスコートする。アリアはその手をそっと取って、ぽっと頬を染めた


「あの……最近、なんだか不安で……つい、相談しに来ちゃいました……」


 グレイソンは柔らかく微笑み

「不安なときは、いつでも来ていいんだよ。アリア嬢が安心できる場所でありたいから」


 アリアは胸がキュンとする

「……グレイソン様は、やさしいですね」


「……それは、君が特別だからだよ」


 グレイソンの言葉にアリアは一瞬固まり、どきどきと鼓動が速くなる

「と、とくべつ……って、どういう……?」

 アリアはカップを手に紅茶を一口。


「……何かキース様を怒らせてしまったみたいで」


 隣で控えていたセドリックがため息をつく。

「“怒らせた”というより、“刺激した”が正しいかと存じます。お嬢様の場合」


「う……やっぱり、私って何かやらかしてるのね……」


 その様子を見ていたグレイソンは、ふと笑みを浮かべながら言った。


「ふむ。キース伯爵が“怒っている”というより……“構ってほしい”のでは?」


「……構って……?」


「彼は猫のようなものです。近づきすぎると引っかくが、放っておかれると拗ねる。

 なら、いっそ手なずけてしまうというのはどうでしょう?」


「て……手なずける……キース様を……?」


 アリアは思わず紅茶を吹きそうになり、セドリックがハンカチを差し出す。

「手なずけられたら、すごいと思いますがね……」


「ふふ、面白い発想ではありますよ。例えば少し甘やかしてみたり、褒めてみたり。そういった“反応”に、案外弱いかもしれませんよ」


「なるほど……」

 アリアは顎に指を当てて、グレイソンの言葉にふむふむとうなずいていた。

「……キース様は猫……ということは、慣れれば膝に乗ってくるようになるのかしら。撫でたり、餌付けしたりすれば……」


「……お嬢様、相手は猫ではなくて、一国の伯爵です」

 セドリックのつっこみにもどこ吹く風。


 アリアの中に、妙な決意が芽生えていく


「でも、猫なら――まずは優しくして、少しずつ距離を詰めて、時にはおやつをあげたりして……」


 セドリックはじっとアリアを見る。


 真剣な顔でブツブツと考え込むアリア。

「もう、キース様と目が合うだけで心臓がキュッとならないように…………思いついたわ!」


「嫌な予感しかしませんが、一応聞きましょうか」


 アリアは真剣な顔で。

「伯爵を……野良猫だと思うのよ!」


「……は?」


「それにね、猫って慣れるとすっごく甘えてくるじゃない?きっと、撫でたらゴロゴロ言うかも」


「撫でようとした瞬間に手を食いちぎられる未来が見えます」


「ふふ、でもイメージするだけで少し怖くなくなったわ!」


 セドリックはため息をつきながら呆れる。

「野良猫と伯爵を同列に並べたの、お嬢様くらいですよ」



 グレイソンは紅茶をすする手を止めて、肩を震わせながら。

「ふふ……いや、これは面白い展開になりそうですね」



 中庭の花々に囲まれて、二人きりのティータイム。風が優しく吹いて、リーナの髪がふわりと揺れる


「……アリア嬢の髪、風に揺れると本当に綺麗だね」


 アリアはキース対策で浮かれてる、ぽやっとした顔で

「え?……あ、えへへ。ありがとうございます、風のおかげかも……」


 照れながら紅茶に口をつけるアリア。グレイソンはその仕草さえ愛おしそうに見つめていた


「ねえ、アリア嬢」


「はい?」


「もし、僕が“妃を選ばなければならない”としたら――君を選んでも、いい?」


 ぽろりと、だけど確かな想いを込めた一言。アリアは紅茶を飲みかけて、ぷしゅーっと蒸気を噴いたように赤面


「えええっ!? わ、私ですかっ!? え、ええ!? でも私、ぽやぽやで、スイーツに釣られるし、舞踏会では壁にぶつかったし、セドリックにも呆れられてるし……っ!」


 テンパるアリアに、グレイソンはくすりと笑って


「そんな君だからこそ、惹かれるんだ。無理に背伸びしなくていいよ。僕は、ありのままのアリア嬢が好きだから」


 ぐぐっと赤くなって、クッションでもあれば抱えてごろごろ転がりたい気分のアリア


「……そんな風に言われたら、私……ときめいちゃいます……」


 グレイソンは優しく微笑んで

「それは、僕の本望だよ」


 風が吹き抜ける。二人の距離は、言葉よりもずっと近づいていた


「……また、来てもいいですか?」


「もちろん。いつでも、君の席はここにあるから」


 まるで王子様に夢の続きを約束されたようで、アリアはほわんと笑顔に


 ――その時。


 セドリック距離感をまったく読まずに

「……お嬢様。お時間でございます」


「ひゃっ……セ、セドリック! びっくりした!」


 セドリックは眉をぴくり

「……まさかとは思いましたが、紅茶を五杯おかわりされた上に、スイーツも三皿目でしたよね? ご令嬢の胃袋とは……」


「だって、グレイソン様のスイーツ、すっごく美味しかったんですもん……」


 そんなアリアの姿に、グレイソンは微笑んで

「ふふ、また新しいスイーツを用意しておくね」


「あっ、絶対来ますっ!」


 セドリックはぼそりとつぶやく。

「……まったく、このお気楽さでよく誘拐未遂を二回もくぐり抜けてますね」


「な、なんか今失礼なこと言わなかった!?」


 グレイソンはそんな二人を見て、思わず笑みをこぼす

「君が無事ならそれでいいよ。……でも、気をつけて。君は知らないうちに、誰かの目を惹いてしまうから」


 その言葉に、アリアはドキンと胸を鳴らしながらうなずくのだった。





 帰りの馬車の中、ほわほわと幸せオーラを放つアリア。隣には、苦労性オーラの執事セドリック。


「グレイソン様って……ほんとに王子様みたい……優しくて、笑顔がきらきらしてて……」


 セドリックは冷静

「ええ、まさに典型的王子像。……そして、アリア様は完全に砂糖に釣られましたね」


 アリアはムッとした顔で

「ち、違いますっ! スイーツだけじゃなくて、ちゃんとグレイソン様のお人柄にもときめいたんです!」


 セドリックは手帳をパラパラ

「では記録しておきましょう。“アリア様、本日:紅茶×5、ケーキ×3、マカロン×1、プリン×1、王子様にときめき×無限”」


 アリアは真っ赤になって

「や、やめてー! なんで記録してるのーっ!」


 セドリックはため息まじりに微笑む

「ご令嬢の安全と名誉のため、日々の行動記録は執事の務めですので」


 屋敷の門が見えてくる。アリアは窓の外を見ながら、ぽつり


「……楽しかったなあ。あんな風に優しくされたの、久しぶりかも」


 セドリックは少し柔らかい声で

「……そう思える時間を過ごせたのなら、何よりです」


「うん! ありがとう、セドリックが一緒にいてくれたから安心できたよ」


 セドリックは、ふとアリアの視線を逸らして

「……そう言われると、こちらの方が落ち着きませんね」

「……これ以上、あなたが“誰か”にときめいてしまうのが、少しだけ――癪なので」


「えっ?」

 いつもよりほんの少し低いトーンに、アリアはきょとんとした後、頬を赤らめるのだった。

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