逆襲の訪問者と揺れる黒い瞳
ある午後。春風のそよぐ静かな屋敷
アリアは縁側でお茶を飲んでいた。スコーンを手にほくほく顔
「あ〜……平和っていいなぁ……。お紅茶おいしい……。セドリック、この苺ジャム最高ですよ〜」
セドリックは新聞を読みながら
「ええ、アリアお嬢様が十日前から“ご病気のふり”をして舞踏会以降すべての招待状を無視している間に届いた、五通目の招待状にも苺の絵が描かれていましたからね」
「あれ、あのキース様からのやつ? あはは、こわくて読んでないです〜」
怖くて封も開けれない。
「やれやれ……。まぁ、どうせ次は鳩の足に爆弾でもつけて送りつけてくるでしょう」
その時――
ドンッ!
扉が開く音。屋敷の玄関に響く、重くも威圧的な足音
セドリックの新聞が止まり、アリアの手がぷるっと震える
「ななななに??」
使用人が奥から駆け寄ってきた。
「ア、アリア様! お、お客様が……!」
使用人の後ろから背筋が凍るような声が聞こえた。
「久しいな、アリア」
紅い薔薇のようなコートを翻して、キース伯爵が立っていた。
その背後には、黒衣の従者たちがずらり
平和だった日常が一気に崩れる。
「ひっ……! な、なんでご本人が……!?」
キースは静かに微笑む
「俺の招待を五回も無視するなんて……そんな貴族令嬢、見たことがないな?」
ビクビクしながらセドリックの後ろに隠れ小声で
「でも読んでませんし……こわいし……」
キースはにっこりとアリアに目線を合わせる
「じゃあ、俺が直接言いに来てやったんだ。……“次は無い”ってな?」
アリアの手に持ってたスコーンが手から滑り落ちる。
セドリックはため息をしながら新しい紅茶を淹れに行く。
「……お嬢様、お茶のおかわりを。ついでに心臓にもミントティーを」
キースがアリアの手を取り、片膝をつく
「覚悟はできてるか? 今度の招待状は……お前の心に、直接届けてやるよ」
「や、やっぱり怖いです〜〜〜!!」
その場から逃げ出したいアリアだった。
重たい空気をまとって屋敷に現れたキース。従者たちは一歩も動かず、視線すら動かさない
アリアの顔はひきつりながらも、なんとか笑顔を作る
「えっと……ごきげんよう、キース様。わざわざのご訪問、恐縮です……」
キースは静かに近づき、テーブルの端に指をかける。指先で、ぽつんと置かれていた苺のスコーンを押し出す
キースは低い声で
「……もう我慢の限界なんだけど?」
アリアはびくっとしながら恐る恐る聞く。
「な、何を……?」
「お前を攫いに来た。……次は絶対、俺の屋敷に来させる。それも、帰さないつもりでな」
沈黙。空気が張りつめる
だがその中で、アリアは小さく一歩、前に出た
震えるけど、真剣な瞳
「……あ、あの……! わ、私……っ……怖がってばっかりじゃダメなんです……っ」
セドリックは驚いたように眉を上げる
「……!」
アリアは深呼吸して、笑顔をつくる
「よ、良ければ――中庭で、お話でも……いかがですか?」
少し俯いて、それでも真正面から言葉を絞り出す
「お、お紅茶も……お、おいしいです……よ?」
その声は少し震えていた。
キースはふっと表情を緩める。だが、その目の奥は冷たく光ったまま
「……面白い。ようやく、こっちを見たな?」
キースはアリアの手をとり、まるで貴族のダンスの始まりのように軽く口づける
「じゃあ、今日は“話す”だけにしてやる。……覚悟しておけよ。次は、もっと近くなるから」
春の陽射しが降り注ぐ中庭。花々が咲き誇るテラスには、小さなティーテーブル。セドリックが既に準備を整えていた
アリアとキースが並んで座る……けれど、距離は妙に近い
そこに少し眉をひそめたセドリックがテーブルにティーカップが置かれた。
「お嬢様、紅茶です。カモミールにしておきました。リラックス効果が……必要そうですので」
「ありがとう……」
アリアはこくこく頷き、カップを持つ手がぷるぷる震えている。
キースは紅茶には一切触れず、アリアをじっと見つめていた
「こうしてお前と2人っきりでまともに話すのは……初めてだな」
アリアはそわそわしながら
「ま、まぁ……前は、ちょっと壁際とか、あの、脅迫状とか……」
キースはクスッと笑う
「怖がってるくせに、ちゃんと話そうって言ったのは……初めてだ。可愛い顔して、意外と肝が据わってるな?」
「そ、そそ、そんなことは……! わたし、ただ……!」
「“ただ”?」
キースがテーブル越しに身を乗り出す。リーナの手に、指先がふれる。
アリアの触れた指先がびくっ
「……ただ……ちゃんと、向き合わなきゃって……」
キースの目が、ふっと細められる。いつもの冷たさとは違う、どこか試すような視線
「……向き合って、どうするつもりだ?」
「ちゃんと、お話して……わたし、キース様と仲良くなります……貴族令嬢ですから……!」
遠くから見守るセドリック
「――ようやく、その自覚を……!」
キースは微笑を浮かべる。だがその奥に、確かな独占欲を宿して
「じゃあ、今からたっぷり話そう。俺のことも……お前のことも」
アリアはその微笑に、またそっとカップを口に運んだ。
「……は、はい……っ」
紅茶を飲み終えた頃、沈黙が訪れる。けれど、それは居心地の悪いものではなく、どこか柔らかく静かな時間
アリアがふと思い出したようにキースを見つめる
「あの、キース様って……お好きなもの、あるんですか?」
カップを持ち直しながら、ぽやっとした笑顔
その瞬間、キースの目が一瞬だけ揺れた。ほんのわずか、だが確かに
「……なんで、そんなことを聞く?」
「さっき、“お互いのことを話そう”って言ってたから……えへへ」
無防備な笑顔。悪気は一切ない
キースはしばし沈黙したのち、低く小さな声で
「……静かな場所と、鋭い剣。それから……」
アリアに視線を向けたまま
「……ぽやっとしてて、自分がどれだけ危険か気づいてない、間の抜けた貴族令嬢」
「……え?」
一瞬きょとんとしたのち、真っ赤に染まる頬
「そ、それって、もしかして……わ、わたしのことですか!?」
キースはくすっと笑う
「どうだろうな?」
その笑みに、アリアはますます赤くなって、カップで顔を隠す
セドリックは物陰から
「……いけません、お嬢様。調子に乗ってきました、あの黒王子」
夕陽が差し始めた庭園の小道。アリアはキースと連れ立っていた。
セドリックはすっとアリアの横に出て
「お名残惜しいところ失礼いたしますが、お嬢様はもうお帰りの時間です」
「あっ……えっと、その……今日はありがとうございました!」
ぺこっと頭を下げようとした瞬間――キースが歩み寄ってくる。距離がまた、近い
「ああ……でも、最後に一つだけ聞きたい」
「――“また来る気はあるのか?”」
「えっ……」
キースの瞳は真剣で、いつもの意地悪さとは違う何かが滲んでいる
「……ま、また……?」
キースはふっと笑う。けれどその笑みは、どこか哀しげにも見えた
「お前が来ないなら――また俺が迎えに行く」
「………………ッ!」
アリアは一瞬、言葉を失う。
キースがそっとアリアの髪に触れ――
「今度は“招待状”じゃなく、“命令書”かもしれないな」
そう言って、ひらりと踵を返して去っていく
ぽかんとするアリア
「…………」
屋敷に戻りキースの事を思い出す。
「はぁ……なんだかすごく緊張したけど……ちゃんとお話、できたかな……?」
セドリックはやや無表情で
「途中、まともな会話だったのは十秒にも満たなかった気がいたしますが」
アリアはむーっと唇を尖らせ
「ちゃんと頑張ったのに!」
セドリックはアリアに、ぼそっと
「……あれはもはや“恋の襲撃予告”です、お嬢様」
真っ赤になりながら
「な、なんでそんな言い方するの〜〜~」