黒薔薇のティータイム
アリアはキースの案内で、小さな温室風のサロンに通された。
壁一面に咲く深紅の薔薇と、飴細工のような香りが漂う空間
テーブルには見たこともないスイーツがずらり
「……っ、すごい……っ! きらきらしてる……! なにこれ、宝石みたい!」
目を輝かせて、ケーキに顔を近づけるアリア
セドリックは即座に横から
「お嬢様、まずはご挨拶を。スイーツの香りに気を取られるのは五歳児までです」
「う……っ、しょんぼり……」
その様子を見て、キースはくすりと笑う。
「遠慮せずに食べるといい。……今のところ、毒は入ってないからな?」
意味深発言にビクッとなるアリア。
「“今のところ”……って何ですか!? い、いただきますけども!」
(ぱくっと一口)
「んん〜〜〜! おいしい〜〜〜!」
ころころとした声で幸せそうに笑うアリアを、キースは肘をついてじっと見つめる
キースがぼそっと聞こえるか聞こえないかの声で
「ほんと、警戒心のない顔だな。……食われるぞ?」
「えっ? スイーツが? 私が? どっちが食べられるんですか!?」
焦るアリアを見てセドリックは
「“両方”と答える気配を察知しましたので、私は隣に座らせていただきます」
アリアの隣にすっと腰かけるセドリック。その動きに、キースの眉がわずかに動く
「……なるほど。過保護な執事だな」
「お嬢様がご無事でいてくださればそれで」
アリアはケーキを食べながら
「どっちも怖いですぅ…楽しく食べましょう〜〜」
「見事な鈍感力……さすがです」
ぴくっと反応するキース。
「はァ!? 誰が“どっちも”だ!俺とアイツを一緒にすんな!」
冷静なセドリック
「せめて順位つけてくださいよ、お嬢様」
「“も”に含まれたことに対しては、全力で抗議させていただきます」
「えっ、あ、あのっ……そういう意味じゃなくて……!」
「だったらどっちが怖いんだ?あァ?」
「選びようによっては、今後の人生が決まりますよ?」
「え、ええええぇ〜!? ど、どうしてそうなるの!?」
「わ、わたし何か悪いこと言いました!?」
「全部だよ!!」
「全部です!!」
キースとセドリックの息ぴったり。
その場の空気が和み始めた。
「美味しいかった〜」
温室の中、満足気にゆっくりとアリアが紅茶に手を伸ばす――その瞬間だった
ガタン
「わっ……!?」
椅子がきしむ。
アリアのすぐ横に、キースが移動していた。
「……紅茶、好きか?」
囁くような声が耳元に落ちる
「っ……ちょ、ちょっと近いです!」
身をよじるが、キースはテーブル越しに手を伸ばし、アリアの紅茶カップを奪われた。
「ずいぶんと楽しそうに飲んでいたな。そんなに美味しいのなら――俺にも味わわせろ」
そう言って、アリアの唇が触れたばかりのカップに口をつける。
わざと音を立てて一口飲むと、意味深な笑みを浮かべた。
「……悪くない。君の残り香が移ってるせいかもしれないが?」
「なっ……!? そ、そんなの失礼ですっ!」
「失礼? じゃあ、君は俺に“触れさせる価値がない”とでも言いたいのか?」
「そ、そんなこと言ってませんっ!」
横ではセドリックが、ため息をつきつつも冷静に紅茶を口に運びながら、小声でぽつり。
(やれやれ……紅茶も命がけですね、お嬢様)
「……ほら。口移しじゃないだけ、まだ優しいだろ?」
「ななななにを言ってるんですか!?」
ぷしゅーっとアリアの顔が真っ赤になる
セドリックがすっと割って入り
「キース様、それ以上近づくと――私の紅茶が飛びますが?」
セドリックの手には、完璧な所作で注がれた紅茶カップ。
その角度は明らかに“投擲”を狙っている
キースは肩をすくめて
「怖い執事だ。……まあ、いい。今日はこれくらいにしてやる」
立ち上がり、アリアの頬に一瞬だけ触れる。冷たい手のひら
「また来いよ。……逃がさないから」
そう言って、彼は背を向けて去っていく
アリアは小声で
「い、今のって……怒られてました? 脅されてました……? それとも、口説かれて……?」
セドリックは紅茶を啜りながら
「全部ですね」