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焼きたての恋心、そして黒い影

 書斎での“謝罪失敗イベント”を終えて、アリアは重たい気持ちのまま屋敷の廊下を歩いていた。


 セドリックの言葉がじわじわと心に刺さる。

「……無自覚な爆弾魔って……ひどい……」


 と、そんな時だった。

 すれ違いざま、やわらかくも低く響く声が背後から届く。

「珍しいですね、アリア嬢。こんな所で会うなんて」


 アリアがぴくっと立ち止まって振り向くと、そこにはきらびやかな紋章入りのマントを羽織った、優雅な佇まいの男性が立っていた。


 深いダークブルーの瞳。すっと通った鼻筋。いかにも“貴族らしい貴族”といった雰囲気。


「あ……お久しぶりです、グレイソン様」

 オルトリクス侯爵家の三男。歴史ある貴族でとても優しくて、グレイソン様主催の紅茶会に通うのが楽しみ。


「まさか、こんな時間にキース伯爵の屋敷の中を歩いておられるとは。何かあったのですか?」


 侯爵は優しく微笑んだが、その目はわずかに探るような光を宿していた。


「い、いえ……ちょっとその……お詫びを……」


「お詫び?」


「その……うまくいかなかった感じで……」


 言葉を濁すアリアに、グレイソンはくすりと笑う。

「どうやら、キース伯爵を振り回したようですね?」


「そ、そんなつもりじゃないんですけど……」


「ふふ……あの方は真面目だから、貴女のような“自由な風”には翻弄されるでしょう」


 グレイソンは片手を胸に添え、少しだけアリアの方へと身を傾けた。


「でも、だからこそ……惹かれてしまうのかもしれませんね。彼も」


「えっ……?」


 アリアがぽかんとした顔を浮かべると、グレイソンは意味深に笑い、

「今度、我が屋敷に遊びに来てください。君のために、特別なお菓子とお茶をご用意しますよ」


「……っ!!」

 胸を押さえ、目をぱちぱち

「えっ、え……それって、わたしだけの……? で、でもお邪魔じゃ……」


「君が来てくれたら、私はとても嬉しい。迷惑なはずがありません」

 さらなる追い王子スマイル。圧倒的破壊力


「……ぁ、えと、あの……はいっ! ぜひ行かせてください……!」

 

「ふふ、約束ですよ。では、良い夜を。アリア嬢」

 すれ違いざま、軽く手を振って去っていった。

 優雅に去っていったグレイソンの背を、アリアはしばしぽかんと見送っていた。


 その横で、じとーっとした視線を送っている人物が一人。


「……なんですか今のは?」


「ひゃっ!? セ、セドリック!? いつからいたの!?」


「最初からですけど? ていうか、隣にいたのに気づかないとは……お嬢様、相変わらず危機管理が甘いですね」


 腕を組み、眉をしかめながら言うセドリックの声は、どこか呆れ混じり。


「えーっと、ただのご挨拶だと思う……たぶん……?」


「たぶん、で済ませるところが既にアウトです」


「うぅ……」


 セドリックは深くため息をついたあと、すっとアリアに目を向ける。


「それにしても、お嬢様。あのキース様との件も、グレイソン様とのやり取りも……どこまで無自覚で人を振り回すおつもりです?」


「え……わ、わたし振り回してる……?」


「ええ、特大級に」


 ずばっと言い切られて、アリアはしゅんと肩を落とす。


「……もう今日、家から出たの失敗だったかもしれない……」


「ようやく自覚なさいましたか」


 そんなやり取りをしながら、セドリックはアリアの隣にすっと並び歩き出す。

 その背筋はまっすぐで、どこか心配そうな色を帯びていた。



 ーーー数日後、グレイソン私邸――王都郊外の瀟洒な洋館。

 アリアは美しい馬車から少し緊張した面持ちで降り立つ

「わ、わあぁ……お、お屋敷広い……お庭に噴水がある……!」


「はしゃぎすぎです、アリアお嬢様。お行儀よくお願いしますよ。今日は“お客さま”なのですから」


「う、うんっ……!」


 扉が開き、グレイソンが優雅に現れる


「ようこそ、アリア嬢。今日は来てくださって嬉しいです」

 にっこり王子スマイル


「お招きありがとうございます。あ……う、嬉しいです、来られて……!」

 顔真っ赤なアリアの後ろで、セドリックが深いため息。


「……お気遣い感謝いたします、グレイソン侯爵様。アリアお嬢様は全力で“巻き込まれ属性”なので……」


「ええ、そこが魅力でもありますから」

 動揺しない笑顔で答える。


 セドリックの感では(グレイソン様、天然タラシですねこれは)そう見極めていた。


 案内されたサロンでは、見たこともない宝石のようなスイーツたちがテーブルに並ぶ



「ええっ!? なにこれっ、キラキラしてるっ! これ食べられるんですか!?」

「もちろん。アリア嬢のために、特別に菓子職人を呼んで用意しました」

「す、すごい……王子様ってほんとに王子様なんですね……」

 感動のあまり口から漏れる素直な一言

 後ろからセドリックが小声で

「……あなたが“ぽやぽや”だから、王子様が手間をかけてしまうのです……」


「えっ?」

「いえ、こちらの話です」

 スッとアリアの後ろで見守るセドリック。


 スイーツに夢中で話の半分も聞いてないアリア。

 ティータイムのあと、グレイソンがアリアを庭に誘う


「わぁー、綺麗な庭ですね」

 広い庭を眺めるアリア。

「こちらのバラは、この季節には珍しい花なんですよ。よければ記念に一輪、選びませんか?」


「良いんですか?」

 アリアが選んだ小さなピンクのバラ。グレイソンがそれをそっと髪に飾る


「……よく似合います」

「え……」

 心臓が跳ねて、思わず目を伏せる


 セドリックは遠くから見守りつつ

「……っ、これはもう、完全にフラグが立ってしまいましたね……」

 肩を落としながらも、しっかりアリアの無防備さに目を光らせていた。



 帰り際――馬車へと向かうアリアとセドリック。


 グレイソンが名残惜しそうに手を取る

「今日は、本当にありがとうございました。……また、お会いできるのを楽しみにしています」


「こちらこそ……すっごく楽しかったです……!」

 目がうるうる、きらきらのアリア。


 ――その空気を裂くように、屋敷の門前から鋭い声

「随分とご機嫌な様子だな、アリア嬢」


 振り向くと、そこに立っていたのは――漆黒の礼装をまとった、鋭い眼差しの男


「……キース様!?」


「……ここは私の私邸です。勝手な訪問は礼儀に反しますよ、キース殿」


「ふん、王子様のご高説ありがたく拝聴しよう。

 ただし――俺の用は“ぽやぽや嬢”の方だ」


 ずかずかと歩み寄り、アリアの腕を無造作に掴む


「まさか、本気で王子様の甘言にほだされたわけじゃねぇよな?」


「な、なに言って――っ」


 セドリックがアリアの前に出て

「お手を離していただけますか、キース様。お嬢様は今、私が預かっております」


 セドリックを一瞥して鼻で笑う


 その言葉に、アリアの表情が曇る――が、すぐにふるふる首を振る


「キース様、わたし……っ! 花嫁侯爵とかそういうの、本当に興味ないんです!」


「……は?」


「お菓子につられたのは事実ですけどっ……! でも、誰かのものになりたいとか、全然考えてなくてっ!」

 真剣すぎる顔でキラキラ目線。全力で“違います”を伝えるアリア


 グレイソンも、キースも一瞬黙る


 キースはぽつりと

「……お前、ほんと面白ぇな」


 ふっと笑って手を離す。背を向けながら


「まぁいい。次は俺の屋敷にでも招待してやるよ。……ちゃんと“特別な菓子”も用意しといてやるから、な」


 言い捨てて去っていくキースの背中――

 グレイソンがそっとアリアにハンカチを差し出す。

「……少し、怖かったですね。大丈夫ですか?」


「……はい」

(……スイーツの味どんなのか忘れちゃったよ……)

 先程まで楽しでいた事や、お菓子の味もぶっ飛んでしまった。

 夜の静寂を破るように、アリアはグレイソン私邸の洋館を後にした。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

 眼鏡の奥の瞳が不安に見えた。


「…………」ショックで言葉が出ないアリア



「まったく……。人騒がせな騎士様ですね、あの方は」


 そして——

 アリアはようやく、安心できる場所へと帰ってきた。


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