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令嬢と執事と舞踏会

アリア・セレフィーヌは、数十年に一度訪れる皆既日食の日、その瞬間に生を受けた。

古くから伝わる伝承によれば——

“皆既日食に生まれた乙女は、聖剣の加護を受けし者。

その存在は国の希望であり、平和の象徴である”と。


生まれながらにして特別な名を背負ったアリア。

だが、当の本人にその自覚はなく、今日ものんびりと紅茶をすすり、

「ずっと実家でまったりしてたいなぁ」と呟くのだった——。


この物語は……

天然で少しぽやっとした貴族令嬢アリア。

彼女の平凡な日常は、ある日突然の招待状と共に終わりを告げた。


スイーツに釣られて足を踏み入れた舞踏会で、アリアが出会うのは、甘く危険な運命の歯車。

そしてその運命は、ひとりの少女を聖剣の乙女へと変えていく。


胸の奥がざわつくのは、甘い恋のせい? それとも――。


―――中立国、エルンハイム。

大陸の北東部。山と深い森に囲まれた自然豊かな小国。

ごくごく普通の、とある屋敷。

 部屋の扉をノックする音。

 控えめに開いた扉の向こうから、きっちりとした服装のセドリックが現れる。

「アリアお嬢様。お目覚めの時間です」


 カーテン越しに差し込む朝の光と共に、穏やかな声が部屋に響く。


「ん〜……あと五分……」


 ベッドの上でくるんと丸まったまま、アリアはふにゃりと笑う。絹の寝間着にくしゃっと癖のついた金の髪。典型的な「朝に弱い貴族令嬢」だった。


「五分が三十分に伸びた結果、前回の紅茶会に遅刻なさいましたよ」


「う……セドリック、今日何かあったっけ?」


「ええ、隣国アグラディウス王国より花嫁候補を集めた舞踏会の招待状が届いております」

「んー……それって、つまり……」

 半分寝ぼけ顔のアリア。


「はい。参加貴族の中から花嫁を選ぶ、という建前の“政略結婚市場”でございますね」

「興味な〜い。なんでわたしがそんなのに行かなきゃなの?」

「……予想通りの反応、ありがとうございます」


「このまま、セドリックにずっと面倒みてもらうからいーの」


 うつ伏せで枕に顔を埋めたまま、アリアはぶんぶん首を振る。セドリックは深いため息をつきながら、軽く咳払い。

 セドリックは冊子を取り出す。

「……なんでも見たこともないスイーツが用意されているとか」


「スイーツ!?」

 跳ね起きるアリア。その勢いで毛布がふわっと舞った。

「ねぇねぇ、それってどんなの!?チョコがバラの形してたりとか!?ジュレが宝石みたいにキラキラしてたり!?」

「さあ、詳しくは届いた招待状にも記載がありませんが……“この世のものとは思えぬ菓子”とのことです」

 瞳を輝かせて「行く!それ、行きますっ!」


「まさか、そこに反応されるとは……」

 眼鏡をクイッと上げながら、セドリックは静かに微笑む。

「まったく……本当に、スイーツのためだけに……」

「……伯爵様の魅力では靡かず、未知の甘味に飛びつくとは。さすがです、お嬢様」


 呆れたような顔をしながらも、セドリックはアリアのためにドレスの手配を始めるのだった。



 アリアの朝は、いつも通り――騒がしく、そしてどこか愛らしい。



 ――夜。隣国の煌びやかな舞踏会場。


 煌びやかな灯りに照らされた大理石の階段を、一歩、また一歩と踏みしめる。


(……ちょっと顔出して帰るだけ。うん、踊りなんて絶対しないし、伯爵にも話しかけない。というか話しかけられたくない!)


 そんな決意を胸に、アリアは会場の扉を潜った。


 目の前に広がるのは、まるで異世界のような光景だった。

 貴族の令嬢たちが宝石のようなドレスに身を包み、優雅に笑い合う

 美しい衣装に身を包んだ貴族たちが、ワルツの音楽に合わせて舞う。

 シャンデリアの光が、床にきらきらとした模様を描き、壁に飾られた絵画も、どこか厳かな威厳を放っている。


(すごい……)


 思わず、アリアは小さく息を呑んだ。


 純白のシルクドレス。優雅に流れるようなラインが、彼女の細身の体を包み込み、まるで花のように清らかな印象を与えていた。ドレスの裾は軽やかに広がり、歩くたびにふわりと舞う。上品なレースが胸元を飾り、微かに光るビジューが月光のようにきらめいている。


「……変じゃない、かな……?」


「いいえ、とても素敵です。貴女はどこに出ても恥ずかしくない淑女ですから。」


 セドリックが優しく微笑む。

 その笑顔に少し安心しながらも、アリアの心は落ち着かないままだった。


「……わぁぁぁ〜……スイーツの山!!」


 見つけた瞬間、少しだけ顔が明るくなった。

 小さく安堵の息を吐きながら、アリアは人目を避けるように、そっと甘い香りのするテーブルへと近づいた。

 色とりどりのケーキや、果物の砂糖菓子。

 見ているだけで、張りつめていた心がふわりと緩む。

 入場早々、目を輝かせてデザートテーブルへまっしぐら


 心配そうにアリアの後ろを歩くセドリック。


「……他の令嬢が伯爵に視線を向ける中、スイーツに突撃するのはあなただけです、お嬢様」


「このマカロン、羽根みたいに軽い!」

 マカロンに無垢な笑顔で幸せそうに食べているアリア。

「……お嬢様、口にクリームが……いえ、拭きます」

 さりげなくハンカチで拭き取る


 スイーツを楽しんでるアリアにぴたりと耳元で、低く冷たい声。


「……ふん、やっと来たか」


 アリアが驚いて振り向くと、そこには長身で黒髪の青年が立っていた。

 美貌と冷酷なオーラを纏ったその男こそ舞踏会の主役。

 キース・アークレイン伯爵。


「えっ……?」


 周囲の空気が一変する。静寂が広がり、誰もがその男に目を向けた。まさに「黒の騎士」の名にふさわしいものだった。黒いマントが風に揺れ、彼の周囲に微かな影を落とす。


 ——キース伯爵と目が合った。


 黒曜石のような瞳。

 冷たく光るその視線に、アリアの心臓が跳ねた。


「君か。招待状を無視し続けてた、アリア嬢だな」


 まっすぐアリアを見る。

 その容姿も、存在感も、まるで絵から抜け出たようだった。


「は、はい……」


「君には会ってみたかったんだ。なにせ、花嫁候補の中で唯一、俺との婚姻を“拒否してる”らしいからな。」


「……っ!」


 ざわつく会場。アリアはたじろぎながらも、なんとか言葉を絞り出す。


「わ、私……結婚には興味がなくて……っ、ただ、実家で静かに……」

 たじたじに話すアリアに苛立つキース。

「ふん、つまり——俺のどこにも、魅力を感じないと?」


 キースの声は静かだったが、その目には挑発の光が宿っていた。


 (やっぱり……来なきゃよかった……!)


 けれど、もう逃げられない。

キースの目が、確かにアリアを捉えていたから。

 アリアが答えに詰まった、その瞬間。


「踊ろう」


「え?わたし!?でも、まだケーキが……」

 後ろに控えてるセドリックが小声で伝え、そっと背中を押す

「……お嬢様、ケーキは逃げません」


 強引に手を引かれたアリアは、そのままキースとダンスを始めていた。


(な、なにこの人……っ!)


 初めての舞踏会。初めてのダンス。

 そして、初めての、心臓の高鳴り。

(えっ、本当に踊るの……!?)


 戸惑う間もなく、優雅な旋律が響く会場。

 その中心に、自然と二人の空間ができあがる。


「足は俺が合わせる。だから、目を逸らすな。」


「そ、そんなこと言われても……っ!」

(怖くて目が合わせられないよ……)

 言葉とは裏腹に、アリアの身体はキースの導きに委ねられていく。


 彼の手は冷たくも、安心感があり、腰に添えられた腕にふと力が入るたびに、アリアの鼓動は早まっていった。


(近い……。なんでこんなに近いの……!)

(早く終わって)と祈るだけだった。


「顔が赤いな。そんなに緊張してるのか?」


「う、うるさいですっ……っ!」


 くるりと一回転。

 その瞬間、ドレスの裾がふわりと舞い、アリアの笑みがこぼれた。(やっと終わった……)

 音楽が静かに途切れ、アリアはふわりとスカートの裾を摘まんだ。

 つま先を揃えて一歩引き、

 長い睫毛を伏せながら、しとやかに腰を落とす。


 深く、優雅に。

 その場から逃げようと歩き出したその瞬間、ぐいっと腕を掴まれた。

「……!!」


 会場の隅――


 人目の少ない柱の影に引き込まれる

「ちょ、ちょっと!?なに!?」


「なに、じゃない。おまえ、舞踏会ってどういう場かわかってるのか?」

「え……えっと……花嫁候補の……でもわたしはスイーツ目的で……」

 正直な返答に、キースの眉がピクリと動く


「……やっぱりバカか。政略も駆け引きも全部スルーして、菓子に釣られて来るとはな」

「だって……美味しそうだったし……」

 しゅんとするアリアの目を、キースがじっと見つめる。

「“俺に”隙を見せるなって言ってるんだよ」


 顔がぐっと近づく


「あ、あの、近い、です……!」

 顔を真っ赤にしながら目をそらす


「逃げんな。――その顔、気に入らねぇ」

 指でアリアのあごを軽く持ち上げる


「な、なにをそんなに怒ってるのですか……?」


「……知らねぇよ。自分でもムカつくんだ、そうやって無自覚で、俺の目に入ってくるのが」


 そう言って、アリアをじっと見つめたまま、ふいっと背を向けて歩き出すキース


 きょとんとした顔のアリア

「……え、なんだったの、今の……」


 この出会いでアリアの運命は、大きく動き始めることになる。

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