もう一人のルームメイト
もう去年の話になっちゃいますが(笑)、年末に「なろうラジオ大賞」に応募しようと『ルームメイト』のお題で考えたのがこのお話です。しかし「1000文字以下」の壁をどーしても越えられずに応募できなかったのですが、まあ、書くだけ書いて、投稿することにしました(笑)。
思いっきり、バカバカしくて、くだらない話です。『もう一人のルームメイト』がどんな人か予想して読んでもらって、笑ってくれたらサイコーです。
私、南部佐智子は悩んでいる。目の前に座っている女性を見ながら、「このひとをルームメイトにしちゃっていいのかなぁ?」と。
この春、私は念願の大学に合格した。家からそう遠くはないけれど、毎日通えるほどではない。そこで、大学近くの物件を探しまくり、格安の3DKアパートを見つけた。格安とは言え3DK。一人で家賃を払うつもりはない。大家さんの了解を取り、大学の入学前新入生交流サイトでルームメイトを二人募集した。
で、応募してきたのが目の前にいる高槻美妃那さん。いま、ルームメイトを選考する面接を終えたところだ。話をしてすごく楽しかった。おしゃべりが上手で知識も豊富、そして常識は普通にある。少なくとも、夜中に友人を部屋に呼んでバカ騒ぎするような人ではない。
「友達になりたい」とは思うのだが……話していて感じるんだよねぇ……この人は「変な人」だと……ルームメイトにしちゃっていいのかなぁ? 友達なら、ヤバい人だったら距離をおけばいい。だけど、ルームメイトにしたら、毎日のように顔を合わせることになるし、よっぽどのことがない限り、「部屋を出て行ってください」とは言えないし。
それから、美妃那という、ちょっと変わった名前も気になる。やっぱり、「ビーナス」から来ているのかな? たしかに、美の女神にエコヒイキされているんじゃないか、って感じの美人ではあるのだけど。
「ねぇ、なんで美妃那っていうの~?」って、とっても聞きたい。だけど、まだ友達でもないのにそんなこと聞けないよなぁ。もう少し親しくならないと……
「……わかりました、高槻さん。私とルームメイトになってください」
あ~、言っちゃったぁ。
「ありがとうございます。それで、もうひとつのお願いの方は?」
高槻美妃那はニッコリと笑ってそう言った。
「ああ、もう一人のルームメイトを高槻さんが紹介してくださる、ってお話ですよね?」
「はい。わたし、ぜひその人とルームメイトになりたいんです。今日、一緒に来たかったんですけど、都合が悪くって……」
「同じ高校の方なんですよね?」
「ええ、クラスは違ってたんですけどね。とっても可愛い人なんですよ。南部さんもきっと気に入ってくださると思います」
いやぁ、ルームメイト選びに、可愛いかどうかは関係ないんだけどなぁ……まあ、とにかくだねぇ……
「さきほども言いましたけど、やはりご本人にお会いしないと。後日、お会いしてからルームメイトになってもらうか決める、という事でよろしいですよね?」
私が言うと、高槻さんは嬉しそうに笑い、
「ええ、はい、もちろんですよ。でも、それならもう決まったようなものですね。わたしがOKで、あの人がOKじゃない、なんてことは論理的にあり得ませんから」
ん? 論理的にあり得ません? 変な言い方するなぁ。紹介してくれる人がものすごくいい人、ってことかなぁ……まあ、いいや、会ってみればわかることだし。
「それじゃあ、高槻さん、春からルームメイトですね。よろしくお願いします」
私がイスに座ったままで軽く頭を下げてそう言うと、
「は~い」
高槻さんはそう答えた。そして、イスからすっと立ち上がると、くるりと体を一回転させてから、右手を前に差し出し、
「ビ~ニャでぇ~す。よろしくお願いしまぁ~す」
そう言った。それから、「やったぞ!」と言わんばかりの顔で拳を握りしめ、満足そうにイスに座り直した。
私は、眼の前で行われたことの意味が理解できずに、達成感に満ちた顔をしている高槻さんを呆然と見ていたが、少ししてやっと声を出せた。
「……あの、高槻さんはアイドルを目指しているんですか?」
「いいえ、そういうことではないのですよ」
高槻さんは、得意げな顔でそう答え、
「ほら、わたしって、地方の人間でしょ? それでね、こちらに出てくるということで『家族会議』が開かれまして、『都会で大学生をやるなら、これくらいはできないとナメられるぞ』という結論に達したんです。それで、家族みんなで考えて練習したんですよ」
楽しそうに言った。
ああ、「家族会議」ですか……地方の人たちって、都会での学生生活になんか誤解があるのかなぁ……そんな変な方向に頑張らなくてもいいと思うんだけど。しかし、やっぱり高槻さんって変な人だった……タメ息をつきたいのこらえながらそう思っていると、
「あの~、お願いがあるのですが……」
高槻さんが言った。
「はい、なんでしょうか?」
「わたしのこと、下の名前で呼んでくれませんか? そうしないと、お互いに困ると思うんですよね」
なるほど、「美妃那」って呼んで欲しいってことか。まあ、ルームメイトになるんだからそのほうがいいかな。でも「お互いに困る」ってなんだろう? 苗字で呼び合っても生活に支障はないと思うが。それになぁ……
「そうですね。ルームメイトになるんだもの仲良くしたいですよね。でも、私、まだちょっと恥ずかしいので……少し待ってもらえますか?」
「ああ、ごめんなさい。いきなり過ぎましたね。では、また今度お会いした時にでも。よろしくお願いしますね、佐智子さん」
高槻美妃那はそう言うと、優雅に微笑んだ。
それから数日が経過し、私の眼の前に「もう一人のルームメイト」の候補者が現われた。
私は、時間が巻き戻されたような感覚に襲われている。面接をしているのは、高槻美妃那を面接したのと同じ3DKアパートのダイニング。そして、眼の前に座っているのは高槻美妃那その人……にしか見えないからだ。眼の前の女性に「ナニをふざけているんでしょうか?」と言いたいところだが、そうもいかない。その女性から少し離れて座っている人が、高槻美妃那と名乗ったので。
「高槻詠那です。よろしくお願いいたします」
私の眼の前の女性は、そう言って頭を下げた。
「……あの、高槻さん」
私が慌ててそう言うと、
「はい、なんでしょうか?」
眼の前の高槻詠那が答えた。
「いえ、あの、そうではなくてですね……」
私は混乱しながらそう言い、高槻美妃那に「お互いに困るから下の名前で呼んで」と言われたことを思い出した。あ~そうね。これは困るわ~。
「あの……美妃那さん」
私がそう言い直すと、高槻美妃那と名乗った人がこちらを見た。
「えっ、わたしですか? 今日は詠那の面接ですよね。わたしが発言してもよろしいのでしょうか?」
「はい、発言を許可しますよ」
私がそう言うと、美妃那は嬉しそうに、座った姿勢のままでイスを持ち上げ、詠那の隣に移動した。
二人が並ぶと、まったく同じ顔。見分けがつかない。そして名前が、高槻詠那と高槻美妃那だと?! いろいろと言いたいことはあるが、まず、とりあえずは……
「あの……お二人は『双子』なのですよね?」
私がそう聞くと、
「はい、そうです。わたしたち双子なのです。詠那は美妃那より6分23秒早く生まれたので、お姉さんなのですよ」
と、詠那が答えた。
「……はあ、そうなんですね」
と私が言うと、美妃那がクチをはさんできた。
「美妃那は6分23秒長くお母さんのお腹の中でノンビリしていた妹なのです」
さらに、間を置かずに、
「詠那は双子ですけど、星座は双子座じゃなくて乙女座なんですよ~」
詠那が言い、
「美妃那も、乙女座で~す」
美妃那が言った。そりゃあそうでしょうね。双子なんだから。そう思っていたら……
「わたしね、詠那だけど血液型はB型なんですよ~」
詠那が言い、
「わたしもB型で~す。美妃那なので」
美妃那が言った。
ああ、やかましいなぁ。姉と二人だからだろうけど、美妃那はこの前よりもずっとはしゃいでいる。発言を許可するんじゃなかった。だけど美妃那には、話してもらわなきゃならないことがあるんだよ!
「あの、美妃那さん、ちょっと聞きたいんですけど……」
「はい、なんでしょう? 佐智子さん」
「なんで、ルームメイトにしたいのがお姉さんだって、言ってくれなかったんですか?」
「だって『同じ高校の生徒をルームメイトにしたい』って、わたしが言ったら、佐智子さんが『本人に会ってから決めたい』って言ったじゃないですか。だから、詠那の面接の前に、あまり詠那のことを話しちゃいけないのかなと」
「普通、いちばん最初に『姉をルームメイトにしたい』って言いませんか? 『同じ高校の生徒』とかじゃなくて」
「え~、だってわたしたち三人は、これから同じ大学の学生になるのですよ。話の流れとして、『同じ高校の生徒』から話すでしょ?」
え~、そうかなぁ? とは思うけど、なんか理屈は通ってる気がしてしまう。やはり、美妃那はおしゃべりが上手……って言うよりクチがうまい。
「それにしたって、双子のお姉さんだってことは話して欲しかったですけど……」
私が言うと、
「ごめんなさい。隠すつもりは無かったんです。けっして、サプライズを狙ったわけではないのですよ」
美妃那が言った。ああ、そうですか。サプライズを狙ったんですね……しかし、そうは言っても、美妃那の話をさえぎって、ルームメイト候補について詳しく聞こうとしなかったのは私だし、あんまり文句も言えないんだよなぁ……と反省していたら、詠那がクチを出してきた。
「佐智子さん、わたしね、美妃那とは三年間同じ高校に通ってましたけど、一度も同じクラスにしてもらえなかったんですよ」
ああ、それは美妃那も言ってたな。
「わたし、とっても悲しくて、寂しかったんですけど……しょうがないですよね。同じ顔がクラスに二人いたら、先生もクラスメイトも困ってしまいますものね」
詠那は続けてそう言って、微笑んだ。
ああ、なるほど。本日面接にいらっしゃった高槻詠那さんは、周囲の人たちに気を使う常識のある考え方ができるのですね。素晴しいです。だけどそれなら、同じ顔の二人がルームメイトになったら、もうひとりの私が困るって、なんで考えてくれないのでしょうか?
それから、詠那はそのまま話を続けた。よく考えたら――じゃなくて、考えるまでもなく、今日の主役は詠那なのだ。私はぼんやりと詠那の話を聞き続けた。
この前、美妃那に面接をしたときには、適当にあいづちを入れて、もちろん質問もしたのだけど、今日は黙っていた。だって、詠那の言葉に美妃那がすぐにクチをはさんできて、私が質問することなど残らないのだ。だけどまあ、文句を言うつもりもない。二人の話は楽しかったし、聞いていてよくわかった。この双子姉妹は外見だけじゃない、中身もほとんど同じなのだと。
「あの……佐智子さん、わたしに何かお聞きになりたいことはないのですか?」
詠那がそう言った。私が黙っているのが気になったらしい。美妃那もクチを閉じ、少しだけ笑みを残して私を見ている。こういう気づかいはできるんだよなぁ、この二人は。
「ああ、だいじょうぶですよ。特になにもありませんから」
私はそう答えた。だってねぇ、詠那は、美妃那と同郷で高校も同じ、家族も同じ、外見も同じで、中身もほぼ同じ……なのだ。もう今は、聞くことはなんてないでしょ? 私が今いちばん聞きたいのは、「双子の姉妹に『えーな』『びーな』なんて、ふざけた名前の付け方をしたのはどんなヤツなんだよ!」ということなんだけど……そんなこと、聞けるはずもない。
「それで……佐智子さん、わたしのことルームメイトにしていただけますか?」
面接を受けている詠那のほうから聞いてきた。
それも、ねぇ……この前、美妃那に「ルームメイトになって」と言ってしまったんだもの、ほぼ同じ人間である詠那を断る理由を思いつけない。美妃那が言っていた通りだ。美妃那がOKで、詠那がOKじゃない、なんてことは論理的にはあり得ない。
私としては、「変人の双子姉妹とルームメイトになんてなりたくない」と言いたいのだけど……今さらそんなの言えるわけがない。
私は本心を押し殺して、精一杯笑顔をつくり、
「もちろんOKですよ、高槻詠那さん。ルームメイトとして一緒にやっていきましょう。よろしくお願いします」
と頭を下げた。詠那はにっこりと笑い、
「は~い!」
と答えると、隣に座っている、鏡に映したようにまったく同じ笑顔の美妃那とハイタッチをした。そして、二人はイスから立ち上がると、見事なシンクロで体をくるりと一回転させてから、右手を前に差し出し、
「エ~ニャでぇ~す。よろしくお願いしまぁ~す」
「ビ~ニャでぇ~す。よろしくお願いしまぁ~す」
と声を揃えて言った。
……うん、やると思ってましたよ。「家族で練習した」って言ってたものね。
そして二人は、右手を前に差し出したポーズのままで、じぃーっと私を見つめている。はいはい、わかりましたよ。
「よろしくね、エ~ニャ、ビ~ニャ」
私がそう答えると、二人は嬉しそうに笑い、また声を揃えて、
「よろしくね、サチニャン」
「よろしくね、チコニャン」
と言った………のだけど、驚いた様子でお互いに顔を見合わせる。
「なにやってんのよ、ビ~ニャ。佐智子さんのことは『サチニャン』って呼ぼうねって、決めたじゃない!」
「いいえ、エ~ニャ。『サチニャン』じゃ当たり前すぎるから、『チコニャン』にしようって、わたしは反対しましたからね!」
私の目の前で、私の呼び名をどちらにするのか、真剣で熱い議論が始まった。
ふぅ~ん、なるほどねぇ。ほぼ同じ人間の二人でも意見が合わないことはあるのね……まあ、当たり前か、どんなにそっくりでも結局は別の人間だものね。
しかしね、盛り上がっているお二人には悪いんだけれど、まあ無駄な議論ですよ。私は『サチニャン』も『チコニャン』も断固拒否しますから。そんな恥ずかしい呼び名はお断りですからね。
私は、二人の言い争いを聞きながらそう思っていたのだが、くだらない議論にクチをはさむ気にもなれない。本当にど~でもいい議論を、熱く続ける二人を見ながら大きくタメ息をついた。
―― あ~あ、私の大学生活ど~なっちゃうんだろ?
話は新入学の季節でしたが、いささか早かったですね。前書きに記したような経緯があるので、許してください。春から新入学の方々、タイヘンだと思いますがガンバってくださいね。こんな話は、いっさい役に立たないですね。ゴメンなさい。