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翌日、クレアが目覚めると喉仏が見えた。ぼんやりしながら視線を上げると美男子の顔。なんだか既視感があると思いつつ、きっと夢だと思いクレア目を閉じた。しかし顔を温かい手で撫でられて今度こそ目を開ける。


「クレア、おはよう」

「……おはようございます、レイモンド様」

「うん。今朝食を持ってくるから待っていてくれ。支度はその後で大丈夫だから」


優しい声でレイモンドが言うと、クレアの額にキスをしてきた。一瞬何をされたのかわからなくて遅れて驚くと一気に覚醒する。


「ふふふ、まだ寝ぼけている?もう朝だよ」

「……はい、すみません」


顔を少し赤くしてレイモンドはクレアを愛しそうに見つめた。その感情に気づかないフリをしてクレアは誤魔化すように曖昧に笑った。





その後レイモンドと朝食を終えるとそれぞれパーティーの準備に取りかかった。クレアは全身をくまなく磨き上げられて香油を塗られる。とても優しいバラの香りで悪阻の酷いクレアでも問題なく付けることができた。しかし途中で悪阻がぶり返して昼食を摂ることもできずベッドで休むことを余儀なくされる。続々と集まる招待客へ挨拶をしなくてはならないのにそれもできず、結局パーティーが始まるギリギリまで控室で休んでいた。


そしてコルセットのない深緑のドレスを身に纏い、レイモンドにエスコートをされてついにパーティー会場へ足を踏み入れた。ちなみにレイモンドは正装で胸元のハンカチーフはクレアの瞳と同じ群青だ。まるで仲のいい夫婦である。

パーティーが始まってまず驚いたのはレイモンドのエスコートが格段にうまくなっていたことだ。つい先日の結婚式までギリギリ及第点というぎこちないエスコートだったのに今では公爵夫人にも劣らないエスコートになっている。公爵家に来てから約二か月、レイモンドのエスコートは進歩を全く見せなかったのにたった一日でここまで上達するなんて何があったのだろう。すぐ側にいる公爵夫妻はレイモンドの変わりように感動して涙目になっていた。レイモンドのエスコートの酷さを知っているラーク伯爵も驚いて彼を凝視している。なにがともあれ、クレアが転ぶ可能性が無くなったのは良いことだ。優しくクレアに微笑むレイモンドを少しむず痒く思いながらもクレアは素直に彼に体を委ねた。


そしてパーティーでの挨拶周りではじわじわと襲ってくる悪阻と戦いながらなんとか笑顔を張り付けて応じた。化粧で誤魔化してはいたが顔色は最悪だ。それでも何とかなったのはマナーも言葉遣いも付け焼刃なクレアにレイモンドが完璧にフォローをしてくれる上、クレアの腰を支えてくれていたおかげできちんと立っていられたのだ。もうレイモンドに五体投地したいほど感謝しかない。ただでさえ新郎新婦がやるべき準備ができなかったのに本番でも失態があったとなればいかに事情があっても評価は落ちる。公爵家だけでなくミルトン男爵家の教養も疑われるのでプレッシャーに押しつぶされそうだった。公爵家が主催なだけあって招待客はみんな上級貴族や隣国の大臣で、このそうそうたる顔ぶれに絶対に失敗はできない。ちなみにこの中で最も身分が低いのはミルトン男爵家で、遠目から見ても皆恐縮し固まっていた。

クレアなりにマナーやカーテシー等を一生懸命練習したが、生まれた時から上流階級を生きる人たちの貴賓に圧倒されて存在が吹き飛びそうだ。彼らの目にはクレアなどさぞお子様に見えただろう。でも意外なことに招待客たちは温かく優しい眼差しでクレアに接してくれた。特に夫人たちからはクレアの体調を気遣ってくれる優しい人ばかりでありがたい反面怖い。よくある嘲笑や見下し、あなたではレイモンドに釣り合わない!というようないびりがあるとばかり思っていたので拍子抜けだったりもする。招待客に未婚の女性はおらず、ほぼ全員が出産経験のある人ばかりなのでクレアの体調を気遣うのは至極当然のことだった。それに女性を一切近寄らせなかったあのレイモンドがクレアの腰をしっかり抱き、終始愛しそうに彼女を見つめているので二人への視線も自然と生温かくなるというもの。招待客たちがそんなことを思っているなんて粗相のないよう必死なクレアは全く気付かなかった。

招待客の中には当然王家もおり、このお披露目会に来たのはまだ学生の第四王子だ。本来なら王太子だった第一王子が来るはずだが、クレアたちが結婚する原因を作った張本人が来るわけがない。もし来るようならクレアは花瓶をぶん投げて追い出していただろう。そして王太子が不在の今、王家では第四王子を除いた三人の王子が王位継承を競っている状態だ。第四王子は学園の卒業後、同盟国の王女へ婿入りが決定しておりすでに王位継承権を放棄している。王家の中で公爵家へ祝いの言葉を述べても一番角の立たない人物だった。

そうやって招待客へ次々と挨拶をしていく中でとある侯爵にだけレイモンドの表情が消えた。確か公爵夫人の弟であるヴァロック侯爵だ。ヴァロック侯爵は夫人と子息の三人で来ており、これまでの招待客の中で最も簡易的で最低限の挨拶のみで終わってしまった。近い親戚なのに挨拶以外の言葉も交わさないなんて冷え切った関係だ。クレアはヴァロック侯爵について特に何も言われていないので何があったのか事情は知らない。でもヴァロック侯爵家から招待したのは子息だけだったはずだ。側にいる公爵夫人がヴァロック侯爵を睨みつけていたので夫妻は勝手についてきたらしい。さすがに招待されていないのに来るのはマナー違反である。侯爵夫妻は逃げるようにそそくさと退散していった。子息だけはレイモンドに丁寧に頭を下げると静かにその場を去って行く。レイモンドは複雑そうな表情をしながら去って行く子息の後姿を見つめていた。




招待客全員へ挨拶が終わる頃、クレアの体調は限界に達した。まともに立っていられずほとんどレイモンドに抱きかかえられている状態で気を失いそうだ。クレアはレイモンドに連れられて休憩室のベッドへ寝かせられる。


「お疲れ様、クレア。後は私に任せて先に休んでいてくれ」

「レイモンド様、申し訳ございません。結局挨拶しかできませんでした」

「クレアが謝ることなんてないさ。招待客に悪阻のことは伝えてあるし、パーティーの途中退場も珍しいことじゃない。皆クレアのことを高く評価していたし上々だ。ミルトン男爵夫人と義姉君を呼んだからゆっくり休んで」

「ありがとう、ございます……」


とろんと瞼が落ちそうなクレアに微笑むと、レイモンドは額にキスを落とす。名残惜しそうにクレアの頬を撫でて静かに退室した。そしてすぐに入れ替わりでクレアの母と義姉がやってきて寄り添いながら頑張ったわね、と声をかけてくれた。大好きな母と義姉の顔を見てやっと安心したクレアはそのまま目を閉じた。






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