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レイモンドと会って一カ月後、クレアは実家である男爵家の自室のベッドの上にいた。

クレアの様子を見に訪ねてきた義姉が倒れていたクレアを発見し男爵家へ担ぎ込まれたのだ。


「ご懐妊です」


医者から告げられた現実に、クレアは何の感慨もなくベッドの天蓋を見つめる。そんなクレアを心配そうに家族は見つめていた。


「アスクストーン公爵家へ連絡をしてください」

「それは、でもいいのか?もう少し考える時間は必要だろう?」

「こうなった時のお話しは公爵様としていたのでしょう?気付かれるのも時間の問題です。向こうから押しかけられても迷惑ですし、こちらから会える日にちを予め連絡しておけば数日は猶予ができます。それに私もこうなった時のことはずっと考えていましたから」

「クレア…私に力がなくてすまない。お前が陛下へしたお願いも公爵家が望めば取り消される。もう公子との婚姻は避けられないだろう」


父は項垂れながら顔を覆う。クレアが国王へ願ったことは公爵家が取り消しを要求すればあっさりなくなるだろう。王家としてもこれ以上アスクストーン公爵を敵に回したくないはずだ。切り捨てても影響がない男爵家より王家の強い後ろ盾になっている公爵家を優先するのは火を見るよりも明らかだった。


「お父様のせいではありません。それより、ずっと私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。私も、覚悟を決めますわ」

「クレア、辛かったらいつでも戻って来なさい。ここはクレアの家だからな」

「私たちは皆クレアの味方よ」


両親と兄夫婦と甥っ子に囲まれてクレアの頬が緩む。レイスと結婚する時も王宮の給仕に出仕する時も家族には散々迷惑をかけて心配させてしまった。そして今回の出来事でも今まで以上に迷惑をかけている。これ以上家族にクレアのことで余計な手間をかけさせたくなかった。妊娠の事実を公爵家に隠そうものなら男爵家が何をされるか容易に想像がつく。ならばもう腹を括って大人しくクレアが嫁げば全て穏便に済ませられる。クレアも妊娠していた場合のことは考えてはいたので、レイモンドがここへ来るまでの間にきちんと覚悟を決めておかなくてはならない。クレアは震える手に気付かないフリをして拳をぎゅっと握りしめた。





そして公爵家へ妊娠の連絡をしてから一週間後、アスクストーン公爵が我が家へやって来た。てっきりレイモンドも来ると構えていたのに少し拍子抜けだったのは内緒である。

そして公爵と両親が一通り話を終えると、彼はクレアの元へやって来た。


「ごきげんよう、クレア嬢。体の具合は大丈夫かい?ああ、どうか座ったままで。妊婦に負担はかけられない」

「ご無沙汰しております公爵様。お言葉に甘えて座ったままご挨拶を失礼いたします。公爵様が手配してくださった医師と薬のおかげで体調はだいぶ良くなりました。贈り物もありがとうございます」

「それは良かった。今は子のことだけを考えてくれればいい。他のことは全て我が家に任せてくれれば大丈夫だ。ああでも、結婚式のドレスはきちんと君の意見も取り入れるから安心してくれ。我が公爵家は君を歓迎しているよ」

「ありがとうございます」


公爵は上機嫌で頷いている。レイモンドの子ができたことがよほど嬉しいらしい。父が公爵に連絡をした数日後に公爵家専属の医者がやってきてクレアを診てくれた。それから次々と滋養の良い食べ物や果実、柔らかいクッションや寝具などが大量に届いて男爵家は大混乱だったのだ。おまけに数人のメイドまでやってきて母と義姉が配属の指示を出すのに苦労していた。まさか山のように贈り物がくるとは思っておらず、クレアも公爵家の財力を完全になめていた。あたふたする家族を見かねてクレアが手伝いを申し出てもベッドに連れ戻されて申し訳なさが半端ない。しかたなく幼い甥っ子の話し相手をするが、甥っ子のお昼寝でクレアも一緒に寝てしまい惰眠を貪る形になってしまった。家族は大丈夫だと言ってくれたのが余計にいたたまれなくてクレアは落ち込んだ。


「本当はレイモンドも来る予定だったんだが女性のエスコート一つまともにできなくてな、とても連れて来られなかったんだ。今頃妻に令嬢の扱いについて一からしごかれているよ。それに君と結婚できることに浮かれていて、こうやって君ときちんと向かい合って話し合うこともできなかっただろうからね」


穏やかに話す公爵にクレアは曖昧な笑顔をした。一流の令嬢ならにこやかに笑い返すのだろうがそんな余裕はないクレアにはこれが精いっぱいだ。

そんなクレアを気にせず公爵は胸ポケットから書類を取り出すとそれを差し出した。クレアが素直に受け取って見るとなんと離縁状である。


「公爵様、これは」

「見ての通りのものだ。アスクストーン公爵家のサインはすでに入っている。あとは君が自分の名前を記入して教会に提出すれば成立するようにしておいた」

「それは、どうして……」

「レイモンドと結婚する気のなかった君をほぼ強制的に我が家へ向かい入れるからね。王家の約束も破らせてしまった。君が妊娠した事実を私に知らせなかった場合、我が家の力であらゆる方面から圧力をかけてそれこそ無理矢理娶っていただろう。でも君はこうして私に知らせて、レイモンドと結婚する意思を固めてくれた。せめてもの償いだ」

「……お心遣い、ありがとうございます」

「複雑な事情を抱えている君に何の見返りもないのはさすがにな。もちろん離縁した後もミルトン男爵家に支援は惜しまない」


公爵の言葉にクレアは戸惑った。いくらレイモンドの子を身ごもっているとはいえ、ただの男爵令嬢に離縁後も支援してくれるなんて破格の待遇である。だがレイモンドとの結婚も悩んだ末、色んな気持ちを飲み込んでクレアは決断したのにあっさり離縁状を渡されるなんて思いもしなかった。当主の決定はその家の総意と捉えるため、クレアごときが覆せるようなものではない。クレアが思い悩んでいた時間は一体何だったのだろう。これではまるで離縁前提の契約結婚だ。


(ああ、そうか。子どもを産んだらさっさと離縁しろってことね)


そう思い至ったらストンと納得した。至極単純で簡単な話ではないか。事故だったとはいえクレアのような身分も低く教養もない女が公爵夫人になるなど世間の誰もが認めるわけがない。クレアがレイモンドと結婚しなければお腹の子がアスクストーン公爵家の子として正式に認められないから結婚する、というだけの話だ。レイモンドに好意を寄せられていてすっかり思い違いをしていたがクレアは望まれて公爵家へ嫁ぐのはない。公爵が歓迎すると言ったのはお腹の子に対してのみだ。我ながらとんだ勘違いをするところであった。


(この子が生まれたら、せめて一度くらいはこの腕に抱かせてもらえないかしら)


まだ膨らみのないお腹を無意識に撫でながら、クレアは離縁後について今から考えておかなくてはと小さくため息を零した。






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