表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/24

24




春の訪れが一足遅かった山小屋に温かい陽射しが優しく降り注ぐ。クレアたちが山小屋へ来てからもう二カ月半が過ぎた。そろそろ帰り支度を始めようとしていた矢先、山小屋に一人の訪問者が現れる。


「レイモンド!」

「殿下?何故ここに」


外で薪を割っていたレイモンドのところへ辺境の一般兵の恰好をした第一王子がやってきた。息を切らせながらレイモンドの姿を見た途端、安心したようにその場へ崩れ落ちる。


「殿下、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。よかった、お前が無事で本当によかった……クレア夫人と子息は?」

「もちろん無事です。今クレアがヴィンスをあやしてくれています。殿下が来たということは、ついに居場所を突き止められてしまいましたか」


冷静に状況を判断するレイモンドを何とも言えない顔で見たあと大きく息を吐いた。レイモンドの手を借りながら第一王子は立ち上がると恨めしそうに彼を見る。


「お前たちが無事でよかったがせめて陛下には連絡をしておくべきだったぞ。二か月以上経ってもお前たちの居場所が分からず、今お前たち一家の死亡説まで出ている。ミルトン男爵たちが冷静だったからこそ薄々無事なのはわかっていたが、俺のいる辺境の騎士団まで捜索願が出ててんてこ舞いだ。俺にまで何か思い当たることはないかとアスクストーン公爵に縋りつかれて大変だった」

「それはそれは、大変ご迷惑をおかけいたしました」

「お前な……」


反省の色を一切見せていないレイモンドに第一王子は呆れてものが言えなかった。確かにクレアに療養が必要だと言ったが約三カ月も黙って姿をくらませとは言っていない。


「マーレ卿にお会いできたのですね」

「ああ、思い当たるのが卿だけだったからな。会ったらすんなり教えてくれたよ。だが卿は隣国の険しい山の中で山籠もりをしていた。山に入って彼に会うまで一週間かかったんだからな」

「さすがマーレ卿です。帰国した際はお好きなものをたくさん贈ることにします」

「お前、いい加減にしろよ……」

「レイモンド様?どなたかいらっしゃったのですか?」


クレアの声に第一王子は慌ててフードを深く被って顔を隠した。レイモンドはともかく、クレアと顔を会わせるのはさすがに気まずい。第一王子がフードを被った瞬間、クレアが山小屋から出てきて顔を出す。


「クレア、こちらは辺境の騎士団の方だ。とうとう見つかってしまったらしい」

「まぁ、わざわざこんな山の中まで……ご迷惑をおかけして申し訳ございません、もうすぐ帰る予定だったのです。すごい汗ですわ。今、お茶を用意しますね」

「いえ、お二人の無事を確認できて何よりです。自分はこれから隊に戻って報告を行います。ジュエリア伯爵、ご帰還のご予定はありますか?」


キリっと真面目な姿勢で言葉を発する姿は第一王子とは思えない。実際クレアは彼が第一王子だと全く気付いておらず、レイモンドは王子の配慮に心の中で感謝した。


「あさってにここを出て、ラーク伯爵の庭園へ向かう予定です。そこから観光地を一週間ほど巡って帰宅します。アスクストーン公爵家やミルトン男爵家には明日手紙を送って知らせる手筈でした」

「わかりました。上にはそのように報告いたします。それぞれのご実家への手紙があるなら私が届けます」

「私たちを連れ戻しに来たのではないのですか?」

「国王陛下より、お二人がきちんと生活できているようなら本人たちの気が済むまで過ごさせよとのお達しです」


クレアとレイモンドは目を丸くして顔を見合わせた。てっきりすぐに連れ戻されるのかと思っていたのでこのお達しは予想外だ。


「それなら、あと一カ月ほどここで……」

「レイモンド様?」

「あぁごめん。冗談だよ」


レイモンドはそう言うが、絶対に冗談ではなかったとクレアと第一王子は思った。しょんぼりするレイモンドを無視してクレアは実家に送る予定の手紙を第一王子に渡す。そのまま第一王子はレイモンドとクレアに頭を下げると颯爽と山を下りて行った。レイモンドは心の中で第一王子にお礼を言うと深く頭を下げる。





ガラガラと馬車の中でクレアはレイモンドとヴィンセントと三人でのんびり移動していた。馬車に揺られて可愛い我が子は夢の中へ旅立っている。レイモンドがラーク伯爵へ訪問の手紙を出すとすぐに伯爵家の使いがやって来て返事がきた。手紙にはレイモンドたちの無事を喜び、いつでも来てくれてかまわないと綴ってある。約三ヶ月も姿を眩ませていたのにいきなり押しかけるなんて失礼だったとクレアは伯爵に申し訳なく思ったが、レイモンドは先触れもなしに行くのはよくあるから気にしないでと言われた。親しき中にも礼儀ありだと言い返すと伯爵も勝手に公爵家へ庭弄りに来るそうでお互い様らしい。


ラーク伯爵家に到着すると伯爵はもちろん六人の子息と普段領地にいる伯爵夫人と嫡男の妻子まで揃っていた。一家総出の出迎えにクレアが圧倒されていると屋敷へ連れていかれ薔薇がよく見えるサンルームへ案内される。レイモンドが伯爵や子息たちにどこにいて何をしていたのか問いただされており、詳細は後で必ず話すからともみくちゃにされていた。クレアは伯爵夫人と令息夫人に大丈夫だったかと酷く心配されてあれこれ世話を焼いてくれたのだった。伯爵に教えてもらったがクレアたちが姿を眩ませてから見つかる気配が全くなく、死亡説まで出ていたらしい。だからレイモンドから手紙が届いて本当に本人からなのか半信半疑でちゃんと自分の目で確認できて酷く安心したとのこと。クレアはそんな事態にまでなっているなんて思わなかった。今更だがとんでもないことをしてしまったのだと思ったクレアはラーク伯爵たちに頭を下げて謝る。彼らは慌てて頭を上げるように言い、これは仕方のなかったことだと言ってくれた。でも辺境の騎士団にまで捜索命令が出ていたなんて初耳で、世間に迷惑をかけてしまって本当に申し訳ない。とにかくクレアたちが無事ならよかったと伯爵に有耶無耶にされて庭園へ案内された。

色々聞きたいことがあったが、案内された庭園でクレアは息を飲む。辺り一面の美しい薔薇たちに圧倒されて言葉を失った。約一年前に来た時と変わらない美しい光景に目を奪われる。最初に来た時は妊娠中だったので香りがきつく感じたが今はもう感じない。レイモンドにエスコートをされて庭園を歩いて回った。ヴィンセントは眠ってしまっているので夫人たちに預けて見てもらっている。


「本当に、綺麗ですね」

「ああ、ここに来ると本当に心が安らぐ。またクレアとここに来られてよかった」

「ここに連れてきてくれてありがとうございます。もう見られないと思っていました」

「君が望むなら何度でも連れてくるよ。ヴィンスと一緒にね」

「でもそれは……」

「たとえ離縁しても私はヴィンスと一緒に君に会いに行きたい。ヴィンスの母親は君だけだし、私は今後誰も娶ることはない」


その言葉に思わずレイモンドを見上げる。レイモンドは薔薇から視線をゆっくりクレアへ移すと寂しそうに笑った。


「私も色々考えたが、やっぱりクレア以外を妻にすることは考えられない」

「レイモンド様……」

「それに、今回のことは私も立派な加害者だった。君は私のせいではないと言ってくれたが、そもそも私がちゃんと話し合えていればこんなことにならずに済んだ。両親のことも違和感があったのに放置した。特に母上にはクレアを任せて大丈夫だと過信していたよ。いつまでもクレアに社交をさせなかったこと、趣味のこと、態度がよくなかったこと……私にとって女性は母が全てだった。言い訳だが本当に母を信じていた、信じていたんだ」


レイモンドがクレアの手をぎゅっと握る。その手を握り返しながらクレアは目の前の真っ白な薔薇に触れた。


「それを言うなら、私もレイモンド様と向き合っていませんでした。どうせ離縁するのだからと、あなたが私に何か言いたげにしていたのに聞き返さなかった。公爵様から渡された離縁状も何度も相談しようと思って結局できませんでした。レイモンド様を信じられなくて、でもそのくせ都合の良い時だけあなたを頼って利用して……あなただけが私に誠実でいてくれたのに」

「それこそクレアのせいじゃない」

「いいえ、私も意地を張っていました。それに公爵夫人のことは無理もないことだったと思います。女性が苦手なレイモンド様が頼れるのはそれこそお母様だけですし、そこに私も思い至りませんでした。少し考えればわかることなのに。もっとちゃんとお話しすればよかった」


薔薇に触れていた手に力が籠るがレイモンドによってその手を取られた。クレアの指先からプクリと血が溢れる。レイモンドはクレアの指先をそのまま口に咥えた。


「ぁっ……」

「ん、クレア、棘には気を付けて。特にこの庭園の薔薇は棘が鋭い」


レイモンドはハンカチを取り出すと破き、クレアの指を素早く処置した。クレアが頬を赤らめているとそれを見たレイモンドも遅れて顔がぶわりと真っ赤に染まる。


「あ、ごめん……つい」

「いいえ、ありがとうございます」


何とも言えない空気になってお互いに沈黙する。しばらくその状態が続くと、レイモンドに少し歩こうかと言われて頷いた。並んで薔薇を眺めながらゆっくりと進んで行く。


「クレアはその、離縁したあとはどうするんだ?」

「……ミルトン領に帰りますが、実家は出るつもりです。家族はいてもいいと言ってくれましたが、気遣われながら生活するのは私が嫌なので」

「クレア、修道院には」

「修道院には行きません。だって修道院へ行ったら、ヴィンスに会えなくなってしまうでしょう?」


クレアがそう言い終わるや否やレイモンドが勢いよく抱き着いてきた。思い切り抱きしめられて窒息しそうになる。


「クレア!ああ、ああ、そうしてくれ!ヴィンスと一緒に毎日会いに行くよ!」

「ぐっ、いえっ、毎日は、無理なのではっ……」


レイモンドの腕の中で息も絶え絶えになりながらも突っ込んだ。彼の服を引っ張って解放されると大きく息を吸い込む。そんなクレアにお構いなしにレイモンドは嬉しそうに彼女の額に何度もキスをする。


「最初はごたつくだろうから会えないだろうけど片付いたら毎日通うからあとクレアは住む場所を決めてくれたら全部私が処理するから心配しないでそれから」

「レイモンド様!落ち着いてください!そのお話しは後で、ゆっくり、二人で話し合いますから!あと毎日は会いません!ヴィンスにもレイモンド様にも負担がかかりすぎます!わかりましたか!?」


勝手に話を進めるレイモンドの顔を両手で掴むと顔を突き合わせた。彼は一瞬呆けた後、火山が噴火したように顔を真っ赤にさせて小さな声ではい、と頷く。クレアが手を離すとレイモンドはしばらく顔を赤らめてずっと照れていた。


彼の顔の赤みが引き、しばらく薔薇を眺めながら庭園を歩いているとベンチが置いてある。休憩にと二人で腰掛けるとレイモンドが思い出したようにぽつりと話しかけてきた。


「クレア、ずっと聞きたかったんだが」

「はい」

「あいつと、レイスと私はどこまで似ている?」

「レイスとですか?」


レイモンドからレイスの名が出てくるとは思わずクレアは驚いた。レイモンドはむすっと顔を顰めると拗ねたように口を尖らせる。


「結婚前に君に会いに行った時、ミルトン男爵から似ていると言われて……それでずっと気になっていたんだ」

「そうだったのですか……そうですね、レイモンド様とレイスは外見以外全く似ていません」

「えっ!?」


レイモンドはクレアの言葉が意外だったのか驚いて振り向いた。


「外見しか似ていないのか?」

「外見と言っても髪と目の色、背格好が似ているだけですね。ぱっと見た感じはそっくりですが髪型と顔の造形はまったく違いますし、性格も全然違うので公爵家へ来た時には二人は別人と認識していました」

「………そうか」


複雑そうな表情でレイモンドはがっくりと項垂れた。

レイモンドは女性と間違えるような中性的な美しい顔だがレイスは男らしい少し濃いめの顔つきだ。髪もレイモンドは長くレイスは短いし、レイモンドはうじうじしていたがレイスは思ったことをはっきり言うタイプだった。似ていると思ったのは最初だけであとはもう全くの別人と思っている。


「やっぱり、もっと早く聞けばよかった」

「?」


レイモンドの小さな呟きはクレアに届くことはなく消えた。聞いてみてわかったがクレアはレイモンドがレイスに似ていることなどとっくに気にしていなかったのだ。ずっと心の端にレイスの存在が引っかかって常に比べてられているのではと気にしていた。でもレイスのことを比べていたのはほかならぬレイモンド自身で、クレアはレイモンドを一人の人間として接してくれていたのだ。我ながら間抜けで次期公爵となる人物がこんなポンコツでは父親のことを言えないと思った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ