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「わかった。ではジュエリア伯爵夫妻の捜索に騎士団を派遣しよう」

「ありがとうございます」


王宮にてアスクストーン公爵夫妻が揃って国王と王妃に頭を垂れる。レイモンドとクレア、ヴィンセントがいなくなって二週間経ったが一向に見つかる気配がない。焦った公爵夫妻は国王に頼んで捜索を広げてもらったのだ。


「公爵、少し話がある。夫人もだ。席を用意したからそちらで話そう」


国王に言われて王宮のサンルームに移動する。ここは音が一切外に漏れないように作られており、重要機密や王族のプライベートに使われる場所でもあった。

席に着くと従者たちは退室し四人だけになる。お茶は王妃自らが淹れたものが出され、良い香りが広がっていた。


「ジュエリア伯爵――レイモンド子息たちだが、見つけても自分たちで生活ができているようならしばらく静かに過ごさせてやれ」

「な、何故です!?」


国王の言葉に驚いたのは公爵夫人だった。公爵は落ち着いており、国王の言葉に静かに頷く。


「何故ですって?リュドミラ夫人、あなた本気で言ってるの?クレア夫人が公爵家へ来てから一度も社交をさせていないそうじゃない。お茶会やパーティーの招待状もたくさんあったのに公爵家へ閉じこめておいてよくそんなことが言えるものだわ」


公爵夫人の反応に王妃が棘のある言葉で返す。将来アスクストーン公爵夫人となるクレアに社交は重要なイベントだ。いくら妊娠中で悪阻が酷かったとはいえ、招待状全てに行く素振りすら見せず欠席の返事をしているのはおかしい。それを怪しんだ王妃は欠席の返事の手紙を調べさせたところ、全てクレア本人が書いたものではなく代筆だったことがわかった。基本的に名指しで来た招待状の返事は招待された本人が書くものだ。社交は夫人の役目なので公爵とレイモンドが口出しをすることはない。嫁いだばかりのクレアが代筆させるのは不可能であり、ならば公爵家の実権を握っているリュドミラの指示なのは明白。王妃は暗にリュドミラがやったことを理解していると言っているのだ。


「そ、それは、クレアさんは悪阻が酷かったですし、まだマナーも拙いところがあって」

「クレアさんはマナーはできていただろう?夫人教育だってしっかりできていると言っていたじゃないか」

「イ、イザーク」

「それだけではない。実はワイズ子爵から私へ陳情が届いてな。ジュエリア伯爵宛の手紙を送ったが返事がないそうなのだ。ジョーナー侯爵令息がジュエリア伯爵にそれとなく確認したところ手紙は受け取っていないと言われたそうだ。どういうことか説明してくれるか?」


リュドミラは俯いて脂汗を滲ませている。爵位を持った者からの手紙は必ず返事を出さなければならないと法律で決まっていた。特に爵位持ちの手紙を隠蔽や破棄をした場合は重い罰則がある。立場上手紙を隠すようなことを公爵が行うはずがない。皆がリュドミラを見つめる中、とうとう彼女は観念したように顔を上げた。


「子爵からの手紙はわたくしが隠しました」

「それは何故だ?」

「ワイズ子爵からの手紙はおそらくクレアさんの社交や趣味のことについてです。先日子爵の奥様であるベラドリス夫人とジョーナー侯爵令息夫人が来たので彼女たちからの差し金であることはわかっていました。クレアさんの現状をレイモンドや夫に知られたくなかったのです」

「どうしてそんなことをしたの?クレア夫人にとって社交がどれほど重要かわかっているでしょう。まさか男爵令嬢で魔法も使えないからという理由ではないでしょうね?それを理解した上で娶りたいと言ったのはあなたたちよ」

「いいえ、身分については承知の上です」

「だったら何故」

「クレアさんがレイモンドに寄り添わないからです!!」


リュドミラが大きな声で返した。目上の者の前では淑女たるその姿勢を崩さなかった彼女の声に皆驚く。


「レイモンドが毎日クレアさんのために本を贈っているのに彼女は曖昧に笑って形だけのお礼しか言わないわ!レイモンドが不器用ながらも一生懸命話しかけているのに頷くだけで聞き返すこともしない。おまけにせっかくわたくしが用意した食事も変えてほしいとあの子に言いつけて!自分の都合の良い時だけレイモンドに頼るなんて息子をなんだと思っているの?社交も大事ですが何よりも夫を立てるのが妻の役目だわ。レイモンドを尊重できない人にアスクストーン公爵夫人の仕事を任せられません。ウェディングドレスだってせっかく仮縫いまでしたのに、クレアさんが大袈裟に倒れたりなんてするから取り下げる羽目になって、一番やりたかったドレス選びもできなくなってしまったわ。ヴィンセントを自分で育てたいだなんて言い出すし、そのせいで孫にも会わせてもらえなくなって……それで今度は皆でいなくなるなんて信じられないわ!無責任にもほどがあります!!」


顔を真っ赤にさせて肩で息をするリュドミラに絶句する。最近はクレアに対してあまり態度が良くなかったので注意はしたが、これほどの不満を持っていたとは公爵すら知らなかった。


「公爵夫人の言い分はよくわかった。だが子爵からの手紙を隠蔽したのは見過ごせぬ。ワイズ子爵とジュエリア伯爵に謝罪の上慰謝料を払い、社交を一年間禁ずることとする。よいな?」

「はい、謹んでお受けいたします」


リュドミラは国王に向かって頭を下げた。いかにアスクストーン公爵夫人とはいえ、手紙の隠蔽は許されることではない。これでも罰はかなり軽い方である。大人しく罪を認めて罰を受け入れたのでこの件についてはそれ以上言及しなかった。


「それにしてもクレア夫人について公爵夫人の言い分は私の知る報告と違うようだ。そこで公爵家に潜ませていた王家の影の報告、ジョーナー侯爵令息夫人とワイズ子爵夫人の報告で誤差を確認しよう」

「お、お待ちください。我がアスクストーン公爵家に王家の影が?それにシェリルさんとベラドリスさんからの報告というのは一体……」

「王家の影はクレア夫人にかけた保険だ。王家が叶えると言った要望を取り下げさせたのだぞ?これくらいのことをせんで何が王家か。公爵とミルトン男爵からは了承済みだ。これらの情報はミルトン男爵にも共有すると誓約も行っている。彼女たちはクレア夫人をとても心配していてな、自ら王妃の元へ来て報告してくれたのだ」


国王は懐から古びた手帳を取り出すと開いた。国王が開いた時だけ書いた文字が浮かぶ魔道具であり、歴代国王が記したものが全てこの手帳の中に入っている国宝級の手帳である。青ざめる公爵夫人を横目に国王はペラペラとページをめくると、とあるページで止まった。


「まず、クレア夫人は料理と家庭菜園が趣味なようだな。だが彼女の趣味は読書だと周囲に教え、彼女にも読書が趣味だと言えと強要したとある」

「料理と家庭菜園!?リュドミラ、彼女は読書が趣味ではなかったのか?だからレイモンドが毎日本を選んで贈っていたのに」

「………」

「上位貴族で料理や家庭菜園をする人はいないから、公爵夫人として相応しくない趣味だと思ったのでしょうね。わたくしは料理が趣味でも特に気にならないわ。むしろ料理ができるなんて尊敬します」


最低ね、と王妃が最後に呟いた。その呟きは三人の耳にしっかり入っている。公爵夫人は下を向いたまま動かない。


「好きでもないものを毎日贈られてクレア夫人は困惑したろうに。本人に確かめなかったレイモンド子息も悪いが二人の距離を縮めたいなら嘘を付くべきではなかった。それに子息がドレスや宝飾品を贈ることを止めたそうだな。本以外に何か贈り物をしていれば少しは違っていたろうに、子息が気の毒だ。ドレスや装飾品選びはそなたの得意分野であろう。何故子息に協力してやらなかった?ワイズ子爵夫人たちが温室で花の水やりを提案したが、そなたは断ったそうだな。そなたの行動は二人の仲を遠ざけているとしか思えないのは私だけか?」


少し呆れ気味に国王はリュドミラを見るが彼女は何も応えない。公爵が困惑気味に彼女の肩に手を置くが何も変わらなかった。国王は再び手帳に目線を移す。


「それから料理の件だが、単に普通の食事に変えてほしかっただけとある。公爵夫人が出していた食事は悪阻の酷い妊婦用のもので量が少ないそうだな。悪阻が収まって食事が摂れるようになったのなら何故変えない。公爵家は妊婦に食事を満足に摂らせられぬほど困窮していたのか?」

「………」

「………リュドミラ」

「レイモンド子息に都合の良い時だけ頼ると言っていたが、そんな状態では子息に頼る以外選択肢がなかったのだろう」

「ウェディングドレスの件は論外よ。大袈裟に倒れたですって?そもそも元婚約者との結婚式で着るはずだったドレスと自分の息子の結婚式のドレスを被せるなんて神経を疑うわ。本人がきちんと申告していたにも関わらず無視するなんて。結婚式の三日前に亡くなったそうだから彼女にとってトラウマだったでしょうに。リュドミラ夫人、あなたがそんな人だったとは失望しました。あなたの言い分は全て自分勝手極まりない発言ばかり。クレア夫人を尊重し大切にすると言ったから、その言葉を信じて結婚をさせたのに酷い裏切りだわ」


王妃は扇で口元を隠しながら怒りで手が震えていた。国王は眉間を押さえて深く息をつく。ただでさえ王女のせいでクレアには多大な迷惑をかけているというのに、公爵家でこれほど酷い嫁いびりを受けていたなんて信じられない。こんなことが世間に知れたら王家の信頼は下落どころではない。特に西の地方貴族たちから反感を買うのは目に見えていた。


「…クレアさんを嫌ってなんていません」


国王と王妃のため息が零れる中、ぽつりとリュドミラが呟いた。その言葉に王妃が眉を吊り上げる。


「これだけのことをしておいて、嫌っていないですって?あなたの言っていることが理解できないわ。説明してちょうだい」

「……食事の件は、クレアさんに太ってほしくなかったのです。出産後、体形が変わったらウェディングドレスが着られなくなると思って制限をかけました。結婚式でクレアさんが一番美しくなるように。レイモンドに協力しなかったのはわたくしがクレアさんにドレスも宝石も選んであげたかったんです」

「………」

「はぁ………」

「趣味を読書にしなさいと言ったのは上位貴族の令嬢たちが読書好きだったので、話を合わせられるようにと思ったのです。そのことはクレアさんには伝えていません。レイモンドに寄り添わない限り社交をさせるつもりはなかったので言いませんでした。だから少し、クレアさんに社交界の現実を知ってほしくて辛く当たりました。そうのうち気付いてくれると思っていたのに結局彼女は変わらなかった……全部、全部クレアさんのためにしたことなのに」


下を向きながら悲しそうに告白をする公爵夫人に国王と王妃は深いため息をついた。彼女なりにクレアのことを考えていたみたいだがそれでもやり方が酷い。公爵はなんとも言えない表情をしている。王妃は顔を上げると真っすぐ公爵夫人を見据えた。


「公爵夫人、この際はっきり言うわ。あなたのしていたことはクレア夫人のためではなく全てあなた自身のためよ。太ったらドレスが着られなくなるから、社交界の現実を知ってほしかったからですって?趣味やウェディングドレスのことも含めてそれら全ては嫁いびり、いじめと言うのよ。それにそんないじめ行為を社交界で行っているのはあなただけよ公爵夫人。今まであなたが社交界でそういった行為を特別許容していたのは対象者が全員問題ある令嬢や夫人だったからです。それを何の罪もないクレア夫人に行うなんて信じられないわ。あなた本当に最低よ」


パチン、と扇を閉じた王妃はどこまでも冷たい目で公爵夫人を見る。信頼し、忠誠を誓っていた王妃にそんなことを言われて公爵夫人は絶望した。


「そ、そんな、わたくしは、我が家の、レイモンドのために」

「その結果、子息たちは出て行った。それが答えだろう」


国王の言葉に公爵夫人は顔を覆って泣き出した。公爵も力なく俯いて言葉はない。










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