17
レイモンド視点
「その、レイモンド……」
「………」
「お二人を呼んだのは私の相談を聞いてほしかったからです。決して逢引きさせるためではありませんので勘違いしないでください」
冷たく言い放つが目の前の二人はお互いを見つめ合って視線が離れない。元王太子たちがやらかした事件から約一年、第一王子パトリックとメリッサ・マルロー公爵令嬢をアスクストーン公爵家の所有する別荘へ呼び出した。クレアとの関係についてどうしても誰かに相談し、どうすればいいのか話が聞きたかったのだ。レイモンドの相談に乗ってくれそうな友人は他にもいたが、王女やヘローチェが絡んでいるため大っぴらにはできない。そこで最終手段として彼らを呼び出すことにした。この二人なら王女のしでかしたこともヘローチェのことも話して問題なく、口は固い。もう誰であろうとなりふり構ってはいられなかった。使えるものは全て使うつもりでここへ来たのだ。
「どうぞお掛けになってください。バカで情けない男の話ですが、お二人には率直な意見と今後対応、対策について伺いたいのです」
「ああ、もちろんだ。俺たちでよければ力になる。でもその前にレイモンド……本当にありがとう」
「心から、感謝申し上げます」
二人から深々と頭を下げられる。第一王子は事件の後、辺境の騎士団に一般兵として入団し国のあちこちへ派遣され魔物を倒していた。マルロー公爵令嬢も地方の修道院や教会を回って慈善活動に勤しんでいる。各方面から信用を失ってしまった彼らはまず信用を回復させるために国中を回って一から基盤を固めていた。その際、二人は国王から許可が出るまで決して会うことも手紙を書くことも許されず、ひたすら自分の活動を続けている。今日は私が国王へ許可を取り、特別に二人を呼び出したのだ。約一年ぶりの再会に涙ぐみながら感謝されたが、今はこちらを優先してほしい。
そして今までの事情と自分の胸の内を説明していくにつれ、二人の表情はどんどん険しくなっていった。特にマルロー公爵令嬢は表情が完全に消え、恐怖で彼女の顔を見れない。彼女は出会った時から第一王子しか男と見ていなかったので距離さえ取っていれば普通に会話ができる唯一の女性だった。しかし今は無表情かつ虫ケラを見るような視線が性別を抜きにして普通に怖い。非難は覚悟の上だったが自分の認識が甘かったことを認めざるを得なかった。
「バカなんですか?」
一通り話終えると開口一番にマルロー公爵令嬢からそんな言葉が飛んで来る。
「メリッサ、もっとオブラートに包んであげてくれ」
「いいえパトリック様。レイモンド様は率直な意見をご所望です。お話しを聞く限りアスクストーン公爵家はクレア様を蔑ろにしているご様子。レイモンド様が慰めの言葉一つもかけられない状況をバカ以外になんと申せと?だいたい、クレア様はこの結婚を元々望んでいないのですよ?クレア様への配慮が全くもって足りません」
「おっしゃる通りです……」
「クレア様を望んだのはレイモンド様なのでしょう?次期公爵が思春期の令嬢でもあるまいにいつまでもうじうじして情けない。起こってしまった事は覆らなくても、クレア様に寄り添うことはできたはずです。それすらできないなんて論外もいいところですわ。わたくしならそんな夫は捨てて即刻出ていきますね。それでもなお離縁せずにいてくれて、なおかつ嫡男をお産みになったクレア様に心から感謝し詫びるべきです。そんなこともできないのに離縁されずにいるのは奇跡ですわ。クレア様の要望を取り消した王家は負い目を感じていますから、クレア様が陛下にお願いをすれば離縁は可能であることをお忘れですか?これ以上クレア様が苦しい思いをするようならお父様を通じて陛下へ報告します。嫡男を産んだ夫人を尊重できず蔑ろにするなんて信じられません。この国の女性全てを敵に回すような行為ですよ。改めないならわたくしは本気で進言します」
容赦ない言葉がレイモンドに突き刺さる。もっともすぎてぐうの音もない。一緒に聞いていた第一王子も気の毒そうにこちらを見ながらもうんうんと頷いている。改めて指摘を受けるとクレアに申し訳なさすぎて消えて無くなりたい衝動に駆られた。
「それにしても、クレア夫人に不幸が重なりすぎている。この状況じゃアスクストーン公爵家にいない方がいい。一度実家へ帰省するべきだ。もちろん子息も一緒にな」
「やはり、そう思いますか」
「ああ、この際結婚式もクレア夫人が心身ともに回復するまで延期してもいいだろう。事情を話せば父上たちはわかってくれる。ほとんど我が妹のせいでもあるし、申し訳ない。産後の肥立ちも悪かったのだろう?なら今は何よりも夫人の療養を最優先にするべきだ」
第一王子の真剣な眼差しに頷くほかない。やはり一度はクレアを実家へ帰省させてあげるべきだったのだ。思わず深くため息が零れる。
「他には何を……」
「後は、腹を割って二人で話し合うことだ。なぁレイモンド、俺たちが今こんな状況なのは素直に気持ちを話せなかったからなんだぞ?話し合わなかった結果、どうなったのかはお前が一番知っているじゃないか」
「それは……」
「レイモンド様、クレア様にお話しを伺うのも大切ですが、レイモンド様自身のお話しはされたことはありますか?誰かを知りたいのならまずはご自分のお話しもするべきです。何が好きなのか嫌いなのか、今までどんなことがあったのか。自分を形作ったものが何なのかを伝えなければ、相手が応えてくれるはずもありません。お慕いしていると、きちんと告白もしていないのでしょう?もう恥ずかしがっている場合ではないですよ」
「……はい」
「レイモンド、遅いとは思うがお前ならまだ間に合う。思っていること全て夫人に伝えろ。それで夫人が応えてくれるかはわからないが、言わなければ絶対に後悔するぞ」
「もう後悔だらけです」
「それでもだ。言わなければ気持ちなんて伝わらない。俺たちは身をもってそれを知った。最初はそうだな、自分の趣味が何か、好きな食べ物の話などがいい。クレア夫人は真面目な方なんだろう?それなら誠実に向き合えばきっと夫人も話してくれるさ。あと告白は後回しにせず最初に言え。経験談だが拗ねらせると後が面倒だぞ」
「それは、はい、そうですね」
二人の言葉に強く頷く。やはりこの二人に相談して本当によかった。色々こじらせているだけあって彼らの話に説得力もある。彼らにとって盛大なブーメランだった気がするが今はスルーしておこう。ふぅ、と息をつくとぬるくなったお茶を飲んだ。
「それからいくつか気になる点があるのですが」
「と、言いますと?」
「公爵夫人ですわ。クレア様の趣味ですが、読書と言っていたそうですね。それで毎日本を贈っていると」
「はい、そうですね。本を渡してもあまり嬉しそうではなかったのでジャンルが気に入らないのかと思っていましたが」
「クレア夫人はミルトン男爵家、つまり西側の地方貴族か。東国と貿易の盛んな東側と王都に比べて西側は紙の交易は少ない。あちらはまだ紙ではなく羊皮紙が主流だから、本そのものの価値が王都に比べはるかに高いぞ。印刷技術も王都周辺に集中しているから西側に娯楽系の本はあまり流通していない」
「それは、つまり」
「クレア様は気軽に本を読める環境にいないのです。趣味は読書ではないかと。西側は農業が盛んですのでお料理や菜園、園芸が主な趣味だったはずですわ。最初は西側へ慰問に行っていたので間違いありません」
マルロー公爵令嬢の言葉に開いた口が塞がらない。顔を手で覆うと項垂れた。
「私は、好きでもないものを彼女に贈り続けていたのですね…」
「そこはどうかレイモンド様自身がクレア様にお聞きになってください。そういった点を踏まえてみるとクレア様は公爵夫人から抑制された生活をなさっていたように思います。次期公爵夫人なのに社交をしていない点も気になりますわ。まだ推測でしかありませんがすぐに確認をしてください。それに公爵夫人は自分の意にそぐわないことがあると少し、陰湿な行動を取られるので。早急に対応すべきかと」
「はい、そうします…」
「レイモンド、落ち込んでいるところ悪いんだが俺からも一つ。公爵なんだが、クレア夫人に何か余計な事をしていないよな?」
「もうすでに余計なことを言いましたし未遂もありますが?」
そう、父はクレアが公爵家へ来る前にすでにやらかしている。ミルトン男爵家から懐妊の知らせが届いた翌日にクレアを伯爵家の養子にする手続きを勝手にしていたのだ。クレアが国王の前で養子に出さないでくれと言っていたにも関わらず、ミルトン男爵家に断りもなく手続きしていやがった。私がぶん殴って阻止し、母が父を床に正座させて説教してようやく収まった。仕事については本当に尊敬できるのに他人の気持ちを考えられないところは残念でならない。特に恋愛関係については最悪で、過去に何組もの夫婦、恋人、婚約を破綻させていた。
「知っての通り、公爵は善意で余計なことをしてくる。本人たちの確認もとらず勝手に離縁させたり養子にしたり愛人を家に上がらせたり。あの人のせいで仲が壊れたカップルは少なくない。だから皆あの人に恋愛事は絶対に相談しない。公爵とクレア夫人が二人だけで話す機会があったのか、思い当たるならそちらもすぐに確認した方がいい。その場合余計なことをしている可能性が高いからな。まあまずは、クレア夫人を家から出してミルトン男爵家なり別荘なりで療養だな。あとは追って慌てず順番に処理していけ」
こくこくと頷く。もう自分が嫌いになりすぎておかしくなりそうだ。味方だと思っていた両親がクレアを苦しめていた原因の一つだったなんてショックすぎる。父はそんな気がなくても言葉選びが下手すぎてクレアを傷つけているのでもう会わせない方がいいと思っていたところだ。母も何故か最近クレアへの態度が悪くなっているので距離を置いた方がいいだろう。特に母は心から信頼していただけにショックが大きい。これは本当に彼女を公爵家から出した方がいい。このままではクレアは潰れてしまう。
よろよろと立ち上がると扉の方へ向かっていった。まだ話し始めたばかりだというのに心身ともに疲労感が溜まっている。騎士団の下っ端時代に一日中走りっぱなしの訓練をした時より酷い。まだ話したいことはあるので一度休憩が必要だった。
「すみません、一時間ほど休憩がてら今の話を整理してきます。それまでお二人はここにいてください。あぁ、くれぐれもこの部屋から出ないようにしてくださいね。この部屋にしか防音の結界がされていないので。あとは節度を持ってください。それでは失礼いたします」
そう言って彼らに背を向けた途端、ガタンと音がする。扉の閉め際にちらりと二人の様子を伺うとそれはもう熱烈な抱擁とキスを交わしていた。羨ましいと思いつつ、さっさと扉を閉める。私もショックから早く立ち直るため、自分が何をするべきなのかを整理しようと別室のベッドに突っ伏した。




