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レイモンド視点




物心ついた時から女性が苦手だった。出会う女性たちは皆私に媚びへつらい追いかけまわす。当時は香水や香りのついた化粧品が流行っていて女性が近寄って来るだけでその強烈な香りに気絶しそうだった。特に従兄妹のヘローチェは会う度に付きまとわれて大嫌いだった。何度も母にヘローチェのことを相談したが相手にされず、代わりにジョエルが防波堤になってくれたのだ。

そして十七歳の時、女性を受け付けられない決定的な出来事に合う。ヴァロック侯爵家へ家族で訪問した際、夜にヘローチェがレイモンドのいる客室へやって来た。一糸まとわぬ姿で。しかも体からとても嫌な魔力を感じて気持ちが悪くなる。当時十三歳とは思えない妖艶な笑みでレイモンドへすり寄って来て腕を掴まれた瞬間、自分の声とは思えないほどの絶叫を上げた。そして胃にある全てのものをヘローチェに向かって吐き出してしまったのだ。

その後のことはよく覚えていない。父とジョエルがすぐに駆け付けてきてくれたらしく、私は救出されヘローチェは騎士団が引き取ったそうだ。結果的に禁断の魅了魔法に手を出していたことが発覚して魔封じをした上で成人まで幽閉、その後は修道院行きが確定した。レイモンドの魔力量が多かったこと、魔法の耐性が高かったことから魅了にかからずに済んだのだ。ヘローチェは私に汚されたから責任を取れと喚いたらしいが、彼女の処女は確認されている。確かに物理的に汚してしまったがもう二度とヘローチェに会いたくなかった。


その事件がトラウマとなり、女性という女性に拒絶反応がでた。近寄られただけで嘔吐を繰り返し、蕁麻疹ができる。さすがに母と年老いた乳母は大丈夫だったがあとは年齢関係なく無理だった。だが人が大勢いる場所や人の行き交う場所、生徒が集まる教室やパーティーなら女性がいてもなんとかいることはできた。当時学園に通っていたが、学園の協力もあって女子生徒や女性教員と距離を徹底的に取るようにして無事に卒業することができたのだ。そろそろ婚約者を決めなければならない時期だったが、このような状態では到底婚約者など決められない。両親はなんとか私のトラウマが克服できるように手を尽くしてくれたが、終ぞ治すことはできなかった。試しに娼館にも行ったが、床を自分の吐き出したもので汚すだけで終わった。

そんな私を拾ってくれたのは当時の騎士団団長マーレ卿だった。今はもう引退していないが、彼は私の魔法の才能を知り騎士団へ引き入れてくれたのだ。元々体を動かすことが好きだったし、社交で令嬢に会いたくなかったので二つ返事で頷いた。騎士団は完全な実力主義で身分は関係ない。だから入団当初は雑務全般を新人がやるので慣れるまで苦労した。生まれた時から何一つ不自由なく暮らしていた私にとって騎士団は苦労の連続だったがとてもやりがいのある場所だった。なにより女性がいない。公爵家嫡男という身分でやっかみも嫌がらせも多々あったが実力で黙らせれば気にならない。この騎士団での時間が私にとってトラウマを癒す時間にもなり、最終的に女性が近くにいるだけで嘔吐や蕁麻疹がでる症状はなくなった。


騎士団に所属して三年目に私は第一騎士団の副団長に就任した。この頃にマーレ卿は年齢を理由に引退し、副団長がその後を引き継いだ。私は当時王太子であった第一王子の警護を命じられ、彼に側近にならないかと持ちかけられる。だが騎士団の警護と王太子の側近は職務内容が全く違うので掛け持つことは不可能だった。一度は断ったがどうしてもと粘られ、王家と公爵家、騎士団の話し合いの結果、警護を中心に簡単な事務サポートを行うこととなる。第一王子としては次期公爵となる私との交友を深めておきたかったのだろう。王太子に指名されてはいるが、第二王子は虎視眈々と国王の椅子を狙っている。他にも第三王子の派閥もあるため確固たる地盤固めが必要だったのだ。暴力的で素行の悪い第二王子と絵を描くことにしか興味のない第三王子が王になるなら真面目で多方面の意見を聞く柔軟性を持つ第一王子の方が断然良い。婚約者がマルロー公爵令嬢だったこともあり、これで私が第一王子に付けば彼の王太子の地位は万全になる、はずだった。


そして迎えたあの事件。王女に媚薬を飲まされたのは痛恨のミスだった。動き回っていたせいで喉が渇いていたため、いつもより飲み物の警戒を怠っていた自覚がある。そのせいで何の関係もないクレアを巻き込んでとんでもないことをしてしまった。そして短絡的な行動を取った第一王子とマルロー公爵令嬢に失望したのだ。

クレアは薬のせいであの夜の出来事を覚えていないと言うが、実は私は全て覚えていた。魔法の耐性が高いせいで意識が混濁する魔法薬が効かなかったのだ。だがあの時は媚薬に侵され理性はとうに吹き飛んでおり、己の欲望を満たすことで頭がいっぱいで止まることはできなかった。ベッドの上で目覚めた時、クレアにしてしまったことを鮮明に思い出して顔が真っ赤になって死ぬかと思った。でもそこに嫌悪感は一切なく、ただただ羞恥するだけで言い表せない感情に支配される。今まで女性に嫌悪感しかなかったのにクレアだけは不思議と何も感じなかったのだ。むしろ彼女が気になってしかたがなく、もう彼女のことで頭がいっぱいだった。

この流れなら当然責任を取ってクレアと結婚すると思っていたのに、彼女からの答えは拒否。女性は苦手だが私とお近づきになりたくない女性はマルロー公爵令嬢以外いるなど正直思っておらず、自分の自惚れが恥ずかしくなった。しかも王宮の管理不足のせいで月ものが来なくなるほど過酷な労働を強いられていたというではないか。そのせいもあって一度クレアとの結婚は完全に流れてしまった。でもどうしても諦められず、父に頼んでミルトン男爵とクレアに話し合いの場を設けてもらったのだ。そこで明かされたクレアの過去にとても落ち込む。平民と結婚予定だったのも予想外だが私と容姿が似ているなんて最悪だ。相手がもうこの世にいないことは幸いだがそれは彼女の思い出の中にいる男とずっと比べられるということ。女性の扱いもろくにわからない私に勝ち目はなかった。それにもう放っておいてほしいとクレアに拒絶され、もう彼女と関係はここまでだと諦めた。

それでもどうやら神は私を見捨てなかったらしく、ミルトン男爵家からクレアの懐妊の知らせが届いた。クレアが懐妊した場合、父親は間違いなく私だということが公爵家ですでに調べられていたので我が家は皆歓喜した。あまりの嬉しさに枕を抱きしめてしばらくゴロゴロとベッドでのたうち回っていたほどだ。早速クレアの元へ行こうとしたが、エスコート一つまともにできない私に母が怒り狂い徹底的に叩き込まれる事態となる。そのせいでミルトン男爵家への挨拶は父が一人で行ってしまった。もっと練習しておけばよかったと後悔したが後の祭りだ。


クレアと一緒に公爵家へ向かう前、平民の女の介入により告白は出来ずに終わる。気まずい空気の中、ラーク伯爵の庭園でなんとか普通に話せるようになって心の底から安心した。エスコートが最悪な自覚があったがクレアを目の前にすると緊張でどうしても体が固まってしまうのだ。クレアに申し訳ないと何度も心の中で謝った。

公爵家へ来てからもクレアに拒絶されずに受け入れてもらえて本当に嬉しかったが、それに浮かれていたせいで結婚指輪を渡し忘れて激しく後悔することになる。今思ってもこの時がクレアに告白をして指輪を渡せる最大のチャンスだったのに。部屋に帰ってからそのことに気付いてクッションをボコボコに殴って八つ当たりした。母からクレアは読書が趣味だと聞いていたので毎日本を贈ったが、クレアとの距離は一向に縮むことはない。ドレスや宝飾品を贈ろうと思ったが、母に私にはセンスが足りないと言われて辞めざるをえなかった。他に何かいい贈り物をとも考えたが思いつかず、結局本ばかりを贈るだけとなる。

一度クレアにキスをした時、彼女はきょとんと私を見ていて私のことが好きでも嫌いでもないのだとわかってしまい、悲しかった。クレアと歩み寄りたいと言ったくせにいざ彼女を前にすると何も言葉が出てこない。ありきたりな話題ばかりで彼女との距離が縮むはずがなく、どうすればいいのかわからない状態だった。何と声をかければいいのかずっと悩んでいたが、図書室でクレアがレイスの名を口にしたのを聞いて頭が真っ白になる。その時になって初めてクレアがこの結婚を望んでいなかった事実を突きつけられた。クレアが国王に結婚はしたくないとお願いをしていたのを聞いていたはずなのに、浮かれてすっかり忘れていたのだ。公爵と男爵、王家に近い大貴族と地方の田舎貴族ではその権力差は圧倒的だ。王家へのクレアのお願いすら公爵家が取り消させた。クレアは実家が被害に合わないように公爵家へ身を捧げたのは明らかだ。その事実に気付いてしまうと余計にクレアへかける言葉がわからず迷宮入りする。せめて彼女の要望だけでも全て叶えるようにするのが精一杯だった。


なんとも言えない距離のまま迎えた結婚式。ウェディングドレスを纏ったクレアは誰よりも美しく見えた。もう手汗がやばい。これで嫌われたらどうしようとおかしな考えばかりしていたせいで、クレアに綺麗だと言えずに終わって落ち込む。誓いのキスを唇ではなく額にしたのはレイスへの謎の対抗心だったが、やっぱり唇にしておけばよかったと後悔してさらに凹んだ。

夜は両親に頼んでクレアの寝室を私の部屋にしてもらうようにした。正式に夫婦になったのもあり、少しでも彼女と一緒にいたかったのだ。周りからの温かい視線が嫌だったが無視する。身ごもっている彼女と夜の営みをするわけではないし、一緒に寝るだけなら大丈夫だと思った。だが実際寝室に行ってみると薄暗い部屋の中、ベッドに人の気配がしてトラウマが一気に蘇る。大量の汗をかいて足が床に縫い付けられたかのようにその場から動くことができなくなった。でもクレアが部屋を灯し、私の名前を呼んでくれて我に返る。クレアは一定の距離を保ったまま不用意に近寄ることなくその場で心配そうに見つめていた。安易に近寄らず部屋を明るくした、それだけのことだが私の中のトラウマを払拭するには十分だった。クレアを認識した瞬間、彼女への愛しさが爆発して思わず彼女を抱きしめる。ヘローチェに植え付けられたあの夜の恐怖がクレアで塗り替えられていく。夜は何度も鍵の確認をし、ベッドに厳重な結界を張るほど緊張していたのが嘘のようだ。いかにも訳アリな私に事情は聞かずそっとしてくれたこともありがたかった。自分の情けない姿が恥ずかしくてクレアに睡眠の魔法をかけて眠らせてしまったが、心の底から彼女に感謝をした。彼女の寝相が悪すぎてろくに眠ることができなかったが、彼女を抱きしめると大人しくなることが夜明け前に発覚する。それをいいことにクレアをしっかり抱きしめて短い眠りへ落ちていった。私が過去のトラウマからようやく解放された瞬間だった。


でも良いことは長く続かない。クレアと夜を共にした翌日、もう二度と会わないと思っていたヘローチェが現れた。しかもナイフを持ってクレアの元へ。真っ先に彼女の元へ向かってみれば待っていたのは拒絶で、生まれて初めて誰かに対して明確な殺意が湧いた。クレアは客室へ戻ってしまい、私の部屋に来ることはなかった。伯爵夫人として用意していた部屋もあったが結局言い出せずそのままだ。やっと一歩を踏み出せそうだったのに、彼女との距離はさらに遠くなってしまったように思う。どうすればいいかわからず両親に相談してみたが大丈夫だと言うだけで参考にならない。母がいつまで経ってもクレアに社交をさせないのも気になっていたがそれは夫人の領分なので何も言えかった。私にとって女性とは母が全てだったので母の言うことを聞いていれば大丈夫だと違和感を持ちつつも安心していたのだ。

クレアがヴィンセントを出産後、彼女の無事とヴィンセントの誕生で嬉しくて幸せだった。金髪に群青色の瞳を持つ息子は顔の造形は私にそっくりだが、その寝顔はクレアにそっくりだ。間違いなく私とクレアの子だと疑いようがない。本当に可愛くて愛しくて何度もキスをした。でもクレアは出産してから一向に目覚めず、ヴィンセントを抱きながらベッドの周りをうろうろする毎日だった。やっと彼女が目覚めた時は安心して号泣しそうだったが、さすがにみっともなかったので必死にこらえてなんとか乗り切る。クレアとヴィンセントを一緒に抱きしめて幸せを噛みしめた。

だがやってきた父の言葉で幸せをぶち壊される。難産からようやく目覚めた彼女に対してあまりの酷い言葉にしばらく完全無視を決め込んだ。母も母でクレアからヴィンセントを取り上げようとしたので母がクレアの子育てを認めるまでヴィンセントを決して両親に会わせなかった。もう彼女に謝っても謝り切れず、やるせなさだけが残る。遅れてやって来たミルトン男爵たちは帰る間際、クレアに実家に帰らないかと聞いていた。本当はヘローチェのことがあった時に彼女を一度実家へ帰すのがよかったのだろう。でもどうしてもクレアと離れたくなくて帰らないと言った彼女に甘えた。今度もそうだ、ヴィンセントと離れたくないと言ってクレアは帰省を断った。それを聞いて安心した反面、彼女への申し訳なさが募って項垂れる。細く華奢な体で出産をし、心身共にボロボロなクレアを支えてあげられない自分に一番嫌悪した。






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