14
「それで、クレアさんは何と言っていましたか?」
クレアが夫人たちを見送った後、馬車の中でアスクストーン公爵夫人リュドミラとシェリル、ベラドリスが顔を突き合わせていた。彼女たちは公爵夫人のいわばスパイのようなものだったが、本人たちは純粋にクレアと親交を持ちたかっただけなのでそのつもりはない。リュドミラがレイモンドとクレアの仲がうまくいっていないので話を聞いてあげてほしいとお願いされたのもあった。
「クレア様はジュエリア伯爵にご不満はないようです。いつも気遣っていただいていると仰っていましたわ」
「ええ、それに優しい人だとも仰っていました!」
「……そうですか。でも、わたくしにはとても不満がないように見えないわ」
「そうなのですか?」
「そうよ。だってクレアさんったらレイモンドと距離を置いているもの。わたくしや旦那様、使用人たちにも必要以上に近づこうとしないわ。何か不満があってそうしていると思っていたけど、違うなら一体なんなのかしら」
はぁ、とため息をつくリュドミラに二人は顔を見合わせて頷いた。
「あの、リュドミラ様にクレア様のご趣味は読書だと伺いましたがどうやら違うようです。家庭菜園とお料理が趣味だそうですので、ジュエリア伯爵と一緒に野菜やお花に水をあげるのはいかがでしょう?これからは寒くなるので温室の中のものならお風邪を召すこともないかと思います」
「それがいいですわ!一緒にクレア様の好きなことをすればきっとジュエリア伯爵との距離も縮みます!ずっとお屋敷にいるようですので気分転換にもなりますし」
「いいえ、その必要はございません」
リュドミラは二人の提案をぴしゃりと跳ねのけた。
「いまだに趣味が家庭菜園と料理と言うなんて、クレアさんは次期公爵夫人としての自覚が足りていないようね。いいですか、クレアさんの趣味は読書です。家庭菜園や料理なんて使用人がするようなこと、次期公爵夫人が行うなど言語道断だわ」
「……リュドミラ様、わたくしの夫は家庭菜園が趣味ですわ。それにお花に水をあげる程度なら貴族令嬢の一般的な趣味の範囲です」
「そうです!それに地方貴族出身の方はお料理が趣味なのも珍しいことではございません。現に王宮の料理長は地方貴族出身の方ですわ。アスクストーン公爵家の名に傷が付くようには思えません」
「お黙りなさい。クレアさんは我がアスクストーン公爵家の嫁です。それなら女主人たるわたくしに従うのが当然のこと。身ごもっているのですからなおさらわたくしが管理しなくてはなりません。他家の者と一緒にしないでください」
「「………」」
まるでクレアがリュドミラの所有物であるかのような物言いだ。確かに嫁いだ以上はその家の方針に従うのが基本だが、人の趣味や行いにまで口出しするのは嫁いびりである。ましてや管理するなどと発言しているあたりクレアは子を産む道具とでも思っているのだろうか。クレアが望んでレイモンドと結婚したわけでないことを知っているので余計にリュドミラへの不信感を募らせた。それに今日の訪問は前もって伝えてあったはずなのにクレアは知らなかったし、社交も今回が初めてだと言っていたのも気になる。リュドミラの元で行儀見習いを行ったからこそ良縁に巡り合えた手前、それ以上は言い返さないが、その不信感はありありと滲み出ている。シェリルは無表情で、ベラドリスは不満そうな表情でリュドミラを見つめた。さすがに言いすぎたと思ったのか、リュドミラは取り繕うように笑顔を見せる。
「二人が気を使ってくれるのは嬉しいけれど、それではクレアさんのためにならないわ。あの子はレイモンドが触れても大丈夫だった唯一の女性よ。家のため、レイモンドのためにもクレアさんには次期公爵夫人として自覚をしっかり持ってもらいたいの」
「……ジュエリア伯爵にはクレア様の趣味を伝えていないのですか?」
「もちろんよ。クレアさんはこれから読書が趣味になるのだから。それにしてもクレアさんも困ったものだわ。レイモンドが毎日クレアさんのために本を選んでプレゼントしているのに反応が薄いんですもの。あんなに一生懸命レイモンドが寄り添おうとしているのに応えないなんて失礼よ。これじゃあレイモンドが報われなくて母親として可哀想でしかたないわ。そうそう、くれぐれもレイモンドにクレアさんの趣味について話さないでくださいね?余計なことはしないでちょうだい」
大袈裟に嘆くリュドミラの発言でシェリルとベラドリスはクレアとレイモンドの行き違いが何なのかを察した。好きでもないものを毎日贈られて距離が縮まるはずがない。まだクレアがリュドミラに従っているので何もないが、一度綻びが生じれば取返しのつかない事態に悪化する。シェリルとベラドリスは視線だけでお互いを見つめ合うと、心の中で頷き合った。
〇
シェリルとベラドリスとお茶をしてからというもの、公爵夫人からの当たりが少しきつくなったように思う。特に趣味については読書と言うようにしなさいと強く言いつけられた。表面上は頷いたが言う通りにする気はない。これから出産を控えているし、社交も必要ないと公爵夫人に言われたのでこれ以上シェリルやベラドリス以外と親交を深めることはないからだ。それにどうせ出ていく。クレアが嫌なら放っておけばいいのにわざわざやって来るのは何故なのだろう。嫌な思いをしたいのだろうかと思わず邪推してしまうくらいには公爵夫人が苦手になっていた。
だがその反面嬉しいこともあり、二人からプレゼントが届いた。シェリルからは手のひらサイズの観葉植物の鉢が三つ、ベラドリスからは料理の本だ。自室の窓際に観葉植物たちを並べたらなんと可愛いことか。土が乾いたら水をあげる程度の世話で済むし小さいので手入れも簡単にできて最高だ。それに料理本は王都で流行っている家庭料理の本でかつてないほどクレアは本を読み進めた。挿絵もあってわかりやすく、何度読み返しても飽きない。実際に作れないのは残念だが結婚してから一番嬉しい贈り物だった。楽しそうに本を読むクレアを見てレイモンドが毎日料理の本を持ってくるようになったのも嬉しい。これで多少は読まない本が積み上がることもなくなるだろう。




