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お披露目会が終わり、季節が初冬へ変わった。クレアは相変わらず公爵家で変わらない毎日を過ごしている。変わったことと言えばクレアの悪阻が大分落ち着いたことだろうか。一日中ベッドとトイレを往復することもなくなり、普通の食事も食べられるようになった。ただ、クレアに出されていた食事は妊婦用のものでとても味気がなく量も少ない。この食事は公爵夫人の指示で、クレアを気遣ってくれるのはありがたいがこれでは物足りなくてお腹が空いてしまうのだ。夫人にお願いしても難色を示されたのでレイモンドにお願いをしたら二つ返事ですぐに改善された。夫人は怒っていたが悪阻が落ち着いてやっと普通に食事ができるようになったのに空腹状態だなんてそれこそ子どもに悪影響である。何も暴飲暴食をしているわけでもないので少し食べる量が増えた程度で怒らないでほしい。今まで夫人に逆らうことなく過ごしていたのでわからなかったが、彼女を怒らせると中々面倒な事態になる。根に持つタイプらしく、ずっと不機嫌状態なのだ。夫人教育も言葉に棘を感じるし、侍女たちも急に態度が悪くなった。ここに来てからだいぶ過ごしにくくなってしまってクレアはため息をつく。



公爵もレイモンドも不在のある日、公爵夫人が突然クレアを呼びつけた。大きくなったお腹を抱えて行ってみると、彼女が懇意にしている家のご夫人たちの相手をしろと言う。彼女たちには見覚えがあり、お披露目会で挨拶をしたご夫人たちだ。確かシェリル・ジョーナー侯爵令息夫人とベラドリス・ワイズ子爵夫人。彼女たちの夫は騎士団に所属しておりレイモンドとも親交があったはず。それにしても普段着のままろくに準備もできていないクレアを客人の前にわざわざ呼びつけるなんて完全な嫌がらせである。それでもクレアが動じずに夫人らに謝罪し丁寧な対応をとると、彼女たちは慌てて突然押しかけて申し訳なかったと首を振った。公爵夫人と親交があるご夫人たちが先触れもなしに来るわけがない。クレアはともかく他家の夫人に恥じをかかせるようなことをするのかいかがなものかと呆れる。目を吊り上げてこちらを睨んでくる公爵夫人を見ないようにしながら良識あるご夫人たちに感謝した。







クレアが着替え終わるとご夫人たちをサンルームへ案内した。公爵夫人は気分が悪くなったと言って自室へ戻ってしまい、客人の対応はクレアに押し付けられたのである。しかし彼女たちは公爵夫人の態度には慣れているようで気にしていないと言ってくれた。結婚前に二人でアスクストーン公爵家へ行儀見習いに来ていたそうで、公爵夫人の性格はよく知っているとのこと。


「リュドミラ様は少々素直ではないところがありまして。何か躓いてしまうと中々ご自分から言い出すことができないのです。あのような態度でしたが本当は丁寧な対応をしたクレア様を褒めてあげたかったのですよ」


あんなに睨みつけておいて褒めたかったなんて絶対にない。そんな言葉を喉奥へ押し込んで作り笑いをして誤魔化した。


「それよりも突然お邪魔して申し訳ありません。実はわたくしたち一度クレア様とお話ししたいと思い以前からリュドミラ様にお願いをしていましたの。それでようやくクレア様の悪阻が落ち着いたとのことでこうしてこちらへ伺った次第ですわ」

「私にお話しですか?」

「ええ。王宮の給仕たちの件、クレア様が国王陛下に進言してくださったおかげで解決したと聞きました。実はわたくしの妹同然の従姉妹もその被害者の一人だったのです。月ものが不安定になってあわや婚約破棄寸前のところまで状況が悪化しましたが、クレア様のおかげで良い医者に診てもらい、先月無事に結婚いたしました」

「私の友人の妹さんもそうですわ。あまり大きな声で言えることではないので話が聞こえてきませんが、給仕をしていた者たちは皆クレア様に感謝しています。この場で皆を代表してクレア様にお礼を申し上げます」


二人は立ち上がって深々とクレアに頭を下げた。突然のことでクレアはあたふたしながら二人を止める。


「お二人とも頭を上げてください!国王陛下に給仕のことを言ったのは深い意味はなかったのです!お二人にそこまでしていただく理由はありません!」

「いいえ、クレア様。それほど貴族令嬢が子を産めなくなることは大変なことなのです。女性の地位が低い中、跡継ぎとなる男子や当主の子を産むことでしかわたくしたち女性は尊重されません。高位貴族なら尚更です。たとえ深い意味はなくともクレア様は多くの令嬢たちを救いました」

「クレア様、何かありましたら何でも気軽に相談してください。私たちにとってクレア様は救いの女神ですわ!」


二人のキラキラとした視線に圧倒されて何も言い返せなかった。女神などと言われるような大それたこと、クレアはしていない。曖昧に笑って誤魔化す以外何ができるのか教えてほしい。

元々下級給仕の仕事は肉体労働で、王宮務めになったら誰もが最初に就く仕事だった。早く昇格する人でも最低一カ月は給仕を続ける。この給仕の仕事はこれだけの労働をしても健康で丈夫な体を持っている、つまり出産にも耐えられますという一種のアピールでもあった。それがいつからか一部の上層部のせいで本来給仕の仕事ではないものも含まれるようになり、休みも減らされたことで月ものが来なくなってしまうほどの重労働になってしまったという訳である。月ものや妊娠出産の話は令嬢にとってかなりデリケートな話題だ。将来に大きく関わるため月ものが来なくなったなんてそう簡単に実家へ相談することはできない。だからこそ誰も給仕の仕事に対して何も言えずに耐え忍ぶことしかできなったのだ。そこをクレアが国王へ偶然伝えたというのが顛末だった。

彼女たちから社交界でのクレアの評判を聞いたが、お披露目会の招待客たちも夫人たちと同じように思われているらしい。あんな付け焼刃な礼儀作法で悪い評判になっていなかったのは幸いだが話が想像以上に大きくなっていて驚く。月ものが来ていなかったクレアが身ごもったことにより、月ものの有無だけが妊娠の有無を決定付けるものではないと証明されたのが大きいらしい。それによりクレアは令嬢たちに崇拝されている謎現象が起きていた。国王の耳に入ったのは偶然のようなものなのに、どうしてそんなことになるの?悪い印象ではないのは幸いだが逆にどう対応すればいいかわからない状況に頭を抱える。


「あの、クレア様。差し出がましい申し出なのはわかっているのですが、どうかわたくしたちとお友達になってくれませんか?」

「わ、私とですか?」

「はい、こうして出会えたのも何かの縁です。クレア様がよければ是非お願いいたします」

「でも、私は地方の男爵家出身ですし、お二人に満足できる話題も持ち合わせておりません」

「ご出身はどうであれクレア様はすでにジュエリア伯爵夫人。そして未来のアスクストーン公爵夫人ですわ。クレア様が王族に次いで最も高貴な夫人になられますのにわたくしたちに気を遣う必要はございません」

「そうですわ!これからはクレア様が社交の中心となられるのでから。それに話題を提供するのはクレア様ではなく私たちです。そこまで私たちを気遣っていただけるなんてクレア様は本当にお優しい方なのですね。ますますクレア様を尊敬いたします!」


だからどうしてそうなるの!?何を言っても彼女たちにはクレアの言葉が美化されるようで言い返すのを諦めた。友人になってくれるのは素直に嬉しいが、いずれ離縁する身なので彼女たちを騙しているようで申し訳なく思う。


そしてクレアは無事に彼女たちと友人?になった。二人とも今の貴族たちの情勢や流行、お勧めの観光地などを教えてもらった。二人ともすでに子どもがいるので子育てや産後の体調の変化についても詳しく教えてくれたのでありがたい。クレアも男爵家とはいえ貴族の端くれだ。公爵夫人に教えられるよりもこうやって現地の夫人たちとお茶をしながら聞くのとでは新鮮さが違う。クレアにとって公爵家に来てから初めての社交は思っていたより楽しいものだった。ずっと屋敷の中で過ごしていたので久しぶりに開放的な気分だ。

そうしてしばらくおしゃべりをしていると、二人におずおずとレイモンドのことを聞かれる。


「クレア様はジュエリア伯爵と普段はどのように過ごされているのですか?」

「そう、ですね。最近はお腹をよく撫でています。赤ちゃんも動くようになったのでお腹が動くと驚いて百面相して…見ていて飽きませんね」

「わかりますわ!私の夫は初めてお腹が動いた時驚いてひっくり返りましたの!いつ思い出しても笑ってしまいます」


クスクスと笑うベラドリスに釣られてクレアも少し微笑むと、シェリルは安心したように胸に手をあてた。


「ジュエリア伯爵とは順調なのですね。他にはどんなお話しを?」

「他には……特にありません」

「「え?」」


二人とも一瞬動きが止まったがすぐに復活した。


「あの、クレア様はジュエリア伯爵と一緒に本を嗜んでは…」

「本?いえ、私は本を読まないんです。夫がよく本を贈ってくれるのですが私は本を読む習慣がなくて」

「…クレア様はどのようなご趣味がありますの?」

「その、私は実家の主産業が農業だったのもですから…料理と家庭菜園を少し」

「まあ!クレア様がお料理ができますの?すごいですわ!私も一度料理に挑戦しましたが真っ黒い何かができましたの。食材の無駄遣いだからと料理は禁止されて、今はクッキーの型抜きしかさせてもらえませんのよ」

「わたくしの夫も家庭菜園をしていますのよ。とは言ってもトマトだけですけれど。子どもと一緒にお水をあげますわ。育てやすい野菜などがありましたら是非教えていただきたいです」


意外にも好意的な反応にクレアは驚いた。公爵夫人からは貴族令嬢は読書や刺繍が嗜みだとしつこいほど言われていたのでなおさらだ。


「こういった趣味のお話しはジュエリア伯爵とはしないのですか?」

「言われてみればしませんね。夫にも聞かれませんし」


クレアの言葉に愕然としながら二人は顔を見合わせた。


「あ、あの、クレア様。もし何かお悩みがあるようでしたら何でも相談してください!お話しをするだけでも気分が晴れることもありますし!」

「ええ、ジュエリア伯爵とは夫も親交がありますし、きっとお力になれると思います」


二人は真剣な眼差しでずいっとクレアに迫ってきた。二人の圧がすごくて思わず体が仰け反る。


「いえ、あの、レイモンド様にはとても良くしていただいています。お披露目会でもずっと気遣っていただいて、私の拙い挨拶もサポートしてくださいました。本当に不満はないんです」

「クレア様を気遣うのは当然のことですわ。クレア様を公爵家へ迎え入れるとはそういうことですから。それよりジュエリア伯爵です。お話しを聞く限り伯爵とは交わす言葉が少ないご様子。どんな関係であれまずはコミュニケーションが大切ですわ」

「そうです!お話しができないほど伯爵がお忙しいのであれば夫婦の時間を作ってもらうべきです!クレア様も正式にご結婚なさったのですから言いたいことははっきり伝えていいのですよ?その点はリュドミラ様も心配していましたし」


なんだか変な方向へ話が行ってしまっている。二人の中でレイモンドは話し合いができないほど忙しいらしい。実際は仕事の合間を縫ってまめにクレアの元へやって来るのだが、交わす言葉が少ないのは合っている。彼からはクレアの体調やその日何をしたのか以外聞かれることはない。何か言いたそうにしているがクレアがわざわざ聞く必要を感じないので聞き返さないでいる。言いたいことをはっきり言ってほしいのはクレアの方だ。


「その、色々急すぎていまだに心の整理ができていないんです。私がレイモンド様と結婚して伯爵夫人だなんてまだ実感がなくて」

「え、でも結婚はすでに決まっていたのでは?その、あんなことがありましたし、お二人の結婚は当然の流れだと……」

「結婚は子どもができたからしたのです。できなかった場合はする予定はありませんでした」

「「えぇっ!?」」


二人は驚いてさらにクレアに迫ってきた。思わず口を滑らせてしまったクレアが悪いがもう逃げられそうにない。余計な波風は立てたくなかったので二人には他言無用をお願いして声を潜めて結婚の経緯を離した。もちろん公爵から離縁状をもらったことは伏せて。


「それでは、クレア様は望んで嫁がれたのはないのですか?」

「…最終的にレイモンド様との結婚を決めたのは私です。その点は誤解しないでください」

「そう、なのですね」

「クレア様は、ジュエリア伯爵のことをどう思っているのですか?」

「お優しい方ですわ。少し不器用ですけれど…きっと良い父親になってくれると思います」


お腹を撫でながら思ったままを言葉にした。レイモンドなら子煩悩な父親になりそうである。だからこそ離縁したあとも安心して子どもを任せられると思ったのだ。


「では、ジュエリア伯爵のことは嫌ってはいないのですね?」

「え?えぇ、そうですね……」

「クレア様、少々お時間をくださいませ。微力ですがお力になれると思います」

「いいえ、私は今のままでも不満はありませんから」


だから放っておいてほしい、という言葉は喉元でどうにか留めた。二人とも何か決意したように頷き合っていて不安すぎる。


「あの、ここで話したことはどうか他言無用でお願いします」

「もちろんですわ、クレア様」

「大丈夫です!クレア様には絶対に被害が及ばないようにしますから!」


その言葉ですでに嫌な予感しかしない。でも彼女たちとのおしゃべりは楽しかったし出産のことも色々アドバイスをもらえたので有意義な時間だったのは確かだ。離縁するまでの短い間だが親交を持てたのはよかったのかもしれない。どうか公爵夫人に余計なことを言いませんように、平和に過ごせますようにと心の中で祈った。






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