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お披露目会から一カ月、クレアは婚姻前に使っていた客室にいた。レイモンドの自室へはあれ以来一度も足を踏み入れてはいない。公爵夫人やメイドたちにそれとなく促されるが曖昧に笑っては拒否し続けている。レイモンドもそのことには触れず、クレアの体調を気遣い本を贈ってくる毎日だ。元々彼と距離はあったがお披露目会の件でその距離はさらに広がった気がする。


ヘローチェの件はお披露目会の翌日に両親から詳細な事情を聞いた。彼女は幼い頃からレイモンドを慕っており、彼を振り向かせようと禁断の魅了魔法に手を付けてしまったらしい。そのせいで元々女性が苦手だったレイモンドは女性を拒絶するまでになってしまったのだ。魔封じをされ侯爵家からも除籍された彼女は成人後修道院にいるはずだったが、我儘で何度も脱走を繰り返し規則も守れない問題児で、同室の少女へ度重なる暴行でついに修道院側が面倒を見きれないとヘローチェを侯爵家へ送り返した。修道院にまで拒否されたらあとは監獄か罪人の労働施設しか行き場はなく、娘を哀れに思ったヴァロック侯爵はそのまま離れに住まわせた。騎士団にはヘローチェに特徴が似ている犯罪者の少女を労働施設へ送り、身代わりにしたことで誤魔化した。知っているのはヴァロック侯爵夫妻と世話役の侍女のみで、跡継ぎの令息には反対されるのがわかっていたので黙っていたそうだ。定期的にドレスや宝石をあげていれば大人しかったのでそのまま離れに幽閉していたが、約二カ月前に王女から手紙が届いたことにより状況は一変する。

その手紙は王女の最後の悪あがきで、塔へ幽閉される直前に隠し持っていた最高級の宝石で近衛兵を買収してヘローチェ宛に手紙を送ったのだ。クレア・ミルトンはレイモンドに媚薬を飲ませて既成事実を作り、無理矢理結婚をした悪女だと情報を捻じ曲げて。王女は幼い頃に上位貴族の交流でヘローチェと知り合っており、異常なほどレイモンドに執着する彼女を覚えていたのだ。王女もレイモンドには何度もアピールしていたのに見向きもせず、自分よりも行き遅れの男爵令嬢と結婚したことに酷くプライドを傷つけられて絶対に許せないことだった。だからこそヘローチェを使いクレアたちを引っ掻き回し、あわよくば離縁させようとしたのである。王女としてもヘローチェに手紙が届くかは一か八かの賭けであったが、運は王女に味方をした。ヘローチェは侯爵家におり、しかも手紙を最初に受け取ったのが彼女の世話役の侍女だったのだ。これがヴァロック侯爵や他の使用人だったなら絶対に手紙はヘローチェへ行くことはなかっただろう。侍女は誰にも相談せずヘローチェへそのまま手紙を渡してしまったのだ。手紙を読んだヘローチェはレイモンドの結婚を知って怒り狂い、どうやってクレアを追い出すか考えた。ずっと侯爵家の離れに幽閉されていたヘローチェがレイモンドとクレアの婚姻の経緯を知るはずがなく、王女のからの手紙を鵜呑みにしてしまったのだ。

そしてヘローチェは世話役の侍女を自身のドレスや宝石で買収して郵便物を監視させた。金に困っていた侍女は二つ返事で了承すると言われた通り郵便物を監視し、ヘローチェの読み通りレイモンドの婚姻のお披露目会への招待状が届く。招待状は令息であるジョエルのみを招待していたのに、何を勘違いしたのかヴァロック侯爵夫妻もお披露目会に行くと言い出したのだ。ジョエルが説得しても夫妻は言う事を聞かず、最終的に無理矢理アスクストーン公爵家へ来た。ジョエルが先触れを出していたので表面上は問題なかったが、公爵たちからの絶対零度の視線に夫妻は縮こまる。ここまで歓迎されていないとは思っていなかったらしい。ヘローチェの件があり、本来ならヴァロック侯爵家とも縁を切るところをそうしなかったのは公爵夫人の生家であり、いずれ侯爵を継ぐジョエルのためだった。ジョエルとレイモンドは幼い頃から仲の良い親友で、彼と交流を続けたいとレイモンドが望んだのだ。ヘローチェのせいで長らく交流を断っていたがレイモンドの婚姻を機にこのお披露目会で二人の仲を招待客たちに知ってもらうつりだった。だがそれもヴァロック侯爵夫妻の介入によりご破算になる。彼らは最後までヘローチェを擁護しておりレイモンドは伯父夫妻を一切信用していない。ジョエルとは交流を続けても現当主のヴァロック侯爵と仲良くするつもりはなかった。だからこそ最低限の挨拶しか交わせなかったのだ。

そしてヘローチェだが、侍女を使ってヴァロック侯爵夫人の旅行鞄へ忍び込み、三日間もの間ずっと鞄の中に潜んでいたというのだ。さすがに時折鞄から出て体を伸ばしていたみたいだが、それでも狭い収納庫の中で食事もとらずそれだけの間潜み続けたのはもはや執念である。倒れた時にうまく立ち上がれなかったのは長時間足を折り曲げていたせいだった。ちなみにヘローチェが自分の名前やヴァロック侯爵家を名乗れなかったのは罪人故に名乗れないよう言葉も封じられていたからだそうだ。そして公爵家へ到着後、誰もいなくなったところで鞄から抜け出し、隠し持っていたナイフを持って屋敷の中でクレアを探し回ったということだ。招待状の通りジョエルのみがお披露目会へ来ていたら防ぐことができたものだった。

王家にはその日のうちに連絡が行き、しばらく経った頃に王女の病死が発表された。これが言葉通りの死因ではないことは明白だ。ヘローチェについては箝口令が敷かれ、辺境の監獄へ収監されると秘密裏に処刑が行われたらしい。ただでさえ禁断の魔法に手を出しているのに修道院すら拒否され、事件を引き起こしたその身勝手さは処刑の判決を下す理由には十分すぎたのだ。そして彼女を然るべき場所へ移さなかったヴァロック侯爵は責任を追及され伯爵に降爵された。ヴァロック夫妻は領地の隅で蟄居を命じられ、子息のジョエルがその地位を継いだのだ。世話役の侍女も罪人を匿い、今回の犯罪に加担した罪で鉱山への強制労働の刑となった。


それを聞いたところでクレアの気持ちに変化はない。ただの情報として処理され、日常に戻るだけだ。ちなみに王家からは謝罪の手紙が届き、クレアに慰謝料が支払われるとのこと。またも臨時収入が入り、クレア個人の資産は結構な金額になった。離縁後の資金が溜まっていくことを皮肉に思いながらどこに住もうか考える日々だ。







あのお披露目会の後、家族から実家へ帰省しないかと聞かれた。何故、と漠然としながら問うと兄はクレアの手を取って幼子に言い聞かせるように言った。


「公爵家と関わってからお前が不幸になっているようにしか見えない。クレア、自分がどんな顔をしているかわかるか?俺たちがここへ来てから一度もクレアの笑顔を見てない」

「パーティーでは笑っていたはずよ?」

「あんなの作り笑いだろう。そうじゃない、お前の本当の笑顔だ。なぁ、クレア。ここへ来てから腹の底から笑ったことがあったか?食事は美味しいと感じていたか?心から幸せだと思ったことは?」

「それは…」

「このままここにいたら子どもだけではなく、お前まで儚くなってしまう。クレア、一緒に帰ろう。家に帰って、皆で食事をしよう。たくさん食べて、たくさん寝て、身体を休めよう。仕事も内職ならしてもいい、クレアの好きなことをして構わないから」


泣きそうな顔で訴える兄をクレアは見つめる。家族の前でクレアは笑っていたはずなのにうまく笑えていなかったらしい。兄からの申し出はありがたいが今ここでクレアが実家に帰ればよからぬ噂が立つ。王女の病死、ヴァロック侯爵の降爵と蟄居に次いでクレアが帰省したとなれば必ず勘繰られる。それに公爵家の体裁を気にしている公爵夫人が許してくれるはずがない。クレアの家族が被害に合うことになるのは絶対に避けたかった。ここはきちんと大丈夫だと説明した上で穏便に帰ってもらうのが一番だ。


「お兄さま、私は大丈夫です」

「大丈夫じゃないから言っているんだ。俺たちのことは何も気にしなくていい。頼むから、自分を大切にしてくれ」

「だからです。今の私にミルトン領へ行くだけの体力はありません。悪阻も酷いですし、長時間馬車に乗っていたら私の戻したもので悲惨なことになりますよ」

「時間をかければ大丈夫なはずだ。それに汚れなんて洗えばいいだろう」

「お兄さま、私は本当に大丈夫ですよ。お披露目会はプレッシャーでしたがそれも終わったので好きなことをする時間もできます。私もやりたいことをしますわ」

「でもクレア」

「私にはレイモンド様がいますから。レイモンド様、私のお願いは聞いてもらえますよね?」


そう扉の方へ話しかけると、一瞬時間を置いて扉からレイモンドが気まずそうに顔を出す。なんとなく気配があったがやはり彼であった。


「すまない、盗み聞きするつもりはなかったんだ……クレアのお願いならなんでも叶えるよ。君は全然我儘を言わないからむしろ大歓迎だ」

「ね、レイモンド様もそう言ってくれていますし」

「クレア…」

「どちらにせよ今は帰省できません。状況や私の具合が落ち着いたらミルトン領へ行けるか公爵様と相談しますから」


皆何か言いたげにしていたがクレアが一度決めたことを曲げない頑固さを持ち合わせているのをよく知っている。結局兄たちが折れ、クレアの回復を見届けると名残惜しそうに帰っていった。帰る前に全員と抱きしめ合い、定期的に手紙を必ず送ることを約束させられる。手紙が途切れた場合は公爵家へ問答無用で乗り込むと言われた時は少し笑ってしまった。レイモンドには何度もクレアを頼みますと両親がお願いをしており、彼は真剣に頷く。レイモンドを都合よく利用しているようで申し訳なかったが現状クレアの味方は彼しかいない。公爵とは離縁状を渡されたせいか苦手意識があったし、公爵夫人は優しいが有無を言わせぬところがあるので味方とは言い難い。それにクレア同様彼も被害者であり、レイモンド自身に落ち度はなかった。彼がずっとクレアを気にかけているのを見ていたからこそミルトン男爵家はレイモンドにクレアを任せたのだ。


「帰らなくてよかったか?」

「……帰ってもよかったのですか?」


見送りの後、レイモンドがぽつりと呟いた。クレアが聞き返すと彼はクレアの手をぎゅっと握って離さない。


「帰ってほしくない。すまない、余計なことを言ってしまったな。忘れてくれ」


そう言うと、彼はクレアの腰を抱いてやや強引に屋敷へエスコートした。ヘローチェの件からレイモンドはクレアと物理的な距離を縮めてきている。心はこんなにも距離を感じるのに不思議なものだ。









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