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よろしくお願いいたします




それは国の創立記念と王太子の結婚発表を兼ねた国が主催のパーティーの日。

パーティーの準備のために三日前からクレアは朝から晩まで休む間もなく働き通しだった。いや、それ以前からまともな休みなどなく、ここ三週間ほど無休で疲労と寝不足で体調は絶不調だ。パーティー当日はフラフラ状態で頭はぼーっとしていた。もはやクレアには考える機能はなく、言われたことを淡々とこなす人形と化している。先ほども招待客が落として割れたグラスを片付けるよう言いつけられ、言われるままにグラスの破片を回収し床を拭いていた。


だから周囲の空気に何も気付けなかった。

王太子とその婚約者が口論していることに。側近である公爵令息の様子がおかしいことに。王女殿下が公爵令息を見て妖艶な笑みを浮かべていることに。





気が付いたら横になって寝ていた。床を拭いていたことまでは覚えているがその後の記憶が全くない。記憶に残らないほどの疲労だったのだろうか。まあ疲労なんていつものことだけれど。体を包み込む温かさに身を預けながらクレアは寝返りをうつ。確かパーティーの翌日はようやくもぎ取った久しぶりの休日だ。心行くまで寝ていようと決めていたが如何せん全身の倦怠感と喉の渇きが酷い。水を飲んでから寝直そうと目を開けるとそこには何故か絶世の美男子の顔。寝ぼけ眼でその美しい相貌を見つめていると一気に覚醒した。

がばりと起き上がり周囲を見渡すと王宮にあるリネン室だった。クレアがいるのは山のように積み上がったシーツの間に設置された簡易ベッドの上で、美男子と一緒に寝ていたようだ。しかし何よりもまず先に驚いたのはクレアと美男子がほぼ全裸だったこと。そしてクレアの下半身の中心部に違和感があり、寝ていた場所には血痕が残されていた。


「…………うそでしょ」


とんでもない事態に頭が追い付かず、呆然とすることしかできない。一体どうすればいいのかと考える暇もなく今度は頭痛に襲われる。急に訪れた重い頭痛にベッドに蹲っているとドアからドンドンと叩かれる音が聞こえた。まずい、と思いながらもあまりにも酷い頭痛で意識は薄れてきており、ドアが乱暴に開けられた音を最後にクレアの意識はそこで途切れた。





その後、クレアは頭痛と体の痛みの中再び目を覚ました。気付いたらふかふかのベッド上でもう何が何だかわからない。とにかく喉の渇きと空腹が酷くて本能的に食物を欲していた。医者と騎士がすぐに来たが彼らの質問に答えるよりも空腹が勝ってちゃんと答えられたか怪しい。取り調べが終わると出された食事を全て平らげておかわりまでいただいた。お風呂にも入らせてもらい目覚めてから四日目の昼にようやく散歩できるまで回復したのだ。取り調べがまとまり次第説明をすると言われ、それまでは王宮の客室で待機、仕事も有給休暇となったのでクレアは心行くまでダラダラ生活を送る。その間に田舎にいる両親と兄がやってきて驚いたが事態が事態なだけにとりあえず納得した。でもこれからのことを考えると気が重い。

そして家族にあのパーティーでの事を聞くと戸惑いながらも教えてくれた。医者や取り調べの騎士たちは何も教えてくれなかったのでありがたい。詳細はまだわからないがクレアとあの美青年が一夜の過ちをしたことは貴族たちに知れ渡っており、その原因が王太子とその婚約者の公爵令嬢、王女だということだ。一番驚いたのはあの美青年が王太子の側近であり騎士としても名高いレイモンド・アスクストーン公爵令息だったこと。ご令嬢たちが結婚したい独身貴族ぶっちぎりのナンバーワンである。ちなみに二十四歳。女性と間違えるほどの美しい美貌を持ち、彼がそこにいるだけで女性の人だかりができる。給仕をしていて彼の噂を聞かない日がないほど人気だった。よりにもよってこんな雲の上の人物と関わることになるとはとことんついていない。

そのレイモンドはあの夜違法薬物の入った薬を飲まされていたらしく、まだ寝たきり状態で回復に時間がかかるそうだ。これは彼も被害者だなと思いながらクレアは自分を心配する家族を安心させるために下手くそな笑顔を浮かべた。




そしてあのパーティーから二週間後。


「本当に、申し訳なかった」

「心より、お詫び申し上げます」


王太子とその婚約者である公爵令嬢がクレアとレイモンドに深々と頭を下げる。その様子をクレアは冷めた目で見ていた。隣にいるレイモンドは完全なる無表情である。


「王女よ、早くお前も二人に謝罪を」

「嫌よ!レイモンド様はともかく、どうしてわたくしが給仕ごときに頭を下げなければならないの!?それより早くこの手錠と首輪を解いて部屋に戻してよ!まるで囚人みたいじゃない!」

「誰か、王女の口を塞ぎ黙らせなさい。耳障りよ」


口を塞いでいた布を取った瞬間耳を塞ぎたくなるようなキーキー声で王女は吠えた。国王と王妃は呆れと怒りで再び口を塞がれる王女を視界から外す。この場には今回の事件に関わる者とその家族が揃っている。口を塞がれても唸っている王女を無視して公爵令嬢の父でもある宰相からどうしてこのような事態になったのかの説明を受けた。


結論から言うと、クレアは完全な巻き添えであった。

まず、王太子と公爵令嬢。彼らは婚約しており、両想いであることは有名だ。たがお互い素直になれず度々口論になることがあった。二人揃ってプライドが非常に高く自分から相手に好きだと告白したくない、相手に自分を好きだと認めさせたいと常々思っていたそうだ。そこであのパーティー終了後、王太子は転移魔道具で公爵令嬢を人の目につかないリネン室に連れ込み男女のあれこれを行って王太子が好きだと言わせようとした。一方の公爵令嬢もパーティー終了後に控室で王太子に意識を混濁し軽い自白効果もある粉末状の魔法薬を振りかけて本当の気持ちを聞き出そうとしていたとのこと。

そして先ほど吠えていた王女様。彼女が一番の問題でレイモンドに媚薬を飲ませて既成事実を作り、責任を取らせて結婚する算段だったのだ。しかも飲ませた媚薬は違法薬物を使用している現在国が出所を鋭意捜索中だった代物。そんなものを王女が所持し、優秀な臣下に飲ませたと知った国王の怒りは凄まじく、王女を拘束し貴族牢ではなく一般牢にぶち込んだそうだ。王女は囚人と同じ服を着せられ、手錠と魔封じの首輪をつけられた姿はとても一国の王女には見えない。


そして何故クレアが巻き添えをくらったのかだが、クレアが割れたグラスを片付けていたまさにそのすぐ後ろで王太子と公爵令嬢がいつもの口論、もとい、痴話げんかをしていたのだ。この二人の痴話げんかは日常的に行われるもので、恒例行事と化している。いつもならこの場で言うことではありませんね、という文言ですぐに終了するのだが、二人はいつまでも素直に告白してくれない相手に焦れていた。正式な結婚発表をする前にどうしてもお互いの気持ちを確かめ合いたかった二人はいつもならすぐ終わる痴話げんかをヒートアップさせていく。さすがに祝いの席で目に余るのでレイモンドが止めに入るがこの時二人はパーティー終了後に行おうとしていた計画を愚かにも今実行しようと思い立ってしまっていた。王太子と公爵令嬢は服に忍ばせていた転移魔道具と魔法薬の瓶をそれぞれ手に持ち、行動を起こそうとしたまさにその瞬間。

→レイモンドが体調の異変に気付き体が大きくふらつく。

→王女がレイモンドを控室に連れ込むためにわざと飲み物を彼の服にかけようとするが、ふらついたことで公爵令嬢の足元に飲み物が零れる。

→公爵令嬢は王女が零した飲み物で足を滑らせてその弾みで手から投げ出された魔法薬の瓶が空へ舞う。

→倒れそうになる公爵令嬢を王太子が転移魔道具を放り投げて彼女を受け止めに行く。

→レイモンドが二人の手から離れたものを見て瞬時にそれが何か把握し、側にいた王女を離れさせるため突き飛ばす。

→レイモンドがうまく動かない体に鞭打ってなんとかその二つをキャッチするが、足がもつれて床を拭いていたクレアの上に倒れる。

→その弾みで転移魔道具が発動。クレアとレイモンドはリネン室に転移し、ベッドに不時着。その反動で運悪く瓶の蓋が取れて二人に魔法薬が降りかかる。

→そして二人は意識が朦朧としている中で一夜の過ち。


とまぁ事の顛末はこんな感じである。この話を聞いてクレアは心底呆れた。将来この国を背負う者が一時の感情でここまで稚拙で短絡的な行動をするなんて信じられない。そんな痴話喧嘩は結婚してから二人でいくらでもすればいいのに、何故大勢の貴族が集まるパーティーで事を起こすのだろう。だいたいいくら王太子でも婚約者に同意もなしに襲えば強姦罪になるし、令嬢も王族へ魔法薬を使用するなんて不敬罪どころの話ではない。いわずもがな王女は論外である。何よりも無関係のクレアが巻き込まれたことが一番納得いかなかった。

王太子たちが動き出す前にレイモンドは王女に細工された媚薬入りのシャンパンを飲んでおり、クレアとリネン室に転移した時にはすでに媚薬が効いていたのだ。媚薬を飲まされさらに意識が朦朧としている中で正常な判断などできるはずもない。ちなみに公爵令嬢が用意した魔法薬は使用後に頭痛の副作用があり、クレアの頭痛の原因はそれだった。すぐにリネン室へ救出が来なかったのは王太子が夜明けまでドアが開かないように強力な魔法をかけていたそうだ。つまりは原因となった三名がそれぞれの思惑を持って行動した結果、悪い偶然が重なってクレアたちに被害が被ったと。だからクレアがレイモンドに襲われてしまったのも完全な事故であり彼も被害者だった。


「説明は宰相の言った通りだ。まずは今一度私からそなたらへ王家を代表して謝罪を。レイモンド・アスクストーン公爵令息、クレア・ミルトン男爵令嬢、この度は誠に申し訳なかった」

「我がマルロー公爵家も謝罪いたします。大変申し訳ございませんでした」

「謝罪はもう結構です。それより今回の被害者である息子とクレア嬢に慰謝料は?そこの三人には今後どのような処罰を?まさか王家と筆頭貴族であるマルロー公爵家が二人の名誉も回復せず謝罪の言葉だけで済ますわけではありますまい」


レイモンドの父であるアスクストーン公爵が険しい表情で鋭く切り込む。クレアは何も言わず表情にも出さないが心の中で公爵に大きく頷いていた。謝罪なんて上辺だけの言葉などいくら言われようが必要ない。


「もちろん慰謝料は王家とマルロー家双方で支払う。二人の名誉も我が王家の名にかけて回復させよう。レイモンド令息とクレア嬢は要望があればそれを叶えることを約束する。王家とマルロー家への貸しにしてもよいので決まり次第連絡をしてくれ。そして今回の原因でもある三名だが」


国王はちらりと王太子たちを見た。王太子と公爵令嬢は大人しく沙汰を待っているが王女はクレアをずっと睨みつけている。この王女は今は亡き王太后が待望の王女の誕生に喜び甘やかしに甘やかしまくった結果だ。こんなことをしでかして反省の色すらないなら切り捨てる以外道はない。そもそもここまで話が大きくなった原因はクレアたちが転移した後の王女の失言である。レイモンドと夜を共にできなかった事を王太子と公爵令嬢に八つ当たりした挙句、転移魔道具と魔法薬を二人が持っていたことをしっかり目撃しておりそれについて大勢の前で詰め寄ったのだ。国王が王女を取り押さえた時には時すでに遅く、王太子と公爵令嬢が何故そんなものを持っていたのか、そして消えたレイモンドとクレアがどうなったのかの話題で持ち切りだった。王女が黙ってさえいれば内々で処理ができ、面倒なことにならずに済んだのに。この苛烈で我儘な性格のせいで十八になっても嫁の貰い手はなく、王家の悩みの種だった。レイモンドに媚薬を飲ませて既成事実を無理矢理作ろうとしたのも彼を愛していたわけではなく、自分が行き遅れになることを危惧したからだ。どこまでも自己中心的で王女としての自覚もなく、迷惑しかかけない娘に国王と王妃は王太后に教育を任せるのではなかったと心の底から後悔した。


「王太子は王太子の身分を取り下げ、ただの第一王子とする。マルロー公爵令嬢との婚約も解消だ。王女は媚薬の入手方法の取り調べが終わり次第、北の塔へ生涯幽閉とする」


それを聞いた王太子、いや元王太子は顔を真っ青にし、公爵令嬢は悲痛な表情で視線が床に向けられたまま。王太子でなくなった第一王子はマルロー公爵家という後ろ盾を失い、これから王位継承争いを振り出しから始めなければならない。王子は他にも三人いるので王の椅子までは酷く険しい道のりになるだろう。公爵令嬢は王妃になる道を閉ざされ、王女は政略の駒としての価値すら失った。口を塞がれた王女は諦め悪く喚いていたが、誰一人彼女を気にすることはなかった。




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