好きだった先輩に「あなたのこと弟みたいにしか見れない」と言われてフラれた前の日にタイムリープしてたのでイメチェンして頑張ってみる
誰もいない校舎裏。生暖かい風が学校に植えられた木々の隙間を通っていく。
ドキドキと緊張が加速する。
そうして待っていると、1人の生徒がやってきた。
「お待たせ、話って何かな?」
俺の先輩であり、初恋の相手でもある涼風 梓である。
梓先輩は俺の家の向かいに住んでいる。
なので、たまに朝にバッタリと会い、登下校を一緒にして行くうちに仲良くなったのだ。
そして俺はそんな彼女に好意を抱いている。
サラサラとした髪に、透き通った瞳、ツヤツヤとした肌、包容力がありつつも時々お茶目な一面を見せてくれる彼女の性格。
それが可愛くて愛おしくて好きなのだ。
正直、告るつもりはなかった。
付き合えたらどれだけいいだろうか、と思いはするが、自分の程度は弁えている。
梓先輩は多分モテている。初対面だった時『可愛い』と、一瞬見惚れてしまったほどだ。
それに対して、俺は低身長、髪はちょっと癖っ毛が残っていて、頼りないと自分でも思う。
そんな先輩の彼氏になれるわけなどないのだ。
後輩として可愛がってもらうだけでいい。もし告ってフラれでもしたらこれまでの関係に亀裂が入ってしまう。
しかし、数日前、俺は友人にこれでもかというくらい『告ったら?』と言われた。
最初は軽く流していたが、友人の言うこともある言葉が俺を突き動かした。
「高校生活なんて3年しかない。ましてや恋の華なんて一瞬しか咲かない。だから当たって砕けろで告れ」
俺はこの言葉に胸を打たれて決心がつき、梓先輩に告ることにした。
いざ梓先輩を目の前にするとやはり緊張する。
梓先輩へのドキドキと告白することに対してのドキドキが合わさって胸がサーカス状態だ。
「ごめんなさい、時間取らせちゃって」
「全然いいよ、気にしないで」
そう言って微笑む彼女の姿に俺の心は再度射抜かれた。
そして俺は一息ついて言った。
「俺、先輩のことが好きです。だから俺と付き合ってください!」
シンプルで王道。だけれでも全力の俺の告白。
俺は手を差し出した。......しかし彼女が俺の手を取ることはなかった。
梓先輩は俺の手を包み、手を降ろさせた。
「ごめんね、葉月くん。あなたとはお付き合いできません」
結果、あっさりとフラれた。
「......こちらこそお時間もらってしまってすいません。最後に理由だけ教えてもらってもいいでしょうか?」
胸から熱いものが込み上げてきそうになるが、俺はそれを抑える。
まだ終わっていない。理由だけでも聞いておきたい。
「弟みたいにしか見れないから.......かな」
「......そうですか」
「じゃあまた明日ね......バイバイ」
そう言い残して梓先輩は去っていった。
......これで良かったんだ。想いを伝えられたし。
はぁ、と俺は複雑な感情を吐き出すようにため息をついた。
胸の熱さはいつのまにか消えていた。
分かりきったことだったんだ。......でも悔しいな。
今からでもイメチェンしたりして間に合うかな? なんてな。
俺も重い足取りで帰路についた。
***
次の日の朝。俺はまだはっきりとしない意識を覚ますために目を擦りながら、リビングへ向かった。
まだ心の痛みは消えていない。ただ、寝たからか多少は軽くなっていた。
金曜日に告白しておいてよかった。
告白した次の日に学校とかだったら流石に気まずすぎる。
「......おはよう」
「あら、おはよう。朝ごはんできてるから食べていいわよ」
「ん、分かった」
今日は休日のはずだが随分と早い朝ごはんだ。早起きでもしたのだろうか。
「お兄ちゃん、おはよう。朝から暗い顔してるけど大丈夫?」
「あー、うん。眠たいだけだ」
「そう? ならいいんだけど」
まだ中学生である妹に心配されてしまった。それほど顔に出ていただろうか。
それにしても金曜日の夜はいつも妹は夜更かししているので起きるのが遅いはずなのだが、どういうわけか妹も早起きしていた。
土曜授業でもあるのだろうか。
「今日は土曜授業が何かか?」
そう妹に問うと、キョトンとしたように首を傾げた。
「お兄ちゃん、何言ってるの? 今日木曜日だよ? 学校あるに決まってるじゃん」
「......は?」
えー、いやいやいや、今日土曜日だろ?
俺はパジャマのポケットからスマホを取り出して確認した。
そしてなんと木曜日表記になっていた。
友達とのメッセージの記録もみてみる。そしてやはりないのだ。金曜日に会話したはずの内容がない。
「お兄ちゃん、大丈夫? 疲れが出てるんじゃないの?」
「......かもしれんな」
それでもにわかには信じがたい。
これってあれか? 漫画でよくあるタイムリープってやつか?
それにしてもしょぼすぎないか? 1日前だけタイプリープなんて。
......いや待てよ、ってことは俺が梓先輩に告ったのも帳消しにされてる? だとしたらまだチャンスはある?
「......妹よ。俺はイメチェンしようと思うのだ」
「え? 何? 急にどうしたん? 話聞こか?」
「いや、まじのまじ」
「えー、まあいいんじゃない? 知らんけど」
***
「いきなり変えると言うのも気が引ける......さてどうするか」
俺はご飯を食べた後、姿見の前で鏡の自分と睨めっこしていた。
まずはこのボサっとした髪だ。
俺はだいぶ前に買ったけれども一度も使ってこなかったくしを手に取り、髪を整え始めた。
「......よし、これでいいか。あーいやだめだ」
癖っ毛がやはりピョンと跳ねてしまう。直しても直してもきりがない。
数分くらい癖っ毛と格闘してようやく直すことができた。
......でもこれではまだ少し足りない。週末、髪切りに行くか。
その後も、化粧水を塗って、その後に保湿クリーム塗ったり、牛乳がぶ飲みしたりと色々やった。
結果、学校に遅れそうになった。
「あっぶねー、ギリセーフ」
チャイムと同時に俺はギリギリ席につけた。
「お前が遅れそうになるなんて珍しいな、梓先輩はどうしたー?」
隣にいる友人、一条 色葉が話しかけてきた。
大抵は梓先輩と学校に行っているので不思議に思ったのだろう。
「ていうかお前......」
色葉が何か言いかけたところで先生がやってきたので前を向いた。
***
昼休み。教室前の廊下で、窓にもたれながら俺は色葉と話をしていた。
そして会話にも見覚えがあるものばかり。タイムリープしたんだと改めて実感させられる。
原理は知らないがこちらとしては好都合である。
「なあなあ、梓先輩好きなんだろ? いい加減告ったらどうだ?」
「えー、いやいいや、梓先輩の後輩ってだけで嬉しいし」
そもそもフラれる未来を見たからな。
「絶対告った方がいいぞ。フラれるフラれない関係なく」
「えー、なんで?」
「そりゃーあれさ。高校生活なんて3年しかない。ましてや恋の華なんて一瞬しか咲かない。だから当たって砕けろで告れ。それに梓先輩は彼氏がいる訳じゃないんだからチャンスは何度でもあるかもしれんぞ」
前の俺ならこの言葉で心動かされ、梓先輩に告っていただろう。
しかし今は違う。......フラれた時のショックは思ったより大きかった。
「無理だな。俺はまだ告らない」
「おや? ってことはつまり、いつかは告ると?」
「ああ、そのためにも頑張ってイメチェンしようと思う」
でも先輩はどういうタイプが好きなのかわからない。
少なくとも言えるのは弟みたいな後輩ではないということだ。
まあだとすれば頼れるお兄さん系とかだろうか。
でもそれって難しくないか? 俺、低身長だし。
ここからの会話の内容はまた違っていた。
俺の回答が前回と違ったからだ。
そんな感じで色葉と話し込んでいると、階段を降りる梓先輩の姿が見えた。
そして俺の姿を見て笑顔で手を振りながら近づいてきた。
思わずドキドキとしてしまう。
「あ、やっほー、後輩くんー」
そう言いながら梓先輩は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
......心臓に悪いから本当にやめてくれ。
廊下にいる何人かの男子生徒の視線が俺たちに集まった。
無理もない。梓先輩はかなり可愛い。時々だが1年生の間でも話題になっている。
そんな先輩にスキンシップを取られるパッとしない男子。
困惑と羨望と嫉妬の眼差しが向けられていた。
ちなみに隣にいた色葉はいつのまにか別の場所まで移動していた。
そしてニコッと俺に笑顔を向けて視界から消えた。
「後輩くん、今日一緒に帰ろうよー」
「別にいいですけど、もしかしてそれ言うためだけに1年棟にきたんですか?」
「まっさかー、職員室にちょっと用事。じゃあ私そろそろ行くね、また後で」
***
今日はあいにくの雨だった。傘を持ってきてよかった。
昇降口で梓先輩を待っていると、困り果てた顔でこちらへ来た。
「ごめん、後輩くん。傘忘れたからさ、入れてくれない?」
「いいですよ。この前の借りもありますし」
「ありがとー、助かる」
そして俺は梓先輩を同じ傘に入れて帰路についた。
2度目の相合傘。しかし決定的に違うのは俺の心拍数だろう。
距離が近く、雨の匂いを打ち消して甘い匂いが鼻腔を掠める。
***
先輩と俺は向かいの家に住んでいるとはいえ元々顔見知り程度だった。
挨拶を交わす程度。そこからは話題に発展しない。
しかしある時、今回と逆の立場であるが今回のような状況だ。
俺が雨が降るしきっているのにもかかわらず、傘を忘れてしまっていたのだ。
そこで困っていると先輩が声をかけてくれた。
「そこの君」
「はい? えっと俺のことですか」
「うん、向かいの家に住んでる子だよね。私の傘入る?」
「そんなそんな、悪いですし......」
「いいよ、気にしないで」
そしてその時、俺は梓先輩の傘に入れてもらったのだ。
結果、俺は傘の下、彼女と打ち解けられた訳だ。
***
「私が傘持とうか? 荷物重いでしょ?」
「すいません、ありがとうございます」
おそらく俺の身長の方が圧倒的に低いからだろうが、俺を傷つけないように荷物が重いだろうという訳をつけて、梓先輩は傘を持ってくれた。
こういうさらっと気遣いができる先輩が好きだ。
......でも気遣いされるばかりではダメだ。だから弟みたいなんて言われるんだ。
「先輩、そう言えば先輩の好きなタイプって何ですか?」
俺はどストレートに聞いてみた。とりあえずこの情報がなければイメチェンは始められないのだ。
「うーん、そうだね。頼り甲斐のある人じゃないかな? 私が甘えられそうな人とか」
「身長高い人とかですか?」
「うん、まあそれもあるね」
......めちゃめちゃ俺と真反対。牛乳毎日飲むか。でも効果あるのか?
まあでもこれで一歩前進。先輩のタイプを聞けた。
「葉月くんのタイプは?」
「うーん......優しい人ですかね」
「大雑把! だけど気持ちはわかる」
俺は梓先輩が好きだと悟られないように大多数に当てはまりそうな抽象的な表現をして誤魔化した。
***
それから時は流れ、数ヶ月の月日が経った。
あれ以来タイムリープは一度もしていない。あの一度きりだったようだ。何とも不思議である。
しかし、あの出来事は俺を大きく変えるきっかけとなった。
結果的に俺は低身長から脱却し、梓先輩よりは背が高くなっていた。
牛乳効果かと思ったが、ただ単に成長期が来ていなかっただけだろう。
そして俺は髪型を変えて爽やかな印象を持たせるようにしてみた。
あと自信もつけた。
今まで話してこなかった女子と話して場数を踏むことで乙女心というのも理解してみようとした。
筋トレもした。勉強も頑張った。
色々やった。
......その代わりと言っては何だけれども学校内での先輩とのやりとりは減ってしまった。
同級生の子とよく話すようになった。
帰りも一緒に帰らなくなった。話す機会があるとすればばったりと朝会って一緒に登校する時くらいだろうか。
でも最近それもない。
段々と焦りも募らせていた。このままではよくない。
もっと先輩にアプローチした方がいいのに。それでも最後まで残り続けたヘタレ心がそれを邪魔した。
そんなある日のことだった。
図書室で偶然、梓先輩を見つけた。
「ふぬぬ......」
1番上の棚の本を取ろうとしているのだが、手が届かないようだった。
俺の身長なら届くだろう。
俺は梓先輩の元へ行き、手を伸ばして本を取った。
「これですか? 先輩」
「......」
「先輩?」
「......あー、うん、それそれ、ありがとう」
前まで梓先輩が下を見ていたというのに少し上目遣いになっている。
「前まで私よりちっちゃかったのに、なんか大きくなった?」
「まあそうですね、成長期が来ました」
「......そっか」
彼女は心なしか頬を赤くしているように見えた。
......可愛い。
ドキドキが加速していく。
「本、ありがとうね」
そう言い、先輩は去ろうとした。俺も何も言わないつもりだった。
......しかしこのままでいいのだろうか。
もっと俺は先輩と話したい。
「先輩、今日一緒に帰りませんか?」
そう言うと梓先輩は振り返る。
「ん、いいよ」
ニコッと笑う彼女の笑顔は前と何ら変わっていなかった。
***
「ねえ、後輩くん......好きな人いるの?」
帰り道、梓先輩がそんなことを聞いてきた。
正直今すぐここで、あなたです、って答えたいが、前と同じルートを辿る可能性がある。
いないと答えるのが無難だろう。
「特にいないです。急にどうしたんですか?」
「あー、いやさ。最近だいぶ変わったから驚いちゃって。私と関わることも少なくなってたし、好きな子でもいるのかなーって」
少し梓先輩は寂しそうな顔をした。思わず胸が早胸を打ってしまう。
匂わせ発言は心臓に悪すぎるだろ......。
しかし俺だってタダでやられる訳じゃない。
「何ですか? 寂しかったんですか?」
イタズラっぽくそう言うと、先輩は顔を真っ赤にした。
そして顔を逸らす。
「ま、前までの後輩くんこんな意地悪じゃなかったのに」
「誰だって変わりますよ」
異性として意識してもらえるようになったと言うことだろうか。
以前はこんな表情を見せることはなかった。
「でも本当後輩くん変わったよね。私の知ってる後輩くんじゃないや」
「前の方が良かったですか?」
「ううん、別に葉月くんは葉月くんだよ。何が君をそうさせたかは知らないけど、そうやって地道にコツコツと頑張ってる葉月くんはかっこいいな......なんて」
気恥ずかしそうに梓先輩は言った。
......今かっこいい、って言ってくれたよな?
何だこれ。顔がすごい熱い。
「あ、ありがとうございます」
「か、勘違いしないでよね。別にそう言う意味じゃない......から」
そして少し気まずい空気になってしまい、お互いに黙り込んでしまった。
......というか顔が熱い。多分赤くなっている。
好きな人に「かっこいい」と言われ、喜ばない男子がいない訳ない。
俺は先輩にも同じ質問を聞いてみることにした。
「先輩は好きな人いるんですか?」
「わ、私!? えーっと......」
すると、顔をさらに真っ赤にして視線を逸らした。
「......」
「先輩?」
「あーえっと、私はいないかな......あはは」
どうしてこうも今日は思わせぶりなことをしてくるんだ......胸がもたない。
「関係ないんだけどさ、コンビニでなんか買ってかない? 先輩が奢ってあげるよ」
「え、いいんですか?」
「いいよ、たまには先輩らしいことさせてよ」
そうして俺たちはコンビニでアイスを買い、公園のベンチに座った。
足をぶらぶらとさせながらアイスを頬張っている梓先輩は結構可愛い。
もう空は赤くなっておりエモかった。ここから家までさほど遠くないので日が暮れる前には帰れるだろう。
「あ、最後の一口いる?」
梓先輩はカップのアイスを付いていた紙のスプーンと共に俺に差し出した。
俺はもう食べ終えてしまっているので、あげることはできないが、梓先輩がいいならいいか。
「では、いただきます」
......ってあれ? これ間接キス?
俺はそう思ったが時すでに遅し。もう口に放り込んでいた。
何だかいつもより甘いような気がした。
同時に熱さも込み上げてくる。
横を見ると梓先輩は笑っていた。
「ふふーん、間接キス.......だね」
......これ、もう、ダメ。
俺は自分を誤魔化すかのようにアイスのゴミを近くのゴミ箱に捨てに行った。
「私からのサプライズ?」
「......よくないです。ずるいです」
でも......今までの匂わせ発言ももしそうだとしたら、勘違いじゃないとしたら辻褄が合う。
......今なら。
「梓先輩」
俺は一息ついた後に言った。
「俺、先輩が好きです。ずっと前から好きでした。だから俺と付き合ってくれませんか?」
そう言うと先輩は目に涙を溜めて、俺の胸に頭を預けた。
「......私も葉月くんが好き。ひたむきに頑張ってる葉月くんが好き。葉月くんてっきり他の女の子が好きなんだと思ってた......こんな私でよければよろしくお願いします」
俺は梓先輩の頬に手を伸ばして、優しく口付けをした。