ぼくは流れ星にならないよ
漢字をどれくらい使うかにずいぶん悩んだのですが、大人が読み聞かせをする時に、
ひらがなが続いて、つっかえないような配分にしました。
そのため、小学校で習得する漢字の難易度および順番がバラバラです。
とりあえず、漢字にはすべてルビを打つことにしました。
いつだったか忘れてしまったけれど、ママとパパとお山に行ったことがある。
「お星さまを見に行こう」とパパが言ったから。
小さな毛布と、あったかいお茶の入った水筒をもって3人で行ったんだ。
お空を見ると、おうちの窓から見たときよりも、まっ黒だ。
小さな白い点々も、たくさんある。
「あの白い点々が、お星さまだよ」
パパがおしえてくれた。
「ちっちゃいね。ようちえんで作ったお星さまは、もっと大きいよ」
「お空のお星さまもね。ほんとうは、もっと大きいんだよ」
「ふーん。わかんない」
パパが言うことは、ときどきむずかしい。
ママがぼくを、ぎゅって抱っこしてくれた。
「ゆう君が、もうちょっと大きくなったらわかるよ。さくらのお花が咲いたら、ゆう君も年長さんだね。ようちえんのなかで、一番お兄ちゃんだ」
ほんとうのお星さまのことは、まだよくわからないけれど、ママに抱っこされると、とってもあったかくて、いいにおいがした。
「お兄ちゃん」って言われるのも、なんだかうれしい。
ぼくには、弟も妹もいないから。
「ゆう君、見て! 流れ星だよ!」
ママが大きな声を出すから、びっくりした。
お空を見ると、白い点々がすごいはやさで、どこかに行っちゃった。
「ながれ星……」
お星さまは、お水みたいにながれるの?
プールのお水は、お日さまの光があたると、キラキラしてきれいなんだ。
だから、お星さまもキラキラしてるのかな。
「ようちえんでね、先生がオルガンでひいてくれるお歌にも、お星さまがでてくるんだよ。キラキラして光って、みんなを見てるんだって」
「そっかぁ。ママも好きだよ。そのお歌」
ママもパパも、にこにこしてる。
ぼくは、このお顔が大好きなんだ。
お星さまにも、パパとママがいるのかな?
ひとりぼっちで、どこに行くのかな。
さびしくないのかな。
まいごにならないのかな。
ぼくは、まいごになると、とってもかなしくなるよ。
それなのに、パパもママも、どこかに行っちゃうお星さまたちを、キラキラしたお顔で見てるんだ。
「きれいだね」って。
ぼくは、なんだか泣きたくなって、パパとママがどこにも行かないように、ふたりのお洋服をぎゅっと引っぱった。
ママが言ったとおり、さくらのお花が咲いたら、ぼくは年長さんになった。
お兄ちゃんだから、なんでもひとりでできるんだよ。
きょうはママと一緒に、ヒーローに会いにきた。
大きなデパート。人も、お店も、いっぱいだ。
「ゆう君、人がいっぱいいるから、ママとおててをつなごうね」
「どうして?」
「迷子になっちゃうからね」
「ならないよ。だって、ぼくはお兄ちゃんだから」
「んー、そうだねぇ」
ママが困ったお顔をした。
どうして、そんなお顔をするの?
「ぼくは、お兄ちゃんなんだよ。もっと大きくなったらヒーローになって、パパとママを守るんだ」
「そっかぁ。ママ、うれしいな。でも、見て? ゆう君より大きいお兄ちゃんも、ママとおててつないでるよ?」
「んー、じゃあ、しかたないね。ぼくもつなぐ」
ママが「ふふっ」って笑った。
なんだか、いやな気持ちになった。
「なんで笑ったの?」
「ゆう君が、どんどんお兄ちゃんになっていくから、ママ、うれしいの」
「ふーん」
じゃあ、いいか。
ヒーローショーが終わって、みんなが色々なほうに歩いていく。
「やっぱり、ヒーローはかっこいい!」
ぼくより小さな男の子が、そう言ったのが聞こえた。
ヒーローはかっこいい。ぼくもそう思う。
ぼくもパパとママのために、はやくヒーローにならなくちゃ。
エレベーターに乗って、屋上から1階までおりてきた。
デパートの出口まで来たけれど、ママがかばんの中をゴソゴソとして、なにかをさがしてる。
「どうしたの?」
「ママ、さっきのヒーローショーのところにハンカチを忘れてきたかも……」
「ぼくが取ってきてあげる!」
ぼくは、すごいはやさで走りだした。
かけっこは、ようちえんで一番なんだ。
いつも、パパもママも先生もほめてくれる。
「待って! ゆう君!」
ママの声がした。
大丈夫だよ、ママ。
ぼくが、すぐに取ってきてあげるから。
きっと今日も、ママはほめてくれるんだ。
ぼくがエレベーターの前まで来たときに、ちょうどドアが開いた。
光った三角が上を向いてる。
これに乗れば、屋上に行けるんだ。
マンションのエレベーターだって、ひとりで乗ったことがあるから大丈夫!
あっというまに屋上についた。
いっぱいだった人が、もういない。
ぼくは、キョロキョロとあたりを見わたした。
「ハンカチ、どこにあるのかな……?」
「ぼく? どうしたの? お父さんかお母さんと一緒に来たのかな?」
ヒーローショーのときのお姉さんだ。
「ママのハンカチをさがしにきたの」
「そっか! すごいね!」
ほらね。やっぱりほめられた。
「ママのハンカチはこれかな? 忘れものみたいだったから、お姉さんが預かっておいたの」
晴れたお空みたいな水色のハンカチ。
「うん、これ! お姉さん、ありがとう!」
お姉さんは、にこって笑ってくれた。
「ハンカチ、ママにわたせるね。ママは、どこにいるのかな?」
「えっとね、1階」
「え?」
お姉さんが、おどろいた顔をした。
「ここまで、ひとりで来たの?」
「うん! ぼくはお兄ちゃんだから」
「そっかぁ。でも、お姉さん心配だから、ママのところまで一緒に行ってもいいかな?」
「ぼく、ひとりで大丈夫だよ?」
「お姉さんも、ママに会ってみたいな。だめかな?」
「いいよ! 連れていってあげる」
お姉さんが、また笑ってくれた。
お姉さんも、ママに会いたいんだ。
「ゆう君!」
「あ、ママだ」
エスカレーターで来たんだ。1階でまっててくれたら、よかったのに。
はぁはぁと苦しそうなのに、ママはぼくのところまで走ってくる。
「だめでしょ?! 勝手にどこかに行ったら!」
「でも、ぼくはお兄ちゃんだから……」
「お兄ちゃんでも、だめなの! ママがいいよって言うまでは、ひとりでどこかに行っちゃだめよ?!」
ママに、ぎゅっと肩をつかまれた。
ママはまだ、はぁはぁと苦しそうで、汗もいっぱいかいてる。
ぼくが、ながれ星みたいに、どこかに行っちゃったから、ママもかなしくなったのかな。
「ママにハンカチを届けたかったんだよね?」
お姉さんにそう言われて、ぼくはうなずいた。
「えらかったね。でも、お兄ちゃんなら、ママを心配させちゃだめだよ?」
そう言って、お姉さんがぼくの頭をなでてくれた。
「お世話になりました」
ママがお姉さんに、おじぎをした。
あ、おとなが『ありがとう』っていうときにつかう言葉だ。
ぼくも、ありがとうって言わなくちゃ。
「お姉さん、ありがとう」
「どういたしまして」
バイバイ、と手を振ってくれたお姉さんに、ぼくも手を振った。
ママは、いつのまにか、いっぱいの涙をながしてた。
「ごめんね、ママ。もう、勝手にどこかに行ったりしないから。笑って?」
ぼくはママのおめめに、ハンカチをあてて、涙をふいてあげた。
いつもは、ぼくがママにしてもらってる。
でも、もうお兄ちゃんだから。
ママはすごくびっくりした顔をして、また泣いちゃった。
「ママ、泣かないで?」
ぼくは、ママのキラキラしたお顔が好きなんだ。
だから、あのお山でながれ星を見たときみたいなお顔に、ぼくがしてあげる。
ぼくは、ながれ星みたいにどこかに行ったりしないから。
主人公「ゆう君」は、自分が迷子になっても、「大人が迷子になった」と思ってしまうタイプです。
子どもの成長過程でどこから湧いてくるんだという「万能感」と、それでもときどき感じる「孤立・離別する不安」がテーマ。
保護者からすると「勝手にどこかに行かないで。心配するでしょ?」という気持ちを、子どもたちに理解してほしいという内容です。
後書きにここまで書いてしまうと、野暮なのかもしれませんね……