仲良くお留守番2
「あーっ! どうして!」
最後の一枚のジョーカーが私をあざ笑いながらテーブルに落ちていった。
雨は一層激しくなり、ハンナも戻って来れないだろう。
昼食に持ってきてもらったパンを簡単にかじった私たちは、そのままランベルトを引き込んで三人でカードゲームをしていた。
兄のことは心配だったが、時間をつぶして待っているしか出来ない。
ちなみに母は別室で読書中である。
「レーシアン様もランベルトも強すぎます! ずるいです! どうして私のところへばっかりジョーカーが来るのですか!」
五回もしているというのに私がずっと連敗している。おかしい、こんなにジョーカーに好かれるなんて何かあるに違いない。
「いえ、お嬢様が分かりやすいだけです」
ランベルトの言葉にレーシアン様までもが頷いている。
「うう、でも、お兄様がいるときは三回に一回くらいは勝ててるもの!」
「それは、あんまりにもわかりやすいお嬢様を気の毒に思って、毎回ハージ様がわざと負けてくれているのです。気づいていなかったのですか?」
「う、嘘……」
「そ、そうか、負けてやれば良かったのか」
ポツリ、と言うレーシアン様に悔しさが増す。
「ま、負けてやれば⁉ そんな同情なんていりません!」
「そうですよね。ですから、お嬢様は本日は負け続きなのです」
「くうっ、ランベルト……」
「そろそろ私は抜けます。雨漏りがないか点検したいので」
やれやれとランベルトが席を立つ。
彼は深々とレーシアン様に頭を下げた。
「ええっ! ランベルトが抜けたら二人だもの! そうしたら、ゲームが面白くないじゃない!」
「そう言って、いつも私を引き込むのはお止めください。私はあくまで使用人ですから。どうしてもというなら奥様をお呼びします」
「ランベルトは家族みたいなものじゃない……まあ、いいわ。雨漏りしても大変だから。でも、危ないところへは行っちゃだめですよ? もうお年なんですから」
「……はい。わかりました、お嬢様。レーシアン様、大変失礼いたしました」
「いや。こちらが誘ったのだ。気にしなくていい」
「ふふ。お嬢様は変わり者でしょう? でも、お優しいのですよ」
「いや、まあ……わかっている」
テーブルに広がっていたカードをそろえるとランベルトが部屋から出て行ってしまった。途端に部屋は雨が窓を叩く音に支配された。
「こんなことはよくあるのか?」
「こんなこと、ですか?」
しばらく無言だったレーシアン様がそろえられたカードを手に取って聞いた。
「その、使用人と一緒にカードゲームなど」
「あ……すみません。小さいころからランベルトとは一緒でして、お兄様と二人でするのはつまらないのでいつも一緒に遊んでもらっていたのです」
「ではずっと昔から働いている使用人なのか」
「お恥ずかしい話、使用人に満足な給料も払えず、ランベルトにはいつでも出て行っていいと言っています。けれど、私たちを心配してずっと働いてくれているんです。とても優秀で、うちにはもったいない人材です。……私は勝手に家族みたいに思ってまして。」
「……きっと、この家は居心地がいいのだろう」
「え?」
「なんでもない。ところで、そろそろ、前もって交代で厠へ行った方がいいと思うのだが」
「厠……あ、トイレですね。そういえば……」
本に夢中になって、ガバガバとお茶を飲んだ気がする。そう思うと急にトイレに行きたくなった。
「ど、どうやって……」
「ドアを少し開けて互いの足を中に入れておくか……」
「ひえっ! む、むむむむ無理です!」
「離れておきたい時間の倍ほど抱きしめ合えばその間は数メートル糸を伸ばすことができる」
……だ、抱きしめ合う……。
すくっと立ったレーシアン様が私に向けて手を広げた。
これは、最近毎朝見ていたあれだ、兄とレーシアン様が抱き合ってたやつ。
嘘でしょ……。でも、足をトイレの中に足を入れられて、その前で用を足すなんて出来るわけない。
音だって聞こえちゃう! そんなの無理!
覚悟を決めた私も立ち上がってレーシアン様の前に立った。女の人が苦手なのだから私とこうするのは嫌に違いない。
「失礼します」
そう言って遠慮がちにレーシアン様に近づくと彼の腕が私の後ろに回った。
「お互い、枕か何かだと思って抱きしめればいい。しっかりと抱き合わねば時間が無駄になるだけだ。アイラ、腕を回して私に抱きつけ」
「はい」
私がレーシアン様の背中に手を回すと、私の背中に回っていた彼の手にギュッと力が入って抱き寄せられた。
ちょ、ちょ、ちょっと待って、私、家族以外とこんな抱擁したことがないので!
しかも、美男子! 枕だなんて思えるか―っ。
「もっとしっかり抱き着け」
頭の上からレーシアン様の声が聞こえる。
ダメッ! そんないい声で言ったら! もう、抱き着いているだけでどうにかなりそうなほど頭がゆだっているのに!
あー、もう、兄の汗臭さとは違う、なんかいい匂いがする。
くう、ギュッと抱きしめられて、それもなんか優しい感じで、ああっ!
惚れてまうやろーっ
「このくらいでいいだろう」
「ふあい」
「五分くらいは持つと思うが、急いで済ますんだ。アイラ、さあ、行きなさい」
「ひゃい!」
きりっとした声で言われてふわふわしていた頭がはっきりする。そうだった、トイレに行かなきゃ!
途中で糸に引っ張られたら悲劇しか起きない!
そうして急いで済ますものを済まして戻ってくると、もう一度今度はレーシアン様の時間を作るために抱き合った。
いやぁ。これでは兄がレーシアン様の事を好きになるのは時間の問題ではないだろうか……いや、もうすでに大好きになってる可能性もある。
だって、私なんてもう、好きになっちゃってるもの。
怖い、レーシアン様の魅力が怖い!
そうしてまたテーブルに着いて座った。正直、またずっと座っていないといけないとか辛い。
でも、レーシアン様はそんな不服一つ漏らさないのだ。
「アイラは、日ごろどうやって過ごしているんだ?」
沈黙が続いた後、レーシアン様が私に聞いてきた。
「え? 私ですか? そうですねぇ。いつもは午前中の畑の水やりとかして、午後からはお菓子を焼いたりもします。ランベルトが無理をするので……あ、彼は腰をちょっと痛めているのです。なので荷物の整頓とか、あと、私はこれでも教師の資格を取っているので、その復習とかですかね」
「そうか」
「暇つぶしなら刺繡をすることもあります」
「刺繍か」
「ええと、レーシアン様はいつもどう過ごされているのですか?」
「私か?」
「ええ。お兄様とこうやって時間をつぶさないとならないでしょう?」
「ハージは私の剣術の相手ができるからな。体を鍛えたりしている」
「なるほど……そうすると、体を動かしたいでしょうね」
朝からずっと座ってばかりなんて私でも退屈なのに、きっと日ごろから体を鍛えているレーシアン様にはもっと苦痛だろう。
「どんな訓練をしているのですか?」
「まあ、普通に腹筋や背筋を鍛えたり」
「それ、一緒にはできませんが私で良ければお付き合いしますよ?」
「……一日くらいはこうして過ごすのも構わないから」
「ほら、腹筋ならお兄様の足を押えたことも何度もありますから」
「しかし、汗をかいたらシャワーを浴びて着替えたくなるからな」
「あ……」
では、まさか、兄とは一緒にシャワーを浴びていたってこと⁉
なにそれ、ええっ! そのシュチエーションおいしすぎやしない⁉
そういえば小説にもあったシーン……!
裸の男が二人! 浴室で、絡み合って、洗いっこなんて!
そんなおいしい展開が現実であるの⁉
ああ、待って、兄の裸は見飽きてるけど、レーシアン様なら、もう、想像しただけで鼻血がでそう!
「生憎の天気だ。アイラに私が付き合おう」
想像だけでアワアワしている私を見て、なにも知らないレーシアン様がそう言ってくれる。
偉そうにしたっていいのに、私が気を使わないようにこうやって上手く誘導してくれるなんて、もう、ほんとに優しい! 大好き!
是非、兄の嫁に!
偏見なんて微塵もありません!
女性が苦手でもOK !
兄に一生大切にさせます!
「うーん……」
しかし、こんな高貴な人に付き合ってもらって、私が出来ることなんて思い浮かばない。
無難なのはこのまま隣で刺繡を刺すことだろうけど、座っているのにも飽きてしまっているのが本音。
ウンウン思いあぐねているとレーシアン様から提案があった。