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仲良くお留守番1

「お嬢様……」

「はっ」

 顔を上げるとそこにはランベルトがいて、お茶を入れたカップを差し出してくれていた。隣を見ると優雅にレーシアン様がカップに口をつけていた。


 途端に夢中になっていた本が恥ずかしくなってくる。

 しかし、だんだんと相手の彼が主人公の存在の大切さに気づいてきたのだ。……気になって、やめられそうにない。


 とにかく、ランベルトにお礼を言って、お茶を口に含む。そうしてまた夢中になって本の世界に戻っていった。


「はあ……」

 互いに相手を思って身を捧げ、献身的に尽くす。なのに、なんで……。そんな二人が戦争によって引き裂かれてしまう。

 うう、もう涙なしでは読んでいられない。堪えきれずに涙が落ちそうになったとき、私の目の前に白いハンカチが差し出された。


「え……」

 視線で辿るとそれはレーシアン様から差し出されている。こぼれる寸前の涙を前に、私にそれを断る選択肢はなかった。


「あ、ありがとうございます……」

「うむ」

 こちらを窺いながらレーシアン様が窓の外を指さした。


「あ、あれ……」

「先ほどから降り出した」


 パシャパシャと窓をたたく水音がする。確かに曇っていたが、雨が降るとは思っていなかった。これでは兄も濡れて帰ることになるだろう。


「結構降っていますね……」

「これではハージはずぶ濡れだな」


 時計を確認するともう三時間ほど過ぎていた。兄は今頃城で手続きをしている頃だろうか。


「こんな日に降らなくてもいいのに」

「まったくだ」

 しかし、私とレーシアン様は兄を待つしかできない。そんな会話だけして、またそれぞれの読書に戻った。


「はあ……よかった」

 そうして私は無事に結ばれた二人にまた涙した。

 レーシアン様に渡してもらったハンカチを握りしめながら嗚咽が止まらなかった。

 ああ。障害を乗り越える愛のなんと尊いことか。


「そんなに感動する本だったのか?」

「……はい、とても感動しました」

 内容はお伝えようがありませんが、とても感動しました。


「……ハージは時間がかかりそうだな」

 窓の外を窺うと雨は一層ひどくなっていて、急に不安になってきた。

 座っているだけの簡単なことなのに、本を読み終えてしまった今はなんだか心もとなく感じる。

 隣を窺うと、レーシアン様も読み終えてしまっているようだった。


「交換するか?」

 レーシアン様が自分の本を私にそっとよこした。いや、とんでもない! 

 思わず私は本を背中に隠した。


「いえっ! これは婦人の間で流行っている物語ですので、レーシアン様が読むなど、とんでもないんです! 触れてはなりません! レーシアン様の指が腐ってしまいます!」

 この至高の一冊で私は男の人の同性愛にハマってしまっているけれど。


「そうか」

 私に拒否されたレーシアン様がちょっと悲しそうに思えた。

 ちらりとレーシアン様が読んでいた本を見ると哲学書だった。

 お、恐ろしい。

 私がそんなものを読もうものなら、ものの五分で眠ってしまいそうだ。


「アイラちゃん! 大変!」

 そこで母が部屋を訪ねてきた。何やら顔色が青い。


「ど、どうしたのですか?」

「レーシアン様、失礼いたします。この大雨でハージが帰るのが遅くなると思われます。先ほど領民が西の河が増水して渡れないと伝えにきたので……」

 その言葉に私とレーシアン様が自然と自分たちの足首を見た。

 薄赤い糸はそこで当然のように二人の足を繋げていた。


 今のところは隣に座っているだけだから問題はない。

 けれど、これ以上長くなるなら……。

 そう思いついたのは私だけではなかったようで、母が心配して声を上げた。


「アイラちゃん、あのね。少しの間だからと許したけれど、年頃の男女が繋がれているなんて破廉恥なことなんですよ? トイレやお風呂、就寝なんてどうするのよ……」


 どうやら母は私とレーシアン様が繋がっていることが不満だったらしい。

 確かに、トイレは困る。絶対困る。

 そんなこと言われたら行きたいなんて思ってなかったのに、なんだかもよおしてきたような気になってしまう。


 すると母を落ち着かせるような柔らかな声でレーシアン様が言った。

「コートボアール夫人、決してアイラに手を出さないと誓おう。そもそも、私は女性が苦手なのだ」

「へ?」

 突然のその言葉に私とお母様が声をそろえた。


「ハージの家族だからか、あなたたちが大らかだから平気なのか、は、わからないが……本来なら同じ部屋にいるのも不快なんだ」

「そ、そうだったのですね」

「だから、安心していい」

 けなされているのか褒められているのか微妙な表現であったが、この場合、レーシアン様には都合がいいのだろう。

 ホッとしている母を見るとなんも言えない。


「アイラちゃんが心配だから私も一緒にいると言ったのに、ハージが断ったのはそういう理由だったのですね。出かけるときも私にはレーシアン様の部屋にあまり近づかないように、と念を押して行ったのです……様子見にランベルトに何度もお茶を運ばしてしまったわ」


 そ、そうだったのか。本に夢中でランベルトが何回も来ていたなんて気にしていなかった。

 あ、本! 私は背中に隠していた本を母にそっと渡した。


「なあに? これ」

「今、女子の間で流行っている本です。絶対に人には見せてはなりませんが、お母様も楽しめると思います。いいですか、絶対にほかの人には見せてはなりませんよ」

「わ、わかったわ」


 小声でそう告げると母は神妙に頷いた。これでもうこの本がレーシアン様の目にふれることはないだろう。ホッ。


 しかし、女性が苦手とは。これは……ますます兄とレーシアン様が結ばれてしまってもおかしくない。

 苦楽を共にし、同性である障害に立ち向かう……ああっ、まるで先ほど読んだ本と同じではないか!

 くううっ。 


 だめだ、あの小説の二人と兄たちが重なって見えてしまう。

 お互いを思い、お互いを支え合い、お互いを慈しむ……はあ、涙がまた出そう。


「とにかく、天気は変えられない。様子を見るしかないな」

 レーシアン様の言葉に私たちは頷くしかなかった。


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