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運命の本がやってきた

 次の朝、食事を持って行くとやっぱり二人は抱き合っていて、部屋を出て行こうとする私は兄に呼び止められた。


「アイラ、あのな、コラン様に提案されたんだが、今日の午前中、俺の糸を預かってくれないか?」

「え? それは、あの、私に呪いを代われという意味ですか?」

「そうだ。幸いコラン様もお前は平気なようだし、俺も急いで手続きしてくる。呪いを解くために早くプレスロト国に行きたいし、何よりコラン様を長い間ここに足止めしては申し訳ない。何か手違いがあって手続きが延びればご迷惑をかけてしまうからな」

「ええと。お兄様がそうおっしゃるなら」

「じゃあ、もう着替えたし、早速行ってくる。コラン様、すみませんがよろしくお願いします」

「ああ」

「え、もう?」

「ほら、お前が好きな本が届いていたぞ。それを読んでいればすぐに時間が経つだろう」

「なるほど」


 見ると丸テーブルをはさんでレーシアン様も何やら本を出していた。黙って隣に座って本を読むだけの簡単なお仕事だ。

 私は指に針を刺して兄と血を合わせた。なんの問題もなく赤い糸は私の足首に移動した。


「じゃあ、行ってくる。ランベルトにお茶の用意もさせるから、大人しくコラン様と待ってるんだぞ。くれぐれも失礼のないようにな」

「はい」

 そう言って急いで兄は屋敷を出て行った。その様子を見送ったレーシアン様は静かに本を開いていた。


「よ、よろしくお願いします」

「ああ。……大丈夫だ。距離が近いだけで他に不都合はない」


 いや、距離が近いのが問題ではないだろうか。美しいとは思っていたが、間近で見ると一層美しい。

 こんなきめ細やかな肌なんて羨ましすぎる。

 はっ。まじまじと見てしまっては失礼だ。うっかり魂を抜かれてしまいそうになった。

 落ち着け、私。

 スーハ―スーハ―と息を整えて、ずっと疑問だったことをレーシアン様に聞いた。


「あの、呪いをかけた氷の魔女ってどういった人なのですか? あ、いや、聞いてはいけないのでしたら、今の質問はなかったことに……」

 ゆっくりと私を見たレーシアン様にしり込みする。

 なんか威圧感も半端ない。


「アイラは魔女という存在をどう思う?」

「魔女は……あれ? そういえば魔法使いとは違うのですか? 同じだと思っていました」

「魔法の才能を持って生まれるのは同じとして、悪魔と契約したものを魔女という。契約したものは額に印があるのですぐわかる」

「えっ……悪魔と契約?」

「悪魔は女性としか契約しないらしい。それで、魔女と呼ばれることが多いな」

「そんな恐ろしい存在が、この呪いを作ったのですか……?」


 足に繋がれる赤い糸が急に恐ろしくなった。

 勝手にレーシアン様、好きーって、乙女的に繋がりたかった軽いものだと思っていた。

 だって、悪魔とは人の痛みや苦しみ、負の感情を好物とし、力を得るためには人の命さえなんとも思わない恐ろしい存在だと聞いた。

 英雄ラルラ王が倒した悪魔は数千人の命を奪って自分の力にして贅沢と享楽にふけり、悪事の限りを尽くしたと伝えられている。


「怖がらせてしまったな。この呪いの糸はくっついて生活する以外は害はない。氷の魔女は幾度も誘いを断った私に嫌がらせをしたかったのだろう」

「嫌がらせですか……」

「氷の山で魔獣討伐があった際、部下の一人が人質にとられ、私は城へ行くしかなかった。運よく部下を先に逃がし、私も城から脱出したが……。追ってきた魔女の呪いを一緒にハージに受けさせてしまった。本当に申し訳なかった」

「……でも、レーシアン様は魔女よりもお兄様と繋がったほうが良かったのでしょう?」

「私としては助かった。ハージは、いい人間だから」

 レーシアン様が少し柔らかい表情を見せた。

 兄が褒められたようで、私もなんだか嬉しく、誇らしく感じた。


「レーシアン様は王子でしょう? そんな方を城に閉じ込めようとして、魔女はお咎めなしなのですか?」

「魔女が『氷の魔女』と呼ばれているのは氷の山に城を作ったからなんだ」

「それが?」

「プレスロト国の氷山には竜が住んでいてな。竜は山を守る存在で、プレスロト国では神のように大切にされている。だから竜に居住を許された魔女に我々も簡単には手が出せなかった」

「うーん……竜にとっては魔女はいい人になるんですか?」

「さあ、どうだろうな。どちらにせよ、今回のことでやっと魔女は討伐対象になった。他に悪さもしていたからな」


「悪さ……」

「魔女の悪行はアイラは知らなくていいだろう」

 レーシアン様はそう言うと黙ってしまった。

 私に怖い思いをさせるつもりはないのだろう。

 とにかく、氷の魔女はプレスロト国ではきっとお尋ね者になっているのだ。


 それ以上、私に話す気はないようで、レーシアン様は自分が用意していた本をめくり始めた。

 私もそれにならい、兄が渡してくれた本を取り出す。

 本を読み終える頃には、きっと兄が帰ってくるだろう。

 ……それにしても、このタイミングで届いた本とは何だったのだろうか。

 そう思いながら、本にかかっていたカバーをそっと外した。


「あっ」

 本の表紙を見てぎょっとし、慌ててカバーをつけ直した。

 しまった。

 兄とレーシアン様の応援になればと、男性同士の恋愛小説を頼んでいたのだった。


 よりにもよって、今日届かなくてもいいのに。

「どうかしたのか?」

「あ、いえ! な、なんでもありません」

「……そうか」


 私が大丈夫だと確認すると、レーシアン様は再び手元の本に目を落とした。

 ああ、私の本の内容を詮索するような人でなくてよかった。


 しかし、こんなものを隣で開くのも気が引ける。

 とはいえ、本があるのに読まないのもおかしい。

 まあ、文章だけなら問題ないだろう。

 そうっと本を開いて――閉じた。


「くっ」

 ちょっと待って、今ちらっと見えたのはなに!?

 挿絵……裸……?


 もう一度、指一本分だけ開いて確認する。

 うーん……上半身裸の男の人の絵……。

 あ、危うく広げてしまうところだった。



 落ち着くのよ、アイラ。

 次のページを開けばいいだけ……。

 慎重に開くとそこは目次ページだった。ふう。焦った。

 なになに……。


 一章 二人の兵士の出会い

 二章 惹かれ合う

 三章 引き裂かれた二人

 四章 嫉妬の末に

 五章 愛をつらぬいて


 ……思っていたよりハードそうな雰囲気だ。

 街に行った際、書店でこっそり相談したら、男性同士の恋愛小説は一部の女子(腐女子というらしい)に大変人気があると聞いた。

 おすすめをお願いしたのだが、在庫がなく、お取り寄せになった。

 そして今日届いたのだが……。


 そういえば、店員さんがやけに食い気味に「初心者は挿絵が多い方がいいですよねー!」と言っていたっけ。

 え、これで初心者なの?

 なんか、ちょっと見ただけでも裸で抱き合ってたけど。


 ……思ってたのと違う。

 もっとこう、「俺が好きか? 俺も好きだ!」みたいな、さわやかなのを想像していたんだけど。

 そっと隣を窺うと、レーシアン様は自分の本に没頭しているようだ。


 これなら、こちらは見ないだろう。

 うーん。では、話の出だしだけでも……。


 う……。

 兵士として一緒に戦っているうちに自分の気持ちに気づいて、自分が男だからだと身を引く男主人公が健気すぎて泣ける。

 なるほど、こうやって読むと男同士の裸の挿絵もイヤラシイより、もっとヤレヤレ状態で見られる。

 くうう。相手だって絶対恋愛的に好きでいてくれるはずなのに……ああ、もう、じれったい。


 いつの間にか夢中で読んでいた私は、ページをめくる手が早くなり、もはや挿絵の場面も堂々と開いて読んでしまっていた。


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