呪いの糸をとくには
「身支度してやってくれ」
コラン様が侍女に命じる声は硬かったが、その頬は真っ赤に染まっていた。
イルマは元気を取り戻したものの、まだ腰の痛みが残るため、しばらく実家に戻ることになった。
客室に私を案内してくれていた侍女になぜか風呂に押し込まれる。
それから次々と侍女が現れ、私を磨き上げていく。
ふらふらになりながら、されるがまま身支度を整えられると、白い下着にフリルのドレスを着せられた。
「あの、これって……」
「予定が早まったと連絡を受けております」
「予定……早まる?」
「さあさあ、コラン様がお待ちですよ!」
身に着けるものはちゃんと匂いのしないものを揃えられて文句もでない。
仕上げにガウンを着せられて、後ろを振り向いてもみんなが私に自信満々に頷くだけだった。
そして達成感に満ち溢れた侍女の集団にコラン様の部屋に押し込められた。
バタン!
私が部屋に踏み入れた途端、ドアが閉じられる。そんなに勢いよく閉めなくてもいいのに!
「ハージお兄様、コランお兄様……?」
そろそろと歩いて行くと兄たちがテーブルに座ってワインを飲んでいた。
私の姿を見て二人はグラスを置いた。
「チッ! なんで妹のこんな場に立ち会わないといけないんだ。俺がずうっと長年丹精込めて大事にしてきたというのに!」
「ハージ、すまない。でも、大切にすると誓うから」
テーブルにたどり着くと兄たちが立ち上がった。ハージ兄は私に無言で手を伸ばすと、針で私の指をつついた。
「こうやって痛い思いをするのもこれで終わりだな」
少し寂しそうにハージ兄が言って、ぷくりと指に血の玉が出来るとそれを互いに合わせた。赤い糸が足首に移動するのが分かる。
「アイラ、幸せになれ。大丈夫だ。俺も騎士団に入ってこの国にとどまる。お前の事を見守っているからな」
「お兄様……」
「綺麗だ。コラン様に大事にしてもらえよ」
ハージ兄に抱きしめられて、それを抱き返す。こんなにまともに抱き合ったのはいつぶりだろう。コラン様とはまた違う感触だが温かい。
「ちょっと、いい加減長すぎないか?」
懐かしさに身をゆだねていると、コラン様が間に入った。
「いつもお兄様たちばかり、抱きしめ合ってずるいじゃないですか」
「それは、呪いで、仕方なかっただろ?」
「ちょっと、ずるいって思ってました」
「そんな風に思っていたのか?」
口をとがらせると二人が笑ったので私は二人ごと抱きしめることにした。
「アイラは、本当に可愛い」
二人にぎゅうぎゅう抱き返されて、なんだか嬉しくなった。
やっぱり、二人とも、大好きだ。
「じゃあな、アイラ、またあとで。無事に呪いがとければいいな」
ハージ兄がそう言い残して部屋を出て行くと、改めてコラン様と二人きりになった。
これから呪いを解く儀式的なものが始まるのだろうか……。自分の恰好を再認識する。フリルのドレスでよかったのだろうか。
「何か、契約書みたいなものはいるのですか?」
「それはせっかくだから結婚式のときにみんなに見てもらってしよう」
ん? ということは、愛の契りって、き、き、キスしちゃうとか!?
は、恥ずかしくなってきた!
「なんだか、緊張するな。アイラ、その……ベッドに運んでいいか?」
「は、はい……」
コラン様にそっと抱き上げられ、柔らかなベッドへ降ろされた。
近い、近い、近いぃいいいっ――。
いつも近いけれど、これはいつもとは違う!
思わずシーツを手繰り寄せ、体を隠した。
「どうして隠すんだ。綺麗だよ、アイラ」
「き、綺麗……じ、侍女さんたちが……が、が、頑張ってくれたので……!」
「見せてくれないか?」
「う……」
するするとシーツが引かれ、取り去られてしまう。
「アイラ……」
名を呼ばれると、力が抜けてしまう。
懇願するような、甘えたようなコラン様の声――。
こんな立派な人が私に……。
そのまま、ガウンも肩から滑り落ち、フリルのついたドレスだけになった。
「ずっと、口づけしたかった」
「コ、コランお兄様……」
コラン様の指が私の唇をなぞった。なんだか、めちゃくちゃ艶めかしくて、いけないことをしている気分だ。
やっぱり、キスなのね!
「その、恋人になるのだから、もう、お兄様は卒業しないか?」
「えと、コラン様……」
「そうだ。アイラのコランだ」
「私の?」
息がかかるほど顔が近づいて、目を閉じると唇に柔らかい感触がした。キ、キスしてる……。コ、コラン様と。
ぐいぐい来るコラン様に押されて体を支えきれなくなる。それに気づいたコラン様の大きな手が私の後頭部を支えた。
「ふはっ……」
息苦しくなって目を開けて後悔する。ものすごい色気のあるコラン様の顔を目の当たりにしたからだ。こ、これは、もう、どうにでもして~っ!
「アイラ、鼻で息をしようか」
「は、鼻? どうして?」
「気持ちのいいキスを長く続けたくはないか?」
「気持ちのいいキス……」
といっても、心臓が破けそうでそれどころではない。
「アイラの唇は甘い……」
「ん……」
唇が再び合わさる。
今度はゆっくりと、ついばむようにコラン様の唇が動く。
私の唇を愛おしむように。だんだんと感情が高ぶってきて体が熱い。
力が抜けて薄く口を開くと、コラン様の熱い舌が口内に入ってきた。




