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それは赤い糸の呪い

「お母様!」

「どうしたの? アイラちゃん」

「お、お兄様が! お、お客様と、はははははははは、裸で、べべべべべべべべベッドに!」

「ええっ! まさか! ああ、ハージ! なんてこと!」

「どうしましょう、お母様! こんな田舎まで父の訃報を知って一緒に来てくれた恋人なのですよ? 男だからと言って邪険に出来ません。何よりお兄様が愛している方ならなおさらです!」

 私が矢継ぎ早に説明すると、それをなんなく受け入れた母は一緒になってこの驚きを共有してくれた。


「そ、そ、そうね! ハージが選んだ人なら、きっと、いい人に違いないわ。けれど、愛しているからって、恋人の実家で堂々と一緒のベッドで朝まで過ごすだなんて、許しません。妹もいるというのに節度は守っていただかないと! お父様がいなくなって、短い間だけど、私がここの当主よ!ハージにガツンと言ってやるわ!」

 そう言って母が勇ましく拳を握って立ち上がった時だった。


「待て、二人とも! 誤解なんだ!」

 食堂に現れた兄はやっぱりレーシアン様と一緒に立っていた。急いできたのか、兄のシャツのボタンは掛け違えていた。

 な、なんかそれも、イヤラシイ!


「誤解?」

「二人に説明しないといけないことがある。俺と、コラン様の事だ」

 焦った兄に対し、母は額に手を当てて嘆いた。


「ああ。ハージ。お母様に少し落ち着く時間を頂戴。いくらあなたを信じて愛していても、いきなり同性の恋人を受け入れるというのはね。家督相続の問題もあるし……アイラちゃん、お水を一杯持ってきて」

「ええ。お母様」

 母が一気に水を飲み干すのを待って、兄は話を続けようとした。


「あの、それで……」

 男の恋人を連れて戻ったなど、話しにくいに決まっている。

 誰よりも家族のことを想ってきた兄だ……。

 ここは、妹の私が一肌脱がないと!

「お兄様、隠さなくてもよろしいのですよ。私、先程見てしまいましたの。その、ベッドで、お二人が……。私もお母様もお兄様を愛しています。ですから、お兄様の愛する人を傷つけるようなことは考えておりません。ただ、この家の行く末は一緒に考えていただかないと」

 家を継ぐことも大切なことだけれど、それ以上に兄が幸せになることも大切だ。私が拳を震わせていると、兄は少し呆れたような顔をした。


「ちょ、ちょと待って。誤解があってもしょうがないとは思っていたけど、そんなにすんなり受け入れられるとは計算違いだ。俺の家族、順応力半端ねぇ……」

 そんな兄の様子に今度は母が苦言を呈した。

「あのね、ハージ。家にはアイラちゃんていう年頃の女の子がいるの。それなのに、恋人を連れてきて泊まらせて、その、なんていうか、堂々と愛を交わすなんてダメよ。そこは我慢して欲しいし、マナーってものがね」

「いや、確かに二人で寝ていたけども」

 あっけらかんと一緒に寝ていたと白状した兄に、母がキレた。


「あなたね! 堂々と未婚の妹の前で! アイラちゃんは清らかな乙女なのよ! 赤ちゃんは卵から生まれるって思ってるおぼこなの! 恋人だっていたことがないの!」

「ちょっ、お母様! それは関係ないでしょ!」

 興奮した母が余計なことを言い出す。

 さすがに、卵から産まれるなんて思ってない! 思ってたのは小さいころだし!

 すると今まで黙っていたレーシアン様が声を出した。


「コートボアール夫人」

「は、はい」

「すべては誤解だ。昨日ハージにはご家族には説明するように言ったのだが、ここにたどり着くまでにもいろいろと誤解があってな。旅の疲れを癒してから説明しようとしたのが間違いだった」

 凛としたその声に私と母はようやく興奮を沈めた。

 場が鎮まったことで兄がフウ、と息を吐いて続けた。

「そ、そうなんだよ。俺も母さんとアイラにはちゃんと説明するつもりだったんだ。あのな、俺とコラン様は魔女の呪いのせいで離れられなくなっているんだ。二人には見えないだろうけど、俺たちは呪われていて、足首同士に赤い糸が繋がっているんだ」


 ・・・・。


 にわかに信じがたい話をされて私と母が顔を見合わせた。

 呪い? 赤い糸?

 兄たちの足元を見ても、そこには言われたようになにも見えない。

 そういえば、兄がどうしてプレスロト国の騎士団長と知り合うことになったのだろう。

 直前にもらった手紙には依頼で山に行くようなことが書いてあった。


「お兄様は竜の鱗を取りに行く依頼を受けたんですよね? それがどうしてそんなことに?」

「「鱗を取りに雪山へ入ったんだが、足を滑らせてしまってな。洞窟で休んでいるところに、魔女の城から逃げてきたコラン様と出会ったんだ」

「逃げてきた?」

「ああ。魔女がコラン様の美貌に惚れ、氷の城に閉じ込めていたんだ。自分と結ぶために、術を込めた赤い糸を用意していてな」

 兄は軽く息をついて、続ける。

「でも、コラン様が抵抗した。ちょうど俺が助太刀に入った瞬間だった。結果、本来は魔女と繋がるはずだった糸が、俺とコラン様にかかってしまったんだ」

 ……なるほど。

 確かにこんなに美しい人なら魔女が惚れてしまっても仕方がないだろう。


「「これを見てくれ」

 私と母の様子を見て、レーシアン様が左足を上げた。

 すると、それに引っ張られるように、兄の右足が動いた。

「足首が見えない糸でつながっているんだ。私とハージは呪われているから、互いにそれが見えている……」


 レーシアン様の説明で、一気に現実味を帯びる話――。

 私たちが理解してきたのがわかったのか、兄が話を付け足した。

「正直、着替えがやっかいでさ。糸が邪魔をして、互いに着替えさせるしかできないようになっていて、脱いだら毎回お互いに服を着せないといけない。初めはなんとかやっていたんだが、だんだん面倒になって、風呂に入った後は下着だけで寝ていたんだ。ほかにも制約があるんだが、とにかく、側で生活を強いられる厄介な呪いなんだ」


「糸の呪いを解く方法はないのですか?」

「それは今、プレスロト国の魔術師団に解明を頼んでいる。が、よほどのことをしないと無理なようだ」

「……なるほど。その魔女様は、レーシアン様と糸で繋がりたかったほど、レーシアン様を気に入っていたのでしょうね」

 強制的に側にいて、互いに世話を焼かないといけなくなる呪いだなんて――なかなか発想が乙女だ。

 しかし、初対面だったろう兄とレーシアン様には、とんだ災難だ。



「まあ、そういうことで俺たちは離れられないんだ。今回は俺の家のことでコラン様にここに来てもらっているので、事情を考慮して手助けしてもらえると助かる」


「……では、本当にレーシアン様はハージの恋人ではないのね?」

「当たり前だよ、母さん。俺たちが気軽に話せるようなお方じゃないからね」

「え?」

「レーシアン様は氷山があるプレスロト国の王族だからな」

「……王族?」

 母の声が一気に硬くなる。

「ハージ、その話はいいだろう。王族と言っても私は王の妾から生まれた第四王子だ」

「それだけじゃない。騎士団長も務めていらっしゃるんだ。本来なら俺のことなんて気にする立場じゃないのに、父さんの訃報を知って、実家が困っているだろうと、こうして俺に付き合ってくださっている」

「……プレスロト国の第五王子で騎士団長……」

 肩書だけでくらくらする。これは、早く兄と離れてもらわないと、とんでもないことになる。

 お兄様の足を切り落として呪いを断とうとしなかっただけでも、かなりの温情だ。

 ――まあ、そうしたところで、呪いは解けないのかもしれないけれど。



「か、数々のご無礼、お許しください。なんなりとお申し付けください」

 母が慌ててレーシアン様に頭を下げるのを見て、私もすぐに続いた。

「いや、コートボアール夫人。世話になるのはこちらだ。どうか顔を上げてほしい」

 レーシアン様は穏やかに言い、さらに続ける。

「騎士団のことは、今、信頼のおける者に任せてある。ハージの父君の訃報は突然のことで残念だった。家のことが落ち着くまでは、ここに滞在するつもりだ。必要な手続きを進めるといい」

「ありがとうございます」

 母が深くお礼を述べる。

「呪いの解読には時間がかかると言われているし、しばらくはこのままだろう。もっとも、終われば今度はハージが私に付き合ってもらうことになるが……」

 そんな高貴なお方が、兄の都合に合わせて、はるばるこの田舎に来てくれたのだ。

 王族であるにもかかわらず、偉ぶることなく、冷たい印象とは裏腹に、その言葉には温かさがある。

 これは……滞在中は誠意を尽くそう。私は密かにそう誓った。


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