呪いの糸はこの上なく赤い
「アイラ、お前はコラン様の求婚に応えたんだよな? コラン様が好きなんだよな?」
ハージ兄が険しい顔で私に迫った。そんなこと、当たり前ではないか。
「……そうですけれど、それは呪いを解くための手段です。コランお兄様とハージお兄様は愛しあっているのですから」
私がそう答えると、ハージ兄の表情はさらに歪んだ。
「愛し合ってるって……まさか、お前、本気で俺とコラン様がそんな関係だと思っていたのか?」
困惑と苛立ちが入り混じった声が響く。
「えっ……でも、お二人は結婚できないので、私とコラン様が偽装結婚して呪いを解くのだと……」
そう言った瞬間、ハージ兄は大きく息を吐き、頭を抱えた。
「あ、ありえない……意味がわからないのは俺の方だ。そんなこと言っても、アイラがコラン様を好きなのは態度でバレバレだったじゃないか」
「バレバレ…って……私はお二人を応援しようと」
「それで俺が幸せならいいとか言っていたのか。まさか、ずっと 誤解していたのか?」
頷くとハージお兄様が盛大にため息をついた。その隣でコラン様は口をパクパクとしている。
「ハージ……私とアイラの赤い糸はこの上なく赤いよな?」
そこでコラン様が確認すると、ハージは二人の足元を見て当然だと言う。
「見たところ、十分な両思いです」
「両思い……とは?」
二人こそおかしなことを言い出したと首をかしげるとコラン様が説明をした。
「アイラ、私たちを繋ぐ糸は深紅だ。これは、互いの想いが満ちた証なんだ」
「……はい?」
「アイラは見比べることはできなかっただろうが、私とハージをつなぐ糸は薄いピンク色だ。愛が深まるほど赤くなり、真に心を通わせることで結ばれ、呪いが解ける仕組みになっている」
ハージ兄は二人の糸を見つめ、満足そうに頷いている。
「確かに俺とコラン様は信頼し合っているが、友情以上の感情はないぞ。アイラ、コラン様と繋がれた糸をしっかり見てみろ。きっと、初めて繋がった時より色がはっきりと濃いはずだ」
言われて足首を見つめる。赤い糸は初めて繋がったその時よりも鮮明に濃い赤色だった。まるで燃えるような……深い赤……。
ん?
待って。互いの想いって言わなかった? と、いうことは、コラン様は……まさか。
「コランお兄様にとって私は『妹』ですよね? そういう愛情なのでしょう?」
コラン様は静かに目を閉じ、一瞬、ため息のように息を吐いた。
「初めはそう思っていた。妹として、大切にしようとしたんだ。だけど……それでは足りなかった」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「アイラが望むなら兄であろうと努力した。でも、無駄だった。ホラムに、アイラとなら呪いを解けると聞いた時……ハージに『アイラと夫婦になれるんですよ』と言われて、ようやく気づいたんだ。俺はアイラを妹として愛してはいないと」
コラン様の告白に頭が真っ白になる。
「……本当に?」
問いかける私の声は震えていた。
「アイラは、私との結婚が嫌だったのか? 母にもホラムにも、糸が十分赤いと言われて有頂天になっていたんだ。私はアイラに愛されていると」
赤い糸の色が……互いの愛情を示していたの?
私はこれが普通だと思っていたのだから、わかりようもない。
コランお兄様には私の気持ちが……バレていたってことなの?
かあっ、と顔が熱くなってくる。うう、耳まで熱い。
私の胸の内は、とっくに知られていたのだ。
「ちなみに、ハージお兄様との糸の色は……?」
「俺とコラン様の糸は……そうだなぁ、お前のそのリボンと同じくらいの色だぞ?」
ハージ兄が指をさした胸のリボンは、普通のピンクだった。
嘘。
だったら、コラン様との糸の色は……相当赤いのでは?
驚いていると、コラン様が申し訳なさそうに言った。
「私とアイラの糸は、その……極限まで赤いらしい。ひ、非常に相性がいいそうだ」
はっとハージ兄を見ると、彼は私を見て頷いていた。
「糸が見えなくても、どこからどう見ても、コラン様がアイラのことを好きだとわかるだろうに……」
「いや、私が糸の赤さをいいことに、言葉にするのを失念していたせいだ」
その時、コランお兄様が片膝を床につき、私の手を取った。
「アイラ、愛している。私と結婚してくれ」
どうしよう、まさか。こんなことをされて、答えは一つしかない。
「……はい。喜んで」
改めてコランお兄様がプロポーズしてくれるのに答える
あ、あ、愛してるって……気持ちが追いつかないまま、ぎゅうっと抱きしめられた。
その様子をハージ兄に見られているのが恥ずかしくて、私はコラン様の胸に顔を埋めた。
「はあ……初めはアイラを取られるのが気に食わなかったが、こんなにこじれるとは思わなかった。まさか、俺とコラン様の仲を誤解しているなんて。全く」
「ごめんなさい」
「母さんにこっちへ来るよう連絡を入れるぞ。半月後なら式も全部うまくいくだろう」
「でも、それでは呪いが……」
私がうろたえるとコラン様が諭すように言った。
「アイラに伝えるとき、言い方が悪かった。結婚式を延期しようと言ったのは、式をちゃんとみんなと祝えるものにしようと言いたかっただけだ。結婚、とぼかしたのがいけなかった」
「すみません、コラン様。アイラが今時こんなに男女の何たるかを知らないのは、俺たち家族のせいです」
それになぜかハージ兄が謝る。
「え? どういうことですか?」
「その呪いはな……愛の契りを交わすことで解除される」
「愛の契り?」
「つまり、糸さえちゃんと赤くなれば、いつでも解除できたんだ」
「……」
だから?
そろそろと見上げると、真っ赤な顔をしたコランお兄様と目が合った。
……と思ったら、そらされた。
でも、背中に回った手はぎゅっとさらに締め付けていた。
「ハージお兄様、説明を……」
「俺に言わせるな! 確かに、不義理なことはしてほしくないと、コラン様に『結婚してからにしてくれ』と頼んだのは俺だが、もう婚約も済んだし、氷の魔女も倒した。この先アイラがまた危険な目に遭うのはまずいから、さっさと恋人になれ!」
……今度は恋人?
婚約しているのに?
「ありがとう、ハージ」
「……あの?」
ハージ兄がコラン様の背中を軽く叩くと、私はそのまま抱き上げられた。
「アイラ、愛を確かめ合おう。呪いが解けるまで」
「はい?」
よくわからなかったが、愛を確かめるならいいかと了承した。
コラン様がそのまま病室を出ようとしたところを、やはり準備してからだと呼び止められ、いったんハージお兄様に呪いを戻された。




