コートボアール家の秘密
それから、ハージ兄はベッドに縛り付けられ、治療に専念することとなった。
私とハージ兄は、コラン様や魔術師団の報告を受けた王から、国を悪魔から守ったことに対して深く感謝された。
……やはり、氷の魔女はラルラ王と戦い、封印された悪魔だったのだ。
当時、悪魔の心臓を完全に消滅させる術はなく、コートボアールの心臓と合わせることで封印していたのではないか……そう魔術師団は推測した。
そうして墓荒らしにあい、封印が解かれ、悪魔が自由になる。
悪魔は長い間封印されて力を失っていたため、『魔女』のふりをしてプレスロト国に住み着いていたのだ。
――コートボアールに許しを受け、半分を受け入れます。
我が家に代々受け継がれてきた謎のこの言葉。
それは、封印が解かれた時の保険として、ラルラ王がコートボアールの魔眼の力を継承させるためのものだった。
魔術師団の見解は、心臓の半分をコートボアールの名を継ぐ我々の先祖に取り入れさせていたのだろう、というもの。
簡単に言えば、魔眼の力を継承するために――馬の心臓を食べさせたのだ。
「どんなにコートボアール家が貧しくなっても、愛馬の墓を守らせたのは、悪魔の封印を続け、魔眼を受け継ぐためでもあったのですね」
「だったら、ちゃんと説明して、手厚く保護してくれたらよかったのにな」
「まったく、そうですよ! 抗議しましょうよ! お母様にも伝えておかないと」
私とハージ兄はその真実に憤慨した。
長い間、コートボアール家はただの墓守として扱われてきた。
魔眼の力を継承していたにもかかわらず、誰もその重要性を知らず、継承の意味を語る者さえいなかった。
もし封印の仕組みが伝えられていたなら。
もしコートボアール家が、ただの墓守としてではなく、封印の番人として敬われていたなら。
そうすれば、こんな悲劇は起こらなかったのだ。
「まあ……、悪魔がいなくなり、平和が続いたからこそ、重要視されなくなったんだろう。ロメカトルト国の城の手続きでも、誰も事情を知らなかったんだから」
「今更訴えても悪魔もいなくなっては墓守の必要もないですからね……」
ままならぬ思いをしながらハージ兄と見つめ合っていると、コラン様からラルラ王のことを教えてもらった。
「ラルラ王の資料を集めてもらったんだが……愛馬の死をずっと嘆くラルラ王に、伴侶や子供たちはうんざりしていた、という記述があった。恐らく、家庭に恵まれず、孤独な王だったのだろうな。ラルラ王の后は、悪妻で有名だったらしい」
「英雄も、悪妻持ちだと形無しだな……」
そこでなんともいえない気持ちになって、三人で苦笑いした。
「コートボアール家を継ぐことに、こんな深い意味があっただなんて……新たな悪魔が現れた時、この力がまた必要になるかもしれない」
「そうだな。しかし……ハージがコートボアールの人間で……氷の魔女が住み着いたのがプレスロト国だったなんて偶然とは思えない巡り合わせだ」
コラン様が感心するように言った。
私はそれはハージ兄とコラン様が出会うための運命のように感じる。
「ハージお兄様は特別ですね」
そう、コラン様の運命の人。
「おいおい、アイラにも多少は力があったじゃないか」
「え?」
「お前も氷の魔女の赤い目に影響されなかっただろ?」
「ああ……、そういえば、あれってそういうことだったんですね」
「しかし正式に受け継いだのは俺だ。それに、完全に覚醒したみたいで、今はアイラとコラン様を繋ぐ呪いの糸が見えるようになった」
「……つまり、完全に魔眼になったってことですか?」
じっとハージ兄の目を見る。見た目には変わってないようだ。
「ホラム様に聞いたが、コラン様の母上とは違うものらしい。今は片目だけ、魔力と呪いが視えるようになっている。氷の魔女の弱点がその目にあったと気づけたのも、この力のおかげだ」
「だからあの時、ハージは魔女の目を狙おうと言ったのか」
感心したように呟いたコラン様に、ハージ兄が静かに頷く。
そこには、深い信頼関係が感じられた。
あの時、コラン様は迷わずハージ兄の言葉に従ったのだ。
氷の魔女を倒した時の、あの完璧な連携を思い出し――鼻の奥がつん、とした。
――二人は、どう考えても、これ以上ないほどに相思相愛なのに。
もしハージ兄が、コートボアール家の魔眼の存続のために妻を迎えることになったら……。
兄たちの関係はどうなってしまうのだろう。
魔法宣言をしていない私が代わりに子供を産んで、コートボアール家を継ぐのは難しいのだろうか。
こんなことなら、初めから私が婿を取って家を継げばよかったのでは……。
どうして、こんなに愛し合う二人に、次々と試練が訪れてしまうのだろう。
「相談なんだが……今回の功績によって、二人にプレスロト国の爵位を与えようという話になっている。ロメカトルト国がコートボアール家の重要性に気づいていないうちに……君たちの母親も呼び、こちらで暮らすというのはどうだろう」
コラン様の言葉に、私とハージ兄は顔を見合わせる。
今、私たちがコラン様から受け取っている手当も、相当な額だ。
ロメカトルト国は、やせ細った土地を無理やり守らせ、貧困を強いて……その結果、父を私たちから奪ったようなものだった。
そんな国に未練はない。
けれど、母にとっては――そこは父の思い出が詰まった場所のはずだ。
「完全にこちらへ拠点を移すとなると、父の墓のこともあるので……母がどう決断するかは、何とも言えません。でも、俺もアイラも、プレスロト国で暮らせるのは大歓迎です。俺は特に魔眼のこともありますしね」
ハージ兄の見る世界は、これまでとはまるで違っているようだった。
突然の魔眼の覚醒――ここにいるならホラム様たちのサポートも得られるだろう。
覚醒することなく亡くなった父も祖父も、
悪魔を知らないままで――幸せだったのかもしれない。
「アイラ、それで結婚式なんだが、もうすこし延期しようと思う」
「え、また延期……ですか?どうしてですか? 呪いを解くのではなかったのですか?」
魔獣の討伐までに呪いを解きたいと言っていたはずなのに――。
どうして?
もしかして、呪いを解かなければハージ兄を繋ぎ留めておけると思ったのだろうか?
それとも、もう呪いを解く必要がなくなった?
「いや、延期するのは結婚式だけだが……」
「呪いは解いた方がいいに決まっています! 魔眼の継承について、ホラム様たちに相談しましょう。きっと、いい方法を見つけてくださいます」
「ん? 魔眼の継承? それはハージが……」
「諦めてはいけません。赤い糸の呪いを解いても……お兄様たちの愛が離れることはありません!」
「待て、アイラ。どうしてそうなった?お前、さっきから変なことを言っているぞ」
ハージ兄が熱く語る私を止めた。
「変なことではありませんよね? この結婚は呪いを解くためだけですから」
「はあ? なんだ、それ。コラン様、アイラは結婚を承諾して、二人は婚約したんですよね?」
「私はそのつもりだ。アイラ、私は呪いを解くためだけに結婚するつもりはないぞ」
「……すみません、意味がわかりません」
私の言葉に……コラン兄は、真っ青になっていた。




