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運命の赤い糸はとんでもない!  作者: 竹輪㋠


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36/42

二回目の襲撃

 すぐには氷の魔女は動かなかった。

 私は毎日ハージ兄の容態を手紙を書いて、夜は気配を消して寝台の下に隠れる、を繰り返した。

 どうしてこんなことを私にさせるのかとコラン様に聞けば、私の書いた手紙は下男が密かに氷の魔女に渡しているらしい。

「君たち兄妹がコートボアール家の人間であることを警戒しているようだな。同じでないにしても、やはり『悪魔』なのだろう。揺さぶってみよう」

 コラン様の提案で、その日の手紙にはある仕掛けを施した。

 ――お母様、ハージお兄様と無事にそちらへ戻れるよう、コートボアール家に受け継がれている大切なものを送っていただけませんか。

 と。

 もしも、氷の魔女が伝説の悪魔なら……。

 コートボアール家は魔眼を隠し持っているのだと勘違いするかもしれない。

 それが届く前に、行動を起こすはずだ。


 そうしてその夜……コラン様の読み通りに、氷の魔女が屋敷へ現れた。


 窓の外から差し込む月光が、病室を静かに照らしていた。

 氷の魔女は屋敷に侵入し、使用人はすべて眠りへと誘ってしまった。

 そんなこともあろうかと、念のために私たちは眠らないようにホラム様に術を施してもらっていた。


 複数の監視ポイントに目を光らせていたミラ様が、震える声で報告する。

「こんなに多くの人を眠らせるとなると……相当な魔力が必要なはずです」

 緊張が走る。この力のためにどれほどの魂が犠牲になったのだろう。

「今から、氷の魔女がここへ来るからね。アイラ、これをかぶって静かにしているんだよ。きっと、コラン様とテラ様がやっつけてくれるから」

「はい」

「では、隣室で待機します」

 ミラ様とリンリ様が隣室に戻ると、私とテラ副団長はマントをかぶった。

 氷の魔女がもうすぐこの病室にやってくる。

 息をゆっくりとして、とにかく隠れることに集中する。

 失敗は許されない。


「怖かったら、目を瞑っていなさい」

「んむ……」

 私の緊張を解くためなのか、コラン様が瞼に軽くキスをした。

 し、心臓の音が……魔女に知られたらどうするのですか!

 胸の鼓動を抑え込むように息を潜め、互いの配置に戻る。


 コラン様は、食後に仕込まれた睡眠薬入りの水を飲むふりをしている。

 魔女の手下となった食事係が入れたことは、すでに確認済みだった。

 魔女は念には念を入れ、確実にコラン様を眠らせるつもりだったのだ。


 しばらくすると、シャラシャラ……と、ドレスの裾が床をかすめる音がした。

 ベッドの下から覗くと、美しいヒールのついた靴が視界に入る。

 人の命を簡単に奪いに来た者がしている格好には思えなかった。


「いつ見ても美しい男だわ……」

 ほう、と感嘆のため息が聞こえる。まだ、まだその時じゃない。

  カツリ、とベッドの横で足が止まった。


「寝たふりなんて、悪い子ね」

 ガタン!

 予想外の言葉とともに、ベッドが揺れ、倒れた。

「あらあら、庇うからそうなるのよ……。あなたの美しい体に傷をつけるのは嫌なのに。……ねえ、どうしてそんな小娘と呪いが繋がっているの?」

「ひっ……」

 魔女の不機嫌な声が響く。

 魔法のマントの上から、私の顔の横に長剣が突き立てられていた。

 ベッドの下に隠れていたことが――すでに、バレている。

 そして私の体を庇うように抱き留めたコラン様。

 その脇腹のシャツが裂かれ、血が流れていた。

「女と呪いの糸を繋げていたなんて。どうやって呪いを移したの? まさか、お前が……あの冒険者の心臓を取り入れたの?」


 その時、初めて氷の魔女を目にした。

 青く長い髪に、真っ赤な瞳。

 白い肌は雪のように透き通っている。

 たしかに異形ではない。

 美しく整った顔、額には魔女の契約の印……けれど、そこに宿るものは、人ならざる恐怖だった。

 コラン様はゆっくりと私を背中に隠す。

 その行為が、魔女の気に障ったようだった。


 ズズ、と顔の横にあった長剣が引き抜かれる。

「こんな人形で私を騙せると? それに、子ども騙しみたいにベリーソースを仕込んで本物に見せられるとでも思ったの? 笑わせないでよ。コラン――私を見なさい。私が、あなたをたっぷり愛してあげるから」

 魔女が剣を振りかざし、ハージ人形の心臓を無造作に突き刺す。

 何度も、何度も。

 グザグザと刃が突き立てられるたびに、私が提案したベリーソースがこぼれ落ち、血のように広がった。

 ああ、私の発案でコラン様がベリーソースを仕込んだとバカにされる羽目に……! ごめんなさい!

 でも、

 あとは完璧な仕掛けのはずだった。

 こんなにも簡単に見破られてしまうなんて……。

 所詮は偽りの細工……魔女の前では、無力だった。

 コラン様は魔女と目を合わせまいと、視線を落としていた。



 破られてしまった魔法のマントはもう無意味。

 氷の魔女は楽しげに長剣を構え、こちらへと向ける。

 私はギュッとコラン様に抱きしめられた。

「コランお兄様……このままでは、二人とも刺されます」

「アイラに指一本触れさせないと誓ったんだ」

「そんな……」

 氷の魔女が剣を向ける中でも、コラン様の腕の力は緩むことがなかった。


 ズバッ――。

 その時、風を切る音が響いた。

 魔女を背後から斬りつけたのは、テラ副団長だった。

「魔女め!観念しろ!」

 氷の魔女の気がテラ副団長へと向いた瞬間、コラン様は私を抱え、ドアの方へと駆けた。

 隣室から、ミラ様とリンリ様の姿が飛び込んでくるのが見えた。


「ミラ、リンリ、テラ副団長に加勢してやってくれ」

「はい!」

 コラン様が私を抱えて後方へ回ると、二人が呪文を唱え始める。

 すると、水の渦と炎の渦が氷の魔女を包み込むように広がった。


 以前見たコラン兄の魔法も凄かったが、ミラ様とリンリ様の魔法も圧巻だった。

 その間に、隣室に置いてあったもう一本の氷の剣をコラン様が構える。

 その時、氷の魔女の赤い瞳が怪しく光った。


「くはっ……!」

 視線を逸らしていたはずのテラ副団長の膝が崩れ落ちる。

 あれ?目は見ていないはずなのに……。


「がっ……!」

「きゃあっ!」

 前方にいたミラ様とリンリ様も突然膝をつき、胸を押さえた。


 その視線の先には、腕をだらりと垂らしたテラ副団長の頭を、氷の魔女が鷲掴みにしている光景があった。


「私の目さえ見なければ大丈夫だと思ったの? 残念だったわね。もうあなたたちが足元にも及ばないほど、私は力を取り戻しているわ」

 氷の魔女は楽しげに笑う。


「そうねぇ……この赤髪の男も美しい。私の城へ招待してあげましょうか?」

 魔女はテラ副団長にも興味を抱いたようだった。

 しかし、その扱いはひどく乱暴で、髪を掴んだまま顔を無理やり上げさせている。

 苦しそうに顔を歪めるテラ副団長の瞼を、魔女は強引に開かせた。


 バサリ――

 倒れ込んだテラ副団長が、ふらりと立ち上がる。

 そして、氷の長剣を構え、こちらへと向けた。

 どうやら操られてしまったようだ。


「さあさあ、そこの役立たずの魔術師たちから始めるとしようか」

 魔女の楽しげな声とともに、テラ副団長が足を踏み込んだ。


「アイラ、おいで」

 コラン様が私を片手で持ち上げる。

 そして、そのまま踏み込んできたテラ副団長の剣を受け止めた。

 ――キンッ

 剣と剣が正面でぶつかり合い、火花が散る。


 魔女に操られているテラ副団長の瞳は、まるで死んだ生き物のように光を失っていた。

 両手で剣を振るうテラ副団長に対し、コラン様は片手で応戦する。

 私を抱えたままの不利な状況――なのに、風の魔法を操りながら、テラ副団長の攻撃をすべて受け止めていた。


「テラ、目を覚ませ!」

 コラン様が声をかけてもテラ副団長の動きは止まらない。どうしたら、術が解けるのだろう。

 ミラ様もリンリ様も、苦しげに蹲ったまま。


 カツン! カラカラ……

 コラン様の剣がテラ副団長の剣を弾き飛ばす。

 次の瞬間、コラン様は副団長の首の後ろへと峰打ちを浴びせ、彼の体を倒した。

「ああもう、戦う姿も惚れ惚れするわ。コラン……やっぱり、あなたが欲しい」

 氷の魔女は興奮した瞳でコラン様をじっと見つめていた。

 そしてその視線は側に居る私を捉える。

「でも――そんな小娘を大事にしているのは、我慢ならない」


 赤い目を見てはいけない! 私は顔を反らすとあることに気づいた。

「コランお兄様、鏡です」

「え?」

「この病室は窓が多いですから、室内を照らせば、鏡のように魔女が映るはずです。することがない時は私、屋敷中の窓をピッカピカに磨きましたからね!」

「……アイラ」

 コラン様の背中が揺れて笑ったのがわかった。

 その余裕に、私の心も少し落ち着く。

 いつかの山の夜よりも、さらに巨大な火の玉がコラン様の手のひらから現れ、室内を照らした。


 ゆらり。

 廊下側から、外に配置されていたはずの騎士団の者たちが次々と病室に入り込んでくる。

 彼らは氷の魔女を囲むように立ちはだかった。

 もう操られていたのだ――その数の多さに、魔女との距離がどんどん離れていく。


「コラン、あなたが諦めた方が、被害が少なく済むと思うんだけど?」

 コラン様は私を抱えながら、騎士団の者たちを気絶させていく。

 魔女の位置は、窓越しに確認し続けていた。

 コラン様はもともと催眠術に耐性があるとホラム様が言っていた。

 だが、どの程度まで耐えられるのだろうか。

 私のようにほとんど魔力を持たない者でも、ちらりと見る程度なら問題はない。しかし、直視してしまえばどうなるかは分からない……。


「コランの脇に隠れている小娘を狙いなさい!」

 初めは楽しそうにコラン様の戦いを見ていた魔女も、次々と騎士団の者たちを倒していく彼に苛立ちを募らせていた。


 魔女の狙いが私へと移るのは危険。

 それでなくとも、コラン様は火の魔法で室内を照らしながら、風の魔法で私を守り、剣を振るっているのだ。


「もう、面倒だわ」

 魔女の声が響いた瞬間、室内の温度が急激に下がる。

 未だ魔女のために戦っている者もいるのに、お構いなしに床が凍り始めた。


「氷が……」

 このままでは、倒れたテラ副団長やその他の騎士団の者たちまでもが凍らされてしまう。

 ピキピキ、と氷が広がる音が部屋に響く。


「くそっ」

 コラン様は室内を照らしていた火の玉を分散させ、床へと落とす。

 凍りついた床が徐々に溶け出すが、室内は真っ暗になった。


「あああああっ!」

 その時、魔女の叫び声が響いた。

「え?」

 何が起こったのか分からず、目を凝らす。


 すると、コラン様が再び室内を照らし、明るくした。


 その光の中に映ったのは――

 魔女の背後から真っ直ぐに突き立てられた氷の剣。

 その刃は、魔女の胸を貫いていた。


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