氷の魔女の襲撃
昼間にコラン様と呪いをつなげることも滅多になくなって、私は毎日お姫様みたいな恰好をさせられていた。
――可愛いけど……。
コラン様と一緒にいられるなら軍服でもいいのにな。
討伐に関わらない私にできることは、部屋で大人しく過ごすことだけ。
そんな私は今日もおしゃれさせられて、バルコニーでバードウォッチングしていた。
昨日無事に十八歳になったが、屋敷の人たちには内緒にしていた。
聞いてしまったらきっと何とかしようとしてくれただろうけれど、今は私の誕生日祝いどころではない。
ロメカトルト国では、十八歳で一人前の大人と認められる。
特別な成人のお祝いの日は家族で集まってご馳走を食べる風習だ。
うちは貧乏だし、今母も遠く離れている。
盛大なお祝いは望んでいないけど、せめて兄たちと夕飯くらいは一緒に食べたかった。
コートボアールが恋しい。
故郷にいればきっとハンナがケーキを焼いてくれて、ランベルトが(私は飲まないけれど)秘蔵のシャンパンを出してきたに違いない。
そうして母が「アイラちゃん、おめでとう」と言って私を抱きしめて泣くのだ。
「わがまま……ダメ」
想像して悲しくなってしまった自分を叱咤する。
部屋に篭っているとロクなことを考えない。
コラン様だって「おめでとう」って言ってくれたし、ハージ兄も「後で絶対に盛大にお祝いをする」と言ってくれたじゃないか。
そう思っても……寂しい気持ちは膨らんでしまう。
しかも今朝コラン様に、しばらく呪いを受けなくていいと言われた。もちろん、結婚式もさらに延期だ。
ハージ兄のおできが完全に治ったのかもしれない。
「はあ……」
氷の魔女がどうなっているかも、私には情報がこない。
兄たちを信じるだけだ。
テーブルの上のハッパちゃんを指でつつくとハッパちゃんは嬉しそうに横に揺れた。
私ばかりがこんな気持ちになってしまっているけれど、恋人が妹の夫になるというのはどんな気分なのだろう。
いくら呪いを解くためで、相手が信頼のおける妹だとしても辛いはずだ。
ハージ兄が私を見るとなんとも言えない顔をしているのはそのせいだろう。
――本当に愛しているのはハージだけだ。
――わかっている。わかっているけれど!
……などと今日から夜を過ごすのだろうか。ああ、なんだか置いてけぼりな気分だ。
そのままハッパちゃんをつついて楽しいんでいたら、白い小鳥が飛んでくる。私はクッキーを手で割って、小鳥が食べやすいようにテーブルの端に置いた。
「あれ?」
その時、急にハッパちゃんの色が変わっているのに気づいた。
緑色だったのが黄色になって、今は赤色に変化してしている。
お世話の説明書にはこんなことは書いていない。
これって紅葉している?
まさか、枯れてないよね……私のお世話が悪かったのだろうか。
「ど、どうしよう」
オロオロしているとハッパちゃんの葉の下に小さな木の実が出来ていた。い、いつの間に?
ヒュン!
そんな音がして、木の実が飛び出すと、テーブルに来ていた白い小鳥に向かって飛んで行った。
「危ない!」
思わず声を上げると、白い小鳥は木の実をかわしてバードフィーダーのほうに移動した。
今、明らかに小鳥を狙っていた……よね?
ハッパちゃん、急にどうしちゃったの……。
赤くなったハッパちゃんは白い小鳥を警戒するように動かない。
「ど、どうしちゃったのですか? ハッパちゃん……」
ドサ……。
今度は鈍い音がして、後ろを見るとイルマが倒れていた。
倒れたところから赤くドロドロとした血が広がっている。
「イ、イルマ……?」
何が起こっているかわからなくて指が震える。とにかく、イルマの様子を見ないと……。
『魔法でも使えるのかと思えば、本当に何もできないただの娘だな……』
「え?」
どうにか足を動かそうとしたとき、バードフィーダーの方から地の底を這うような声が聞こえた。
明らかにただの小鳥じゃない。
目を凝らすと白い小鳥の体がぐにゃりと歪んで、どんどんと体が膨らんでいった。
「イルマに何をしたの?」
白い小鳥はいつもの五倍くらいの大きさに膨らんでいた。
赤い目はギラギラとこちらをにらんでいる。
その視線から守るように私はイルマの前に立った。
「ぐふっ……」
赤い目が二度光ったかと思うと後ろで倒れているイルマの体が二回不自然に揺れた。
なにかしら攻撃を受けているようだ。どうなっているの?
『コランがわざわざ連れてきたなら、なにかあると思って見張っていたが……見当違いだったな。お前にもう、用はない』
不気味な目がもう一度光ったと思えばハッパちゃんがまた種を飛ばした。
ヒュン!
ヒュン!
『このっ、人に飼いならされた裏切り者め!』
小鳥がこちらに向かって羽根をひと振りすると、鋭い風が吹いて
ハッパちゃんが倒れる。
「きゃああ!」
『……クソッ、分散するとこっちがやられる!』
なにか不都合があったのか、鳥はまた縮んで元の大きさになると、屋敷の裏の方角へ飛んで行ってしまった。
「ハッパちゃん!」
手をさしのべると倒れてしまったハッパちゃんがキュウ、と小さな鳴き声を上げた。私を守ろうとしたばっかりに!
なにも出来ずに鼻の奥がツンとする。
とりあえず濡らしたハンカチの上にハッパちゃんをのせ、ポケットに入れるとイルマの元に走った。
「イルマ! イルマ!」
「お嬢様……ごほっ……」
「しゃべらないで、すぐに助けを呼んでくるから」
助けを呼ぼうと立ち上がると部屋のほうから声が聞こえた。
どうやら副団長が駆け付けてくれたようだ。
「アイラ様! 大丈夫ですか!」
「テラ副団長! イルマが目の赤い白い鳥になにかされたんです! 助けてください!」
テラ副団長がイルマのそばに駆け寄ってきてくれた時、ドゴン、と大きな音と共に地面が揺れた。
「な、なに!?」
「ひとまず、侍女を運びましょう。アイラ様、建物の中に!」
テラ副団長に促されて部屋に入る。
イルマをベッドに寝かせると、心配してきてくれた他の侍女が医者を呼びに行ってくれた。
その間にもドコン、とまた地面が揺れた。
「な、なにが起こっているのですか?」
「屋敷が氷の魔女に襲撃されました。氷の魔女の狙いはコラン様とハージ殿です。今、お二人が屋敷に被害が及ばないように広場に誘導しています」
広場は屋敷の裏……小鳥が慌てて飛んでいった方角だ。
「氷の魔女が来てるの……」
「それより、白い鳥に何かされたといいましたよね? どんな鳥ですか?」
「目が赤くて、それが光るとイルマが苦しんでいました」
「目が光るだけで?」
「そうです。なにもイルマには触れてはいなかったので」
「きっとその白い鳥は氷の魔女の使い魔です。目が光ったのは魔法を使った催眠術でしょう。きっと、アイラ様を見張っていたんだ」
「催眠術?」
「ええ。『苦しいことをされた』と錯覚させるんです。だったら術さえ解けば大丈夫ですよ。魔術師に来てもらいましょう」
さすがテラ副団長はいろいろと知っている。
けれどイルマはケガがひどいはずだ。
「でも、血を流して……」
「血? あの、赤い液体ですか?」
「え? イルマは倒れて血を流していたでしょう?」
「ははは、アイラ様、ベリーのソースですよ、瓶が転がっていましたから」
「えっ! そうなのですか?」
慌ててベットで眠るイルマを確認すると、甘い匂いがした。
ああ、紅茶に入れるソースだったんだ。
結構な粘りがあったから血液だと勘違いした……よかった!
安心したのも束の間、またドゴン、と地面が揺れた。
「お兄様たちは大丈夫でしょうか……」
「コラン様もハージ殿も強いですからね。足は繋がっていますが、ずっと連携の訓練をしていたので、きっと氷の魔女を倒してくれますよ」
そう言ったテラ副団長の拳がギュッと握られていた。
私を安心させるために言ってくれているのだろう。ずっとあんなに警戒していたのだから、きっと簡単な相手ではないはずだ。
テラ副団長が見つめる方向に祈る。
お父様、どうかお兄様たちを守ってください。




